「姫様―!姫様―!」
静かな昼下がりの午後、屋敷内を駆け回る一人の青年がいた。
「あ、キルシェ様。どうなさいました、大声を出されて」
廊下の反対側から、ワーウフルのメイド―――ティニアとアリアエル
がティーポットとカップをのせたカートを押しながらやってきた。
「どうしたもこうしたもない!ティニー、アリア!姫様はどちらに行かれたんだ!」
青年はティニーの両肩をがしりとつかみ、凄まじい剣幕で両肩の脱臼を目論むが如く
ガクンガクン揺らした。
「やめて下さい!やめて下さい!犯さないで!」
いきなり泣き叫ぶメイドに青年は怒鳴った。
「誰がだ!アリア、知らないか!」
青年はもう一人のメイドに激しい剣幕で振りむいた。
「え、ええっと…その…わかりません」
申し訳なさそうにもう一人のメイドが頭を下げた。
「ああ…一体、どちらに行かれたというのだ!?姫様にもしものことあれば陛下に申し訳が立たん
もしや、姫様に口止めされているのではあるまいな!?」
ギクッとなった二人のメイドだが、それを誤魔化すようにティニアが言った。
「そんな!?適当に理由つけて犯そうと――――――!?」
ティニアは両手を頬にあて、悲壮な顔をした。
「違う!誰がお前なんぞ犯すか!頼まれたってするわけないだろ!」
「私がワーウルフだからって差別してるんですか!?」
「種族は関係ない!だいたい昼間から若い娘が犯すとか犯さないとか――――――」
ワーワーギャーギャー…もはや収拾がつかなくなってきた。
「そもそも私が留守の間、一体何をしていたんだお前達は!メイド失格だ!減給してやるからな!」
「ええッ!?減給だけは勘弁して下さい!御飯が食べられなくなってしまいます~」
「身体で払いますから減給だけは!」
収拾がつかない三人を遠巻きに最年少のメイドが小さな手に封書を持ち、ぼそっと呟いた。
「あ、あの……キルシェ様、ひ、姫様のお部屋にお手紙が……」


『覇王の孫娘』


かつて『大陸の窓口』と呼ばれ帝国西部方面軍の拠点であった都市は
今や行楽地としてその名を馳せていた。港近くの露店には
様々な輸入品と海産物がずらりと陳列され、行き交う人々で大通りはごった返していた。
さらにこの季節にしか輸入されない東方大陸の珍しい品々は特に観光客の目を引き、
『土産に』と飛ぶように売れ、また都市が有する長大な砂浜には、毎年のように多くの海水浴客が訪れ、活気に満ち溢れていた。

『宿屋ボナパルト』

「いやぁ…お久しぶりですねぇ姫様」
「いくらお客さんが多いからって姫様はダメだよ、イツファさん。誤解されちゃう」
ワイワイガヤガヤと騒がしい宿の食堂で昼食を取っていた少女が言った。
「ああ、ごめんねぇ…でも、あんなにちっちゃかったのに、
少し見ない間にすっかり大きくなって……ティル様にそっくりですよ」
手に持った料理をテーブルにならべ、イツファと呼ばれた女将は笑った。
『おーい、ビッククラブの丸焼き、上がったぞ』
カウンターの奥から野太い声が聞こえた。ここの主人だろう。
「はーい、今行くよ。じゃ後で、エッジにでも街を案内させますから、ごゆっくり♪」
「ありがとう、イツファさん」
少女は愛想良く笑うと、テーブルを囲んでいる連れに向き直った。
「あの方は主様の御知り合いですか?」
と自前の箸で魚の塩焼きを摘んでいた黒髪の女性が言った。
「うん。母様とプリンおばさんのね…リーフェイは初めてかな?」
貝と唐辛子のパスタをフォークでくるくると捲きながら少女は言った。
「ええ…あの身のこなし…シノビの心得があるようで」
「もぐもぐ……さすがリーフェイ、当たり♪……ああ~夏休み中にやっと海に来ることができたわ。
女子校はそれなりに楽しいけど息が詰まるんだよねぇ、御丁寧な貴族の女の子ばっかりだし。
『リューティル様、ごきげんいかが?』とか『お姉様、お慕い申し上げております』とか……
はぁ……共学の小さい学校の方がよかったなぁ…」
少女の隣に座っている少年が眉をひそめて小さな声で言った。
「でもよかったんですか、リュティ様?キルシェさんに無断で?」
その問いに少女は貝のフライをパリパリと食べながら、ぞんざいに答えた。
「え~?いいの、いいの。キルシェに言ったって、『海に行かれるのであれば、安全の為に最高級の宿泊施設を』
とか言って、絶対つまらなくなるのは目に見えてるもん。出店に行かせてくれないし。頭、固いんだから」
ふんっと鼻を鳴らして少女は言った。その口真似がおかしかったのかリーフェイはクスッと笑って言った。
「ですが……私とセイヴィアが留守ということ知れば…キルシェさんならおおよそ行き先は検討がつくと思いますが」
「大丈夫だよ。ちゃんと置き手紙してきから」
えっへんと胸を張って、少女は答えた。
「主様、その置き手紙には何と書かれたのですか?」
「『7日程、屋敷を開けます。探すな、絶対』って」
「…………そ、それはさすがに心配されるかと」
セイヴィアが苦笑しながら言った。それにキッと眉を上げて少女は答える。
「でもさ、『首都に行きます』とか書いたら、連絡されてまた父様とか母様に叱られるし、
兄様も『リューティルも年頃なんだからもう少し落ち着けばいいのに』とか言われるんだよ?他にどう書けって言うのよ?」
「確かに……勘の良いキルシェさんであれば……偽ってもすぐバレますし…」
「そんな事より、念願の海に来ることができたんだし、早く海に行こうよ♪この日の為に可愛い水着買ったんだから」

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最終更新:2011年11月19日 16:06