■言いたい放題FC東京■まとめ @ ウィキ

ま行


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マーキュリー ◆G2VpigiKjQ
新潟サポのコテハン。「ら」スレを中心にスポーツ新聞の移籍情報をいち早く伝えてくれる。
東京もカボレ(08-09年在籍)利敵騒動の際には世話になった。通称マー君。かなりの大食漢らしい。
マーチ
マーチ(Meiji Aoyama Rikkyo Chuo Hosei)入学を目指す10代女子…という設定でレスをし続けていた方。
ア行ヤ行は小書き。(ワザと)sage忘れることもしばしば。「ら」スレなどでも暗躍。スルー推奨。
毎日が月曜日
J'sGOALが発表した自殺者急増の危険なスケジュール。参考 web魚拓
前田アナ
前田有紀アナウンサー。テレビ朝日系列「やべっちFC」の進行を務める。
同番組のコーナー「ハーイ!すけっち」にて羽生直剛の似顔絵を描いたところ、うまく特徴を捉えてデフォルメされていたため、住民に絶賛された。
ちなみに、後輩の佐々木亮太アナは熱烈な東京サポ
前田治
元日本代表FW。横浜フリューゲルスの初代エースストライカー。
現在はTOKYO MXでFC東京戦の解説、トーチュウでコラム「東京論」を連載中。
ブログでは多趣味な姿を見せている。
前田俊介
2010年在籍のFW。通称マエスン、蔑称「尊師」。
シーズン半ば大分からレンタル加入。残留の救世主と(一部で)期待されたが、出場すると失笑が漏れるいわゆる『大熊枠』のシンボル的存在に。結局半年で返却。
その後大分で田坂監督の下でダイエットに励んだ結果、2011年第7節で美しいミドルを決め、東京にホーム初黒星をつけるなど大活躍。去年やれよ
マキは何もしたくない
2009年4月の「ジャンクスポーツ」に徳永悠平夫人の牧子さんが出演した際に披露したネタ。
就職がうまくいかない時、後に夫となる悠平に悩みを打ち明けたところ、「マキは何がしたいの?」と聞かれて、その際に返答したのが「マキは何もしたくない!」との豪快な言葉。
一応これが馴初めである。何もしなくても良くなったらしい。
なお、2009年ナビスコ杯決勝では「マキは何もしたくない」というゲーフラがゴール裏に…。
増嶋竜也
2004-2008年在籍のDF。市立船橋高校(普通科)出身。
世代別代表でキャプテンを務めるエリートDFだったが、東京で茂庭照幸&ジャーンの控えに留まっているうちに代表からも遠ざかってしまう。
北京五輪に向けてアピールすべく、甲府、京都へレンタル移籍をするも、結局メンバーには選ばれなかった。
京都では加入早々チーム名を間違えてヒンシュクを買ってしまったが、何故か右SBで定位置を掴み、2009年完全移籍。
通称まっすぅ。平山相太と大の仲良しで誕生日を共に祝う仲。
母性本能をくすぐるルックスとキャラクターでギャルサポ多し。
地元千葉のJEF市原ユースを受験したが落とされた経験を持つ。
読み方は「ます し ま」だが、「ます じ ま」と呼ぶ人が結構いるようなので、ご注意を。
ますや
飛田給駅踏切脇にある商店。東京の試合時には店頭に出店をしてくれる。
東京スレではこの出店で売っている唐揚げが評判。
お店のご主人は東京サポなのか、ケリー(2001-2004年在籍)のレプリカユニを着用して接客してくれる。
ヴェルディ主催試合ではお店は営業していないと思われていたが、緑ユニを来ていたという未確認情報有り。
マダム塾
「まだ未熟」のこと。誤変換がはじまり。
松尾
2006年在籍(?)のDF松尾直人。鈴木徳彦強化部長がゴリ押しで獲得してきた選手。
左SBの選手として期待されたのだが、シーズン開始当初にヘルニアにより長期離脱。
その後も小平ではリハビリしかせず、目撃例も少ない事から半ば都市伝説的な選手となった。
自己希望から同年に契約解除になった。2009年最終節 新潟戦では試合終了間際に同点ゴールを決められてしまった。
その後の稼働率もイマイチだがそこそこの需要はあるらしく、しぶとくJ1下位~J2クラブで生き残っている。
マツコ・デラックス
長友佑都を溺愛するコラムニスト。二丁目系で巨体。
サッカーについてはあまり詳しくないそうなので、雰囲気やルックスから「運命を感じた」ものと思われる。(関連:小倉隆史
松下年宏
2010-2011年在籍のOMF(2011年は貸出)。
鹿児島実業時代の同級生である赤嶺真吾の存在もあり、チームにはすぐに溶け込めた様子。
手術明けだった梶山陽平の代役としての期待も集まったが、ボランチで起用されることはほとんど無く、どうにも起用方針が定まらないまま仙台へ移籍。東京を幾度も脅かした高精度のプレースキックもほとんど見られなかった。
松代直樹
G大阪に在籍していたGK。
2003年2nd第13節万博神憑り的スーパーセーブを連発。
これにより優勝争い中の東京は0-1で完封負け。これが結果的に悲願のリーグ優勝の夢を阻んだ。
その印象がもの凄く強いため、未だに東京サポから天敵扱いされている。
抹茶姐さん
スタで茶を振舞ってくれる方。1人でも客が来ないと落ち込む。金沢浄(2003-2009年在籍)と同い年だけど学年は1つ上。
そもそもスタに茶を持ち込んだのは、別に東京の応援のためとかそういうことはなく、たまたま翌日にオフ会を控えていて外出先でも野点セットで茶が点てられるか試すのに横国に持っていったのが真相。そこでJ1初勝利を味わってしまい、ジンクス好きな性格から翌週以降も持って歩くようになった。
最初は自分1人で飲んだり、顔見知りに振る舞っていただけであったが、日韓W杯のときドイツvsサウジを札幌ドームに観戦に行ったおりに、外人さんにウケるだろうと独り合点して用意してったら観客は案外日本人ばっかりで、それでもそこそこウケたため、調子に乗って味スタでもするようになった。
中学高校時代は女子校、茶道部だけではなく体操部にも所属していた。
2006年のアウェイ甲府戦では高尾駅から大月行きの中央線に乗り込むも寝過ごしてしまい、目が覚めると国分寺駅であった。そこからまた大月行きの中央線に乗るも再び寝過ごして立川駅に。鈍行で行くのをあきらめ特急料金を払うはめになってしまったのであった。
   ※上記の情報は抹茶姐さん自身による東京スレへの書き込みから判明
祭り
スレが過剰に盛り上がること。特に新選手の加入時に発生する。
トーチュウなどのスポーツ紙で報じられた時や、「○○選手 加入決定のお知らせ」がオフィシャルHPに掲載された時などが祭り開始の合図。
その盛り上がりは新選手への期待の高さに比例する。
テーマソングは北島三郎の「祭り」
連敗、大敗、劇的な逆転負けの際には、他サポによる祭りが開催されてしまうので避難しておくのが無難。
マリーゼ
かつてなでしこリーグに所属していたサッカークラブ、TEPCOマリーゼ(東京電力女子サッカー部マリーゼ)のこと。
福島県をホームとしており、FC東京と直接のつながりは無いが、TOKYO MXが応援番組や試合中継を放送、西が丘サッカー場など都内でのホームゲーム開催、スポンサーつながりもあって応援する東京サポは多かった。
ただし、チームカラーは水色でマスコットはイルカ、チャントは川崎F風…。
2012年よりベガルタ仙台レディースとして再始動。
丸亀競技場ツアーバス遅延事件
2003年の天皇杯4回戦は香川県丸亀競技場で行われた。
ツアーバスが組まれ、深夜東京を発ち、翌朝には四国入りしているはずが、雪と事故による渋滞のために朝になってもまだバスは名古屋にいて身動きのとれない状況になっていた。
有志がバスを降りて名古屋から地下鉄や新幹線を乗り継ぎ、なんとかキックオフには間に合った。
ヴィッセル神戸にPK戦で負け、結果的にアマラオ(1992-2003年在籍)の東京でのラストゲームとなった。
ちなみに、バス居残り組はキックオフ時にまだ滋賀県のSAにおり、バスが丸亀競技場に到着したのは試合「終了」3時間後のことであった。
この事は「トーキョーワッショイ!」に詳しい。
丸山祐市
2012-年在籍のCB/左SB。
大学2年まで全くの無名だったため就活に勤しんでいたが、第一志望の企業の内定を得られなかったためプロ入りに転じたというファンキーな経歴の持ち主。
実はFC東京U-15出身なので、大学経由で東京入りした選手としては阿部伸行(2007-2010年在籍)以来2例目となった。
今野泰幸(2004-2011年在籍)に憧れていたようだが、丸山の東京入りと同時に今野は退団してしまった。
マンごっだ
韓国語の機械翻訳から生まれた用語。
スレでは「ダメだった」「失敗した」といった意で使われる。

ミートグッバイ
肉離れの茂庭流表現。
三浦文丈
2001-2006年在籍の背番号10。2007年にはトップチームのコーチを、2008年にはU-15むさしのコーチを務めた。
横浜マリノスでプロデビューし、FWやOMFの選手として一時代を築いたが、東京では主にボランチで起用され、攻守に渡り的確な状況判断で浮足立ちがちなチームを引き締めた。
また、東京に対して強い愛情を持ち、引退表明の際には「他のチームのユニホームを着る気はもうさらさらなかった。自分が好きなチームで、自分がいいと判断したタイミングが、今だった」と語っている。
ちなみに、最終戦となった浦和戦には前田アナも訪れた。
2007年は出場機会の少ない選手のサポートに尽力。2008年にDF吉本一謙が再起できたのは"フミさん"の存在が大きかったと言えよう。
スペイン語もこなし、ケリー(2001-2004年在籍)ら外国人選手の助けにもなっていた。2009年に古巣横浜FMに復帰しコーチに就任。
三杉淳
漫画「キャプテン翼」のキャラクター。FC東京在籍。
味の素スタジアムのこけら落としとなった2001年の開幕戦では三杉淳選手特別招待試合が組まれている。
ミスター
藤山竜仁(1992-2009年在籍)のこと。「ミスター東京」を自称している。
J1初ゴールを決めた06年第19節の福岡戦でのヒーローインタビューで
「ミスター東京と呼んでください」と言った事がきっかけ。
しかし藤山のことをミスターと呼んでいる人はほとんどいないのが現状。
福田健二(2001-2003年在籍)のこと。
2002年ホーム最終戦の浦和戦にて劇的なVゴールを決めゴール裏のサポーターの元へ駆け寄ったのだが、客席とピッチの間には溝がありそこへ落ちた。横断幕の上に乗っていたので怪我はなかった。
ちなみにこの試合はテレビ埼玉でも放送されていて、この局では溝の下へ姿が消えた瞬間に中継が終了してCMになった。
三田啓貴
2013年加入のMF。2012年は特別指定。
通称タマ。ルーベン・タマブッチの中の人。
三田涼子
TOKYO MXアナウンサー。
TOKYO MXでのFC東京戦のレポーターや、F.C.TOKYO HOTLINEの司会者を務めていた。俺の嫁。
ただし人妻。おそろしく細身で小柄でひんにゅ(ry
ブログ内での入籍報告には多くのFC東京関係者からコメントが寄せられ、■言いたい放題FC東京 888■でちょっとした論議となった。冗談の通じる人で良かった…
彼女に対して否定的なレスをするとMXの体育館裏に呼び出されるので注意。
目黒邑からは「」と呼ばれている。
MXサイト内「ミタテキ!」においては時折辛辣なコメントを掲載することがあり、名古屋のグランパス師匠になぞらえて「三田師匠」と呼ばれる事も。
ヴェルディの通称。由来はチームカラーから。(verdi=イタリア語で「緑色」の意の複数形)
中国語では東京緑茵と表記するため(ちなみにFC東京はFC東京のまま)、「緑茵」「緑菌」「菌」ということも。類義語:カメムシ
宮沢正史
2001-2006年在籍のレジスタ。愛称ミヤザー。
左足からの正確なパスで石川直宏や戸田光洋らサイドアタッカーにボールを供給した。
セットプレーのキッカーも努め、CK時に両手でサポを煽る姿が印象的だった。
2007年大分へ移籍するも、苦手な守備を要求されたためほとんど活躍できず、2008年には仙台へレンタルされてしまう。
東京サポは、大分サポの宮沢叩きに(´・ω・`)とさせられたものだ。
2007年ナビスコや、2008年天皇杯での対戦時には、東京サポが盛大な宮沢コールを贈り、特に後者は接戦だったため賛否両論となった。
涼子の初めての相手でもある。
プロ入り当時全くの無名だった中村憲剛(川崎F)の大成を見抜いていたらしい。
ミンチ天
佐賀県近辺を中心に食されているローカルフード。魚のすり身と玉ねぎなどの野菜のみじん切りを混ぜ合わせ、パン粉をつけて揚げたもの。
酒のつまみに合うと2012年頃から徐々に東京サポの話題になり始める。
アウェイサガン鳥栖戦では毎年地元のスーパーで売り切れになるほど東京サポの胃袋をつかむ。
念願かなって2014年、東京競馬場でのFC東京フェスティバルに登場すると、500個がわずか1時間で完敗(完売)。
リーグ戦のホームサガン鳥栖戦ではクラブ側の要請もあり1000個から1200個に増やして販売されるも、これまた試合開始前に完売。
東京で開催される物産展等に出品されると、サッカーに関係もないのに東京サポが詰めかけ、売り切れに追い込む様子がよくみられる。
今や東京サポのソウルフードと言っても差し支えない。
みんなで勝カレー!
2008年12月16日の小平グラウンドでの全体練習終了後に行われたファンサービスイベント。
内容はクラブスポンサー「とんかつ新宿さぼてん」提供のカツカレー150食を、当日見学に来たファンに選手が振る舞うというもの。
数週間前に週刊モーニングで掲載された「ジャイアント・キリング」のエピソードを参考に村林社長が企画した模様。
安全面や健康面から、練習終了直後の選手がファンにカレーを手渡しするのみになった。
⇒ 参照つ カツカレー決起集会の知らせを聞いて・・・

椋原健太
2008年入団のSB。
FC東京U-18出身で、2007年度サハラカップ優勝時のキャプテン。
小柄だが一対一に強く、デビュー1年目で徳永悠平、長友佑都に次ぐSB3番手の位置を掴む。
倉又監督(U-18)などは藤山竜仁(92-09年在籍)の後継として期待を寄せている。とろろ好き。
佐原秀樹(2008-2009年レンタル加入)の母と椋原母は友人同士らしく、
その縁で中学生時に佐原のお古スパイクを譲ってもらったというエピソードは東京サポを驚かせた。
しかしそのエピソード抜きでも、デビュー戦でフッキから守ってくれたこともあって佐原を尊敬している。
ムクムク君
ホームゲームのKO前の選手入場時にメインスタンド前にふよふよと浮かぶ青と赤の空気人形のこと。
本名は「スカイダンサー」だがムクムク君で良し。
むっくん
椋原健太のこと。
2008年第5節の札幌戦にて中学生に向けられたメッセージ内で「むっくんこと椋原健太です」と発言。
また、 若き青赤戦士の日記 7/20にて「FC東京のムックンこと椋原健太」と記している。
赤ベアはむっくんちのこになる~♪そうだ。
だが、小平では「健太」と呼ばれている。
ムラバー
元社長、村林氏を指す。
無ラバー夜店Hiroshi社長
韓国語の機械翻訳で誤変換された村林裕社長のこと。カボレ移籍騒動中に発生。
裕はHiroshiではなくYutakaと読むのが正解。

目黒邑
めぐろゆう。俳優、モデル。
応援番組「FC東京ホットライン」の2008年レギュラーでトーチュウ読みコーナー担当。
彼のカミカミぶりは城福家族も温かく見守っていたとかw
番組内での「ね、前田さん?」の振りはリハーサルをしていると思われるが、無茶振りにしか見えない。
「カ行」や「サ行」の発音が苦手の模様。『例:赤嶺選手→あきゃみねしぇんしゅ』
2008年Jリーグアウォーズでのあまりの浮きっぷりが響いたのか、09年3月をもって番組降板。
後任の「青赤娘。」の微妙っぷりを嘆く一部の人は彼の再登場を願っている。
僕たちは、東京ドロンパと初めて心を通わせたあの青年を忘れない。

茂吉
茂庭&吉本でCBを組むこと。
2008年、吉本一謙はリーグ2試合ナビスコ2試合でフル出場を果たしているが、いずれも茂吉だった。
モニの貧乏揺すり
地震のこと。大きな地震の時は子づくりになる。
茂庭退団以降は「マツ(平松大志)がスベった」「重松(健太郎)がキレた」などと変化している。
茂庭照幸
2003-2009年在籍のDF。背番号2。2002年はレンタル加入。愛称「モニ」「イケメン」蔑称「シゲニワ
冬場は油断すると脂肪防寒仕様の「冬モニ」と化す。
入団当初は慣れない左SBをやらされていて危なっかしいプレーばかりだったが、 本職のCBに戻ってからはプレーも安定し、東京スレ住民からは「いつもの4人」と評され、信頼を掴んだ。
2004年ナビスコ杯決勝では、あまりの激しい運動量に体がついていかず、試合後に血尿が出た。
2006年ドイツW杯出場。当初はメンバーに選ばれていなかったが、DF田中誠(磐田)の負傷により追加招集。
その時は彼女(現在の奥さん)との旅行でハワイに滞在中であった為、急遽帰国した。関連語:ハワイ経由ドイツ行き
W杯出場以後は生彩を欠いたプレーを繰り返し、スペ化&スタメン落ちしてしまう。
2008年の8月頃にやっと調子を取り戻してスタメン復帰。チームの優勝争い参加に貢献。
2009年春以降は監督JFKがCBに最終ラインから組み立てを求めるようになった事もあり(関連語:4ボランチ)、再度スタメン落ち~ベンチ外になってしまい、主にサテライトで左SB等での再修行に挑む事になった。
「いつもの」だった頃を知っている東京サポは、足下の技術を身につけたVersion Up版「モニ 2.0」の降臨を期待していたが…。
何とか準レギュラーの地位を確保していたものの、チームの若返りの波には抗えず同年をもって退団。C大阪へ移籍。
愛車のランドクルーザーを盗まれたり、ナンバープレートだけ帰ってきたり、2003年PSMレアル戦でロナウドに手招き挑発したり、アテネ五輪予選で阿部勇樹の蹴ったフリーキックを邪魔したり、キャバクラセブンの一員になってしまったり、2006年のオールスターで周りに敵がいないことを確認してから股抜きフェイントをしたり、2006W杯では途中出場途中交代するなど、愛すべき東京のネタキャラである。
実は国際Aマッチ1ゴール1アシスト。
モニワッショイ
ときおり貼られるモニのAAの一種。特に意味はないと思われる。
モヌア(モヌ)
茂庭照幸(モニ)のこと。
A代表初出場となった2003年10/8のチュニジア戦の試合後、相手FWが「センターバックのナカザワ(中澤佑二)とモヌアは…」とコメントしたことから。
■言いたい放題FC東京 140■ と ■■■■■■■ 茂庭 5 ■■■■■■■ あたりで流行。
試合中における危険な行為で1年に1度はメディアの話題に上るWB/SB森勇介の事。MQNとも言われる。
東京の選手も、2006年の鈴木規郎に対する意図的な膝裏への蹴り(動画)や、2009年の長友佑都に対するプレー中の顔面への肘撃ち(動画)など退場級の被害を受けているが、残念ながらおとがめ無しで終わっている。
松下年宏は新潟在籍時に肘打ちを食らってレッドカードを勝ち取っている(動画)。
2009年ナビスコカップ表彰式にて、ガムを噛み続ける等の不貞腐れた態度が問題視され、多くのメディアに取り上げられた。これにより少なからず東京の優勝も霞んでしまった。
森重真人
2010年大分から移籍加入したCB/DH。SBもこなす。通称モリゲ。北京五輪代表。
獲得に際して川崎、浦和との競合があり、また、茂庭照幸・ブルーノクアドロス・佐原秀樹・藤山竜仁と次々に経験のあるCBの退団が報じられていた最中の獲得だったため、大きな期待が集まった。
平松大志が大怪我、今野泰幸も代表で不在、と加入早々にしてDF陣を引っ張る立場になった。
2011年、何故かプレースキッカーとして開眼。同年の天皇杯決勝では30mの距離から無回転FKを叩き込んだ。
森村昂太
2007-2011年在籍のMF。しかし、在籍期間のほとんどはレンタル修行だった。
FC東京U-18出身。強度の天然。原博実元監督曰く「速くてうまいMF」。ほしのあきに激似との声も。
F.C.TOKYO HOTLINE内のコーナー「商店会紹介リレー」で地元の商店会紹介を担当したところ、そのレポート中に幼なじみの女の子と遭遇。女の子のかわいさにより東京スレはプチ祭りが発生した。
正確な左足と、SBからFWまでこなす器用さを武器とするも、相手にとって危険なプレーがいまひとつ。
レンタル先では主にCHとしてゲームをコントロールしていたが、東京はこの手の役割を梶山陽平が一手に担う状況となっていたため、復帰待望論は大きかったのだが…。

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