■言いたい放題FC東京■まとめ @ ウィキ

か行


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

解任厨
09年春頃から現れた「村林・徳彦・城福の解任を要求する」という内容のコピペを繰り返す荒らし。
主張が途中から「解任を要求」から「辞任せよ」に変化した。
相手せず華麗にスルーしよう。
加賀健一
2012-年在籍のCB。対人スピードに優れる。
今野泰幸(2004-2011年在籍)の後釜として多大な期待を受けている。
覚醒
選手が大ブレイクする様子を表す言葉。元ネタはガンダム。
サポは皆、一人でも多くの選手が覚醒することを願っているだろう。
類義語として「確変」があるが、こちらは一時的な覚醒を指す。
加地亮
2002-2005年在籍の右SB。
2chでは「加地さん」「ジャキン」「キングカジ」などと呼ばれ人気を集める。
圧倒的な練習量からくる上下動、運動量は、石川直宏と抜群の相性を見せ、右サイドの"イシカジ"は原トーキョーの象徴となっていた。
2003-04年には特指で在籍していた徳永悠平にポジションを奪われ、SBを専門職とする加地はベンチ入りもままならなかった(当時ベンチ入りは5人まで)。
2003年からA代表に定着するも、代表厨が良さを理解し始めたのは随分経ってからのことだったため、東京スレは長きに渡って荒れ続けた。たまに脚サポが「代表でうちの加地が叩かれて…」といった話をするが、東京サポに言わせれば、脚移籍以降は叩かれているうちに入らない。"QBK"のアシストも決めた。
健康ヲタで子供好き。保育士を目指している。
主役のドタキャンがあったam/pm主催のロベルト・カルロスサッカースクールでは、代役を勤め子供達に「ロベカルじゃなくてごめんな。」と言って謝っていた。
鹿島オフィシャルツアー遅刻事件
2007年アウェー鹿島戦新宿発オフィシャルツアーにて、主催のJTBサン&サンが出発時間を間違えてしまい、ツアー参加者を激怒させた事件のこと。
11:20集合・11:30出発の告知をしていたが、添乗員とバスが集合場所の東京都庁下バス駐車場に現れたのが11:50。
6月の終わりで30度近い気温の中、風のない駐車場で待たされた東京サポはこの時点で既にいらついていた。
出発直後、添乗員が「皆さんのご協力のおかげで定刻出発できました」とアナウンスし、車内の空気は悪化。
その空気を察した添乗員が他のバスと連絡を取り、ここではじめて時間を間違えたことを知り、参加者に謝罪。
その後、休憩で駐車した高速のPAでおわびの印としてペットボトルのお茶を用意しようとしたが、手際が悪く、この準備のために出発がさらに10分ほど先になってしまうという重ね重ねの失態。
そして添乗員がこの出発時間間違いを「自分たちが用意した工程表が前回の鹿島ツアーのものだったから遅れた」という理由で言い訳し、車内の空気は最悪に。
結局、当初の予定より遅れてカシマスタジアムに到着。多くのサポーターの楽しみの一つでもあったスタジアム前屋台で売っているモツ煮は、このツアー参加者が訪れた時には全て売り切れていた。
試合終了後、帰路出発前の各車両に村林専務が現れ、「ご迷惑をおかけしました。何らかの形でお詫びします。」と謝罪。
後日、クラブからこのツアー参加者に対してFC東京カツサンドの引き替え券がお詫びとして郵送され、JTBサン&サンはこのツアーを最後にオフィシャルツアー主催会社から外された
鹿島る
リードしているチームが試合終盤で「リスタートを遅らせる」「審判への抗議」などの行為により時間を稼ぎ、逃げ切ること。
元々はジーコ直伝の鹿島アントラーズの十八番。
2008年J1第30節において本家チーム相手に逃げ切ったことから実況板でネタにされた。
類義語:平山劇場
梶本
2009年第9節 広島戦の実況で、呼び慣れない超級新人ボランチ米本拓司を気にするアナから繰り出された合成最強ワンボランチ。
このとき、のちの東京黄金期を揺るぎないものにする代名詞になるとは思いもよらなかった。
梶本が東京の屋台骨となる。
梶山強化部長
梶山を慕って入団する選手が多い(?)ため命名。最たる選手は増嶋竜也(2004-2008年在籍)。
梶山陽平
東京が誇る変態。
小学校時から東京ガスサッカースクールに通い、2003年、17歳より2種登録でトップデビューを果たす。
いわば、FC東京が純粋育成した選手でもある。
プレースタイルはどうにも説明がつかないので、実際に見て感じたことが正解。
チャームポイントはキュートな眉毛とよく泳ぐ眼球。左の口角を上げてニヤリとすることが多い。(-`_,'-)ニヤリ
高倉健、千葉真一に続く3代目ゴルゴ13を演じられるのは彼のみではないだろうか。
好不調の差が激しいのが欠点。好調時には、相手がボールを取ることのできないヌルヌルしたドリブルや、効果的なパスを連発してピッチ上の王様になる一方、悪い時にはあっさりと存在感が無くなる。
剣道有段者で警察官の父の影響か、常に姿勢が良く背筋が伸びている。
口下手で、飄々としたプレーを見せる一方、江戸っ子らしい熱さも散見。
山瀬(鞠)、長谷部(赤)、中後(鹿)らと激しくやりあう姿が確認されている。
ブログに記事を投稿する際の記事の題名は「こんばんわ!」が多いため、記事一覧を見ても内容が把握しづらい。
2009年に入ってからは「こんばん」「こん」といった変化球も。
何故かよくわからないが、代表を通じて知り合った他チームの選手は梶山を慕う人物が多い。
既婚。サッカーの日(11・11 ←脚とボールに見える)に入籍。
一男一女の父。長女のベビーカーは平山相太に買ってもらった
2007年には安倍元首相の推進した「美しい国づくりプロジェクト」に、スポーツ界を代表して選出され、FC東京と官邸を繋いだ。
入団当初の「ビバパラ」でのインタビューではメディア対応慣れしていないためか終始目が泳いでいて、司会のお姉ちゃんとはほとんど視線を合わせないまま終了。
当時のスレ住民からは「これは放送禁止だろ」「梶山、やばすぎる」などのレスが相次いだ。
2008年北京五輪の惨敗を経験し、中核選手としてのリーダーシップが芽生え始めている様子。
加地より徳永
2005年まで東京在籍だった加地亮がG大阪へ移籍した06年、G大阪との対戦時にはネタとして
「加地より徳永!」というコールを行った。
カズ
東京サポ的には吉本一謙のこと。三浦知良を指す場合もあるので注意。
なお、三浦知良の息子はFC東京サッカースクール生らしい
瓦斯
東京サポやFC東京を指す言葉。
FC東京の前身、東京ガスフットボールクラブに由来する。
がっかりドッグ
等々力競技場の裏名物、冷えたパンに冷えたソーセージがはさまれたホットドッグのこと。
有志の温度計による調査が行われた結果、外気よりパン内部の温度が低い事がわかった。
そんながっかり物だとわかっていても、青赤イナゴ達は等々力ゴール裏に列を作るのであった。
2009年のアウェー川崎戦では、がっかりドッグ自体が無くなっていたため東京サポをさらにがっかりさせた。
カズMAX!
渡邉千真(2012-年)在籍の持ちネタ。東MAXの流用。
金沢浄
2003-09年在籍の左SB。対人、クロス精度はそれなりだが、ピッチ内のバランスを整えるプレーに秀でており、「いつもの」の一人として活躍した。
背番号17。この番号は鏑木享(99-01年在籍)→小林稔(99-02年在籍)→金沢浄と、1999年に共にプロ入りした国士舘OBが共通して付けていたことでも知られる。
戸田光洋(2000-2006年在籍)と仲が良く、笑うと目が消える糸目コンビ。
金沢にボールが渡ると、前方で戸田が既にスタートしており数多くのカウンターチャンスを作った。
2008年以降は長友佑都の台頭により出場機会が減少するも、城福監督の元でボランチとしてのプレーを再開花させた。
結構な毒舌で、選手いじりがものすごく上手い。
実際は若手や移籍選手と積極的に食事会を開く面倒見のいい人物。
大の犬好き。飼い犬に「プル」「ハロ」と名付けているのでガンヲタの噂がある。
分かりやすく笑いも取れるブログが好評。ウイイレ、モンハンマスター。
佐藤寛子は浄のファンらしい → ガセ?(佐藤寛子の項目参照)
磐田では"シュータリング"の名手(というか命名者)として名を馳せた。
また、2001年の雨の国立での試合で東京相手に得点している。
出場機会を求めて2009年8月に古巣磐田へ完全移籍。単身赴任のため、選手寮に入り寮長を務めている。
金町ダービー
FC東京 vs 柏レイソル戦のことをいう。
東京と千葉の境界にある常磐線の駅『金町』を巡って争われる。
柏レイソルサポーターがFC東京サポーターに対して「金町はもらった!」との横断幕を掲げたのが発端でこの名がついた。
当初、柏サポも金町ダービーを認知してネタ合戦をするなどをおもしろがっていたが、03年リーグ最終節での東京サポによる日立台ピッチ乱入で「金町ダービーはあれを機に終わった」と言われてしまっている。
~~~●金町ダービーマッチ●~~~
株主
株式会社東京フットボールクラブの株を持っている団体の事であるが、東京スレ上では主にテレビ東京のことを差す。
昔は応援番組「バモ!FC東京」も放送してくれていたが、同じ株主であるTOKYO MXと比べると今の東京の取り上げ方はけっこうおざなりで扱いが冷たい。
勝ち試合当日、夜のスポーツニュースの時間帯には「株主来た!」「株主スルーかよ!」といった書き込みが相次ぐ。
ただし、深夜ながら2004年のナビスコ杯優勝時には優勝特番を、2008年にはPSMクラブオリンピア戦を放送してくれた。
カボレ
2008-2009年在籍のFW。6人兄弟の5番目。
大きなストライドと爆発的な加速を活かした突破でゴールに迫る。
スペースにボールを出してもらうと威力を最大に発揮するが、足下だと威力は半減してしまうのが弱点。
「カボレ」は子供の頃、父親につけられたあだ名で「ふくろう」の事(昼夜問わず元気だったから)。「梟ガンガレ!」などのレスがあっても、札幌(マスコットがふくろう)と混同しないよう注意。
2007年11月、突如獲得が報じられたが、Kリーグの情報が少なかったため、住人はひたすら慶南時代の神動画で期待を膨らませていた。
2007年オフの大量移籍騒動の最中には、この動画が何度も貼られ、多くの住人の心の支えとなり期待を集めた。
移籍第一報より2ヶ月後、2月の都城キャンプ中に突然合流。どこに潜伏してトレーニングしていたのかは未だ謎である。
東京の外国人はみんないい人の伝統通り、性格は真面目で、フォア・ザ・チームに徹した聖人君子。PKは「蹴らない」派。マヨネーズと地震が苦手。
チャントはシブがき隊の「100%…SOかもね!」。ちなみにこのチャントは須藤隆平(FC東京U-18→駒澤大学)に流用されていた。
膝に持病を抱えてのプレーが続いていたため、上記動画ばりの100%フル回転はできずにいた様子。
ブラジル人FWポポ(2008年柏へ移籍加入)とのコンビでKリーグ得点王になったため、「ポポがいないとダメか」「ポポとセットで獲得すべきだった」等のレスもしばしば見られた。
それでも存在感は絶大であり、チャンスメーカーとして前線の核となった。
プロ契約したのは24歳(!)。ちなみに慶南の前にはイトゥアーノFCに所属しており、アマラオ(1992-2003年在籍)と同じクラブから飛躍のキッカケを掴んだと言える。
2008年オフには、KでもJでもできるという順応性が評価されたのか、国内外クラブからのオファーが多数有り、特に中東クラブが獲得に力を入れていたが、東京残留を選んだ。
が、これにより年俸は大幅増(約1億円になったと言われている)。
そして、シュート精度が大幅減。費用対効果に物足りなさを感じているサポを増やすことになってしまった。
特にゴール前でのGKとの1対1のシーンで、GKにシュートを当ててしまうのはお馴染みの光景である。
…という経緯から、違約金ガードも固めていたようだが、アル・アラビ(カタール)はそれでもなお獲得を諦めず
2009年9月、東京史上類を見ない超高額移籍(7億円とも言われる)をすることとなった。
スレ内では、既に選手登録期限を過ぎていたため、新たな代替要員を確保できないことや、
胸スポのENEOS(2002-2009年)が撤退するなどのネガティブなニュースと重なって、フロントを非難する声も上がったが、流石に1億円以上の年俸を支払ってまで確保しておくべき選手とまでは言えず、彼自身にとっても、29歳という年齢で何度も高評価されれば気持ちが動くのも止む無しといったところか。
2009年ナビスコカップ表彰式では、羽生直剛がカボレのユニに着替えて登場。円満とはいかないまでも大きなわだかまりは無かったようだ。
カボレ祭り
慶南との移籍交渉がこじれにこじれ、第一報より2ヶ月経った2008年2月にやっと完全移籍が決定した時に発生した祭り。
代表戦(東アジア選手権 対中国戦)のK.O.直前の■言いたい放題FC東京 855■で発生した。
ちなみに、東京オフィシャルHPではヘッドラインニュースより先に選手一覧が更新され、目ざといスレ住人に発見された事が祭りの呼び水となった。
長友佑都のこと。長+友+彡=髪
額の広がりが気になるMFや解説者のことではないので注意。
かめひよ
2006年からスポンサーを務める「もしもしホットライン」のマスコット。カメとヒヨコでかめひよらしい。
味スタ初来場は08年第26節磐田戦。手をバタつかせてょぅι゛ょのチアリーディングを見つめていた。
二次元三次元で違い杉なような…おっと、誰か来たようだ(ry
2009年には東京ドロンパともしもしホットライン社内で「ひみつかいぎ動画)」を行っている。
カメムシ
ヴェルディのこと。
緑虫といわれることが多いが、実物の緑虫は大繁殖し水の華と呼ばれる鮮やかな現象を起こすためふさわしくないと判断、そこで緑色でかつ皆から嫌われているカメムシと呼ばれるようになった。
川口信男
2006-2008年在籍、ジュビロ磐田より移籍加入したOMF/FW。
好きなものは家族・家庭菜園・お米・ラーメン・名波浩。
豊富な運動量もさることながら、真摯な練習姿勢、勝負にこだわるプロ意識、若手選手のケアが高く評価されていた。
2007年オフに戦力外通告を受けトライアウトに参加。しかし、その場で城福監督よりオファーされ再契約。
2008年の初練習時に万雷の拍手で迎えられた。
ラーメン部部長。リチェーリ(2005-2007年在籍)をラーメン道に招き入れたのは彼ではないかと思われる。
2009年普及部コーチに就任。小池知己(1993-2001年在籍)と共に、明治大学サッカー部のコーチも務めているようだ。
かつては磐田サポを中心に"野武王"と呼ばれていたが、現在は"ノブオサーン"や"オサーン"と呼ばれる。
双子の娘さん(双子ちゃん)がいる。
河野広貴
2012-年在籍のOMF。○かわの ×こうの
悪いクラブの生え抜き だったが、改心して青赤入り。
「禁断の移籍!」とか「 あのクラブ には育成費払いたくねぇ…」とか言われていたけど、まぁ東京が獲得しなくとも何処かが獲得したと思われるので、高みから施しをくれてやった気分になっておけばイイ(・∀・)かと。
川向こう
多摩川を挟んだ向こう側のクラブ、川崎フロンターレのこと。

喜作
フクアリのソーセージ屋。タッパーを持参するとサービスしてくれるのが有名。
2011年第37節千葉戦で「千葉県物産展」の一員として味スタフードコートに参戦。
味スタ喜作伝説
  • 喜作側は400㎏のソーセージを持ち込む。
  • 試合前のスレのふいんき(ryは試合の話よりソーセージの話。
  • 『フクアリよりタッパーの持参率が高い。どこで情報を仕入れてくるんだろう』と売り子がつぶやいた。
  • ご飯等を持参し、自分流のアレンジをするサポ多数。
  • スタジアムの入場待機列よりも喜作待機列の方が長かった。
  • 店主が「腕がもげそう」とつぶやいた。
  • まさかの売れ残り。イナゴ遂に敗れる。
  • と思ったら鉄板&バイトの盛りのスピードが足り無かったのが原因で、対決は引き分け。
  • 来年は移動販売車を用意して参戦する気満々らしい。早く完全移籍汁!
ギシ
川崎の山岸智の愛称。
日本代表招集メンバー発表の際、JFAサイトの手違いにより「山岸智(FC東京)」となっていたことで、本スレでは2008年の数分だけFC東京に在籍したことになっているw
北さん
  1. DF北慎(1999-2000年在籍)のこと。
  2. DFジェイド・ノース/Jade North(2011年在籍)のこと。
鬼太郎
漫画家の水木しげる氏が調布市の名誉市民なので、それが縁で年に一度スタジアムに来てくれている。
鬼太郎デーでは勝てないジンクスがあったが、2008年第9節大分戦でやっと不名誉なジンクスを破った。
水木氏は鳥取県出身なため、ガイナーレ鳥取も鬼太郎とのつながりが深い。
奇妙な踊り
劇的なゴールをした際に見られることが多いパフォーマンス。
2004年ナビスコ準決勝でのルーカスのVゴール、2006年第18節アウェイ千葉戦での阿部ちゃんの決勝ゴールなど。
キム・ヨングン
漢字表記は金英權。ハングルでは김영권。2010年に入団した韓国籍の長身CB。
フットサル経験もあり足元の技術に長ける。左利き。大学休学中。
第一報が入ったのは2009年11月だったが、中でもスポーツ報知は
「金が来季唯一の外国人選手となる可能性が高い」とし、wktkとgkbrを同時に届けてくれた。
当初は2009年中の合流が予定されていたが、足首の負傷でずれ込んだ。
「長身」「欧州も注目」「若い」「外人CB」「早くも負傷」…エバウドと重ねちゃダメです><
長らく国士舘ナンバーだった17番を背負い(金沢浄の項目参照)、東京若手DFの定番となっているSBからの起用でスタメン定着を目指した。
7月には東京スレではおなじみのチョ・グヮンレ監督のもと、韓国A代表に大抜擢されるなど大きな才能を見せたが、2011年よりJ1大宮へ完全移籍。トーチュウによると1億円以上の違約金をもたらした。
牛串
万博競技場に現れたスタグルメ。09年にはガンバサポとの間で壮絶な情報戦が行われた。
共進倉庫
味スタのすぐそばにある倉庫会社。
自社ビル上部に選手の巨大看板を掲示してくれるありがたい会社。
掲示した選手(加地亮ササ)が移籍してしまうジンクスがあったが、そのジンクスは石川直宏が破ってくれた。
2008年:今野泰幸2010年:平山相太2012年:森重真人
キョド
以前、頻繁に携帯電話から東京スレに小平レポートを行ってくれていた人。
レポート途中で電池が切れてしまうのはご愛敬。
コテハンではないが、書き込み方などで住民からはキョドと特定されていた。
義我
緑の工作員。不動商店会騒ぎの最中にコテハンの「七氏 ◆MTtIuNsMrA」が
「義は我にあり」と書き込んだ事がいたく気に入っているようで、忘れた頃にAAでこの文章を書き込んで荒らしてくる。
AAの一部をNGワードにしておくと快適。

草さん
晩から夜にかけて「あぅ…今北区やで」と帰宅の報告書き込みをするお方。
上記の帰宅報告は名無しでの書き込みによるものでありコテハンではないが、「www」を多用するために住民から特定されて「草さん」と呼ばれている。
たまに偽物(内容は風俗情報であることが多い)が出現する。
草タン(田邉草民)と混同しないよう注意。
帰宅報告だけは関西弁。関西人ではないが関西出張の際に覚えたという関西弁を使っているとのこと。
声ヲタ。目当ての声優が出演する番宣に余念がなく、実況の誤爆(と本人は言い張る)を連発する。
●持ちなので>>900や>>950がスレ立てしない時は草さんに頼んでみよう。
腐ったサッカー
2004年のナビスコカップ決勝を控え、闘莉王(浦和)が、東京を評して言った一言。
「(東京には)攻めてきてほしい。(守備重視は)腐ったサッカー。」
「あんな守ったサッカーをしても面白くない。原さん、攻めてきてほしい。(攻めなければ)腐ったサッカー。もし守備重視できたら?(東京側の)ベンチに怒鳴ってしまうかも。」
などと発言し、当然ながら激しいブーイングを浴びることとなった。結局東京は守って守って守り抜くサッカーで勝利。
一応フォローしておくと、試合終了後は怒鳴るどころか選手全員とちゃんと握手を交わしていました。
靴下
東京サポ必須のアイテム。
「明日は何も着ないで行くよ」→「つ 靴下」「靴下は履いていけ」などと使う。
元ネタは池上礼一の項目参照。
国内サッカー板ではサンフレッチェ広島を指すのが一般的だが、東京スレでは大熊清(1987-92年 東京ガス選手、1995-2001年,2010年- 東京ガス/FC東京監督)のこと。
熊野宮
小平市にある神社。毎年チーム始動時にはここで必勝祈願。
東京の選手の絵馬も飾られている。
倉又寿雄
FC東京U-18の監督。現役時代はSB。
2007年サハラカップ、2008年adidas CUPの優勝など、倉又トーキョーの躍進は目覚しい。
2006年にはトップチームの監督に就任し、ガーロ監督退任後の混乱を鎮めた。
2010年にはFUJI XEROX SUPER CUP 2010フレンドリーマッチ「U-18Jリーグ選抜 vs 日本高校サッカー選抜」のU-18Jリーグ選抜の監督に選出
石倉三郎似。
栗澤僚一
公私共にリンクマンとして活躍するMF。2004年特指、2005年-2009年在籍。愛称クリ。またはクリ触。
2008年8月-2009年は柏にレンタル移籍。2010年、柏のJ2降格に伴い完全移籍。
中盤ならどこでもこなせる起用さを持つ。元祖ジュビロキラー
ネタとして藤山竜仁(1992-2009年在籍)と同年代のベテラン選手として扱われることがある。
愛読書は週刊漫画ゴラク。金沢浄(2003-2009年在籍)の息子に懐かれている。
三浦文丈(2001-2006年在籍。2007-2008年コーチ)は背番号10を栗澤に託したかったようだ。
2008年は羽生直剛の負傷離脱の穴を一時埋めた以外は目立った活躍ができず、柏に鈴木達也とのトレードで移籍。
ちなみに柏のジュニアユース試験に落ちたことがある。
黒須婆
クロスバーのこと。物言わぬDF。
黒墨田
2008年FCソウル戦にて、韓国KBSの実況や解説が
「クロスムニダ」(「そうです」の意味。ほとんど「クロスミダ」に聞こえた)を連発していたことから。
「クロスじゃないのにどうしてクロス?」みたいな感じで実況スレ住民の心の琴線に触れた模様。

ケケ
大竹洋平のこと(ケケ→竹)
ケソ
国内サッカー板内の嫌われ者の一人。川崎サポだがあちらの本スレでも嫌われている模様。
アウェーサポになりすまし「味スタは初めてですが○○ですか?」といった質問をして東京サポの親切なレスを引き出し、最終的に『俺は都民だけどエフシーサポにはならない―』のコピペを貼って荒らしてくるのが通例。
2009年夏あたりからパターンが読まれてきたため、ケソの成り済ましと思しき質問レスがあるとスレ住民からは「ケソ注意報」「おれはエフシーなんとかかんとか」といった迎撃レスが行われるようになった。
なお、夏の恒例だったファイアー・ワークス・ナイトが09年は中止になった事は知らずに
『毎年同じ企画(花火、サンバ、テディベア、味の素の日)とか―』とコピペしていたら、住民から「花火は今年はやらないぞ」と突っ込まれて赤っ恥をかいた。
2009年ナビスコ杯決勝の川崎選手表彰式不敬事件に憤慨して、ヤマザキナビスコ社に電凸を行い、それを書いたblogが炎上した。
ケバブ屋崩壊事件
2006年8月20日 第18節千葉戦。ガーロ氏の解任、新監督として倉又寿雄ユース監督を緊急昇格。
初めてのフクアリ、充実のグルメラインナップに困惑するイナゴ達、当日は恐ろしい暑さ。
東京サポの異様なオーラと食欲に圧倒されてしまったのか、アウェイゴール裏のケバブ屋の鉄板の足が折れてしまい、焼いていた商品は全てバラバラになってしまった。
また、この日はピーナッツソフトの機械も故障してしまい、最後の方の人はシェイク状態のソフトを食すはめになってしまった。
試合は勝ったからよかったが。
【画像】http://ere.to/~tokyo/up/src/up0862.jpg
ケムケム
socio No.9
ニッポン放送アナウンサー 煙山光紀(けむやまみつのり)
http://www.1242.com/ana/detail/kem.html
ケリー
2001-2004年在籍のOMF。
「パラナ州最高のフットボーラー」の看板に偽りは無く、卓越した技術で"将軍"と呼ばれた。
佐藤由紀彦(99-03年在籍)が「運命的な出会い」と語るように、他のアタッカー陣とも好連携を見せていた。
入団発表は2001年開幕2日前。実力・プレースタイル全てが謎のままで開幕戦に途中出場。
オフサイドにより取り消しになったもののファーストタッチがゴールというど派手な東京デビューにより、東京サポーターの心を一気につかんだ。
ちなみに、FC東京オフィシャルサイトでの選手一覧のバストアップ写真は、撮影が間に合わずに、山尾光則(1999-2002年在籍)の体と合成させて掲載していたらしい。
2004年、ケガによる不振と若手の突き上げを理由に戦力外通告されたが、この判断を疑問視する東京サポは少なくなく、馬場・梶山・栗澤らは、ケリーという手本、競争相手がいればもっと成長できた、
2005年以降の成績不振はケリーの穴を埋め切れなかったからだ、という声もある。
2006年アル・アイン(UAE)に所属していた際にはACLでの動向が注目された。
ブルーノ・クアドロス(2008-2009年在籍)のギターの師匠でもある。
長男マテウス君はFC東京サッカースクールに通っていたため、生え抜き選手としてデビューすることを心待ちにするレスも(半ばネタとして)見られる。
土屋礼央はケリーをきっかけに東京サポになった
けんかをやめて
1982年の河合奈保子の曲。87年に竹内まりやがセルフカバー。
スレが荒れ出すとどこからともなく聴こえてくる。
荒らしを呼び込んだ張本人が歌ってもok。元々そういう歌詞なので。
現場 ◆5YVtHrB76Y
ユース試合の告知や実況をする通称「現場さん」。なぜか非公開試合を淡々と実況することも。
温泉マニアのようで、遠征先の温泉情報を東京スレにもたらしてくれる。

恋しちゃったんだ君
基本的に荒らしなのでスルー推奨。
攻激、攻劇、攻撃サッカー
2004年のスローガン。激流のごとく激しい勢いで、しかもドラマティックに、
観ている人を魅了するような攻撃サッカーを目指すとの意味。
日本語のシャレだったため、ブラジル人選手にはスローガンの内容を説明できなかったらしい。
こうたたた
試合前日に配信される東京携帯サイトのメールサービス「こう戦う!」の受信を本スレに報告する様。
一段落すると「本日のこうたた一番乗りは○○在住の××(レス番号)さんでした」と、
最初にこうたたたした者の住所が明かされてしまう。
「今日の参加人数は××人ですた。」と集計されることもある。
2008年神戸よりレンタル加入していた荻晃太のことだと勘違いした神戸サポも。
幸野志有人
2010年3月にJFAアカデミー福島から加入したMF。同アカデミーからは第1号のJリーガー。
梶山陽平曰く髪型がプードル・焼きそば。
加入が発表された16歳時点で既に179cmであり、大型ボランチ誕生にwktk。
江戸川区出身で、幼少時には深川グランドにも通っており、ツゥット(トゥット)のファンだった。
練習生として参加していた頃から2010年初TMでゴールを決めるなど思い切りの良いプレーに、古代ライカー達からの評価も上々。
2011年は大分へ期限付き移籍。
小澤竜己
2006-2008年在籍のFW。青森山田高校より入団。愛称コザ。姉は女優の三国由奈。
戦う気持ちが強く、ガッツ溢れる泥臭いプレーが特長。
倉又監督交代初戦となった06年千葉戦でリーグ初出場を果たすが、戦術的な理由により79分in 85分outと短時間でベンチへ退くことになってしまった事がある。
2008年はJFLガイナーレ鳥取へレンタル移籍。J2昇格に力を尽くし、チーム得点王となるも一歩及ばず。2009年完全移籍。
移籍が発表された直後の■言いたい放題FC東京 821■ではコテハン「小澤の身内 ◆fr0KZSF2cc」が登場。
残念ながら中の人は三国由奈ではなく、おっさんらしい。
国立の呪い
国立競技場で東京を下したクラブは降格するというジンクス。
当時の東京は味スタよりも国立での勝率の方が高かったため、国立開催試合で下位クラブに負けると自然とサポの印象に残るものとなった。
関連:ハットトリック
  • 2006年:C大阪 3-2 東京 → 18クラブ中17位で降格
  • 2007年:横浜FC 1-0 東京 → 18クラブ中18位で降格
  • 2008年:ヴ 2-1 東京 → 18クラブ中17位で降格
  • 2009年:千葉 2-1 東京→18クラブ中18位で降格
  • 2010年:国立では1勝3分だったので、何処も呪いにかからず→東京が18クラブ中16位で降格。→降格決定後に勝ってもらっても遅いんだよorz
…負け試合の憂さ晴らしで、コジツケただけなんだけどね。
小平
ご存知FC東京の練習場があるところ。市を挙げて盛り上げてくれている
古代ライク
小平グラウンドへ行くこと。誤変換がはじまり。
転じて、小平へ行く人の事を「ライカー」と言うようにもなった。
ごっつあんです
赤嶺真吾の超ハスキーボイス…つまり力士声から連想された呼称。
実況スレでこのレスが見られると赤嶺がテレビに映っているというのがすぐわかる。
関連語句には「自分の相撲をとるだけです」などもあり。
小林成光
1999-2005年在籍のOMF/FW。
2002年原東京元年は開幕戦から大爆発するものの、同年4月にバイク事故に遭い、2年間のリハビリ生活に。・゚・(ノД`)・゚・。
その後は地元であるJFLの栃木FCにてゴールを量産していたが、2008年クラブのJ2昇格と共に戦力外となり引退。
2009年普及部のコーチとして東京に復帰。ニックネームはコバ。
小山泰志
2007年-2009年在籍のDF。市立船橋より加入。左右SBとCBをこなせる選手。
サテライトやTMでの出場しかなかったが「小山は良かった」というレポはよく見られ、潜在能力の高さが期待されていた。
元来FWであり、高校生になってDFにコンバートされたという経験からか、アグレッシブさが光る反面、判断の遅れによるものと思われる、深い位置での軽率なファウル・接触が多く、荒削りな面は否めなかった。
2008年には主力組の右SBに抜擢された直後に負傷するなど不運な面も。
東京はこれで中澤聡太(06年期限付き加入)、増嶋竜也(04-08年在籍)に続いて、またも「市船の背番号5」を活かせないまま手放すことになった…。
2010年は東京都1部リーグの東京23FCでプレー。リーグMVPに選出される別格の活躍を見せたが、同年を持って引退。
ゴリラ
徳永悠平と長友佑都
右ゴリラ=徳永 左ゴリラ=長友 ゴリラ直列=左SB徳永・左SH長友という起用
ゴン
東京サポ的には権田修一のこと。中山雅史を指す場合もあるので注意。
権田修一
2007年にFC東京U-18から昇格したGK。2006年は2種登録。
小3から東京一筋の生え抜き選手。年代別日本代表を経験し、現在ロンドン五輪世代の正GK。
鋭く伸びるフィードは一見の価値あり。
バスケ一家で育ったため、ハイボールへの対応はリバウンドの様。
朝・午後・食事・移動・疲労時と5つの水を使い分けて飲むというこだわりがある。
2009年、塩田仁史の長期離脱により20歳でレギュラーに抜擢。
開幕戦で初の公式戦出場を飾るも、4失点を喫した
徐々に鋭く落ち着いたセービングを見せるようになってきたが、復調した塩田とのスタメン争いが行われているため気を抜けない日々が続く。
4ボランチとの相性の良さも手伝って、2009年は15試合を完封し、無失点年間タイ記録をマークした。
今ちゃんさん
2008年度の選手が全員揃って初めて練習した日、下田光平が憧れの今野泰幸とボランチを組んだ際に感極まって発した言葉。
  【小平】 現場レポートスレ part13 【深川】
407 名前:青赤名無しさん:08/02/08 15:57:31 ID:fuiPXUPE

  下田「今ちゃんさん!今ちゃんさん!」
ここから、「~ちゃんさん」という東京スレ特有の呼称が発生。
下田は後に否定しているものの、米本拓司が「こんちゃんさんに頭ナデナデしてもらえるなんて・・・」と、チーム内では定着している模様。 もしくは米本が2ちゃんねらー…
近藤祐介
2003-2009年在籍のFW。2006-2007年神戸へレンタル移籍。
2006年入替戦では貴重なアウェーゴールを決め、神戸のJ1昇格に貢献。
東京に戻った後も、神戸サポからの「祐介元気?」「祐介貸して」のレスが散見された。
東京には近藤健一(2002-2005年在籍)が、神戸には近藤岳登がいたため、どちらのスレでも呼称は基本的に「祐介」。
フィジカルとシュート力の強さが武器だが、強すぎるのかコントロールはいま一つ。
2008年第11節では、強烈な弾丸PKを放ち失敗している。
ヘディングはあまり得意ではないが、リーグ戦初得点はヘディングでのものだった。
結局神戸からの復帰以降、スタメンに定着することはできず2009年をもって退団。
当時出場機会を得ていた平山相太や赤嶺真吾と比べると城福サッカーの理解度で大きな差があった。
ピッチ上での判断が鈍り、最低限のプレスすらできない場面も…。
趣味は料理とゲームと池上礼一(2006-2008年在籍)とのカラオケ。関連用語→サテキングの項参照。
イタリアのクリスティアン・ヴィエリが好きで、背番号も同じ32を選ぶ。
東京の選手では珍しい猫好き。特に大きくて太った猫が大好き。2009年のファンブックでは3匹の飼い猫を紹介している。
色白。レスリングの伊調馨に似ているという声アリ。
2010年J2札幌へ移籍。石崎監督の下、スパルタ式練習で体脂肪燃焼に務めた。
今野泰幸
2004-2011年在籍のCH/CB。日本代表。今ちゃんさん。シャイなあんちくしょう。
90分以上走り回ってもばてない鉄腕アトム並みの永久機関を持っているので、機械の体なのでは?とまで言われる。
綺麗好きでいじられキャラ。試合中の給水ボトルは必ず立てて戻す。
ずんだもちとトロサーモンとショートケーキと大塚愛と遠藤保仁が好き。
馬場憂太(2002-2007年在籍)と仲が良く、コンサドーレ札幌から移籍する際は馬場にいろいろと相談したらしい。
札幌からの移籍時に「海外移籍した場合は札幌にも育成費が入る」という契約を結んでいるらしく、マスコミで今野の海外移籍が騒がれると札幌サポが「金が欲しいから移籍して」と東京スレに顔を出すことがある。
無類の負けず嫌いで、2005年最終節 C大阪戦2006年第30節 川崎F戦など、ロスタイムになってもあきらめない強い心の持ち主。
2007年のシーズンオフでは、浦和への移籍が確実視されていたが、城福監督の熱弁にハートがムービングし東京に残留。
なお、残留の第一報が流れたのは、浦和レッズ携帯サイト「REDS PRESS」。仕方なく会員登録して同サイトに315円を投じた住人もいたようだ(当時の模様は■言いたい放題FC東京 808■にて)。
環境活動(ペットボトルのふた回収)や福祉活動(ワクチン寄付)も積極的に行っている。
ソル・スポーツマネージメントのマネージメントの元、「今野泰幸カップ」を開催している。
2008,10月末に自宅にインターネット回線が開通。mixiをやってみたいとのこと。
2009,1祝ケコーン。1/5の披露宴の様子が馬場憂太のブログに掲載されている。
2009年途中からチームの戦術(4ボランチ)によりCBを務め、遂にはザッケローニ日本代表監督に最重用されるようになった。
東京の倍近い高年俸と大好きな遠藤に釣られ、2012年よりG大阪へ移籍。G大阪では「難攻不落のスペシャルワン」という二つ名を頂戴したが、ワースト2位の失点で17位となり降格。スペワン(笑)となってしまった。

更新履歴

取得中です。