■言いたい放題FC東京■まとめ @ ウィキ

は行


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

灰皿
2005年第15節 東京ダービーの試合前、コンコース上で調子に乗った愚かな東京サポーターの一人が人に向かって投げ込んだ物。
おかげで他サポからは煽りの意味で「灰皿サポ」と呼ばれることがある。
この事件により、クラブにはJリーグから1000万円の罰金が課せられた。
“倍”の食材 を用意すること。『いつも』の倍ではない。『FC東京サポが来るからいつもよりかなり多めに用意しよう』の倍だ
2011年第3節岐阜戦の前に、東京関係者から岐阜側に伝えられたとされる警告。
その結果がこれ
入った!いい時間帯!
原博実の決まり文句。試合のどの時間にゴールが決まっても「いい時間帯」と言う。
いい時間帯でのつぶやきはこちらから。
生え抜き
梶山陽平などFC東京の下部組織出身者のこと。
佐原秀樹などレンタル選手の返却を求める所属元のサポに対して
「イナェはうちの生え抜き選手ですよ?」などとうそぶいて返却を拒む使い方もある。
爆弾ちゃん
「××はデスノートに書かれて心臓麻痺で逝け(‘‘)ノ⌒~●*」等と携帯からレスをする人のこと。
「(;゚;ж;゚;)」のAAを使うことも。
パ軍
2012-13年オフ、ギリシャ・パナシナイコスFCが梶山陽平にオファーを出した際のスポーツ報知の言い回し。
関係者によると、パ軍の強化部は後半戦の巻き返しにリーグ戦16得点と不調にあえぐ攻撃陣の補強に重点を置き、J屈指のゲームメーカーである梶山をリストアップ。
どんな略し方だよwと一時期流行。
禿
主に某元社長のことを指す。類語「2323
橋本拳人
2012年にU-18から昇格したMF。2011年は2種登録。通称ハシケン。
バズーカ
小平グラウンドや味スタゴール裏メイン寄り最前列に出没するカメラ男。
バズーカ砲の様などでかい望遠レンズ付きのカメラを持ち歩いている事から当初東京スレ上ではこの名で呼ばれていたが、J's Goalに登場(ブラクラ注意!)した事をきっかけに、現在では「ヨーさん」と呼ばれている。
誰彼かまわず怒鳴り散らすので近寄らない方が賢明。
レプユニなどのグッズも多数所有しているらしく、また時間場所問わずに目撃が報告されることから、彼の生活ぶりに関心を持つ住人も多い。
長谷川アーリアジャスール
2012-年在籍のMF。父はイラン人。
前所属の横浜FMでは2列目やFWでの起用が目立っていたが、東京では本職のボランチとして定着。
チャントの中毒性は尋常ではない。
鹿島アントラーズのこと。
2008年に日立台で柏の選手を旗で鹿島アホーターが叩いたことから。
東京からレンタル移籍していた栗澤僚一(2005-2009年在籍)も狙われたが、170cmの身長が幸いし難を逃れた。
パチントン
2006年に在籍したFWワシントンの蔑称。
当時は浦和にもワシントンが在籍していたので、主に浦和サポが煽り目的で使用していた。
パッション
城福元監督の好きな言葉のひとつ。情熱。
ハットトリック
かつては「FC東京にハットトリックを決められたチームは必ず降格する」という呪いが降格予想スレなどで囁かれていた。
4.2002年の広島を最後に途絶えたかと思われていたが、5.2005年のヴェルディで復活。6.ヴェルディ二度目の降格もktkr!
  1. 2000年 1st第9節 京都戦(ツゥット)
  2. 2nd第3節 川崎戦(アマラオ)
    ⇒ 16クラブ中 京都15位・川崎16位で降格。
  3. 2001年 2nd第12節 C大阪戦(アマラオ、三浦、O.G.
    ⇒ この試合で降格が決定。「さよならセレッソ」コールが起こった。最終順位は16クラブ中16位。
  4. 2002年 1st第8節 広島戦(戸田、宮沢
    ⇒ 16クラブ中15位で降格。
  5. 2004年 ナビスコ準決勝 ヴェルディ戦(ルーカス、ジャーン
    ⇒ 翌年18クラブ中17位で降格。
  6. 08年 ナビスコ予選第6節 ヴェルディ戦(平山、カボレ
    ⇒ 18クラブ中17位で降格。
【その他】99年J2第27節 仙台戦(アマラオ)、01年ナビスコ1回戦 甲府戦(呂比須、加賀見、三浦)、02年1st第12節 柏戦(アマラオ)、09年第9節 大宮戦(石川直宏)、11年第27節 京都戦(ルーカス、椋原、森重、坂田
【天敵】高橋泰(01年1st第7節 広島戦)、清水範久(01年2nd第9節 磐田戦)、高原直泰(02年2nd第5節 磐田戦)、大黒将志(05年第7節 G大阪戦)、フェルナンド(06年第24節 鹿島戦)、鄭大世(07年第30節 川崎戦
ハナ糞王子
鼻をほじってるとこを写真に撮られupされてからの平山相太の俗称。
バナナ
2010年J1最終節直前に川崎フロンターレから贈られた食べ物。
これについてサンスポは「バナナ→滑るってマズくね?」と報じたが、その通りになった('A`)バナナノノロイコワイヨ
なお、「FC東京バナナ」なるものも存在する。
羽生直剛
2008年加入のOMF。城福監督が獲得を熱望した「人もボールも動くサッカー」の体現者。
千葉では1.5列目からの飛び出しを得意としていたが、東京ではやや下がり目の位置からゲームメイクにも奔走する。
AAではUFOに乗っているが、多摩川クラシコの撮影会では台車に乗った姿を見せた。
「コーヒーは水」と言うほどのコーヒー好き。試合前にはたけのこの里を食べる。
ピンクのボクサーパンツを多数所有。
ゲームキャプテンを任せられることが多いが、運動量が求められるポジション柄、90分フル出場しないことの方が多く、交代する度に誰にキャプテンマークを託すのか注目が集まる。
2009年には東京MXTV「F.C.TOKYO HOTLINE」内のコーナー「青赤研究所」にて所長を務めた。
顔がメスート・エジル(2010W杯ドイツ代表)byオシム
馬場憂太
2002-2007年在籍のOMF。
ユース卒第一期生のファンタジスタということで大きな期待を集めるも、結局ケガが多くシーズンを通して稼働できなかった。
出場した試合では活躍していたがそれでもやたら叩かれるのは、期待の裏返しか、トップ下の前任者ケリー(2001-2004年在籍)の偉大さゆえか、日頃の行い(焼肉王子参照)からなのか…。
2008年、羽生直剛とトレードのような形で千葉に移籍。
「自分を追い込むための完全移籍」だったそうだが、これ以後も、味スタで東京の選手と共にスタンド観戦している姿が何度も確認されており、どこまで本気だったのか、今思うとちょっとぁゃιぃ…。
だが千葉では主力扱いされず、同年8月にJ2山形へレンタル移籍。山形のJ1昇格に貢献するも、レンタル延長されず2008年限りで退団。
そのまま所属元の千葉に戻ると思われたが、千葉は2009年の選手登録も、退団の発表も行わないという異例の対応をとったため、2009年Jリーグ開幕後も無所属のままになっていた。
8月になってヴェルディに拾われる
東京スレでは何かある度に「東京復帰フラグ立ったな」→「今更イラネ」の流れが繰り返されていたので、腰を落ちつけてがんがってほしいところだったが、2009年限りで退団。
今野泰幸の無二の親友であり、今野の結婚式のスピーチを栗澤僚一と共に務めた。
弟・徹はアイドル路線の俳優。なお、馬場憂太本人も「将来は俳優になりたい」とあるメディアで発言していたりする。
浜野コーチ
浜野征哉。2002年-2010年にFC東京に在籍したSGGKC(スーパー・グレート・ゴール・キーパー・コーチ)。
就任後は土肥洋一(2000-2007年在籍)、権田修一(2007-年在籍)が日本代表選出、塩田仁史(2004-年在籍)も着実に力を着ける等、高い評価を得ており、東京サポからの信頼も厚かった。
ブレ球も難なく放ち、そのシュート精度は選手たちを差し置いてチーム一との評価も。
熱くポジティブな指導と掛け声にはファンも多く、試合前練習でのGK登場時は、GK二人に拍手が送られた後、「はまのー!」の掛声がどこからともなくかかり、拍手が送られるのはもはや恒例。
彼を応援するゲーフラも見られた。
バモ!FC東京
昔存在したTV東京の応援番組。司会は水原恵理アナウンサー。
水原アナの体操服(胸に水原のゼッケン有り)が見られるのはこの番組だけ。
マスコットキャラクターは翼の生えたカバ「バモバモ君」。CVは笠原留美。
「バモバモ」という謎のキメポーズがあった。
バモバス
2010年9月11日から運行されるFC東京クラブバス。
クラブサポートメンバーから募集してのこの名称…まぁあまりにも安直な名前(「青赤○○」など)になるよりは良いでしょう。
林容平
2012-年在籍のFW/OMF。
浦和ユースOBだが、古巣の誘いを蹴って(同期にはチームメートを蹴った人もいました)東京入り。
原語録
試合翌々日、トーチュウに掲載される監督のコメント。
ハワイ経由ドイツ行き
茂庭(2003-2009年在籍)のドイツW杯招集時の事。詳しくは茂庭照幸の項を参照。
元ネタは山本昌邦アテネ五輪代表監督が用いた「アテネ経由ドイツ行き」。
ハンチングひげ
東京G裏爆心地にいる人。

比叡の光
土曜8時半に放送していた頃の「FC東京ホットライン」の直後に放送していた番組。
実況中の勢いに任せて「比叡の光キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!」とレスがあってから人気になった。
東慶悟
2013年加入のOMF。ロンドン五輪の背番号10。パ軍に移籍した梶山陽平の後釜として期待される。
ビッグフレームス
通称ビグフレ。FC東京U-18/U-15活動費補助のための協賛。
種々特典はあるが、やはり一番の見返りは生え抜き選手の活躍である。
ヒデの部屋
2008年年末から09年初頭にかけてオフィシャル携帯サイトに突如掲載された佐原秀樹と愉快な仲間達の対談集。
内容の濃さに東京スレ内で話題騒然。有料契約者のみが見られるコンテンツだが、これを見るためだけに300円払っても決して損のない内容だった。  
ヒトフリ
一人フーリガン。さいたまの赤い彗星。
2006年12月29日の国立競技場では、天皇杯準決勝の前座に行われた「FC東京U-15むさし vs G大阪ジュニアユース」を見に来ていたFC東京U-18メンバー(DF吉本一謙・MF森村昂太もその中にいた)にバカにされ、あげくにシミスポにスタンドからつまみ出されたという武勇伝を持つ。
日の丸先生
反町康治のこと。昔存在したTV東京の応援番組「バモ!FC東京」での役柄。
ビバパラ
JCOMにて放送の「FC東京ビバパラダイス」のこと。
目黒邑による三田涼子の呼び名。2009年2月の「F.C.TOKYO HOTLINE」で披露すると三田涼子には即「姫じゃありませんけど」と冷たく返されてしまった。
なお、前田治がBlog内で「姫」と書いているのは三田涼子ではなく、娘さんのことなのでお間違いなきよう。
ヒュイ~♪
2011年J2第22節熊本戦にて、PKキッカー権を得たロベルト・セザーが思わず発した言葉。
   ■言いたい放題FC東京 1609■
958 : U-名無しさん@実況はサッカーch : 2011/07/24(日) 22:58:00.28 ID:3uW7Xa7q0
  梶山コメント
  (PKについて)
  先制のPKは、セザーとこっそりじゃんけんをして、負けたので…。
  自分はチョキ・チョキ・パーを出したら、セザーはチョキ・チョキ・3回目もチョキを出してきて。
  でもセザー自身も勝ったのがびっくりしたみたいで、ヒュイ~と言いながら蹴りにいきました(笑)」
平出涼
2010年、FC東京U-18から昇格したDF。ボール捌きに長けるCB/DH。
落ち着いたプレーぶりからか、ルックスからなのか、スレ内では老けキャラ扱いされている。
レンタル修業先の富山では「こう見えて最年少です」と自己紹介。
平松大志
2009年にJ2水戸から加入したCB。ジャンプ力がある為、176cmながら空中戦も強い。
もともと178cmで登録されていたハズなのだが…
サイドアタッカー封じのためにSB・SHで起用されることもある。
お笑い担当を自称し、盛り上げ役を買って出ている。若干空回り気味だが、一回りして逆に面白い。
2009年開幕戦で早速スタメン出場を果たすも、最終ラインでのミスパスにより失点の起点を作ってしまった。
苦いJ1デビューとなったが、ホーム最終戦となった第33節でスタメンに再抜擢され、東京での初ゴール&無失点に貢献。
控え組として共に苦闘した藤山竜仁(1992-2009年在籍)、浅利悟(1997-2009年在籍)の退団セレモニーを勝利で飾った。
2010年は第3CBとしてベンチ入りを続けていたが4月にアキレス腱断裂。
控え選手とはいえ、ボランチのようなCBばかりが揃う中でスピードと身体能力がある純CBの離脱は非常に痛かった。
2011年の選手プロフィールでは、何故か黒髪の七三分けという若干怪しげなふいんき(ryのする写真が載せられた(右図)。
彼なりのウケ狙いだったのだろうか…?
平山劇場
平山相太による試合終盤のライン際でのボールキープショー。
2007年第27節ホームのマリノス戦では、那須&栗原vs平山のキープショーにロスタイムの全ての時間を費やし、東京サポの爆笑を誘った。
2008年第30節には、時間稼ぎの本家である鹿島(参照:鹿島る)を相手に劇場開演。赤嶺、大竹の助演もあって見事に逃げ切った。
平山相太
2006年に加入。何かと規格外のFWである。
デビュー2戦目の第26節 名古屋戦で初ゴールを決めるも、そのまま勢い余って三井住友海上の看板を蹴り飛ばし破損。30万円の罰金処分。
2008年第31節 G大阪戦でも、ホテル日航茨木大阪の看板を崩した。
他にも、2006年10/25のU-21日本 vs U-21中国での"神の手ゴール"、2007年第25節 横浜FC戦での5人抜きゴール(参照:5人抜き)、2008年ナビスコカップ予選 第6節ではプロ入り後のハットトリックでヴェルディを下すなど印象的なゴールが多い。
懐の深さを活かして抜群のボールキープを見せるが(参照:平山劇場)、コネコネしているうちにパスコースが制限されてボールを奪われる事も少なくない。さらなる判断の早さが求められる。
その体格から、打点の高いヘディングシュートを期待されがちだが、セットプレーでは、味方のボールに合わせることよりも、敵のボールをはね返す守備で貢献することが多い。
水野晃樹に「"あのデカいの"が点を入れてない」と言われてしまったことも。
増嶋竜也(2004-2008年在籍)、中村北斗(2009-年在籍)と仲が良い。
意外とナイーブなので反町康治やZAKZAKはして。2007年は彼らによるストレスなのか「オバケがいる感じ」と原因不明の耳鳴りに苦しんだ。耳にはアテローマを患った経験もあり、気がかりな点である。
復調以降はアネルカをマネたゴールパフォーマンスを披露し、同世代の李忠成(柏)と森島康仁(C大阪)に早速マネされていた。2009年については「ポゥ!」の項目参照。
2009年、プロ野球選手・小笠原道大のドキュメンタリー番組に影響を受け(と本人は話す)、ストイックなアスリートに生まれ変わった。
スタメンに定着し、A代表に選出。「サッカーで死ねたら本望」と話し、戦後初となる代表デビュー戦でのハットトリックを決める。
これにより、大規模規制で活気の無かった東京スレがあっという間に埋まった(ネット中継でも国内サッカー板での実況は厳禁)。
アウェー名古屋戦での決定力が高く、2006年第26節、2008年第20節2009年ナビスコ準々決勝でゴールを決めている。
ヘラクレス時代の平山ファン"Peter"は一部住人のメールを元にHPを更新していた(現在閉鎖→ヘラクレス公式web記者に出世!)。
レスリングの浜口京子に似ているという声アリ。
国見高校1年時には、第12回 高円宮杯決勝戦にてFC東京U-18を下す決勝ゴールをあげている。
ひろしマイク
広島遠征の話題のときに出た誤変換が始まり。例)ひろしマイク人いる?
廣瀬なおみ
2009年7月から「FC東京ビパパラダイス」のレポーターに就任したフリーアナウンサー。
2006年から2年間、川崎Fの応援番組「ファイト!川崎フロンターレ」の3代目レポーターを勤めていたため、FC東京・川崎Fの両サポーター共に、突然の別チーム応援番組登場に驚いた。blogはこちら
廣永遼太郎
2008年FC東京U-18から昇格したGK。横河武蔵野、岡山へのレンタル修行を経て2011年帰還。
城福監督率いるU-17日本代表では正GKとして活躍した。
特にイラン戦での壮絶なPK戦は印象的(動画: )。
が、FC東京U-18では田端信成(FC東京U-18→青学大→佐川印刷)の控えにまわることが多かった。
名探偵コナンが好き。椋原健太を誘って劇場版も観に行ったそうだ。
ヒロミ
原博実のこと。原博と書くヤシは他サポの可能性大。
ピンク
土肥洋一(2000-2007年在籍。2008年緑移籍)が着用を拒み続けるヴェルディのGKユニの色。
塩田仁史らは土肥を気遣っているのか脅されているのか、土肥との対戦時には滅多に着ないグレーのユニを着用し、土肥に黄色ユニを譲っていた
また、ピンク色をこよなく愛する元ヴェルディGK高木義成の通称でもある。
緑取締役「高木の場合はピンクを好み、土肥の場合はオレンジ→青→ピンクの順のように思えます。

ファン・アクーニャカップ
デポルティボ・ラコルーニャの伝説的GKファン・アクーニャを冠にした大会で、これを制した者はタイトルを獲るとの言い伝えがある。
2004年スペイン遠征で、第15回大会に東京が参戦。梶山陽平の変態ミドルで勝利し優勝すると、その年に行われたヤマザキナビスコカップを制覇しクラブに初タイトルをもたらした。
ファンサ
ファンサービス。小平での練習上がりに行われる交流。
FC東京はファン感(ファン感謝祭)を行っていない分、ファンサ対応は積極的と言われる。
選手の都合に配慮するのは勿論だが、突然バズーカ(ヨーさん)が怒鳴ってくることがあるので注意。
フードコート
リーグ戦試合前の味スタ西側タクシー乗り場付近にケータリングカーを数台呼んで作っている食事広場。
味スタ内部の食事情があまりよろしくない為、かなりの数のサポーターからフロントに苦情があったらしく、その苦肉の策として行っている模様。
部活サッカー
2000年、中村俊輔は「あんな部活サッカーには負けたくない。」と東京に対し敵意を露にしたが、結果は東京の勝利同年2ndも東京が勝利し、現地サポからは「ハッピーバースデー俊輔」コールが贈られた。
結局、どういうサッカーなのかというと「技術で劣っても90分間我武者羅に走り続けるサッカー」といったところか。
2008年以降、城福監督が推し進めた"Moving Football"によって、徐々に部活サッカーの色合いは薄れてきているが、当時持ち合わせた「最後まで決して諦めないメンタリティー」だけはいつまでも継承し続けてほしいものである。

原博実「90分間ひたむきに走り続ける。戦い続ける。それは、このクラブがどんなに大きくなろうと、受け継がれるべき伝統なんだと俺は思う。それを変えてはいけないし、きっと変わらないことなんだろうな」
http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00071371.html
福田健二
2001-2003年在籍のFW。流浪のストライカー。
多額の移籍金を払って名古屋から獲得したが活躍することが出来ず、仙台へレンタル移籍し、そのまま完全移籍となり退団。
仙台退団後はスペイン・メキシコ・パラグアイなど海外での挑戦を続けた。2010年からは故郷のJ2愛媛でプレー。
東京では得点量産こそならなかったが、溝落ちゴール(参照:)など記憶に残るプレーでサポの心を掴んだ。
ゴールを決めた興奮でユニを脱いでいたため「福裸」や「服裸」と呼ばれることも。
練習から常に激しく全力で取り組む様は、多くの若手選手に影響を与えたハズ…
当時トップチームのコーチだった長澤徹との親交は今も続いており、正月は東京で調整しているらしい。
彼の生き様は雑誌Number636号『遺書』(2005/09/22)や、ノンフィクション本『RUN』で綴られ話題となった。
東京時代のチャントは「ジンギスカン」。最後の試合となったPSMレアルマドリード戦では、ロングバージョンのチャントが使われた。
福西崇史
2007年在籍のMF。磐田から移籍加入。背番号は37(893の項目参照)。
もともとは阿部勇樹の獲得に失敗したために行った場当たり的補強による加入だった。
もっとも、阿部獲得には4億近い移籍金を要する一方、福西は移籍金0。高額年俸ではあるが、磐田の黄金期を支え、2度のW杯に出場した大物をタダで獲得できたことに、原博実監督以下、サポも総出で浮かれまくった。
しかし、その年俸がネックとなり1年限りで退団する。
加入当初は今野・福西のボランチコンビに大きな期待が寄せられていたが、この起用が、ポジションを奪われることになった梶山陽平の奮起を促し、結局、ボランチ今野・梶山、トップ下福西という形となった。
対人の強さと、器械体操経験を活かしたアクロバティックなプレーが持ち味。2006年第31節にはシャチホコクリア(動画)でルーカス(2004-2007年,2011-年在籍)のシュートを阻んだ。
抜群のボディバランスによる被ファウルも得意。
最大の武器は審判の目を盗んだラフプレー(福西伝説)。特に対アジアでは無類の強さを発揮する。また、それに似合わぬルックスから"さわやか893"の異名を持つ。
東京では上述の起用により守備のタスクが少なかったためか、やや大人しめだったものの、ヴェルディに移籍した08年は、たまったものを吐き出すかのように残虐なプレーを連発。今野泰幸らと死闘を演じ、柱谷監督のなぁんでファールないかねえええええも生んだ。
遂に審判にも目をつけられ、最終節に退場したのが現役ラストプレーとなった。
加藤未央の初めての相手でもある。
引退後初の試合解説は、2009年開幕戦「FC東京 vs アルビレックス新潟」だった。
福見友子
女子柔道家。2010年開幕戦にゲスト参加。兄は味スタゴル裏民。
ふざけんな
2009年6月、クラブハウス内のホワイトボードに書かれた一言。
長友佑都のキャラが伺える一幕である。
「メディアなどから長友選手について聞かれることが多くなると思いますが、対応宜しくお願いします」
→「ふざけんな!」(ひらがな表記かは不明)
   ■言いたい放題FC東京 1228■
497 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:20:13 ID:pFilmR5gO
  皆さんへ
  これから職場や学校で、長友選手について質問されることが多くなるかと思いますが、
  快く答えてあげてください。
501 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:21:17 ID:jp1fi7AD0
  >>497
  ふざけんな
502 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:21:50 ID:NaG5MWFQ0
  >>497
  ふざけんな
505 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:22:17 ID:dN9EjHktO
  >>497
  フザケンナ
506 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:23:02 ID:iRzP7XLV0
  >>497
  ふざけんな!
509 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:23:16 ID:EuN+nZGvO
  >>497
  ふざけんな
512 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:24:30 ID:A/Qfyom6O
  >>497
  FUCK OFF!
525 :U-名無しさん@実況はサッカーch[sage]:2009/06/20(土) 10:28:16 ID:2bhn1N2b0
  >>501>>502>>505
  >>506>>509
  選手乙!
○○?ふざけんな。××するのはやめて。
2007年に敢行された大型補強(…。)に浮かれる東京サポになりすまして作られた痛いコピペ。○○には敵視するクラブ名が入る。
2007年オフに相次いで選手を強奪された千葉、2008年極度の成績不振に見舞われた札幌、2008年オフの主役となった神戸ver.などがある。
作成者はケソらしい。
藤丸由華
TOKYO FMでの応援番組「FC東京 DA FIRE」を担当していたアナウンサー。
以前のブログには<FC東京式>というコーナーがあり、ほぼ週1更新で選手が登場していたのだが、2008年3月のTOKYO FM退社後しばらくして閉鎖されてしまう。
フリーとなった現在も東京を応援してくれているようだが、ブログにサッカーの話題がほとんど無いのはちょっと残念。
藤山竜仁
ミスター東京。1992-2009年在籍のDF。東京ガスサッカー部時代から所属。
キングオブトーキョーとして愛されたアマラオ(1992-2003年在籍)と同期で、彼の退団後は最年長としてチームを支えた。
サッカー部時代は中野区のガス検針を自転車で行い、いい筋トレになったと話す。
メインは左SBだが、170センチに満たない身長ながら(サッカーダイジェスト誌上で告白)バックラインならばどこでもこなし、読みとインターセプトの鋭さは歳を重ねるごとに向上していた。
後方から飛び出してボールを掻っ攫うというスタイル上、ディフェンスラインはやや深めにとりがち。
桜島の実家の近所には遠藤保仁の実家があり、二人は幼なじみである。また、アトランタオリンピック代表キャプテンで有名な前園真聖とは、鹿児島実業時代の同級生である。
以前は公式サイトを持っていたが閉鎖されている。
2009年ホーム最終戦後のセレモニーで、翌年からJ2札幌でプレーすることを発表。札幌ではDFに負傷離脱者の多い中、レギュラーとしてフル稼働するも、予算圧縮により1年限りで退団→引退
2011年からはFC東京普及部コーチに。
双子ちゃん
川口信男(06-08年在籍)の双子の娘さん達の事。
スレ住民からは「双子ちゃん」と呼ばれて親しまれている。
2009年開幕戦の川口引退セレモニーでも登場。
札屋 ◆2jg8V33oaU
チケットの発売日、Pコード、Lコードを告知してくれる優良コテ。
フッキ
2011年現在、ポルトガルのビッグ3であるFCポルトに在籍するストライカー。だが、東京の守備陣にとってはかませ役。
椋原健太がデビューできたのは彼のおかげ。
JFK曰く『フッキに感謝しろ、フッキがいるからお前が出たんだぞ』
彼を封じたことにより平松大志(水戸在籍時)は評価を上げ、Jデビュー間もない長友佑都も自信を付けた。
長友佑都&佐原秀樹のマークに屈して3試合の出停処分を受けた際には、フジテレビ系列「すぽると!」内で解説の清水秀彦から
"わがままで チーム変えても 即レッド"という川柳を詠まれている。
Jリーグが合わなかったのか、緑色のチームが悪かったのかは不明。
不動商店会
旧甲州街道沿いの商店会。布田~国領間にある。
FMCのひとつ調布市にあるということで当初は東京のバナーフラッグを掲揚していたが、ある時、緑の営業の誘いにより緑バナーに入れ替えた。
それを知った東京サポ(もしくは他サポ工作員)が商店会HPの掲示板に抗議の書き込みを多数行い、それにより掲示板が閉鎖された。
これが国内サッカー板で祭りとなり、同時に「義我」も誕生。
祭り直後からしばらくの間のバナーは商店会独自のものが掲揚されていたが、現在は商店会・東京の両方(時期により変化する模様)のバナーが掲揚されている。
太肉
スポーツバー「THE FooTNiK」のこと。
恵比寿店は青赤に優しいが、大崎店は赤に優しいらしいので注意。
船が沈むぞ~!
2007年開幕戦ゲストの岡林信康が発した言葉。"虹の舟歌"の一節。
「そんなんじゃ舟が沈むぞ~」「♪エンヤモラ~」「♪エンヤ~ロサ~」
アルバム"メイド・イン・ジャパン"に収録されている。
ちなみに試合は2-4で敗戦。その後、東京は舟が沈みかけ(残留争い)、対戦相手の広島は声が小さかったためか沈没(J2降格)してしまった。
冬モニ
年頭のチーム始動時にぽっちゃりしているモニを指す。
ランニングで遅れを取り、真っ先に脱落する姿はもはやお馴染みの光景。
「俺が脱落しなかったら"今日の練習軽いんじゃないの?"って思われちゃう。」
「(周りの選手は)"モニより先には離脱したくない"みたいな(笑)。」だそうだ。
生暖かく見守ろう。
ブラジルトリオ
外国人枠(アジア枠除く)を全てブラジル人で埋めた時の布陣。
2008年版はカボレ、エメルソン、ブルーノ・クアドロス→
MXでの試合中継では、誤ってササ(パラグアイ国籍)・リチェーリ・ジャーンの3名をブラジル人トリオと紹介したことがある。
機能すれば「外人頼みか」、機能しなければ「強化部仕事汁」と、どちらにせよ色々言われるのだが、勿論前者の方が望ましい。
ブルーノ・クアドロス
2008-2009年在籍のブラジル人CB/DH。通称「青野」。C大阪・札幌と渡り歩いてきた渡り鳥。
サムライ然とした長髪がトレードマーク。日本語は日常会話程度ならできるようだ。
敬虔なクリスチャンで、休日は街角で布教活動に励んでいるらしい。2009年ナビスコカップ決勝では「IESU SAMA NO SHUKUHUKU O!(イエス様の祝福を)」と書かれたインナーシャツを着込んでいた。
1997年フラメンゴ(ブラジル)でチームメートだったケリー(2001-2004年在籍)にギターを習う。娘の名前はエステール。
スピード面での対人守備の不安と、迫力ある攻撃参加が見られることから、当初はMFでの起用に期待が集まっていたが、 2009年は足元の上手さを活かしたゲームメイクのできるCBとして活躍し、4ボランチの一角を担った。
契約非更新になったのは大幅減俸提示が理由だと報じられたが、妻の看病が理由だとも噂するサポもいた。
東京退団後はスキンヘッドになっている。
フルネバ
フ○チンでユルネバ、ネタとしていまいちなのでスルー推奨。
主にスタジアムのオーロラビジョンの横で行われる。
「今野は最高!」ゲーフラの後ろも人気スポットである。

 ||||FCTOKYO||||
    ヽ('A`)ノ
      (  )   フルネバ!!!
      ノω|
接頭語として「夜の」が付くとちょっと違う物になる。
フロンタレー
梶山がブログで川崎フロンターレのことを「フロンタレー」と書いたため一時流行。
"ウンコターレ"って正直どうよ、という人にはオススメ。

ペーニャ
2005年創設。FC東京を愛する同好の士が寄り合う「社交クラブ」とのことだが、東京スレ内では「コンコースで宴会」「ペーニャ単位での席取り」等の行為が問題視されており、見直しを求める声が多い。
2010年新体制発表会には一部ペーニャが招待された。
まぁそれくらいの優遇ならおkか…とは思うのだが、日頃が日頃なだけに反感を持つサポもいたようだ。
「ペーニャ制度」~日本のスタジアムに活気をもたらすには FC東京 村林裕専務インタビュー(2005年04月06日)
ペがリョ
韓国語の機械翻訳から生まれた用語。カボレ移籍騒動が発端。
ペドロ・ジュニオール
2011年、期限付き移籍で加入したブラジル人FW/OMF。左サイドのアタッカー。通称PJ。
保有権を持つガンバ大阪では、西野朗監督との衝突が目立った。
PJを批判するレスには「西野乙」と返しておこう。
ペルー
小池知己(1993-2001年在籍。現在はFC東京サッカースクールコーチ)の事。
幼少期をペルーですごしたことに由来。
ベロ旗
ゴール裏にあるアレ。
THE ROLLING STONES/Jumpin' Jack Flashに
「It's a gas, gas, gas(そいつは冗談さ)」という歌詞があることから
彼らのトレードマークであるベロを使っているそうな。
Mボにて「故意的な場所取りでは?」と問題視する指摘が寄せられたが、クラブとしては許容しているようだ。
まぁ今後の動員次第では再考が必要になるかもだが。
変態
難易度の高いプレーを飄々と成功させるテクニシャンな梶山陽平を指す。
かつては「FC東京 変態」でネット検索するとFC東京公式HPの背番号23(梶山の2004-2007年の背番号)のページが1番目にヒットしていた。
2ch以外の場所で「変態が~」という使い方をすると、周りの人に引かれるので注意。

ポゥ!
2009年に逝去したマイケル・ジャクソンに捧げるべく誕生したゴールパフォーマンス。カズダンスとは似て非なるもの。
第16節 神戸戦でカボレ(08-09年在籍)が披露し、ナビスコ名古屋戦で平山相太が継承した。
カボレのポゥ!は何故かCNNでダメ出しされている(動画)。
ちなみに平山は、A代表デビュー戦でのゴール後にマイケル・ジャクソンの映画「THIS IS IT」を思わせるポーズを取っている。
ポチポチ祭り
普段はJ's Goalのクリック合戦に淡白な東京スレ住人だったが、「ジェイズ五郎を獲得する=J's Goalでの扱いが良くなる」ということでクリックに躍起になる者が続出し祭りとなる。ジェイズ五郎の項参照。
■言いたい放題FC東京1012■で発生。祭りというにはやや規模が小さかったか。
ホップ・ステップ・チャンプ
2005年の場内映像に突如現れた標語。前年のカップ戦優勝の勢いで作ってしまった模様。
この年の開幕戦でアニマル浜口が見せたパフォーマンスでもある。
ホベルト
2011年在籍のブラジル人MF。
Jリーグでの経験が豊富なため外国籍選手の兄貴分を買って出ていた。
2010年のJ2降格はボランチの層が激薄だったことが主要因だっただけに期待を集めたが、負傷により稼働時間は僅か。シーズン途中で退団。
本スレ
■言いたい放題FC東京 ○○○○■のこと。
かつては雑談禁止の■■■FC東京本スレ Part○○■■■なども存在した。
本スレ=レッズ本スレを指す向きもあるので、使わない方が無難か。
ほんとっ残念なチームですねwwwwwwww
2006年オフに襲来した荒らし。手早い対処が奏功しアク禁に。
こちら側のレスに一切応じなかったため、結局何が残念なのかは分からずじまいだが、この時期の大きな話題であった、阿部勇樹争奪に敗れたことを哂いたかったのだろうか(自ずと何処のサポによる荒らしだったかも見えてくるw)。

更新履歴

取得中です。