かつて大陸を支配した王も、元を正せば大陸南部を拠点とした小国の君主であった。
軍馬に跨り、戦場を駆ける君主に常に付き従う者が二人いた。
一人は後に君主の妻となる女騎士。
もう一人は軍師として仕える、青年。
幼い頃より共に笑い、泣き、苦楽を共に過ごした親友であった。
やがて君主は大陸を平定し、強大な帝国を築く。
女騎士を正妻として迎え、軍師として仕えた青年も妻を迎えた。
帝国は益々、栄えるはずだった。しかし、君主は全ての頂点に立つ者として
『大陸に平穏を保たねばならない、再び戦乱の世に戻してはならない』という思いがあった。
いつの頃からか……誰かがこの座を奪うのではないか?…と君主は人の心を疑うようになった。
今、この座を奪われては、再び大陸は戦乱の世に戻ってしまう…と人の心を疑う思いが日に日に強くなっていった。
そして王の心が闇に閉ざされるきっかけを作ったのは皮肉にも、王の世継ぎが誕生した日だった。
側室を持たなかった王には待望の世継ぎであったが、生まれたのは元気な女の子であった。
さらに王妃の産後の容態が思わしくなく、そのまま帰らぬ人となってしまった。
幼い赤ん坊を前に王は、一つの結論に辿り着く。
疑わしき者は全て消さなければならない。
そして謀反を疑われた者は全て処刑された。その中には無実の罪を問われた者の少なくはなかった。
あまりに度が過ぎた粛清に対して、かつて軍師は君主に諫言した。
しかし、もはや疑心暗鬼の塊と化していた君主はその軍師を筆頭にその一族郎党を全て処刑してしまった。
王は自ら親友を処刑した事で自責の念に駆られたのか、ようやく冷静さを取り戻したが既に時は遅く
王は臣下、万民から『魔王』と呼ばれ、恐怖の対象となると共に多くの怨恨を背負った。
「……有能な将校さんはこんないい部屋で寝泊まりできるのね」
朝の日差しが差しこむ部屋で若い女性がくるまったシーツから顔を出した。
「ははは、何度修理しても雨漏りする兵舎が懐かしいよ」
「贔屓だわ。とっても贔屓。同じ王に仕える身なのに」
「ルナは近衛騎兵団の副長だからね、俺とは武勲の数が違うのさ……」
既にベッドから出て、制服を身につけた青年騎士が水差しと2つのグラスを持って来た。
「……気兼ねなくシャワーが浴びられる貴方が羨ましいわ」
ルナと呼ばれた女性が半身を起こしてグラスを受け取る。
群青色の髪に赤い瞳が印象的な女性だ。何気なしに水を飲んでいるだけなのに不思議と見とれてしまう。
「私なんて身体を拭くのがやっとなのに……ん?…やだ」
青年の視線に気付いたルナはシーツから覗いている乳を隠し、顔を赤らめた。
「あ、ごめん……そんなつもりじゃなかったんだけど」
「もう……」
近頃は帝国内外で兵士の行き来が激しい。
その理由は帝国に反旗を翻す部族や小国によって帝国領内の街道が寸断され、物品の流通に支障が出ているからだ。
特に貴重な真水や塩などの供給がここ数日、滞っている。先に大規模な暴動が街道で起こったためだ。
さらに国境外の少数民族及び、森林地帯のエルフ、地下探鉱のドワーフ達が同盟を組み、着々と軍備を進めているという。
また帝国内でも一部の者達がその同盟組織と内通しているという噂がある。果ては王の暗殺まで画策しているとか、ないとか…
「なら前線の部隊に転属するかい?ルーナンティ=エレオノーレ君。
我が第1騎兵団は君を歓迎するよ。毎日、乾燥豆のスープに塩漬け肉と水割り酒のフルコースで」
水を飲み干した女性は軽く笑って
「遠慮しておくわ。キース=フィリップマン第一騎兵団長…………もう行くの?」
「ああ、朝議の時間だからね。シャワーは自由に使うといい。じゃ、また後で」
「ありがとう、いってらっしゃい」
「失礼致します。お呼びでしょうか」
「………入れ」
城内に設けられている塔の中で、最も高い塔の一室
城下が一望できる部屋の主にルーナンティは低い声で入室を告げた。
「ルーナンティ=エレオノーレ近衛騎兵副団長であります」
「………近くに寄れ」
暗い室内で椅子に座す男の声にルーナンティはゆっくりと歩み寄った。
「ここ最近、お前に命じた任務の報告書に同じ文字が記されている」
「い、いえ…そのような事は――――――あっ」
男はいきなりルーナンティの尻に指を食い込ませた。
- 「事細かに記されているが……要は『成果なし』と言うことだ。これが何を意味するか、わかるか?」
「じ…事実を述べているだけです…わ、私は―――んっ…く」
男の指がさらに下部に伸び、ぐっと上へ突き上げた。
「フィリップマン…とか言ったか…あの男は有能すぎるのだ。それに人徳もあるとあれば計画とやらに携わっているかもしれん。
風の噂では……私を暗殺する計画というではないか。お前をあの男へ近づけたのは、
暗殺計画に関わっているであろう者共を調べ上げるためだ。
それを命じて4ヶ月も経つ…それほど時間がかかっておるのには、他にワケがあるのではないか?
男と女……床を共にする中では寝物語に何を囁いているかわからんからな?特にお前は」
男がルーナンティの眼を射抜くように睨んだ。
「わ、私は……あの者にそのような感情は……んっ…は」
男の手がさらにルーナンティを弄(まさぐ)る。
「我が血を分けた娘で無ければその首をとうに刎ねているところだ。あの男の下で股を開くだけがお前の任務か?」
「……断じて…そんな…心構えではありません…」
「お前の身体には母親と同じように淫らな血が流れているのだ。男を狂わせるセイレーンの血がな。
その能力(チカラ)を使ってもこの程度とは……」
男は報告書の束をルーナンティへと投げつけた。宙を舞う紙の中でルーナンテイは静かに言った。
「…母は貴女を愛していたと………ち、父上」
ルーナンティは目を閉じ、震える声で答えた。
「何だ、それは?」
しかし、男は殺気を帯びた声で答えた。
「――――――し、失礼しました。陛下」
「お前の存在は、私しか知らん。この世で私の血を正統に受け継いでいるのは第一皇女のみ」
「………はい」
「あと一週間の猶予を与えてやろう……その汚れた雌犬の身体をもって、忠誠を示せ。
もしも、あの男が計画にたずさわっていたとしても…あの男だけは生かしてやる。
舌を抜いて生かせておけば裏切りの憎悪の矛先は全てあの男に。お前もその方が楽しめるだろう?」
「……し、承知致しました。計画の首謀者、必ずや……」
「その言葉、努々、忘れるな……」
- 「………」
数日後、首都の郊外の娼館がひしめき合う地区をキースは歩いていた。
「ねぇん、騎士さまぁん、お願い、私を買ってくれないかい?」
一人の街娼が腕を絡ませてきた。大きく開いた胸元を見せつけるよう言った。
「ああ……そうだな」
「ふふふ…『料金は』?」
「『それ相応で』………ハンナ、集まっているか?」
「そこの角の酒場よ。あと1時間は巡回の兵士が来ないわ」
娼婦はボソとキースに呟くようにいうとさっと路地へと入った。
酒場のドアを3回叩き、さらに3回叩く。するとドアが開いた。
「遅いぞ、キース。お前が最後だ。皆、揃っている」
ドアを開いたのはルーナンティの上司である近衛騎士団長のハリーだった。
酒場に入ると帝国の名だたる将校と同盟組織の代表が集結していた。
「遠路痛み入る、この計画の責任者、キース=フィリップマンだ」
「前置きはけっこうです。時間が惜しい、本題に入って下さい」
どこかの少数民族の族長だろうか?どこか気品がある。
美しい青い髪に尖った耳、エルフの女性だ。
「決行はこれより7日後の半月の夜だ。抜け道に精通しているというのは君か?」
キースの視線が一人の男性に向けられた。
「ああ。とある縁でラズライト公に協力している者だ。あんた達よりあの城の構造を知り尽くしている自信はある」
男がテーブルに置いた詳細な城内地図を指し、言った。
「ここに兵舎がある。奥から2番目兵舎の屋根は新築でもしていなければ今も雨漏りがしている。
そして側溝を流れる水は地下水路に流れず、逆流して兵舎の床を水浸しにする…違うかい?」
「……君の素性に興味があるな。正解だ、王を討つメンバーに君が入っている事は心強い」
「王を討つメンバーは申し分ないが…皇女を討つメンバーの編成はどうする。
聞けば、あの王の力を受け継いでいるらしいではないか、生かしておくのは危険だ」
ドワーフの男が言った。これには近衛騎兵団長のハリーが答えた。
「そうしたいのは山々だが、皇女の部屋まで距離がありすぎる。我等、近衛隊の者でさえ
ここには近づけん。皇女直属の者達がガードしている。ここは確実に王のみに的を絞りたい。
王が死ねば、この強大な帝国をまとめ上げることはいくら皇女とて容易ではないだろう?
皇女を討つのは、盟約通りに各部族の代表で議会制を敷き、帝国から自由を取り戻してからでも遅くはない」
「帝国の残党をまとめる事は容易ではない…確かに、あなた方をみていれば納得がいきます」
先のエルフの女性が言った。
「そういう事だ。あとは――――――」
そして最後の会合が終わり、メンバーは別々に散っていった。
残ったのはキースと近衛騎兵団のハリーだけだ。
「いよいよだな……」
「………ああ」
- 二人は酒場から出て、城下にある兵士御用達の酒場に入った。
「こうしてお前と二人で話すのは久しぶりだ。近衛騎兵団は都の警備ばかりで暇でな」
葡萄酒が入ったボトルを置き、ハリーは上機嫌に言った。
「お前が近衛騎兵団に入る前に会ったきりか……確か2年も前だな」
「辺境の平定じゃかなり武勲を挙げたそうじゃないか。聞かせてくれよ」
ハリーはキースのカップに酒を注ぎながら言った。が、キースは一口煽るとボソッと呟いた。
「………酷いもんだ」
「ん?」
「国境の外にいる部族は皆、敵に見えてくる。帝国の圧政と無理な併合が原因だ。
彼等は我々を憎んでいる。道ですれ違う荷馬車に弓兵が潜んでいて射かけてきた事もあった。
商品を売る女が箱の中から出したピストルで頭を撃たれたヤツもいたよ」
「………そうか」
「リセを覚えているか?」
「お前の副官だった女だな」
「花売り子供のバスケットに爆薬が仕掛けてあってな…リセの脚ごと吹き飛んだんだ。
俺は必死で彼女の脚を探したよ。
だけど見つからないんだ……俺はもう血まみれのリセを抱えることしか出来なかった。
息も絶え絶えに言うんだよ……『帰りたい…故郷に帰りたい…』って…似たような兵は他にも大勢いた……
そうしてこちら側の報復が始まった。女を殺して、子供を殺して疑わしいヤツは皆、殺した。
『殺さなきゃ、殺される』って自分を納得させながらな」
「もういい、もう終わった事だキース……お前のおかげで故郷に帰れた奴もたくさんいるんだ。お前は悪者じゃない」
「いや、俺の方こそすまん。悪い酒になってしまったな……そんなつもりで話したんじゃないんだ。
こんな戦は早く終わらせたいと思ってな…」
「だが、正直……辺境の平定からお前が戻った時、嬉しかったよ。よく生きて帰ってきてくれた」
「感謝するよ…戦友」
キースはふと言った。ハリーに耳をかすように身振りで伝えると
「ひとつ提案があるんだが」
「どうした」
「ルーナンティを仲間とは言わないが、何とか逃がすことはできないか?」
「エレオノーレをか?冗談じゃない。無理だ。あいつは大した実績もなく王の命令で配属されたヤツだぞ?
貴族の養女とされているが素性は不明だ。息が掛かってるに決まっている。
いくらお前とつき合っていると言っても……それは無理だ」
「……彼女を愛しているんだ。何も知らずにあんな王を守って死ぬなんて――――――
決行の前に何とか彼女だけでも」
「いいか、キース冷製になれ。あの女は俺の副官だ。監視役といってもいい。
彼女は常に俺の側に控えているんだ。決行する時に彼女が生きていたら俺が殺られる」
- 「…………どうにもできないのか」
キースは酒が回らない程度に話を切り上げ、自室へと戻った。
決行までの数日間は教育隊での任務をこなすだけだ。指揮下にあった第一騎兵団には新たな指揮官が配属されているが
ただのお飾りにすぎない。何年もの間、戦場を共にした兵士や兵長達は自分の命令に従う。
決起の日は指揮官を消し、首都の主要な機関を制圧する手筈になっている。確かに彼女とはつき合って何ヶ月も経たない。
つき合う事は…今思えば副官の……リセの事を忘れたかったからかもしれない。
ルーナンティの笑顔を見る内に癒されていくような感じがしたのは確かだ。血まみれのリセの夢をもう見ることはなくなった。
だが、王を暗殺することによって再びルーナンティが死ぬような事があっては……
「くそ……」
苛立ちを隠さずにドアを開けた。頬を撫でる一陣の風……そこにいたのはルーナンティだった。
「キース、おかえりなさい」
「あ…ああ…すまない。君が来ているとは思わなくて……外で一杯やってきたんだ。ど、どうしたんだ?こんな夜に」
明らかに動揺している、心臓の鼓動が何かを警戒するように脈打つ。戦場で何度か経験した事がある。
何かがおかしい、自分の身に危機が迫っている。だが、その何かがわからない。その何かとは…まさか――――――
「キース」
その言葉に、キースは思わず声を上げた。心臓が鷲掴みにされるような声。ルーナンティに圧倒されている?
この声と優しく微笑みを浮かべた眼に見つめられただけで?
「抱いて下さい」
ルーナンティは後ろを向き、するするとスカート捲り、下着を着けていない臀部を晒した。
月の光に照らされ、色白の男を狂わせる女の肌はいつもとは違う妖艶な色気を漂わせていた。
例えて言うなら…セイレーンが持つという…魅惑の…否応なしに魅了されるという色気だ。
「ルナ……?」
「貴方が欲しくてたまらないのです」
こちらを振り向いたルーナンティの肢体。まるで神話で語り継がれるような女神がそのまま顕現したような美しさだった。
年相応に実っている乳房も、それを支える胸筋によって張り出し、その頂きでツンと慎ましくも存在を主張している桜色の突起。
大胆にくびれている腰から太腿の艶やかな曲線美、腹部にうっすらと浮かぶ腹筋は男性のような武骨なものではなく
股間部の淡い茂みへと続くなめらかな線を描いている。
「何も言わずに……キース」
それはまさに女神だった。女神には違いないが、魅了した者を
破滅へと誘う深淵の女神、セイレンの化身だった。
続