「嫌ですよ父上。そもそも、今回の外交が『お見合い』だって僕は聞いていませんでしたし」
「それでも何人かいただろう?ラズライト公の姫など、適任だと思うが……パーティでも
向こうから話しかけて来たそうじゃないか?」
「えーえー、確かにハイエルフのお姫様は清楚な感じで綺麗な人でしたよ」
「そうだろう、そうだろう」
うんうんと実に満足気に王は頷いた。
「でも、その姫が頬を赤らめながら『あの…皇子様…わたくし…
実はとんでもないマゾヒストなのでも、もし…一緒になった暁には…
あの…その…毎晩…は、激しく虐めて、破壊して下さい』
って言った瞬間……僕の絶望感がどれほどだったか……想像できます?」
「……え?」
王は皇子の言葉に一瞬、時が止まった。
「その前に行った国の王女なんて
『皇子様、1日に何回くらい自慰しますか?私は1日に3回はしてしまいますの。
今も…皇子様の事を思うだけで手が勝手に…』とか…他の王女は
『わーい、お兄様、一緒にお風呂に入りましょ♪』ってあれ犯罪ですよね!あの王女様何歳ですか!?
あとは一見まともそうなワーウルフの姫なんて
『私ね、四六時中交尾のことばかり考えているの。
後ろからパンパンって激しい交尾を想像すると…ね、皇子様…私と子作りしましょうよ♪』
とか力ずくで迫ってくるし!皆、初対面ですよ!?
だいたい皆、これみよがしに胸だの太腿だの強調しているドレス来ていますし!!
もちろん全員、丁重にお断りしましたが………父上、人選を誤っていませんか?」
(テ、ティファニー…お淑やかな感じだったのに……え、Mだったのか…
しかも子供にまで遺伝して…第一候補だったのに!他の王女も…ああ…)
なにやらボソボソと毒づいている王に皇子は再度言った。
「父上」
「ええ、あー……ああ……それは…なぁティータ」
王は困り果てて、馬車に同席しているダークエルフの女秘書官に助けを求めた。
「はい、陛下。容姿、性癖等は全て陛下の御趣向に合わせて選抜致しました」
顔面蒼白な父を見て、皇子はボソっと呟いた。
「………父上、母上に言いつけますよ」
王の愛を一心に受けるために側室を廃した后の耳に入れば、どうなるか…
サァァー…と王の顔から血の気が引いた。

「ティータ、頼むからそういった冗談はやめてくれ。心臓に悪い」
「はい、申し訳ありませんでした。殿下、これは私の冗談です」
真面目な顔をして秘書官は言った。
「本当かな……?」
横目でチラッと父を見る皇子。
その視線から逃れるように、王は明後日の方向を向いた。
「あ〜ゴホン、確か…そういえばこの近くにも国があったな」
「はい。国名はヴァルズガイスト、大きな湖の近くに王の居城があります」
「…ヴァルガ…ヴァルズ…なんっだって?」
「ヴェルガズイズド、強そうな国名だから覚えていたんだ」
「陛下、僭越ながら正しくはヴァルズガイストです。古代語で『武道』を指し、
その名の通り大戦以前より武術に優れた者を多く輩出しています。
また旧帝国と同盟関係にあり、大戦勃発後も自治を認められていた国です」
「それはすごいね……御祖父上様は近隣諸国は全部併合していったって母上から聞いていたけど…例外な国か」
皇子が身を乗り出して言った。
「しかし、もともと耕作に適した土壌が少なく、大陸の中でも5本の指にはいるほどの小国です。
初代の王は先王様の戦友の一人であったのですが大戦前に亡くなっています」
「そういえば、その話は后から聞いた事があるな。確か…第一王子がニ代目として戴冠したとか…」
とこれは王が言った。
「はい。大戦中に若くしてその第一王子が戴冠し、現在にいたります。子女に関しては……」
ティータが資料を何枚か捲り、言った。
「病死した后との間に王女を一人もうけています。年齢は殿下より一つ下か同い年のようです」
「その王女の写真はないの?」
皇子が言った。なかなかに面食いらしい。
「は…何分、辺境ですので……ですが初代の王は大戦以前、帝国内でブロマイドが出回るほどの
美男子だったそうでして、現王もその血を受け継いでいるそうです。また無くなった后も美女だったそうです」
「そうか……」
ティータの言葉を聞き、王は少し思案するような仕草を見せ、言った。
「早馬を飛ばしてくれないか……予定にはなかったが訪問しよう」
「は…?し、しかし、ヴァルズガイストまでは距離にして5日ほどかかりますが…」
ダークエルフの秘書官はやや難色を示した。
旧帝国の王が訪問とあれば、小国とはいえ、それなりの準備がある。
「諸外国を訪問……といっても、ほとんどお忍びのようなモノだ。
それに元同盟国なら対応は心得ているだろう。7日後に立ち寄ると伝えればいい。
それまでその城の近くの湖畔に陣を張ろう」
「畏まりました、陛下」



ボクの名前はスティア=ヴァルズガイスト。
ヴァルズガイスト…って厳つい姓だけど、古代語で『武道』という意味。
ボクはその名前を冠する国の第一王女だ。
だけど……国とはいうものの、その規模は大陸の中でもワースト5位には入る程の小さい国だ。
これっといった観光名所もなく、耕作面積も大きくはない。
国民が餓えることはないけど、いかんせん収穫量が少ないので
実に質素な食事で日々を過ごさなければならなかった。
それは王族も例外じゃない。本来ならば、こういった小国は先の大戦で滅んでいるのだが
この国がやってこられたのは『武道』の名を冠するだけに武術に長けた人材を
多く輩出して帝国の同盟国として大いに貢献してきたからだ。
亡くなったお祖父ちゃんが帝国の亡き王と古い友人だったということも大きかったんだろう。
戦時中でも物資がどっさり送られてきた。しかし終戦をむかえ、帝国の領土が縮小されてしまい、
それに伴ってボク達の国は大戦前に逆戻りしてしまった。
質素な食事……王族なのにイワシの缶詰を食べているのはウチくらいしかなんじゃないかな?
大陸が平和になったのはいいけどさ。

そんなある日、なんとこの国に旧・帝国の新王と皇子が訪問するという知らせが来た。
しかも7日後に――――――
知らせを受けた城の中では侍女、侍従、文官、兵士、大臣達が忙しく動いている。
国賓を迎える式典準備に、色んな書類、警護、清掃等々、みんな手慣れたものだ。
しかし、問題なのはボクの食事だ。いつも質素な食事を新王に出すわけにはいかない。
従ってこの先1ヶ月分の食材が全て晩餐会につぎ込まれる。
つまり、いつも質素な食事がさらに質素になるのだ。
朝・昼・晩の食事はお粥に干し肉かチーズの切れ端、葡萄酒を3倍の水で薄めた貧乏酒、最後に塩。
これは50年くらい前の船乗りの食事か?晩餐まで7日もある…3日辺りから気が狂いそうになった。
「父上……今夜はゆで卵がありますね」
「言うな娘よ……悲しくなる」
これが王と王女であるボクの会話……ああ、無情。
しかも薪もオーブン用に注ぎ込まれるので身体を洗うのは近くに流れる川だ。
今は忙しいのでお付きの侍女もいない。
ボクはベルトを緩めてズボンを脱ぎ、ブーツやシャツ、下着を脱ぐ。
スカートや女モノの服は何かの行事の時しか着ることはない。
そもそも川に来る時にフリフリのスカートなんか履いてきたら
小枝に引っかかって邪魔にしかならない。
ボクは素っ裸になると大きめのタオルをもって川に入って行く。冷たくて気持ちがいい。
この川は近くにある湖へと流れ込んでおり、流れも緩やかで身体を洗うのには適している。
泳いで岩場の陰まで来ると持っていたタオルと石鹸でごしごしと身体を洗う。
「う〜ん……少し、育ったかな?」
ふにっとボクはおっぱいを触って呟いた。おっぱいそこそこ
お尻の肉付きは少し余分かもしれない…年相応だろうか?

いやいや、以前侍女に借りて読んだ諸外国の姫様はこんなモンじゃない。
特に東の公国…ラズライトのハイエルフの姫様は女神みたいだ。
水位は腰までの深さだけど、ボクは背面の格好で目を閉じ、流れに身を任せた。
「ん〜いい気持ち……」
――――ガサッ――――
微かな者音、閉じていた眼をパッと開き、川底に足をつけて振り向いた。
そこには一人の少年がいた。年齢にすると同じ年齢くらいだろうか、ぽかんと口を開けている。
「あ………」
「あ………」
気まずい沈黙が流れる、ボクはおっぱいを手で隠して。
「見た?」
ボクの第一声はソレだった。そんじょそこらのお嬢様みたいに
「きゃあああ」なんて反応はしないし、そもそもできない。
「――――ッッ見てない、見てないよ!?」
あわてて少年は弁解する。身なりからしてかなりいい身分なのだろう。
旅行中の貴族の子息が迷い込んだのかもしれない。
「ふぅん…………でも、今は見ているよね…」
「あ…う…ご、ごめん!」
少年はあわてて後ろを向く。タオルを身体に巻き付け、ボクは川に身を沈めた。
「もうこっち向いてもいいよ」
少年はおずおずと向き直った。
(……貴族であればそれ相応の対価を貰わないとね)
ボクは胸中で笑い、手を差し出した。
向き直った少年はきょとんとして言った。
「手を引けばいいの?」
んなワケないだろう?出すもの出せってーの
「違う、違う。わかるでしょ?ボクの辞書に『無料』って言葉はないの」
「ボ、ボクって………君、女の子だよね?」
だからなんだ?女は一人称が『私』じゃないといかないのか?
「そんなことどうでもいいじゃない。『わたくし』とでも言って欲しいの?
冗談じゃない。ボクはそういう言葉遣いが嫌いなの」
んべっと舌を出して言ってやった。
「わかったよ、じゃコレでいい?」
少年は渋々、革袋から硬貨を3枚取りだした。
「はぁ?硬貨じゃないよ、紙幣!それも最高額の紙幣3枚!」
舐めやがって、貴族のクセにせこいヤツだなーもう!
「そんなに!?」
「この身体に不満があるっていうの?」
ボクはタオルに手を掛けた。見せるつもりはないけど。
「わ、わああああっ!タ、タオルを取らないで!は、払う、払うから!」
そう言って少年からお金を手に入れたボクは上機嫌で城に帰った。

お金はこっそり貯金して、十分に貯まったらいつかは行ってみたいお忍びの海水浴。
生まれてから海を見たことがないボクにとっての密かな夢。
はあーあ…帝国のお姫様はいいよねぇ…きっと最高級のホテルに美味しい料理、
ふかふかのベッドで夏の海を楽しむことができるんだろうなぁ…
そんなこんなで城に帰り、ベッドに潜り込む。
ああ…ホントに羽毛100パーセントのふかふかベッドが羨ましい。
そして旧帝国の王と皇子が来国する日になった。旧帝国の王に会うのはこれが初めてだ。
なんでも元勇者軍の一員で大戦を終戦に導いた一人だとか、
大戦中、共に戦った皇女様と恋仲になったとか色々な逸話がある人物だ。
少し前にそれを原作にした本が出て、ベストセラーになった。
特に若い女性を中心に爆発的に売れたらしい。
ボクも購入して読んだ。脚色はあるのだろうけど、なかなかおもしろかった。
それにエッチな部分もけっこうあったのでオカズに使ったことは内緒だ。
そんなことを思案していると父上が耳打ちしてきた。
「娘や、お前はただ黙ってにっこり微笑んでいればいいのだぞ」
「はいはい、笑いますよ。お国の為に、民の為にってね。でも父上、ちゃんとお辞儀
できるかわからないよ。『てぃあら』でしたっけ?このちゃらちゃらした飾り
……重くて、重くて床に頭突きしちまいそうです」
父上はしばらくこめかみに手をあて、言った。
「死んでも喋るな。頼むから」
「あいよ、父上」
そして件(くだん)の王とその皇子が謁見の間に入ってきた。
うん、王様はナイスミドル、お髭もセクシー、渋いぜ。
……で、皇子の方は――――――眼があった。
「あ………」
「あ………」
ボクと皇子の声がハモった。

続く

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最終更新:2011年12月24日 08:18