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    『シュールな交錯 その後』



     鏡も砕けるであろう眩い笑顔に、ヘドロよりも気持ち悪い濁った眼。
     濃い紫色に所々黄色が混じった特徴的な長髪に純白の服装。
     俺の目の前に座っているのは紛れもない、間違えようもない――

    「男、作ってきてやったぞ。弁当だ、弁当だぞ? 余りの便利さに
    十得ナイフが市場どころか史上から消える危機だ! いや、ナイフは
    機器だ! 奇気か? 奇々か? 奇々化? あっはっはっはっは」


     ――女だ。



     俺の人生、何を何処でどう間違えたのか、それとも最初から正解なんて
    存在しなかったのか、バイクで登校(正確には窓をぶち破っての突入と言うか
    テロと言うか)した俺と女は今生きている。
     俺は教室に突っ込んだ時に軽い打撲と擦り傷(奇跡である事は言うまでも
    ない)、真っ直ぐにガラスをぶち破って教室に特攻したはずの女は何故か無傷
    だった。
     不公平じゃね?

     何はともあれ校長室に呼び出され、こってりと絞られた俺と女。
     教室に戻ってきた時には既に昼休みだった事もあり、今に至る。

     滅茶苦茶に荒れていた教室も今ではすっかり元通りになりつつあるが、
    突き破られた窓だけは緑色のビニールが全面に張られていた。
     言うまでもなく、破片が教室内に入ってくる事を防ぐためである。
     しかしクラスメイト達はそれをも話の種にする、という逞しさを見せ、
    昼休みを昼食にて飾っていた。
     なんと張本人たる俺と女が帰ってきた時もノーリアクションである。
     ある意味では有り難かったが、ある意味では寂しくもあった。
     というか罵倒してほしかった。
     変な意味でなく。


    「まぁとくと拝め、いや、拝まなくていいから見ろ。刮目しろ」
     俺が弁当を食べようとすると、女が机を寄せてくる。
    「これが私の作った弁当だ。どうだ? 良い出来だろう? 褒めるな
    誉めるな照れるじゃないか、あっはっはっはっはっはっは」

     そう言いながら色取り取りのおかずや真っ白のご飯が詰められた
    弁当の写真を見せてきた。


     持って来いよ。


     その日の帰り。下駄箱置場を通過し、玄関から顔を出してまだ幾歩も
    進んでないうちに、俺は女に捕まった。

    「男、いやはや奇遇だな。私も丁度ここでお前を待ち伏せていたところだ」
     こいつは奇遇の意味を理解しているのだろうか。
     ――いや、こいつに理解を求めるのは些か以上に無駄かもしれない。
     俺は長い付き合いから悟っていた。
     女は理解しない。
     女がするのは解釈と介錯だけだ。

    「……待ち伏せ?」
    「ふふ、そう身構えるな。何も襲いに来た訳じゃない。これだよ、これ」
     女の指す方向、下へと視線をやると、
    「後ろに乗れ、男。乗せて行ってやる」
     女はホッピングに跨がっていた。

     これはあれである。
     突貫工事に使いそうな工具の先にバネを装着し、跳ねる事をスポーツと
    化させてしまう恐ろしい遊具である。
     当然ながら一人限定である事は言うまでも無い。
    「どうした男。早く乗れ」

     ふざけるのも大概にしてもらいたい。


     朝方窓ガラスを突き破って登校してなくとも、そんな度胸試しは御免被る。
     例えスネオの謀略によって仲間外れにされた直後ののび太であっても、
    脊髄反射で断る事は火を見るより明らかである。

    「……勘弁してくれよ。第一何処に乗――」
    「嫌なのか」

     途端、女の顔が曇る。
    「男、お前がそこまで冷たい男だとは思わなかった」
     言いながらホッピングを胸ポケットにしまい、
    「私は悲しいぞ」
     制服の首元から一本の氷結済み秋刀魚(さんま)を抜く。
    「許せよ男。ダークサイドに染まったお前を私色に染め直す」

     女の七ツ道具の一、サンマブレード。
     氷結させる事により刃物に負けずとも劣らぬ殺傷力を持たせ、使用後は
    時間の経過と共に融解し、銃刀法をもすり抜ける。
     さらに凍らせ方によってはブーメラン型にもダーツ型にも形状を変化させ、
    投擲(とうてき)さえも可能。
     勿論緊急時には空腹をも満たす。
     その信じがたい使用範囲は女の頭脳も相俟って十徳ナイフも真っ青である。

     この秋刀魚を使い、教頭先生の最後の希望(一本)を断ち切ったのは余りにも有名。
     いつも威張っていた教頭先生の絶望振りより「波平からクリリン」という
    諺(ことわざ)が誕生した。


    「ま、まぁ待て女。俺が言ってるのは乗るところが無いって事だよ。
    どう見ても一人用だろそれ」
     一人用もクソも、二人用のホッピングなど生まれてこの方見た事さえないのだが。
    「……何を言うかと思えば」
     女は秋刀魚を胸ポケットにしまい、自分の背中に、
    「特等席だ」
     立てた親指を向けた。

     黙れタコ。

    「絶対嫌だ。断固として断る」
     即答。
     当然である。
    「何だ、この前電車をこの背中で受け止めて見せただろう。何が不満だ」
    「……考えろよ、俺の立場を」
     例え相手が女で無くとも、事もあろうに男子が女子に背負われて帰宅など、
    まだ這って帰った方が万倍マシである。
     世間の目以前に、プライドの問題だ。

    「……そうか。まぁ男だからな」
     女は拳を顎(あご)に付け、
    「ふむ、無理もない」
     一人で呟く。


    「だろう? だから――」
    「分かった。そこまで言うのなら分かった。ならばこの私の命、男、お前に
    預ける」
     え。

    「私が二人分の荷物を持ち、お前の背中に乗る。ハンドルはお前が持て」
     ぅえ?

    「男、思い上がった私を許せよ。お前がそこまでのチャレンジャーというか、
    勇気溢れる豪傑だとは思わなかった」
     ぅええ?!

    「我が愛機『シベリアン』は少々気が荒いが、今のお前なら心配は無用だな。
    ふふ、何処となしか、普段より頼もしく見えるぞ、男」
     ぅえええ?!!

    「よし行くぞ男! 背中を貸せ!」
    「ぅええええええええ?!」
    「何だその返事は」
     何だその話の展開は。
    「っざっけんなよ! 何でお前を乗せて跳ねまわりながら帰宅しなきゃ
    行けないんだよ!」
     今考えてみれば、どっちが上でどっちが下かなど、然したる問題ではない。
     余りにも衝撃的過ぎて、行為そのものに問題がある事に気付けなかったのである。


    「んなぁに、そんな小さな問題などいざ跳び始めてしまえば気にならなくなる」
     それを世間一般に「ふっ切れる」「ヤケクソ」「後は野となれマウンテン」
    と言う。
    「良いから私を乗せろ、そして跳べ。新しい世界はすぐそこだぞ、男」
     そんな世界とは一生無縁で過ごしたい。
    「……とりあえず俺は帰るよ。じゃあな」

     一歩。
     二歩。
     さらに数歩歩いたところで振り返ると、女はホッピングに掴り、顔を俯けて
    いた。
    「……」
     あいつが俺以外と口を利いた所など見た事がない。
     俺以外に一緒に帰る奴などいるはずもない。
    「……」
     あいつなりに笑いを取ろうとしたのだろうか。
     余計なパフォーマンスは身を滅ぼす……というよりあいつは学習しないの
    だろうか。
    「……」
     女は俯きながらぶつぶつと何かを呟いている。
    「はぁ」
     俺は溜め息一発、元来た道を後戻り。
     女の元へと歩を進めた。


     全く、一緒に帰りたいならそう言えばいい。
     無意味に不可解な行動を起こすから、周囲から仲間外れにされる。

    「……シベリアン射出装置『シベ』解放準備、パワージェネレーター出力最大」

     あいつも何処かで間違えてなければ素直で良い娘になっていただろうに。
     何か辛い事でもあったのだろうか。

    「……ジェネレーター出力、18Mボルト、パワーサプライ」

     情けとか偽善とか、もう考えるのも面倒だけど。
     このままだと後味悪いし。
     基本的に悪気なんてあった試しがないんだから、もう少しくらい。

    「……目標N-52ーE170」

     もう少しくらい、付き合ってやっても――


     俺が最後に見たのは、地面が爆発するよりも一瞬早く突っ込んでくる女の腕。
     俺の腹辺りにそれは食い込み、俺の背中に空気の壁を突き破らせた。

     おれのいしきはそこらへんでとぎれたようなきがする


    「N方向に+0,1123°の修正が必要だな」
     俺が目を覚ますと、目の前には山が二つ、その先に女の顔があった。
     後頭部が柔らかい何かによって支えられている。
     体中が痛い。
     酷く痛い。
     考え事はあと回しにさせてほしい。

    「なぁ男」
     それから女は飛んでいる時の心地を俺に語った。
     早過ぎて景色が見え辛かったとか、俺に話しかけても無視されたとか、
    やっぱり地球は青かったとか。
     女は話し方が下手というか、言葉の表現が独特で、ノってくると解読が
    難しくなってくる。
     俺は半分ばかし適当に聞き流す。

     女は楽しそうだった。
     口がよく動いているのが見える。
     唾飛ばすな。
     身振り手振りというが、心なしか手が三本に見える。
     ああ、あれ舌か。たぶん。

     ここが何処なのかは分からなかったが、蝉の鳴き声が聞こえてきた。 
     たぶん、日本。
     だといいな。なんか暑い。熱い。

     END