──ふるさとの人々は、どうしているだろうか。
凍えていないだろうか、ひどい扱いを受けていないだろうか、食べ物はちゃんと、足りているだろうか。

そんなことを考えながら僕は、広いお邸の回廊から、暗い夜空を見上げていた。
この四角く切り取られた空も、故郷の空へと繋がっているのだろう。僕は、随分遠くへと、連れて
こられてしまったけれど。
ふたたびあの懐かしい故郷の土を踏むことは、あるのだろうか。
いや、絶対に帰る。生きてさえいれば、願いを捨てずにいれば、いつか道は開けるはずだ。
そう思ってなければ、今にもくじけてしまいそうだった。
両手には、板状の手枷が嵌められている。
僕は、奴隷としてここへ連れてこられたのだ。
異郷の地で、誰かに所有され、踏みにじられるために。

「おい」
背の高い男が、僕を呼ぶ。
「付いて来い、おまえの主になる方に、引き会わせる。」
僕は黙って、彼の後ろを歩いた。

──こいつ、気にいった。おれに、くれ──
敵陣で、シン国側の兵士に押さえつけられた僕を前に、そう言い放った甲高い声を思い出す。顔は
よく見えなかったが、小柄で、多分かなり子供だ。
僕は、子供特有の残酷さを思って、暗澹とした。
これからどんな目に、合わされるのかも分からない。できれば面白半分の拷問とかは、是非やめて欲しい。
まあ、自分から宣戦布告をした上に、なすすべもなくシン国の正規軍に捻り潰されて滅んだ『クニ』
の民に、何か発言権があるとも思えないけど。
僕は少し投げやりな気分で、前を歩く男の背中を見た。

まあ、いいや。
僕は既に裏切り者だ。どうなったっていい。
故郷の人たちさえ安全なら、それでいいや。
僕の処遇については、何も求めない。かわりに、生き残った人たちの命と、最低限の扱いを
──この冬を越せるだけの衣食の保障を、僕は求めた。
是、と答えたあの『偉い人』に少しでも人の心があるなら、その約束だけは守られるはずだ。

前の男が突然に歩みを止めて、僕はその大きな背中にぶつかってしまう。
「ここだ。憶えておけ」
憶えておけと言われても、僕はこんなに扉と回廊の続く建物ばかりのところなんか初めてだし、
木も岩も草もないところで何を目印にすればいいのか、皆目見当がつかなかった。
ただ、男が足を止めた扉は、上品な飴色の光沢を湛え、草花の文様で美しく装飾されていて、
なんだか特別な扉のようだ。
「一応、言っておくが」
男はちら、と僕を振り返って見た。
「姫様に粗相をしてはならん。大事な方だからな。何かあればおまえの首など、すぐに飛ぶ。」

 ひ め さ ま ?

何となく、思っていたのと違う単語を突然聞いたような気がして、少し混乱する。
「あの、それってどういう…」
「会えば判る。──姫様、連れてまいりました」
男は僕の質問を無視して扉の奥に呼びかけた。

「入れ」
扉の奥からは、よく通る澄んだ女の子の声がした。

扉の先にあったのは、柔らかな色調で纏められた、広々とした房室。
大きな花器がいくつか置いてあり、そこには色とりどりの、見た事もないような鮮やかで大輪の
華々が咲き乱れていた。
部屋の中央にある長椅子から女の子がすっと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。
その光景をぼんやりと眺めながら僕は、

──ああ、花仙って本当にいるんだな──

などと考えていた。
花仙は花に宿る魂と言われ、稀に人の姿を取って現れ、花の美しさを具現化したようなその姿で、
人を惑わすと言う。言い伝えでしか聞いたことはないけれど、その子の姿は、まさに、花仙そのもののように思えた。
僕は瞬きも忘れて、光り輝くようなその姿を見ていた。
白い花弁を思わせるみずみずしい肌、桜桃のようにつややかで透明感のある小さな唇。
玉(ぎょく)のように濡れて光る大きな瞳。豊かな黒髪は、右側でゆるく編んで前に垂らされている。
淡い薄紅色の衣は臙脂色の腰帯で留められ、足元までをなめらかに覆っていた。

「こら、跪け。」
男に肩を押されて我に還る。僕は手枷がついた両手をだらりと下げ、完全に放心状態だったみたいだ。
僕の心も、仙界から現実に引き戻される。信じられないほどに美しく、本当に花仙のようだけれど、
その子は僕が跪く相手というわけだ。
「よい、近う寄れ」
姫様、と呼ばれたその子は、鈴を鳴らすような素敵な声でそう言う。こんな声で命令されたら、
うっかり何でも聞いてしまいそうだ。数歩だけ進んで僕は膝をついた。

「桂花の民の首長家、ウォン家の三男、ウォン・ユゥだな? 歳は、十七」
彼女はすらすらと、僕の素性を述べた。その通りです、と僕は頷く。
「大義であった、ツァオ。下がってよい。」
僕を連れてきた背の高い男はツァオという名だったらしい。彼女が優雅に微笑みかけてその労を
ねぎらうと、彼は一礼して、ほとんど音を立てずに扉の向こうへと消えた。

「さて…ユゥは、シン国語が分かるのだったな?」
「多少は。簡単な、ことなら」
「なかなかよい発音だ、ユゥ。」
彼女は軽く頷いて、僕のシン国語を褒めてくれた。その仕草のひとつひとつさえ、優雅で綺麗だと思う。

なんなんだろうこの状況。
花仙と見まごうばかりの綺麗な女の子と、ふたりっきりで。僕は奴隷の手枷をつけて、跪いて。

「わたしは、先の桂花の戦いで軍師を務めたチェン・シュンレンの娘、チェン・メイリン。
今日から、おまえの主となる。」
……はい? どうやら重要なことを一気にまくし立てられたような気がするけど、耳も頭も
ついていけません。あくまで『簡単なことなら分かる』程度ですから。
とりあえず、この綺麗な子がチェン・メイリンって名前なのはわかった。
「全ては分からずとも、よい。ひとまず、ここではわたしに従わねばならぬということだけ、理解せよ。」
彼女は膝立ちのままの僕の前までゆっくりと歩いてきて、僕の顎に手を添えて上向かせる。僕の顔を
覗き込むようにして、ちょっとだけ甘えるような声で囁く。
「…わかった? ユゥ。」
その言い様があまりにも可愛くて、僕は思わず頷いてしまう。
「よかった。じゃあ、こっちに来て。」
メイリンはちょうど親戚の子を家の中に案内するように、手枷のついた僕の手をとって歩き出した。四方を
白い紗で覆われた一角に腰を下ろしてから、そこに枕が置いてあることに気づく。
「あの…ここは……?」
寝台?
杏色の天蓋から薄手の紗が垂れ下がり、中には何かいいかおりのする香が焚いてある。
「ウォン家の子、ウォン・ユゥよ。おまえに、命令を与える。」
メイリンは僕の隣に腰を下ろすと、ぴっ、と背筋を伸ばして、改まった声でそう言った。
「主たるわたしの、夜伽をつとめよ。」

……。

……………………………。

………………………………………………………………えっ?

…すみません、なんか今、すごい言葉を聞いたような。寝台に来て、よとぎ、とか何とか。

そうだ。これは空耳です。女の子に縁のなかった僕が、いきなりこんな状況で女の子とふたりきりに
なってしまった所為で、いけない妄想をしているんです。きっとそうです。

「ユゥ、……いや、なの?」
メイリンは固まった僕の耳許に囁いた。
あの、耳に息吹きかけるのやめてください。心臓が爆発しそうになったじゃないですか。
「嫌、っていうか、状況が、ぜんぜん分からないんですけど。」
既に心臓は早鐘のように打っている。こんなに可愛い子に間近で見つめられて、だめ? なんて
聞かれたら、手枷さえついてなければ、もうどうなっていたか分からない。
そういやこの部屋に来る前、やたらとがしがし洗われたけど、まさかそういう意味か?!

「おまえは主たるわたしに従う義務がある。そのわたしが望んでいる、おまえに否やは許されていない。」
「えっと……。そもそもそういうことは普通、結婚した男女が行うことかと。」
一応、頑張って常識で抵抗してみる。シン国にだって貞節の概念はあるはず……っていうか、
シン国のほうがそういうの、厳しいんじゃなかったっけ? え? 僕どこか間違ってる?
「わたしはそういう普通は好かぬ。男ならば女遊びが許されているのに、何故女はいけない?」
とっくに僕の頭の限界を超えています。お母さん、シン国はまじ恐いところです。
僕の十七年間の常識がなんだかひとつも通用しません。僕ちょっとこの国を舐めてたかもしれません。
「いや僕の『クニ』では男もあんまやらな……」
「そんなことはどうでもいい」
一蹴された。ずい、とメイリンがこちらに体を寄せてくる。ああ待って、恥ずかしいところが
恥ずかしい状態になってるのがばれる。
「…きみなら、誰を誘ったって、嫌とは言われないでしょう?!」
メイリンは本当に、僕が十七まで生きてきて目にした中で、一番綺麗な女の子だった。と言っても、
年頃になってからは、禄に妹以外の女の子と口を利いたことすらないのだけれど。
「別に、誰でもいいなどとは言っておらぬ。」
メイリンは少し憮然とした。可愛い子は、怒った顔も物凄く可愛いものなんだ。
「知り合いの貴族の子弟は、気軽に誘えぬ。すぐにそのまま結婚話に発展してしまうからな。
かといって、全く見知らぬ相手では、素性が知れぬ。あまりに身分が低くても障りがある。
金で体を売る男娼も考えたが、もともと男の相手をする男であるので、なよっとして食指が動かぬ。」
男の相手をする男。なんか凄いことを聞いちゃった気がするが、既に色んなことが僕の理解力の限界を
軽々と越えているので、全力で聞かなかったことにする。
「そこで、おまえだ。先の桂花の戦いで、わたしが、おまえを見つけた。
父上に願い出て、おまえは、わたしのものとなった。」

「──ちょっと待って、あの戦いに、きみも参加していた?」
僕がそういうと、メイリンはちょっと驚いたように目を丸く見開いた。
「わたしがその旨、父上に申し出たのは、おまえの目の前だったではないか。ちゃんとおまえにも
分かるように、桂花の言葉で言ったはずだが」
──ちちうえ、こいつ、気にいった。おれに、くれ──
確かに、あのたどたどしい言葉は、シン国の言葉ではなく桂花の民の言葉で発せられていた。言われて
みれば、甲高い子供の声だと思っていたけれど、メイリンの声に似ていなくもない。
「あのときの子供が、……きみ?」
「無礼な。わたしはもう十六である。子供などではない。」
男の子であれば、あの声の高さはさぞ子供だろうと思っていた。でも、まさかあの戦場に女の子がいたとは。
「……シン国では、女の子も従軍するものなの?」
少なくとも僕が見た限りでは、僕らが闘ったシン国正規軍の兵士達は皆鍛え上げられた体躯の男の武人達だったけど。
「ふむ。あの時は父上が珍しく軍師として兵も指揮なさるとのことだったので、無理を言って末席に加えて
もらったのだ。なんと言っても、父上が表舞台に直接お出ましになることなど、滅多にないからな。
代わりに、護衛のような屈強な部下を、ごっそりつけられてしまったが。」
では、あのときメイリンがちちうえ、と呼んだ──僕が交渉した相手が、メイリンの父親なのか。

なんか、不思議な人だった。
シン国軍に投降した僕が、ともかく一番偉い人に会わせてくれ、と言い続けた結果、出てきたのが
その人だった。ひとりだけ軍装をつけておらず──それが軍師という立場ゆえなのか──軽やかな
服の裾をなびかせながら、ほとんど足音を立てずに歩いた。
それは力強く大地を踏みしめて歩く武人達の中で、一種独特な雰囲気を醸し出していた。
先陣を切った選りすぐりの部隊は、シン国軍の前にあっけなく総崩れになり、老人と子供ばかりの
後続部隊を降伏させる代わりに、彼らと、里に残る女子供の命を助けて欲しい、と嘆願する僕を、
肯定とも否定ともつかぬ薄い笑みで見つめていた。
あの『偉い人』の娘なら、メイリンは相当に偉い『お姫様』なのだろう。

「あのときは、おまえに、してやられたな。
おまえの放った火が、一つしかない山道で、我らの追撃を阻んだ。
見事であったぞ、あの判断の早さと正確さも、撤退の指揮も、炎の扱いも、それからそのあとの、父上を
前にしての交渉も。
山道を埋めた炎は、おまえの言うとおり、何もせずともきっかり半日で鎮火した。」

桂花の民は、主に焼畑で農業を営んで暮らす、平和な民だった。だから誰でも山に火を放つときの
技術を身につけているし、伝統的に里と外界を繋ぐ山道には、それなりの用意がしてあるのだ。
ただ、圧倒的に僕らは、戦いに向いていなかったのだ……と、今となっては思わざるを得ない。

「おまえには、感謝しているよ。」
「……え?」
「わたしの率いる隊は、おまえの率いる後続部隊と、衝突する寸前だった。
だが、捕らえてみれば、おまえの隊にいたのは、おまえより若い子供ばかりではないか。
おまえのおかげでわたしは、部下に子供を斬らせずに済んだ。」
そのときのメイリンの声は、深い苦しみと痛みを湛えていて、ようやく僕は、目の前の綺麗な
女の子が、あの血なまぐさい戦場に、本当に居たのだと理解した。

唐突に、あのときの感情が喉元までぐっとせりあがってきた。
「──僕は、弱虫で、裏切り者だっただけだ…!!」
どうすることも出来ずに、僕は手枷に拘束された手をぎゅっと握り締めた。
桂花の民の誇りを賭けて、死んでもなお進むべきなのだと、父も兄も信じていたし、真っ先にそうした。
決して、シン国に膝を屈してはならないと、一度屈してしまえば、誇りは奪われ、聖地は穢され、
なにもかもを奪い去られて死よりも耐え難い恥辱が待っているのだと。
そしてたくさんの男達が、その志に殉じた。
鍬を振るい、鳥を撃つだけの桂花の民は、シン国の兵士と比べると、子供のような貧弱さだった。
武器の持ち方一つでさえ、圧倒的な差があった。ほとんどの者は、まともに切り結ぶことさえ、
出来なかったに違いない。
でも僕は、僕の親しい人たち、大切な人たちの血が流れ、命が失われてゆくのを目の当たりにして、
最後まで抵抗して命を散らすのが正しいこととは、思えなかった。父と兄と、それに従った多くの
桂花の男達に背いても、あれ以上の同胞の血を流すのを、止めたかった。
裏切り者と、呼ばれることになっても。
「そんなことはない」
震える僕のこぶしに、ほっそりとしてなめらかな手が重なる。
「そんなことは、ない。おまえのしたことの価値は、いずれ分かるだろう。
おまえの故郷の者達にも、おまえ自身にも。」
鈴を鳴らすような美しい声で、落ち着いて確信を持ってそんなことを言われると、まるで天の啓示の
ように聞こえてしまう。
「…慰めてくれなくても、いいよ。」
心の中に湧いてくるそんな妄想を振り払うように、僕は言葉を絞り出した。
「慰めているのでは、ない。だからおまえを気に入ったと、言いたいのだ。」
メイリンは何の迷いもなく、大きな目でまっすぐに僕を見て言った。僕のほうが恥ずかしくて俯いてしまう。
「……ありがとう。」
相変わらず状況は掴めないけれど、なんだか元気づけようとしてくれていることは分かる。
こんなに綺麗な女の子に心配してもらえるのは、それだけで幸運なことに思えた。


「よし。では納得できたところで、しようか。」
ちょっと待って何を。
「……えっ? 今の話で、すっかり毒気抜かれたところなんだけど。」
ようやく恥ずかしいところも普通の状態に戻ったところなんだけど。えっ?
「そうは言っても、もう兄上達に、宣言してしまった。今夜中に完遂してみせると。
わたしは、嘘は吐かぬ。言った以上は、やらねばなるまい。」
「それは良い心掛けだと思うけど! 内容によっては!!!」
「何事にも全力で取り組まねばならぬ!! たとえ小事であろうと!
そうは思わないか、ユゥ。」
言ってる内容が妙に立派なのが、更に困る。
シン国人はやっぱり横暴です。誰か助けて。

そこではっと気がついた。
桂花の民の間では、シン国のことを『チェンの世』と、言い習わしていた。広い国土を統べる中華の国
とは言え、今はチェンという名の皇帝が預かっているに過ぎぬ。長い歴史の中、皇帝の姓は何度も
入れ替わって来た。そしてシン国のなかではおいそれと口にすることの出来ぬという皇帝の姓を、
気安く呼ぶことによって、かの国に従わないという意思を表明するという習慣でもあった。
「チェン・メイリン……、チェン…?」
「おや、やっと気づいたか、チェンは国姓である。」
そしてメイリンは今、同音の姓ではなく、はっきりと皇帝と同じ国姓、『陳(チェン)』であると言った。
「皇族の、お姫様……?」
「今の皇帝陛下は、わたしの叔父上である。父上は、陛下の弟君で、親王殿下である。」
ええええええええええええ。 この国の、皇帝の、姪?!
「じゃあ、僕には最初に名乗れと言った割に、自分のことは最後まで『名もなき軍師』とか言って、
頑として名乗らなかったあの『偉い人』も、すっごい身分の人?!!」
「今言ったではないか…親王殿下だと。父上は、御自分の名を出すのがひどくお嫌いなのだ。」
更にメイリンは、誇らしげに胸を張った。
「ちなみに母上は、この国の宰相閣下であらせられる。」

僕は反射的に後ろに身を引いた。どういう家族だよ。
「そんなすごいお姫様が、どうしてこんな酔狂を?!」
いや、そういえば、身分が凄く高い人たちのほうが、変わったことをしでかすとか聞いたことがある。
「酔狂では、ない。ものは試しだ。」
高貴なお姫様のメイリンは、堂々と言った。そのふたつの違いが分かりません。
「兄上様達には、そういうことも経験しておいた方が視野が広まると、父上が言っておられた。
では女たるわたしはどうすればよいのですか、と問うと」
「問うと?」
「気に入ったものが居れば、世話してやる、と仰った。」
どういう父親だよ?! やっぱりシン国の身分の高い奴らは、ぶっ飛んでる。
「そこで、おまえだ。──これを言うのは、二度目だな。
まだるっこしい。奥の手を使うか。」
そういうとメイリンは、つと立って、しゅるり、と帯を解き始めた。
そして、何事かと目を見張る僕に少し微笑んで、肩から衣をするっと落とす。
続いて下着も同じようにして、するりと落とし、何者にも覆われない彼女の裸体があらわになった。

そこに現れたのは、神仙による造形。完璧な曲線、完璧な色調、究極の美しさ。
神秘的なほどになだらかな曲線を描く胸の二つのふくらみ、なめらかなお腹の真ん中で生命の
繋がりの名残りを主張する小さな臍、健やかにまっすぐに伸びる細くて長い二つの脚。なにより、
脚の付け根にうっすらと息づく、未知の茂み。
神聖なものを見てしまった驚きで、僕は呼吸すら忘れていた。

「……なんだ。特に何も起こらんな」
すっかり固まってしまった僕を見て、生まれたままの姿になったメイリンはつまらなそうに口を尖らせる。
「どうしても堕としたい男が居るときには、おまえはただ、服を脱げばいいよって、父上が仰ったのに。」
なにその性教育?! シン国の上流階級ってどうなってんの?!! 実践的過ぎるだろ!!!!!
「『これ』をつけたままでは、どうにもならないよ。」
こんな状況になっても飛びかからずに済んだのは、手枷が両手にしっかりと嵌っていたから。ともかく
何をするにも、この板状の枷がやたらとつっかかって、自由を制限される。
屈辱的な、奴隷の証。
「ふむ、それか。」
メイリンは少し考えるような顔をして、無防備な姿のままで首を傾げた。ああもう、目のやり場に困る。
「それは今夜は、外してはならんと厳命を受けておる。
敬愛する父上の命ゆえ、逆らうわけにはゆかぬ。」
「やっぱり。少なくとも今夜はそういうことをするなっていう」
「黙れっ!! おまえに父上の何が分かる。わたしのほうがずっと、父上様のことを理解しているのだからな!!!
父上は、やれるならやってみればいい、と仰った。」
「それは普通に解釈すると、『無理だからやめとけ』って意味なんじゃ…。」
「違ーうっ!! 父上はいつもちゃんと、わたしのすることを認めて下さるっ!!」
メイリンは座ったまま手足をばたばたさせて、地団太を踏んだ。
可愛い。なんか凄く、可愛い。

「いいのだ。おまえが不自由なぶん、わたしがしてやる。それでいいはずだ。」
メイリンは甘く蕩けるように微笑んだ。こんなときも彼女は、凶悪なまでに可愛い。


メイリンは僕の手枷で縛められた腕の間に、輪をくぐるようにしてするり、と入ってきた。
そのまま僕の膝の上に腰を下ろすと、逃げようもなくほんの近くで、目が合う。
うわあ、近い近い近い近い近い近いっっ!!!!

「まずは、くちづけから。いいなら、目を瞑って。」
何言ってんの? 混乱しすぎで、彼女の言ってることがぜんぜん分からない。顔が、頭が熱くて、
目が廻りそう。
もはや、現実感など皆無だった。夢のように綺麗な唇が眼前で動いて、何事かを囁いている。それは
どこか遠くで鳴る鈴の音のようで、意味が頭の中に入ってこない。
訳も分からずその大きな瞳や、長い睫が動くのを凝視していたけれど、ふいにその目が翳って、僕は
急いで目を閉じる。
哀しそうな顔は、見たくない。

その瞬間、唇に何かとんでもなく柔らかいものが触れ、すぐに離れた。
「えっ……、なに今の」
やっぱりこの子は花仙じゃないだろうか。触れたとき、なにか花のような匂いがした。
それに、あの感触。あんなに柔らかいものが、この世にあったなんて。
「次は、ユゥから。」

ほとんど思考が溶けかかっていた僕は、言われるままに彼女に顔を近づけた。もう一度唇が重なる。
やっぱり信じられないほど柔らかい。そしてやっぱり、花のような香りが不思議に香る。
柔らかさの記憶が、離れた途端に消えるのが惜しくて、誘われるままに何度もくちづけた。何度も
触れ合い、だんだんに下唇と、続いて上唇の感触を味わうように食んでゆく。
触れれば触れるほど欲しくなり、花のような香りに誘われて、舌で彼女の口腔内を探ろうとするまで、
それほどかからなかった。
その間にメイリンは、器用に僕の帯を解き、上衣の紐を解いて、僕の服の前を肌蹴させていた。

「…あ」
「あ」
唇を離して声を上げたのは、同時だったかもしれない。メイリンの手が、僕の下衣に伸びたのだ。
そこには当然、恥ずかしい部分があるわけで。
「ユゥ…、これは、なに?」
うわあ恥ずかしいっ!! うっかり硬くしているところを女の子に触られたあああああ。
僕の股間は、しっかりと盛り上がってその存在を主張していた。
恥ずかしい。まじ恥ずかしい。なんなんだこの恥ずかしさ。ほとんど拷問だ。

しかしメイリンは、眦を下げ、顔中で嬉しそうに笑った。
「やはり…やはり、父上の仰ることに、間違いはない!!」
そう言うと、肩を震わせて、くふふ、と可愛らしい笑い声を立てた。
「ここがこうなっているということは、ユゥはわたしに、堕ちた?」
いや、そこがそうなってたのは、もっと前からですけど。
笑みを含んだ悪戯っぽい目で、上目遣いに僕を見ながら器用にするすると下衣の紐を解いてゆく。
その手際の良さを不思議な気分で眺めていると、彼女は言った。
「一時はわたしも軍装をしていたのでな、男の装いには慣れている。軍では、素早く動かねばならぬし。」
そうですかそうですか……。聞いているうちに、順調に腰巻まで緩められて、座っているから
全部脱げるわけではないけれど、覗き込むと服の中に『それ』が顔を出す状態になる。

「ほぉ…、ふんふん、そうか。」
メイリンは顔を出したそれを覗き込んで、そんなことを言う。
なにその曖昧な相槌。何でもいいからハッキリ言ってよ。

するとメイリンは、白魚のように細くてなめらかな手を僕の下衣の中に差し込んで、すっかり怒張した
僕のそれを、さわさわと触りだした。ふたつの手のひらと十本の指が、風に弄られる草のように
さらさらと僕のそこを撫でてゆく。

あっ、駄目。いまはだめ。なんかまずい。
度重なる刺激に、僕のそこは地味に限界が来ていた。このままそんなに細くて綺麗なすべすべの手に
撫でられてたらまずい。
「うわあ駄目────ッッ!!!!」
が、もう遅かった。僕の分身は理性とは関係なく快感を拾い、否応なく登りつめてゆく。
押し止めようもなく快感がせりあがってきて、僕は初めての他人の手による射精を、メイリンの
手の中で迎えた。




     ──続く──

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最終更新:2011年12月24日 01:44