添島龍子は行動する/如月兵馬は動かない ◆xZ2R3SX0QQ


深夜、H-8地区、海岸線。

潮風が吹き寄せ、波飛沫が顔にかかりそうな浜辺で、
女子、出席番号18番、添島龍子は目を覚ました。

電気ショックで無理やり眠らされたせいか、
まだ頭がガンガンする。

はっきりしない意識を、頭をぶんぶん振ることで
無理やり覚醒させる。

最初に浮かんだ感情は悔恨だった。

「くそっ!」
やり場のない感情を、拳に込めて何度も地面に叩きつける。
龍子の鋭い拳に、砂浜の砂が舞い上がった。

彼女は、今どき珍しいぐらいにまっすぐな性格をした少女だった。
曲ったこと、そういう事を見て見ぬふりをする事が何よりも嫌いだった。
だからこそ、何かそういう事が彼女の周りで起これば、
彼女は必ずと言っていいほど首を突っ込んだ。
そして、それを見事に解決してみせる器量もあった。

面倒見もよく、他人を思いやれるやさしさ持っていた。
『龍ねぇ』『お龍』と、彼女の回りの人間は彼女を
そうよんで慕っていた。

「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言うように、
彼女は肉体面でも恵まれていた。
髪は黒く長く美しく、また顔も文句なしの美人だった。
背は高く、空手の鍛錬により、その体は
美しく機能的に引き締まっていた。
それでいて、彼女の肉体は、凹凸に富み、
肉感的で、性的な魅力も兼ね備えていた。

正に「器量よし」とは彼女の様な人間に与えられるべき言葉だろう。
彼女の両親はさぞかし鼻が高いに違いない。

しかし・・・・

「くそっ、くそっ・・・・・くぅっ・・・・・・!」

それが何だというのであろうか。

何もできなかった。
目の前で、クラスメイトが理不尽に殺された。
それも、あんな無残な形で。

だが、彼女は何もできなかった。
突然の理不尽で不条理な展開の連続に
思考は麻痺し、
クラスメイトの無残な死に、
死への恐怖で心は満たされた。

あの、魚ヅラの教師が戯けた事を
言っている間も、ただ馬鹿みたいに
何もせずに突っ立ていただけだった。



無力だった。
本当に、無力だった。

彼女はうめき声をあげながら
何度も砂浜を殴った。
何度も、何度も、何度も・・・

その度に、彼女の眼からは涙がこぼれた。

どれくらいそうしていただろう。
砂浜に座り込んで俯いていた龍子は突如立ち上がった。

だめだ。こんな所で蹲っている場合じゃない。
何とかしなくちゃ。

彼女は足の砂を払い、涙を拭うと、
虚空へと向け正拳突きを放った。

「ハッ!」
鋭い声が砂浜に響く。
聞く者を魅了する、凛々しい声だ。

(そうだ、こんな所でくじけちゃいけない!まだ、出来ることがある筈だ)
彼女の精神は完全に立ち直っていた。
彼女は強い精神の持ち主だった。
故に、彼女の心は、彼女にここで泣いていることを許さない。

ここが何処なのか。
何故殺しあわねばならないのか。
誰が自分たちにこんなことをさせているのか。
そいつらと若狭の関係は?
あの部屋にいなかった三人はどうしたのか。
そして、ラトの今わの際の言葉の意味・・・

まだわからないことばかりだ。
だからこそ行動しなくては。
行動しなくては何も始まらない。

「天は自らを助ける者を助く」のだ。
そう考えた龍子は取り敢えず自分の足もとに置かれていた
ディパックを拾った。
若狭の言うことには、何かしら支給品が入っているらしいが・・・

「・・・っ!」

思わず息をのむ。

会場の地図や、コンパス。ボールペンとメモ帳。
そしてクラスの名簿と、二、三日分だと思われる食糧品。

そんな物の中に混じっていた「モノ」。

それは拳銃だ。

龍子は取り立てて銃火器には詳しくは無いが、
ただ、それが普通のものよりもかなり大きい物であるという事は分かった。


モーゼルC96ミリタリー“レッド9”。

ドイツ生まれの旧式の自動拳銃で、かなり特徴的な外見をした大型の物だ。
装弾数は10発、専用のクリップを使う。
本来は7.63mm×25モーゼル弾という専用弾を用いるが、
龍子の物は9mmパラベラム弾を使えるように改造したバージョンだ。

両手にかかるずっしりとした重さに、
龍子は自分が人殺しの武器を持っている事を嫌でも実感する。

龍子は、それを、一緒に入っていたホルスターに入れ、
肩から下げる。

出来るならこんな物は使いたくない。
第一、銃なんて生まれてこのかた使ったこともなく、
撃ったところで当りはしないだろう。
しかし、そうも言ってられない可能性が高い。

こんなふざけたゲームには、誰一人参加するような事はしてほしくないし、
出来れば誰も自発的に参加しようと思わない事を信じたい。

しかし、彼女には、この殺し合いに喜び勇んで参加しそうな人間の
顔がありありと浮かんでいた。

朱広竜。

いけ好かない正体不明の中国人留学生。
アイツは真っ先にこのゲームに乗る可能性が高い。

以前、彼が突っかかってきた不良を拳法のようなもので
半殺しにしていた所に止めに入った事があった。

空手をやっていたからこそ龍子には分かったが、
あの時、朱が使っていた技は相当危険な物で、
一歩間違えれば失明などの、その人間の一生を左右する
大けがに成りかねないものばかりだった。

それを咎めても、彼は悪びれもせず、へらへらと笑っていた。

その時のヤツの表情が、龍子には忘れられない。
あれは間違いなく、他人を傷つける事を躊躇わないばかりか、
むしろそれを積極的に楽しむ人間の顔だった。

もし仮に、ヤツがこの殺し合いに乗っていて、
万が一対峙することになったとしたら・・・

少なくとも龍子は、徒手空拳でヤツを止める自信が無かった。

やはり、持っておいた方がいいのだろう。
撃つ、撃たないは兎も角、取り敢えず脅しぐらいにはなる筈だ。

彼女は、ホルスターからモーゼルを何度か出し入れした後、
ディパックを担いで西の方へと歩きだした。

まず、誰かと合流する事だ。

一人でいる限り、何かやるべき事を考えるにしても
情報が少なすぎて、何から考えればいいかわからない。

少なくとも、ラトは、何故自分が最初に殺されたのか、
その理由を認識していた様に思えた。
ひょっとすると、彼に親しかったクラスメートに
聞き込みをすれば、何か考えるヒントが得られるかもしれない。

それに、何故かあの教室にいなかった、三人のクラスメート、
卜部悠(女子二番)、テト(女子十九番)、二階堂永遠(女子二十二番)の
事も気にかかる。
彼女たちについても、聞いて回るのもいいかもしれない。

そうと決まれば行動だ。
先ずはこの島を見渡せそうな灯台に、
次いでその西側にある町に向かおう。

誰かと出会うためには、人の集まりそうな場所に
向かうのが先決だ。

そう思って、西に向かって歩き出した矢先、
200メートルほど先、草原の上に人影見えた。

どうやら男のようだ。

「あいつは・・・・・」
もう少し近づいて、その姿を正しく認識する。

「おーい!」
何をするでもなく、草原の上で胡坐をかいていたその男に、
龍子は声をかけた。




男子、出席番号10番、如月兵馬は、何をするでもなく、
H-8地区に広がる草原の上で胡坐をかいていた。

その傍らには、彼の支給品であった長めの木刀が一振り置かれていた。

彼は、ただぼーっと海の方を見つめていた。
その表情には、いかなる感情も浮かんでおらず、
この殺し合いと異常事態において、
彼の余りにも平然とした態度は、
ある意味不気味であった。

如月兵馬は、この殺し合いの場において、
積極的に何かをしようとするつもりはなかった。

殺し合いに乗る気も無く、
かといって殺し合いを止める気も無かった。

彼にはこの殺し合いに対していかなる興味も持っていなかった。
自分の生死すら彼にはどうでも良かった。

先ほど、ラトが目の前で死んだ時も、
彼はただただ平然としていた。

ラトが死んだという事実は、正しく認識していた。
しかし、彼にはその認識を得てから今に至るまで、
喜怒哀楽、いかなる感情とて発生しなかった。

彼には感情という物が欠如していた。

二重人格という物をご存じだろうか?
一人の人間の中に二つの人格が存在する現象である。
これは、幼少期の人間が、親などから虐待を受けた時に、
虐待を受けている子供が、
「今、こんなひどい目にあっているのは自分ではない、別の誰かだ」
と思う事で、自分の心を守ろうとするために発生しやすいのだという。

これ以外にも、人間は、強いストレスを心に受けた時、
通常とは違う精神状態に自分を置くことで、
自分を守ろうとするのだという。

兵馬の感情の欠如も、自分を守るために生じた事であった。
彼は心を守るために、自分の心を封印する道を選んだ。



彼は物心つく前に、彼は両親を失った。
身寄りのない彼を引き取ったのは、母方の祖父であった。

これが彼の人生を決めた。

祖父は、柳生新陰流から昔に分岐した、
大和正法流の最後の伝承者であった。

大和正法流は柳生新陰流が、
戦国から泰平の江戸期に移行するにあたって
捨てていった、実戦を前提した戦国時代的荒々しさを
片意地に守り続けた流派であった。

故に、その兵法理論、訓練様式は多分に時代錯誤的で、
徐々に門下生を減らし、彼の代にはもはや消滅寸前であった。

祖父は、そんな滅びゆく流派の妄執に取りつかれた人物であった。
故に、彼は、他に身寄りも無い、「自分の好きに扱っていい子供」で
あった兵馬に、ほとんど虐待ともいえる剣術の鍛錬をかした。

殴られ、蹴られ、怒鳴られ、ありとあらゆる方法で徹底的に
痛めつけられた幼少期の兵馬は、終わりの無い地獄のような
現実から心を守るために、感情を殺した。

その結果、彼は周囲の状況に唯機械的に反応するだけの
「機械人形」になり果てた。

祖父は、この兵馬の変化を喜んだ。
彼には、ただ自分の「鍛錬」に、
何も言わずに付いてくる「優秀」な弟子が
欲しかったのだ。

確かに兵馬は優秀な弟子だった。

彼は、祖父が叩き込む大和正法流の技を、
ただただ吸収し続けた。

結果、14歳になる頃には、もはや免許皆伝直前の業前にまで
成長していた。

兵馬の肉体は極限まで研ぎ澄まされ、
無意識に、反射的に、技を繰り出せるまでに成長した。

そして、14歳の冬、彼は祖父を撲殺した。

それは、免許皆伝として、奥義を授けられる瞬間に起こった。

その日の立ち合いで、祖父は、兵馬に何も言わずに奥義を繰り出した。
彼はこの立ち合いを通じて、兵馬に奥義を授けるつもりでいた。

確かに、それはかなった。
しかし、それは祖父の望んだ形では無かった。

祖父の繰り出した鋭い奥義「雫切り」に対し、
彼の肉体は反射的に反応していた。

彼が気が付いた時には、頭を砕かれ、脳漿を垂らしながら死んでいた。

祖父が徹底的に仕込んだ、「実践的な剣技」の優秀さは、
皮肉にも彼自身の死によって証明されることとなった。

兵馬は、記憶の彼方に、かつて自分が、この男を
恐れ憎んでいたことを思い出した。

しかし、死んでしまった今、自分は何も感じていなかった。

悲しみも、怒りも、殺人に対する恐怖も興奮も後悔も感じていなかった。

ただ、祖父を殴り殺した事実をありのままに認識している自分だけがいた。

祖父の死は、事故として処理された。

祖父の死後、彼の財産を処理し、
兵馬は、何をするでも無く、ただ状況に流されるままに生きてきた。

遺産目当てに近づいてきた祖父の親類縁者が、
便宜上送って来る僅かな仕送りで貧しい生活をしながら、
何もなさない、何も生み出さない、何もない生活を
ただ淡々と生き続けた。

生に執着はなかった。
ただ、死ぬ必要性も見いだせなかった。

ただ、体に染みついた剣技の鍛錬だけを習慣的に
続けながら、あらゆることに無関心に生きてきた。

そして、今にいたる。



坐禅を続ける兵馬の耳に、女の声が飛び込んでくる。

兵馬は、声の方を向いた。




添島龍子と如月兵馬。

この殺し合いの場において、
対極的な行動をとる二人が出会った。

動く女と、動かない男。

二人の出会いは何をもたらすのか。


【H-8 草原/1日目・深夜】
【女子18番:添島 龍子(そえじま-りゅうこ)】
【アタシ(たち)、あなた(たち)、アイツ(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:健康、若干の精神的消耗、強い決意
[装備]: モーゼルC96ミリタリー“レッド9”(弾倉内10/総弾数40)
[道具]:不明
[思考・状況]
 基本思考:ゲームには乗らない、情報収集
 0:如月兵馬に話しかける
 1:誰かとあって協力し合う
 2:灯台、町に向かう
 3:朱広竜を警戒
[備考欄]
※銃は撃ってもまず当たりません。

【男子10番:如月 兵馬(きさらぎ-ひょうま)】
【俺(たち)、貴方(たち)、彼、彼女(ら)】
[状態]:健康、冷静
[装備]:木刀
[道具]:不明
[思考・状況]
 基本思考:自発的には何もしない。
 0:添島龍子に対応する
[備考欄]
※「大和正法流」の使い手です。



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GAME START 添島龍子 No Country For Old Man
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最終更新:2009年01月03日 12:10