霧の中に消ゆ
前書き
容量いっぱいになったので、新しく。
容量いっぱいになったので、新しく。
9-2
律と卯深の前に現れた二人は知美と翔だった。
誰もいない中ずっと彷徨ってきたために、相手が誰であれ、ここで二人に会えたことは安堵すべきといったところだろうか。
誰もいない中ずっと彷徨ってきたために、相手が誰であれ、ここで二人に会えたことは安堵すべきといったところだろうか。
「あんた、誰よ。律、知り合いなの?」
「誰とは。あなたこそ、誰なのです?」
「誰とは。あなたこそ、誰なのです?」
卯深と知美が睨み合う。
誰もいない中で折角出会ったというのにも拘らず、睨み合う必要性などあるのだろうか。
そもそも、ここで睨み合うこと自体可笑しな話だ。
それが分かっていたのだろう、翔が知美の袖を掴み――
誰もいない中で折角出会ったというのにも拘らず、睨み合う必要性などあるのだろうか。
そもそも、ここで睨み合うこと自体可笑しな話だ。
それが分かっていたのだろう、翔が知美の袖を掴み――
「トモ、そんなことしてる場合じゃない。今は、テテスを探さないと」
「え、あ、うん。そうでしたわね。私たちはテテスを追いかけている途中でした」
「え、あ、うん。そうでしたわね。私たちはテテスを追いかけている途中でした」
知美は卯深から視線を外すと、翔へとうなずいて見せた。
「分かってくれてよかった」と翔も頷いて返している。
「分かってくれてよかった」と翔も頷いて返している。
「あの、妖精を見ませんでした?」
「妖精? また噂話の件ですか? そんなものいるわけがありませんのに」
「いたんだよ。実際、私たちは見た。目の前で一馬さんを消されたんだ。そして、私たちは、妖精を捜して」
「その、カズマとやらが誰か存じませんが。本当に妖精なんて見たんですの? この霧の中、鳥か何かと見間違えたんじゃありません?」
「こいつっ!?」
「卯深、待って」
「妖精? また噂話の件ですか? そんなものいるわけがありませんのに」
「いたんだよ。実際、私たちは見た。目の前で一馬さんを消されたんだ。そして、私たちは、妖精を捜して」
「その、カズマとやらが誰か存じませんが。本当に妖精なんて見たんですの? この霧の中、鳥か何かと見間違えたんじゃありません?」
「こいつっ!?」
「卯深、待って」
律は、知美に掴みかかろうとする卯深の腕を掴んで、止めた。
卯深は律の顔を見て、渋々といった表情で自らを抑えてくれた。
卯深は律の顔を見て、渋々といった表情で自らを抑えてくれた。
「とりあえず、私たちは妖精なんてものは見ませんでしたわ。逆に、私たちの探しているテテスをご存知ありませんかしら?」
「テテス? それこそ、誰さ?」
「別にアナタに訊いているわけではありませんのに。では、あなたにも分かるように言いますか。黒衣の男です。背は……この中の誰よりも高いとしかいえませんわね」
「テテス? それこそ、誰さ?」
「別にアナタに訊いているわけではありませんのに。では、あなたにも分かるように言いますか。黒衣の男です。背は……この中の誰よりも高いとしかいえませんわね」
黒衣の男、この言葉に律は息をのんだ。
いや、息をのんだのは律だけではないらしく、卯深も同じく驚いた表情をしていた。
いや、息をのんだのは律だけではないらしく、卯深も同じく驚いた表情をしていた。
「黒衣の男って、あの人がテテスなのですか?」
「『なのですか』って、知らぬ存ぜぬ言い張ったくせに、やはり知っていましたのね」
「いいえ、その、その人がテテスという名前なのは知りませんでした。だから、訊かれても知らないとしか答えられなかったんです」
「知らなかった? まあ、特徴でしか知らないのでしたら、今回は大目に見ますわ」
「トモ、何だか偉そうだね」
「翔、そこで変な茶々はいりませんことよ。
――オホン、話がそれてしまいましたわね。私たちは、この霧の発生源であるテテスを追いかけていましたの」
「『なのですか』って、知らぬ存ぜぬ言い張ったくせに、やはり知っていましたのね」
「いいえ、その、その人がテテスという名前なのは知りませんでした。だから、訊かれても知らないとしか答えられなかったんです」
「知らなかった? まあ、特徴でしか知らないのでしたら、今回は大目に見ますわ」
「トモ、何だか偉そうだね」
「翔、そこで変な茶々はいりませんことよ。
――オホン、話がそれてしまいましたわね。私たちは、この霧の発生源であるテテスを追いかけていましたの」
律は息をのんだ。
霧の発生源があの男――テテスの仕業なのかと思うと、妖精もあの男が関係あるのではないのだろうか。
テテスは律に気をつけろと言っていた。
それは、この霧の中で妖精がカズマを、人々を消していってしまうから気をつけろということだったのではないだろうか、と。
でも、ここで律はおかしな感覚にとらわれる。
なぜ律に気をつけろと言ってきたのだろうか、である。
霧の発生源があの男――テテスの仕業なのかと思うと、妖精もあの男が関係あるのではないのだろうか。
テテスは律に気をつけろと言っていた。
それは、この霧の中で妖精がカズマを、人々を消していってしまうから気をつけろということだったのではないだろうか、と。
でも、ここで律はおかしな感覚にとらわれる。
なぜ律に気をつけろと言ってきたのだろうか、である。
「んじゃ、そのテテスとかいうのを捕まえれば、この霧はなくなるわけ?」
「ええ、私たちの推測ではそうなっております」
「推測? 何だか、ずいぶんと当てにならないのね」
「何ですの? あなたはいちいち私に絡むような言い方をして」
「知らないわよ」
「ええ、私たちの推測ではそうなっております」
「推測? 何だか、ずいぶんと当てにならないのね」
「何ですの? あなたはいちいち私に絡むような言い方をして」
「知らないわよ」
また卯深と知美が睨み合いを始めてしまった。
話が次に進まないことに律が困った顔をしていると、翔が律の前に寄ってくる。
話が次に進まないことに律が困った顔をしていると、翔が律の前に寄ってくる。
「ボクたちは、テテスを追っている。テテスを追い詰めれば、この霧がなくなるはず。全部、推測の域を出てない。でも、テテスが関係している。これは、間違いない」
「その、テテスという人と、妖精は関係あるの?」
「ボクたちは、妖精を知らない。この霧に妖精が関係あるのか、分からない。人々を消したのが妖精なら、少なからず関係がある。そのためにも、テテスを追いかけるべき」
「その、テテスという人と、妖精は関係あるの?」
「ボクたちは、妖精を知らない。この霧に妖精が関係あるのか、分からない。人々を消したのが妖精なら、少なからず関係がある。そのためにも、テテスを追いかけるべき」
翔はそう言い、律の手をそっと握ってくれた。
なぜそんなことをしてくれたのか律は分からなかったが、きっと不安な顔をしていたのかもしれない。それを気遣ってくれたのかもしれない。
なぜそんなことをしてくれたのか律は分からなかったが、きっと不安な顔をしていたのかもしれない。それを気遣ってくれたのかもしれない。
「トモ、行こう。ボクたちは、テテスを探さなきゃ」
「え? ええ、分かっていますとも。
あなたたちにもテテスを探してもらいたいのですが、よろしい?」
「え? ええ、分かっていますとも。
あなたたちにもテテスを探してもらいたいのですが、よろしい?」
知美のそばへと戻っていった翔が、また知美の袖を引っ張って睨み合いを止めた。
「といっても、四人が一緒に行動しても、何だか上手くいかない気がしますわね。ここは二手に分かれて行動しましょうか?」
「ああ、私もそれがいいと思う。あんたと一緒といるのが、息苦しくて仕方がない。
行くよ、律」
「ああ、私もそれがいいと思う。あんたと一緒といるのが、息苦しくて仕方がない。
行くよ、律」
―― ◇ ――
二手に分かれてテテスを追いかけるわけとなったのだが、街の中は知美と翔以外に未だ誰も見かけない。
大通りから外れ、学校へとたどり着いた。
卯深が霧で大幅隠れてしまっている校舎を見上げて「誰もいないわね」とぼやいた。
確かに、律はここで下校時、昼食前の屋上とテテスに会っている。
「他をあたろうか」と卯深が声をかけてきたので、二人が校舎を背に向けたときだ。
悲鳴が二人の耳に入ってきたのだ。
声からして場所はこの近くだろう、二人は互いに見合ってうなずき、駆けた。
学校の敷地から出て、感覚を頼りに走っていく。
霧が遠くの景色を遮り、悲鳴の主はなかなか見えてこない。
そして、向こうから、何かが走ってくるのが見えてきた。
互いに走っているから、すぐにその誰かが分かるようになり――
大通りから外れ、学校へとたどり着いた。
卯深が霧で大幅隠れてしまっている校舎を見上げて「誰もいないわね」とぼやいた。
確かに、律はここで下校時、昼食前の屋上とテテスに会っている。
「他をあたろうか」と卯深が声をかけてきたので、二人が校舎を背に向けたときだ。
悲鳴が二人の耳に入ってきたのだ。
声からして場所はこの近くだろう、二人は互いに見合ってうなずき、駆けた。
学校の敷地から出て、感覚を頼りに走っていく。
霧が遠くの景色を遮り、悲鳴の主はなかなか見えてこない。
そして、向こうから、何かが走ってくるのが見えてきた。
互いに走っているから、すぐにその誰かが分かるようになり――
それは恐怖に顔を歪ませた知美の姿だった。
10-1
悲鳴を聞いて駆けていくと、恐怖に顔を歪めた知美が向こうから駆けてきた。
先ほどまで一緒にいただろう翔の姿はどこにもない。
先ほどまで一緒にいただろう翔の姿はどこにもない。
「何があったのよ?」
卯深が知美の前へと寄り、両肩を掴んで訊ねた。
知美は震えるだけですぐには何も答えなかったのだが、目の前にいるのが卯深だと分かるとゆっくりと口を開く。
知美は震えるだけですぐには何も答えなかったのだが、目の前にいるのが卯深だと分かるとゆっくりと口を開く。
「翔が……翔が、得体の知れないものによって……」
「得体の知れない……? 妖精に消されたと言うの?」
「え、ええ……あんなの、ただの噂話とばかり思っていましたの。それなのに、突然現われて」
「得体の知れない……? 妖精に消されたと言うの?」
「え、ええ……あんなの、ただの噂話とばかり思っていましたの。それなのに、突然現われて」
知美はそれを言って、再び黙り込んでしまった。
卯深が律の方へと振り返る。律はそれにうなずいて返した。
一馬が消えたときと同じようなことが知美の前でも起きたのだろう。それを目の当たりにした知美は錯乱しているのだろう、と。
卯深が律の方へと振り返る。律はそれにうなずいて返した。
一馬が消えたときと同じようなことが知美の前でも起きたのだろう。それを目の当たりにした知美は錯乱しているのだろう、と。
「さて、どうしようか? これで私たちは三人。それぞれバラバラで行動するよりも、纏まっていた方がいいのかもしれないわ。纏まっていたからってどうにかなるとは思えないけど、バラバラに行動してひとりずつ知らない間に消えてしまっても困るわけだし」
「どうするの、卯深?」
「どうするって、このまま三人であの男を探すのよ。テテスって言ったっけ? あれを探せば、今起きている騒動をどうにかできるかもしれないって、言うわけだし。それに、今妖精を追いかけ続けたところで、今度は私たちの誰かが消されるかもしれない」
「どうするの、卯深?」
「どうするって、このまま三人であの男を探すのよ。テテスって言ったっけ? あれを探せば、今起きている騒動をどうにかできるかもしれないって、言うわけだし。それに、今妖精を追いかけ続けたところで、今度は私たちの誰かが消されるかもしれない」
卯深はそう言って、知美の肩に手を置いた。卯深の提案に異論がないか訊こうというのだろう。
知美は小さくうなずいた。異論はないということなのだろう。
知美は小さくうなずいた。異論はないということなのだろう。
「さて、決まったわけだけど。どこから探そうか、それが困りものね。一体どこにいるのか、さっぱりなわけだし。私が思い当たるのは学校なんだけど、誰かがいる様子はなかったわけだし。律は、どう? それと、あなた、ええと、そういえば名前を訊いていなかったわね。ま、この際名前はどうでもいいわ。あなたは、どう?」
卯深が律へ、知美へと問いかけてきた。
律は知美へと視線を送った。
知美は卯深の問いにうなずいて返すだけだ。むしろ、卯深の問いさえ聞こえているのか分からない。
別れる前の勢いはどこへ行ったのかと思うほどに、今の知美はうなだれている。
目の前で信じられないことが起きればこうもなるものなのかもしれない、自分もまた卯深がいなければ知美と同じようにうなだれていたのかもしれない。律は今の知美を自分と重ねて見ていた。
律は知美へと視線を送った。
知美は卯深の問いにうなずいて返すだけだ。むしろ、卯深の問いさえ聞こえているのか分からない。
別れる前の勢いはどこへ行ったのかと思うほどに、今の知美はうなだれている。
目の前で信じられないことが起きればこうもなるものなのかもしれない、自分もまた卯深がいなければ知美と同じようにうなだれていたのかもしれない。律は今の知美を自分と重ねて見ていた。
「意気がないわね。まあ、いいわ。で、どこから探そうかしらね。律は、他に思い当たる節はないの? あの男は、あんたにご執心のようだったから、もしかしたら何か思い当たるところがあるんじゃない?」
思い当たる節、と訊かれて思い出すところは卯深の思い当たるところと同じく学校だ。
他にどこがあったのかを思い出すのだが、夢の中の道場で会ったというものがある。しかし夢は夢であって現実ではない、ということでこれは置いておくことにした。
ならば、他にはどこか。学校……そうだ、学校の屋上があるではないか。律は卯深に向けてうなずいて見せた。
他にどこがあったのかを思い出すのだが、夢の中の道場で会ったというものがある。しかし夢は夢であって現実ではない、ということでこれは置いておくことにした。
ならば、他にはどこか。学校……そうだ、学校の屋上があるではないか。律は卯深に向けてうなずいて見せた。
「学校で会ったわ」
「それなら、もう行ったじゃない」
「学校の帰りに会ったのとは違うの。あの時は校門の前だったでしょ。他に一度会ってるの。そのときは私ひとりだったの。いつだったかな、昼休みの屋上で卯深を待っているときに会ったの。まさか、学校の中でまで会うとは思わなかったし、ぱっと現われたかと思うとぱっと消えてしまっていたの。まるで、妖精みたいに」
「なによそれ、どうして今まで黙っていたの? 何もされなかったの? 大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だったから、言わなくてもよかったのかなって思ってた。でも、今回の事があると、卯深に相談しておけばよかったのかもしれない。ゴメンね、卯深」
「謝ることじゃないわよ。何もなかったのなら、よかったわ。
――じゃ、向かおうかしら。どうせ当てがないのなら、当てがないらしく、思い当たる場所へと向かった方がいいだろうしね」
「それなら、もう行ったじゃない」
「学校の帰りに会ったのとは違うの。あの時は校門の前だったでしょ。他に一度会ってるの。そのときは私ひとりだったの。いつだったかな、昼休みの屋上で卯深を待っているときに会ったの。まさか、学校の中でまで会うとは思わなかったし、ぱっと現われたかと思うとぱっと消えてしまっていたの。まるで、妖精みたいに」
「なによそれ、どうして今まで黙っていたの? 何もされなかったの? 大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だったから、言わなくてもよかったのかなって思ってた。でも、今回の事があると、卯深に相談しておけばよかったのかもしれない。ゴメンね、卯深」
「謝ることじゃないわよ。何もなかったのなら、よかったわ。
――じゃ、向かおうかしら。どうせ当てがないのなら、当てがないらしく、思い当たる場所へと向かった方がいいだろうしね」
卯深が先頭を切って歩き出す。でも知美がうなだれたまま動かないのを見ると、知美の前へと戻って、その手を引いて再び歩き出した。
二人の後を律はついていく。
学校まではすぐそこだ。先ほどまでいたところだし、知美の悲鳴を聞いたのは学校の敷地内。
でも、なぜか学校までの道のりが長く感じられた。霧が出ている所為なのだろうか、霧が学校を隠してしまっているから遠く感じてしまうのだろうか、何も見えない通りを歩き続けるから遠く感じてしまうのだろうか。
二人の後を律はついていく。
学校まではすぐそこだ。先ほどまでいたところだし、知美の悲鳴を聞いたのは学校の敷地内。
でも、なぜか学校までの道のりが長く感じられた。霧が出ている所為なのだろうか、霧が学校を隠してしまっているから遠く感じてしまうのだろうか、何も見えない通りを歩き続けるから遠く感じてしまうのだろうか。
学校の敷地内に戻ってきても、静かなのは何も変わっていない。
そもそも、人がいないのに学校の中へと入れるのだろうかとも思ったのだが、都合よく昇降口は鍵もかかっておらずその口を開いていた。
無用心だなんて思うのかもしれないが、まだ学校の敷地内に人がいて、その人たちがすべて帰り終わって施錠する前に妖精が学校にいた人たちを消してしまったとしたら、昇降口が開いたままになっていてもおかしくないのだろうと推測できる。
それに、人がいなければ無用心もへったくれもないといった方がいいのかもしれない。
屋上へも簡単に来ることができ、その真ん中に三人で立つ。
屋上から見る景色――
いつもなら街並みを見下ろすことができるのだが、霧の所為で何も見えない。真っ白なだけだ。
そもそも、人がいないのに学校の中へと入れるのだろうかとも思ったのだが、都合よく昇降口は鍵もかかっておらずその口を開いていた。
無用心だなんて思うのかもしれないが、まだ学校の敷地内に人がいて、その人たちがすべて帰り終わって施錠する前に妖精が学校にいた人たちを消してしまったとしたら、昇降口が開いたままになっていてもおかしくないのだろうと推測できる。
それに、人がいなければ無用心もへったくれもないといった方がいいのかもしれない。
屋上へも簡単に来ることができ、その真ん中に三人で立つ。
屋上から見る景色――
いつもなら街並みを見下ろすことができるのだが、霧の所為で何も見えない。真っ白なだけだ。
「結局、ここも駄目だったか」
うぅと唸り声を上げる卯深。そのまま、律を見てくる。
きっと、他に思い当たるところはないのか、と言いたいのだろう。だけど、律にはもう思い当たるところがない。会ったのは、学校の帰り道、昼間の屋上、先ほどの家の前の三回なのだ。
律は首を横に振った。
きっと、他に思い当たるところはないのか、と言いたいのだろう。だけど、律にはもう思い当たるところがない。会ったのは、学校の帰り道、昼間の屋上、先ほどの家の前の三回なのだ。
律は首を横に振った。
「そう、残念ね。これ以上歩き回っていても疲れてしまうし……一旦、話を聞きましょうか。あの男、ええと、テテスって言ったっけ、それに会ってどうするのか、会ったところでこの状況を変えられるのか、教えてくれる?」
卯深は知美へと視線を送った。
知美は何も答えず、うつむいたままだ。
知美は何も答えず、うつむいたままだ。
「しゃきっとしなさい。私たちは何も知らないの。だから、何かを知っているあんたに話を聞かないと、どうしようもないの」
10-2
「しゃきっとしなさい。私たちは何も知らないの。だから、何かを知っているあんたに話を聞かないと、どうしようもないの」
卯深は知美の両肩を掴み揺さぶった。
知美はなすがままに揺さぶられていたが、視線を卯深へと向ける。
知美はなすがままに揺さぶられていたが、視線を卯深へと向ける。
「……分かりました。分かりましたから、お放しなさい」
知美は卯深へと睨みを向け、卯深の手を払いのけた。
「ふふん、元に戻ったのかな? これでも戻らなかったら、ビンタの一発ぐらいと思っていたけどね」
「そんなことさせませんわ。ええ、分かりました。人を消したのは、あなた方の言うとおり妖精の所為ということは」
「そんなことさせませんわ。ええ、分かりました。人を消したのは、あなた方の言うとおり妖精の所為ということは」
知美は長い髪を翻して両手を腰に当てた。やせ我慢な気もするが、気丈な知美が戻ってきたようだ。
「では、お話しましょう。私たちがテテスを追いかけてきたわけ。テテスを探していたわけを」
知美は咳払いをひとつしてから語りだした。
テテスが何なのか知美の口から聞かされることに、律は胸を高鳴らせる。なぜあの男が自分の前に現れたのか、これで知ることができるのかもしれない。それに、一馬をはじめ、いなくなってしまった人たち、再び元に戻せるのかもしれない。
希望と恐怖とが胸の中で渦巻いている。これらが胸を高鳴らせるのだ。
テテスが何なのか知美の口から聞かされることに、律は胸を高鳴らせる。なぜあの男が自分の前に現れたのか、これで知ることができるのかもしれない。それに、一馬をはじめ、いなくなってしまった人たち、再び元に戻せるのかもしれない。
希望と恐怖とが胸の中で渦巻いている。これらが胸を高鳴らせるのだ。
「アハハ、いらないこと言う人には、お仕置きしないとね」
知美が語りだすのをまるで遮るかのように、それは現われた。
白い世界の中で淡い光を鱗粉散らすように、妖精は三人の前で宙に浮いている。
白い世界の中で淡い光を鱗粉散らすように、妖精は三人の前で宙に浮いている。
「妖精!?」
誰が最初に言ったのだろうか、それとも三人とも言ったのだろうか、妖精を指差していた。
妖精は三人の驚きを嘲笑うように宙を飛びまわった。
そして、知美の前へと寄り、ニンマリと無邪気な笑みを見せる。
妖精は三人の驚きを嘲笑うように宙を飛びまわった。
そして、知美の前へと寄り、ニンマリと無邪気な笑みを見せる。
「お邪魔虫は、バイバーイ。アハハ!」
妖精の笑いとともに、知美は逃げることも妖精を追い払うことも、それこそ悲鳴を上げることも、何もできずに消えてしまった。
「律、逃げるよ!」
卯深の叫び声とともに律の手が引かれた。
学校の中へと駆けていく。
妖精は追いかけてきているのか、走りながらでは分からない。
学校を出て、どこまでもどこまでも、走り抜けていく。
誰もいない街並みには、二人の足音と吐息のみしか聞こえない。
妖精が追いかけてこないことを察したのか、それとも走りつかれたのか卯深がゆっくりとなっていく。
近くに公園を見つけ、そこへと入っていった。
学校の中へと駆けていく。
妖精は追いかけてきているのか、走りながらでは分からない。
学校を出て、どこまでもどこまでも、走り抜けていく。
誰もいない街並みには、二人の足音と吐息のみしか聞こえない。
妖精が追いかけてこないことを察したのか、それとも走りつかれたのか卯深がゆっくりとなっていく。
近くに公園を見つけ、そこへと入っていった。
「はぁ、はぁ……何なのよあれ。私たちの……行動を見透かしていたわけ?」
卯深が息を切らせながら辺りを見渡した。妖精の姿がないか確かめているようだ。
「あの女がテテスとかっていう奴の話をしようとした途端、あの妖精があの女を消したわよね。となると――」
「やっぱり、妖精とテテスには関係があるの?」
「そうだろうね。私にはさっぱり分からないけど、この状況をどうにかできることだって可能なのかもしれない。けど……」
「肝心のテテスが見つからないんだよね?」
「そうよ。……ねぇ、律?」
「やっぱり、妖精とテテスには関係があるの?」
「そうだろうね。私にはさっぱり分からないけど、この状況をどうにかできることだって可能なのかもしれない。けど……」
「肝心のテテスが見つからないんだよね?」
「そうよ。……ねぇ、律?」
卯深が息を整え、律を見据えてくる。
卯深の瞳には何が映っているのだろうか。卯深が恐怖を感じている? いや、違う。恐怖に顔をゆがめている律自身が映っていた。
卯深の瞳には何が映っているのだろうか。卯深が恐怖を感じている? いや、違う。恐怖に顔をゆがめている律自身が映っていた。
「私では、テテスなんてものに会えるとは思えない。テテスを知っているというあの女でさえ会ったことがないって言っていたんだから、全く知らない私が会えるわけないと思うのよ。テテスは、あんたにしか会わないんじゃないかしら?」
「私に……? でも、卯深だって――」
「私が会ったのは、あんたと一緒のときだけ。あんたは、私がいないときにも会っている。となれば、変な話だけど、テテスはあんたにしか興味がないのよ。現に、テテスはあんたに話しかけていた。私なんか見向きもしていなかった」
「私を見ていた……」
「私に……? でも、卯深だって――」
「私が会ったのは、あんたと一緒のときだけ。あんたは、私がいないときにも会っている。となれば、変な話だけど、テテスはあんたにしか興味がないのよ。現に、テテスはあんたに話しかけていた。私なんか見向きもしていなかった」
「私を見ていた……」
思い返してみても、あの男は律のみを見ていた。律のみに話しかけていた。
でも、それがどういう意味なのだろうか。自分ならば、あの男に会えるとでもいうのだろうか。律は首を傾げるばかりだ。
でも、それがどういう意味なのだろうか。自分ならば、あの男に会えるとでもいうのだろうか。律は首を傾げるばかりだ。
「律から、呼びかけてみなよ。もしかしたら、会えるのかもしれない」
卯深はそう言って律の頭を撫でた。
「私は、さ。もう何もして上げられないのかもしれない。ゴメンね、律。もう少ししっかりしていれば……ううん、しっかりしたところで、私には力不足だったわけよね。あんたのお姉さんみたいな感じでいるのが楽しかったのに……ここという場面で頼りないんだもの、ホント、駄目よね」
「何を言っているの、卯深?」
「いいから、行きなさい。ここは私に任せて」
「任せる?」
「何としても、テテスに会って。そして、この状況を……あの妖精を止めて」
「何を言っているの、卯深?」
「いいから、行きなさい。ここは私に任せて」
「任せる?」
「何としても、テテスに会って。そして、この状況を……あの妖精を止めて」
卯深が背を向けてしまった。
その卯深の見る先、真っ白なスクリーンに光源が映し出されているような景色が見える。
光は妖精に間違いないだろう。そして、こちらへと近づいてくる。
その卯深の見る先、真っ白なスクリーンに光源が映し出されているような景色が見える。
光は妖精に間違いないだろう。そして、こちらへと近づいてくる。
「あんたはね、何だかんだ頼りないようで心配なんだけどさ。でも、あんたひとりでも、どうにかできると思うんだ。へへへ、お姫様を守る騎士なんてね。私程度じゃ、騎士なんておこがましいけどさ。最後ぐらい、あんたを守ってみせる」
卯深はそれだけを言い残し、光へと向かって走っていった――
11-1
もう、どうすることもできなくなっていた。
もう、抵抗することもできなくなっていた。
もう、誰かに頼ることもできなくなっていた。
もう、誰とも話せなくなっていた。
もう――
もう、抵抗することもできなくなっていた。
もう、誰かに頼ることもできなくなっていた。
もう、誰とも話せなくなっていた。
もう――
――もう、走ることしか、頭の中にしかなかった。
どこをどう走っているのだろう。それも分からない。
霧に覆われていて街並みがはっきりしないから、どこをどう走ってきたのか覚えていないから、走ること以外に何も考えていないから……。
そう言えば、なぜ走っているのだろうか。それすらも分からなくなっている。
いや、走っている目的はすぐに思い出せた。逃げているのだ。ある存在から、自分の身を守るために逃げているのだ。
背後からはあの光が追いかけてくる。
一馬を、知美を、そして卯深を目の前から消した存在。妖精だ。
卯深は律を守ると言って妖精へと向かっていった。でも、結果は呆気なく消されることとなってしまった。
一番の友人であり、何よりも頼りがいのある人物。
その卯深が消えてしまった。
もう、一人では何もできないと悟った律は、ずっと妖精から逃げ続けることしかできなかった。逃げることしか選択肢がなかったと結論づけたのだ。
霧に覆われていて街並みがはっきりしないから、どこをどう走ってきたのか覚えていないから、走ること以外に何も考えていないから……。
そう言えば、なぜ走っているのだろうか。それすらも分からなくなっている。
いや、走っている目的はすぐに思い出せた。逃げているのだ。ある存在から、自分の身を守るために逃げているのだ。
背後からはあの光が追いかけてくる。
一馬を、知美を、そして卯深を目の前から消した存在。妖精だ。
卯深は律を守ると言って妖精へと向かっていった。でも、結果は呆気なく消されることとなってしまった。
一番の友人であり、何よりも頼りがいのある人物。
その卯深が消えてしまった。
もう、一人では何もできないと悟った律は、ずっと妖精から逃げ続けることしかできなかった。逃げることしか選択肢がなかったと結論づけたのだ。
「アハハ、どこまで逃げるの?」
背後から妖精の笑い声が聞こえる。ずっと律を追いかけて来ているのだ。
今すぐ律を消そうと思えばすぐにできるのだろう。なのに妖精は追いかけてくるだけですぐに消そうとはしない。
律を弄んでいるのだろうか。だからと言って、律には何も仕返すことができなかった。
疲弊で走ることもままならなくなってきている。うなだれて歩いていると言ってもいいだろう。
一度立ち止まり、振り返った。
律の後ろをぴったりとついてきた妖精は至って元気な様子で宙に浮いている。
今すぐ律を消そうと思えばすぐにできるのだろう。なのに妖精は追いかけてくるだけですぐに消そうとはしない。
律を弄んでいるのだろうか。だからと言って、律には何も仕返すことができなかった。
疲弊で走ることもままならなくなってきている。うなだれて歩いていると言ってもいいだろう。
一度立ち止まり、振り返った。
律の後ろをぴったりとついてきた妖精は至って元気な様子で宙に浮いている。
「もう追いかけっこは終わりなの? つまんないよぉ。もっと遊ぼうよ」
妖精は無邪気な笑みを見せ、律の顔の目前へと寄ってきた。すぐに消す気はないようで、笑みを浮かべたままだ。
「夢と……同じよね、まるで……」
律はぼそっと呟いた。
妖精は律が何を言っているのか理解できていないようで、首をかしげている。
妖精は律が何を言っているのか理解できていないようで、首をかしげている。
「そんなことより、もっと遊ぼうよ。これで終わりじゃ、退屈だよ、アハハ」
妖精は、律を挑発しているというよりかは、本当に遊び足りない子どものような感じだ。
律は妖精よりも夢と同じ状況ではないのかと考えた今を思い返した。
自分ひとりしかいない霧に覆われた世界。それが、夢で見たときと同じ光景なのだ。
ただ、妖精が目の前にいるということだけが違うと言っていっただろう。
なら、男は夢と同じと頃にいるのではないかと思いつく。
律は妖精よりも夢と同じ状況ではないのかと考えた今を思い返した。
自分ひとりしかいない霧に覆われた世界。それが、夢で見たときと同じ光景なのだ。
ただ、妖精が目の前にいるということだけが違うと言っていっただろう。
なら、男は夢と同じと頃にいるのではないかと思いつく。
「家に行けば……」
家に行けば、あの男がいるのではないだろうか。
どうせこのまま逃げていたところで妖精に消されるだけだ。なら、最後に思いついたところへと向かった方がいい。
今まで誰かに頼りきった生き方をしてきたのだから、今ぐらい自分の力で何とかしたい。
何ができるわけじゃないけど、あの男さえ見つけることができればこの状況がどうにかできるのなら、何としても自分の力で見つけてみせる。
卯深も言っていたのだ。あの男と会ったのは律だけなのだと。律だけにしか会いに来ていなかったのだと。
ならば、こちらからあの男に会うことも可能じゃないだろうか。
今まであの男を見つけられなかったのは、卯深に頼り切っていたから、自分の意思であの男に会おうとしていなかったからなのではないのだろうか。
どうせこのまま逃げていたところで妖精に消されるだけだ。なら、最後に思いついたところへと向かった方がいい。
今まで誰かに頼りきった生き方をしてきたのだから、今ぐらい自分の力で何とかしたい。
何ができるわけじゃないけど、あの男さえ見つけることができればこの状況がどうにかできるのなら、何としても自分の力で見つけてみせる。
卯深も言っていたのだ。あの男と会ったのは律だけなのだと。律だけにしか会いに来ていなかったのだと。
ならば、こちらからあの男に会うことも可能じゃないだろうか。
今まであの男を見つけられなかったのは、卯深に頼り切っていたから、自分の意思であの男に会おうとしていなかったからなのではないのだろうか。
「……まだ、終わってない。まだ、終わらせない」
「何を言ってるの? 変な人。ひとりが怖くて、壊れちゃったのかなぁ?」
「あの人を見つけてみせる。あなたなんかに、消されてたまるか!」
「何を言ってるの? 変な人。ひとりが怖くて、壊れちゃったのかなぁ?」
「あの人を見つけてみせる。あなたなんかに、消されてたまるか!」
律は再び走り出した。
足が言うことを利かないが、奥歯をかみ締めて、自分の体に鞭打つ。
どうせ消されたら、体がどうなっていようと関係ないのだ。ならば、気にしていられない。
足が言うことを利かないが、奥歯をかみ締めて、自分の体に鞭打つ。
どうせ消されたら、体がどうなっていようと関係ないのだ。ならば、気にしていられない。
「まだ追いかけっこやるんだね? アハハ、そうだよ。もっと遊ぼうよ」
背後からは、妖精の声が聞こえてくる。またぴったりと後ろをついてくるのだろう。
弄びたかったら、いつまでも弄んでいればいい。律は、妖精の声など気にしない、と走る先に意識を集中した。
今走っているところは幸いにも家の近く。追い詰められていたからこそ、逃避する場所として無意識に家へと向かっていたのかもしれない。
律は叫びながら走った。叫んだからと言って足が速くなるわけじゃないのは分かっているが、そこまでしてでも喝を入れないと疲れきった体が今にも止まりそうだからだ。
弄びたかったら、いつまでも弄んでいればいい。律は、妖精の声など気にしない、と走る先に意識を集中した。
今走っているところは幸いにも家の近く。追い詰められていたからこそ、逃避する場所として無意識に家へと向かっていたのかもしれない。
律は叫びながら走った。叫んだからと言って足が速くなるわけじゃないのは分かっているが、そこまでしてでも喝を入れないと疲れきった体が今にも止まりそうだからだ。
家まであと200メートル。
家まであと100メートル。
家まであと50メートル。
家まで――
家まであと100メートル。
家まであと50メートル。
家まで――
転びそうになりながらも、家の門をくぐっていく。
中庭を抜け、道場を目指した。
道場の扉を開き、中へと転げるようにして入った。
いつもの静かで冷たい板の間。
体はもう動かないと悲鳴を上げている。
律は大の字になって天井を眺めている。手を上げることもままならない状態だ。
中庭を抜け、道場を目指した。
道場の扉を開き、中へと転げるようにして入った。
いつもの静かで冷たい板の間。
体はもう動かないと悲鳴を上げている。
律は大の字になって天井を眺めている。手を上げることもままならない状態だ。
「はっ、はっ、はっ……あの、人……はぁっ、どこに、いる、の?」
意気切れ切れで、道場内を見渡した。
誰もいない。道場にいるのは、律だけだ。
そこへ、妖精がゆっくりと道場の中に入り込んできた。
誰もいない。道場にいるのは、律だけだ。
そこへ、妖精がゆっくりと道場の中に入り込んできた。
「もう終わり? 追いかけっこ、終わりなの? もう動けないの? 残念だなぁ、もう少し遊べると思ったのに」
11-2
「もう終わり? 追いかけっこ、終わりなの? もう動けないの? 残念だなぁ、もう少し遊べると思ったのに」
大の字で寝転がっている律の上、宙に浮く妖精の姿はいつもと変わらず、無邪気な笑みをもらしている。
律は笑みで返した。何で笑みなのか、自分でも不思議な感じなのだが、追い詰められたからこその苦笑とでも考えることしかできない。
結局、最後の当てである道場に駆け込んでみたのはいいけど、ここにもあの男の姿がなかった。
むしろそう考えると今の笑いは、ここまでやって来たのにあの男に会えなかったことがおかしく思えてしまったからこど出たのかもしれない。
元々会えると確立しているわけでもないのだから、会えなかったことをおかしいと言うのはおこがましいことなのかもしれない。
律は笑みで返した。何で笑みなのか、自分でも不思議な感じなのだが、追い詰められたからこその苦笑とでも考えることしかできない。
結局、最後の当てである道場に駆け込んでみたのはいいけど、ここにもあの男の姿がなかった。
むしろそう考えると今の笑いは、ここまでやって来たのにあの男に会えなかったことがおかしく思えてしまったからこど出たのかもしれない。
元々会えると確立しているわけでもないのだから、会えなかったことをおかしいと言うのはおこがましいことなのかもしれない。
「……もう、いいよ。消してくれても構わないわ。結局、私は何もできなかった……最後ぐらいは独りでもやってやるなんて意気込んでみたけど、駄目だった。私は、独りじゃ何もできない。誰かと一緒じゃないと何もできない。情けないよね……」
律は溜息を吐いた。目の前に見える妖精への最後の抵抗……。もうこんなことしかできない、もう諦めるしかないのだろうか……。
妖精は律の思いなど気にもしていないのだろう。ただの遊び道具、ただの暇つぶし、その程度にしか思っていないのだろう。だから、今も無邪気な笑みを見せてくる。
妖精は律の思いなど気にもしていないのだろう。ただの遊び道具、ただの暇つぶし、その程度にしか思っていないのだろう。だから、今も無邪気な笑みを見せてくる。
「なぁんだ、もう終わりなのかぁ。なら、消しちゃお。それも、他の人たちとは違って、ジワジワと消してあげる。アハハ!」
妖精が指差してきた。
これで本当に終わりなのだ。何もできずに終わるのはとても悔しい。律は目を瞑り、息を吐く。
これで本当に終わりなのだ。何もできずに終わるのはとても悔しい。律は目を瞑り、息を吐く。
「そう悲観的になるな。警告はしたが、その警告が上手く伝わらなかったこちらの落ち度もある」
別の声。妖精ではない、男の声。それも聞いたことがある、あの男の声だ。
律は目を開けた。
目の前には妖精を掴む大きな手。あの男の腕だ。
長身からなる腕だからなのか、それとも妖精が小さいからこそ大きく見えるのか、はたまた男の黒衣に存在感があるのか。
律は目を開けた。
目の前には妖精を掴む大きな手。あの男の腕だ。
長身からなる腕だからなのか、それとも妖精が小さいからこそ大きく見えるのか、はたまた男の黒衣に存在感があるのか。
「放せ、放せ! 何で邪魔するんだ!」
もがく妖精。手はしっかりと妖精を掴んでおり、妖精は全く身動きをできないでいた。
「あなたは……」
「お前が我を呼び寄せた。違うか?」
「呼び寄せた?」
「我の力を望んだ。そうであろう? だから、我は馳せ参じた」
「お前が我を呼び寄せた。違うか?」
「呼び寄せた?」
「我の力を望んだ。そうであろう? だから、我は馳せ参じた」
男は妖精を纏っている黒いロングコートの中へと収めた。
暴れていた妖精はコートの中へと収まってしまうと、何もなかったかのように静かになってしまう。
暴れていた妖精はコートの中へと収まってしまうと、何もなかったかのように静かになってしまう。
「すまなかった。我らの落ち度が、今回の事件を招いた。だが、これで事件は終わる」
「落ち度? 事件?」
「元々この小さき者はこの世界の安定を、秩序を保つためのシステムの一端だった。だが、この単体にのみ不具合が生じてしまい、今回の事件へと広がってしまった」
「何を言っているのか、分からないよ」
「分からなくてもいい。所詮、この世界のシステムに過ぎん。人間がおいそれと理解するようなものでもない。だが、不具合を回収することに成功した。これで、事件は終結する」
「終結するって、消えてしまった人たちは?」
「……さて、どうなるか。それは我にも分からない。小さき者が、消してしまったものをどうしたのか、それはこれから調べて見なければ分からない。運がよければ、何事もなかったかのように元に戻るだろう。我から言えるのは、その程度だ」
「落ち度? 事件?」
「元々この小さき者はこの世界の安定を、秩序を保つためのシステムの一端だった。だが、この単体にのみ不具合が生じてしまい、今回の事件へと広がってしまった」
「何を言っているのか、分からないよ」
「分からなくてもいい。所詮、この世界のシステムに過ぎん。人間がおいそれと理解するようなものでもない。だが、不具合を回収することに成功した。これで、事件は終結する」
「終結するって、消えてしまった人たちは?」
「……さて、どうなるか。それは我にも分からない。小さき者が、消してしまったものをどうしたのか、それはこれから調べて見なければ分からない。運がよければ、何事もなかったかのように元に戻るだろう。我から言えるのは、その程度だ」
男はそう言って踵を返した。
律は立ち上がろうとするが、体が言うことを利かず寝転がったまま動けない。
律は立ち上がろうとするが、体が言うことを利かず寝転がったまま動けない。
「待って、もうひとつ。あなたは何なの? 突然人の前に現れたり、今みたいにその妖精を捕まえて見せたり」
「……何なの、か。我もまた小さき者と同じくこの世界のシステムの一端としか言えんな。そうだな、キュリオテテス、とお前たち人間が呼ぶこともある。その程度のものだ」
「じゃあ、なんで私の前に現れたの? 何で私に警告したの? 何で私が呼んだから来たの?」
「ひとつだけじゃないのか? まあ、よい。なぜお前を選んだのか、それはたまたまと答えるしかない。特別に誰かを選出したわけではない。ただ、我を感じる誰かがいないか、こちらが待っていたらお前が我を見たのだ。夢と言う形で」
「夢? あ……あのときの夢……」
「例えるなら、“釣り”と言うものになるだろうな。こちらが我と感じるものがいないか餌を垂らしていたら、お前が夢の中で我を感じ取った、つまり釣られてきたわけだ」
「……何なの、か。我もまた小さき者と同じくこの世界のシステムの一端としか言えんな。そうだな、キュリオテテス、とお前たち人間が呼ぶこともある。その程度のものだ」
「じゃあ、なんで私の前に現れたの? 何で私に警告したの? 何で私が呼んだから来たの?」
「ひとつだけじゃないのか? まあ、よい。なぜお前を選んだのか、それはたまたまと答えるしかない。特別に誰かを選出したわけではない。ただ、我を感じる誰かがいないか、こちらが待っていたらお前が我を見たのだ。夢と言う形で」
「夢? あ……あのときの夢……」
「例えるなら、“釣り”と言うものになるだろうな。こちらが我と感じるものがいないか餌を垂らしていたら、お前が夢の中で我を感じ取った、つまり釣られてきたわけだ」
男はそう言い残し、姿を消した。いつものように、ぱっと現われ、ぱっと消えたのだ。
誰もいない道場の中、律はゆっくりと息を吐いていく。
よく分からないけど、あの男の言うとおりならこれで終わったと言うことになる。消えてしまった人たちがこのあとどうなるのか分からない。
以前のように元に戻るのなら、戻って欲しい。
独りは寂しい……。涙が流れた――
誰もいない道場の中、律はゆっくりと息を吐いていく。
よく分からないけど、あの男の言うとおりならこれで終わったと言うことになる。消えてしまった人たちがこのあとどうなるのか分からない。
以前のように元に戻るのなら、戻って欲しい。
独りは寂しい……。涙が流れた――
しばらくそのまま休み、体が動くようになってから、街へと出てみると霧が少しずつ晴れていくのを確認できた。
妖精が捕まったから、霧も晴れていくのだろう。
朝日が昇ってくる。
どうやら夜が終わったらしい。いや、今まで夜だったのかどうかも分からなくなっていたようだ。
霧が世界を白く染め上げていたのだ、時間の感覚が狂わされていたのだろう。
なぜ夜なのに霧が白く見えていたのだろうか。霧が夜の闇を遮っていたのだろうか。
分からない。妖精が起こしていたから、その霧もまた特殊だったのかもしれない。
全部推測の中でしかない。霧も人が消えたことも、何も分からない。むしろ、妖精がいたことでさえ、今となっては夢だったんじゃないかと思えてきた。
全部悪い夢だった、そんな考えしか浮かんでこない。いや、そう考えるからこそ、夢であって欲しいと願っているのかも知れない。
妖精が捕まったから、霧も晴れていくのだろう。
朝日が昇ってくる。
どうやら夜が終わったらしい。いや、今まで夜だったのかどうかも分からなくなっていたようだ。
霧が世界を白く染め上げていたのだ、時間の感覚が狂わされていたのだろう。
なぜ夜なのに霧が白く見えていたのだろうか。霧が夜の闇を遮っていたのだろうか。
分からない。妖精が起こしていたから、その霧もまた特殊だったのかもしれない。
全部推測の中でしかない。霧も人が消えたことも、何も分からない。むしろ、妖精がいたことでさえ、今となっては夢だったんじゃないかと思えてきた。
全部悪い夢だった、そんな考えしか浮かんでこない。いや、そう考えるからこそ、夢であって欲しいと願っているのかも知れない。
「誰もいない……ねぇ、誰かいないの? 独りは寂しいよ……」
律は誰もいない街を彷徨い続けた――
12
高いところから見下ろす夜の街並みは、まるで星を見上げているかのようで、色様々、大きさ様々、多種多様の光が眩く煌めいている。
それに対して、聞こえてくる音は風の音のみ。車の音も人々の話し声も聞こえてこない。ビュウビュウともゴウゴウとも唸り声を上げている風だけが虚しく聞こえてくるのだ。
風は夜空を鮮明にし、星々を見るにはとてもいい。
街明かりが星の光を細々とさせるのだが、それでもシリウスをはじめオリオンのアステリズムを見ることができた。
それに対して、聞こえてくる音は風の音のみ。車の音も人々の話し声も聞こえてこない。ビュウビュウともゴウゴウとも唸り声を上げている風だけが虚しく聞こえてくるのだ。
風は夜空を鮮明にし、星々を見るにはとてもいい。
街明かりが星の光を細々とさせるのだが、それでもシリウスをはじめオリオンのアステリズムを見ることができた。
街の中で最も高いビルの上、そこに律は来ていた。
ビルの中に入ることはとても簡単で、人がいないから施錠もされていないし、誰にも呼び止められなかったのだ。
律は屋上の縁に立ち、眼下の街並みを見下ろしている。
風が冷たくとても寒いのだが、気になる様子はない。寒さにされてしまったのか、感覚が麻痺してしまっている。
律の瞳は虚ろになり、その目で見る街並みはどう映るのだろうか。誰もいないからこそ寂しいとでも思うのだろうか。
ビルの中に入ることはとても簡単で、人がいないから施錠もされていないし、誰にも呼び止められなかったのだ。
律は屋上の縁に立ち、眼下の街並みを見下ろしている。
風が冷たくとても寒いのだが、気になる様子はない。寒さにされてしまったのか、感覚が麻痺してしまっている。
律の瞳は虚ろになり、その目で見る街並みはどう映るのだろうか。誰もいないからこそ寂しいとでも思うのだろうか。
「このままひとりの世界にいて、何の意味があるんだろう……」
両手を広げ、目を瞑った。
風の吹く屋上だから、体がいつ流されるか分からない。縁に立っているから、いつここから落ちるか分からない。
でも、誰もいないのなら、こんな世界で生きていて何の意味があるのだろうか。
いっそのこと、ここから落ちてしまえば楽に――
風の吹く屋上だから、体がいつ流されるか分からない。縁に立っているから、いつここから落ちるか分からない。
でも、誰もいないのなら、こんな世界で生きていて何の意味があるのだろうか。
いっそのこと、ここから落ちてしまえば楽に――
「そのまま落ちれば楽になれる、か。そうしたいのなら止めはしない。が、システムの復旧が完了した。それでも、終わらせるのか、自分を?」
背後から声がかけられた。
律は目を開け、背後へと振り返――
律は目を開け、背後へと振り返――
――気がつけば、律は道場にいた。
朝の冷たい空気。決して夜のビルの屋上ではない。
朝の冷たい空気。決して夜のビルの屋上ではない。
「どうして、ここに?」
律は周りを見渡した。
律の後ろにあの男が立っている。
律は咄嗟に立ち上がろうとするのだが、今まで正座していたらしく、足が痺れているのか、それとも寒さで筋が縮こまっているのか、動けなかった。
律の後ろにあの男が立っている。
律は咄嗟に立ち上がろうとするのだが、今まで正座していたらしく、足が痺れているのか、それとも寒さで筋が縮こまっているのか、動けなかった。
「お前は以前、あの小さき者を妖精と言った。だからなのだろうか、あの小さき者はまさに妖精のようなことをしてくれたようだ。結局、子どもの悪戯、悪意のない悪戯に過ぎなかったようだ。システムの復旧に時間がかかってしまったが、元に戻せることができた。我は、それを伝えにきた」
男は何も到底ないにも拘らず、勝手に話しはじめた。
「システムを復旧したのはいいだが、弊害が少しばかし起きてしまったことをお前に伝えなければならない。それに関して謝罪をせざるを得ない」
「へいがい?」
「わずか数日なのだが、元に戻すことができなかったため、一部を消去した。悪戯が過ぎた結果なのだろう。だが、これでもシステムは完全に復旧を果たしたと言っていい。お前の記憶を除いて」
「きおく?」
「今回のことは、悪夢を見たとでも思ってくれればいい。言いたいことはそれだけだ。今後お前と会うことはないだろう。お前が我を呼ぼうとしても、我はお前の前には現れない。これでお別れだ」
「へいがい?」
「わずか数日なのだが、元に戻すことができなかったため、一部を消去した。悪戯が過ぎた結果なのだろう。だが、これでもシステムは完全に復旧を果たしたと言っていい。お前の記憶を除いて」
「きおく?」
「今回のことは、悪夢を見たとでも思ってくれればいい。言いたいことはそれだけだ。今後お前と会うことはないだろう。お前が我を呼ぼうとしても、我はお前の前には現れない。これでお別れだ」
男は律から遠退いていく。いつものように。
「ま、待って。何を言っているのか全然分からない」
呼び止めようとするが、もう男の姿はなく、静けさが戻ってきた。
律は溜息を吐き、足を伸ばした。
何がどうなっているのか、さっぱりだ。悪夢を見たと思えばいいと言われても、みんなが消えてしまったのを悪夢で終わらせることなんてできるのだろうか。
足に力が戻ってきたことを確認し、律は立ち上がった。
道場を出て、母屋へと入っていく。
どうせ、母屋へと戻ったところで、誰もいないのは変わらないのに。
律は溜息を吐き、足を伸ばした。
何がどうなっているのか、さっぱりだ。悪夢を見たと思えばいいと言われても、みんなが消えてしまったのを悪夢で終わらせることなんてできるのだろうか。
足に力が戻ってきたことを確認し、律は立ち上がった。
道場を出て、母屋へと入っていく。
どうせ、母屋へと戻ったところで、誰もいないのは変わらないのに。
「あら、律は、今日早いのね」
母屋に入って自分の部屋へと戻ろうとしたときだ、途中台所の前を通るのだが、そこから声がかけられたのである。
何かの聞き間違いかと思い、律は立ち止まって台所へと視線を向けた。
そこには朝食の準備をしている母親の姿。
何かの聞き間違いかと思い、律は立ち止まって台所へと視線を向けた。
そこには朝食の準備をしている母親の姿。
「どうしたのよ、律? ほら、さっさと着替えて朝ごはん。ついでにお父さんを起こしてきてちょうだい。あと、お爺ちゃんも朝食の準備が出来たから、呼んで来て」
母親が律のきょとんとしている姿を見て急かしてくる。
いつもの朝の光景とでもいうのだろうか。母親が朝食の準備をして、律はそれを食べて学校へといく。
いつもの朝の光景とでもいうのだろうか。母親が朝食の準備をして、律はそれを食べて学校へといく。
「ほらほら、早くなさい。また卯深ちゃんが迎えに来て、愚痴をこぼされるわよ」
などと、律が錯乱しているのを全く気付いていないのか、母親は「忙しい忙しい」と口にしながら朝食の準備へと戻ってしまった。
結局、何が何だか分からないうちに、新しい一日が始まった。
いや、新しい一日がはじまったというよりか、もう一度日にちを送り直しているというべきだろうか。
テレビのニュース、カレンダー、学校での出来事、それらがすべてある以前の日に戻っているのだ。
男は「わずか数日なのだが、元に戻すことができなかったため、一部を消去した」と言っていた。
それが、男と会う日からみんなが消されてしまう日までの数日だったのだ。妖精の姿を目撃した数日だけが綺麗に消えていた、やり直しているのだ。
いや、新しい一日がはじまったというよりか、もう一度日にちを送り直しているというべきだろうか。
テレビのニュース、カレンダー、学校での出来事、それらがすべてある以前の日に戻っているのだ。
男は「わずか数日なのだが、元に戻すことができなかったため、一部を消去した」と言っていた。
それが、男と会う日からみんなが消されてしまう日までの数日だったのだ。妖精の姿を目撃した数日だけが綺麗に消えていた、やり直しているのだ。
「なぜ、私だけ、同じ日をやり直しているのだろう?」
「律、とうとうその歳でボケたの? 勘弁してよ」
「律、とうとうその歳でボケたの? 勘弁してよ」
律は学校へと向かう道でふと心に思ったことを呟いてしまったらしい、律の言っていることを理解できていない卯深は首を傾げて見てくる。
卯深は、みんなが消えていく日のことを全く覚えていない。むしろ、今の卯深はその日を迎えていないといっていいのかもしれない。だから、妖精のことなんて全く知らないようだ。
卯深は、みんなが消えていく日のことを全く覚えていない。むしろ、今の卯深はその日を迎えていないといっていいのかもしれない。だから、妖精のことなんて全く知らないようだ。
「ううん、何でもない。そうだ、卯深は妖精なんて信じる?」
「妖精? あんた、クスリでもやってるの? そんなものいるわけないじゃない。お伽話よ、お伽話」
「妖精? あんた、クスリでもやってるの? そんなものいるわけないじゃない。お伽話よ、お伽話」
呆れた、などと卯深に笑われてしまった。
律は「そうだよね、妖精なんていないよね」と笑い返した。
律は「そうだよね、妖精なんていないよね」と笑い返した。
あとがき
これで完結。
「六花~」よりもあとにつくったとはいえ、「六花~」よりもずっと前に構想を作っていたためか、
話の展開があまりないような気も……。
現在、改稿を考えてはいるけど、いまは「六花~」の改稿を少しずつ進めているために、
これは「六花~」の改稿が終わってからの予定……だけど、果たしていつになるか。
そういえば、ここで「六花~」の改稿したものを……まあ、できてからでいいか、長くなってるし。
これで完結。
「六花~」よりもあとにつくったとはいえ、「六花~」よりもずっと前に構想を作っていたためか、
話の展開があまりないような気も……。
現在、改稿を考えてはいるけど、いまは「六花~」の改稿を少しずつ進めているために、
これは「六花~」の改稿が終わってからの予定……だけど、果たしていつになるか。
そういえば、ここで「六花~」の改稿したものを……まあ、できてからでいいか、長くなってるし。
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