胡蝶の夢 ◆zmHe3wMKNg


「…内木君は追ってこないみたいね。」

内木聡右から別れてかなり走ったのか、エルフィはいつの間にか森を抜けていた。
なんであんなことをしてしまったのだろう。
一人になるのが危ないことはわかっているのに。
いや、あのときは一人になりたかったのだ。

トラック事故で「死んで」から、
自分が生きているのか死んでいるのか分からなくなる時がある。
そんな時は一人になって考えるのがベストなのだ。

「…私が悪かった。内木君は何も悪くないのに。」

冷静になり、反省する。私の悩みが何だというんだろう。
クラスのみんなが命の危機に瀕しているこの状況と比べたら。

「ん?」

ふと考える。
もし、もしも、みんなが殺されて死んでしまったら。
誰かが回収して生き返らせてくれるのだろうか?私みたいに。
そうなったら別にコンプレックスに感じることなど何もなくなるのだろうか。

「…はぁ、やっぱり疲れてるんだな、私。」

その時、民家の一つの扉が半開きになっているのに気がついた。
中に誰か居るのだろうか?

「コミュニケーションが必要ね。今の私には。」




銃撃戦の気配がした映画館周辺を可憐にスルーし、シーツを巻いた苗村都月は
E-6にある民家に到着。民家はE-2とE-6にあったが、E-3がもうすぐ禁止エリアになることを考えると、
四方八方が開いている方がいざという時逃げやすいだろうと考えてのことだが、
そこにある死体を見て思わず息を飲んだ。

「神崎志緒里、ゲームオーバーってやつかしら?」

おお、死んでしまうとは情けない。
捨て置くのは勿体無いので早速彼女から服を剥いで着てみることにした。
芥川龍之介の羅生門に似たような状況があった気がする。
死体は結構重いようで苦労して下着まで脱がすのに一苦労。
スカートを履き終わり、銃をポケットにしまって脱がした下着を履いて完了というところで、
民家の扉が開く音がしてそちらを振り向いた。

「なにやってんの?あなた。」
「誰!?…あ、エルフィさん。」


エルフィが民家の中に入ってきていた。
何やら険しい顔をしている。改めて自分の状況をよく考えてみる。
血濡れの制服に身を包み、足元には負傷した後のある全裸死体。
どう見ても下手人は私です。本当にありがとうございました。


「…貴女が殺ったの?」
「ノーノー!勘違いですよ!」
「どうして…まさか虐められた報復で…?」
「人の話を…あれ?私って虐められてたっけ?」
「いや、だって銀鏖院さんや卜部さんに。」
「あぁ、あんなの別に何とも思ってなかったわ。
 ―――だってこの世界なんてただの夢だもの。」
「は?」

都月は肩をすくめて口を開いた。

「リアルの世界に何かいい事でもあるの?すべては利害関係で管理され
 夢も希望もなくてすごい美人も本当に格好いい人もどこにもいない。
 頑張ってそれっぽく見せ掛けてる人は一瞬で賞味期限が切れて
 ただのジジババに早変わり。終わりたくなくて好きなことを我慢して
 好きでもない人と結婚して子供を作って一生懸命育てても全然言うこと
 聞かなくて待っているのは地獄の日々。そんな世界に何の価値があるというの?
 ネットの、あの世界が私が生きている本当の世界なのよ。
 こっちの世界はあの世界を維持する為に存在しているただの供給源に過ぎないわ。」

「……えと……?」

エルフィはかなり混乱しているらしい。
まぁ私がひた隠しにしていた人生観なんて一般ピープルには理解できないのは良く分かるが。
しかし、今唖然としている彼女はすごく無防備だ。黒い感情が湧きあがってくる。
良く考えたら別に神崎を殺したのは私でも他の誰かでも別に関係なかったな。

だって、私は、

「あの世界のアバターが、シティーが、私に力を貸してくれているわ。
 私に生きろって、また帰ってこいって。」
「…苗村さん?」
「だから、邪魔しないで!」 

銃を素早く引き抜き、エルフィの顔面目掛けて発砲した。




      • う・・・。

ああ、ちょっと気を取り直して人と喋ってみようかと思ったらこれだ。
右の眼が見えない。痛みを感じないけどかなりの重症みたい。
人は余りに激痛を感じると痛覚を失うというが、実は相当ヤバい事に
なっているのだろう。鏡で今の状態を見てみたい。顔を見るのが怖いけど。

「……ひっ!?」

目の前で銃を持っている苗村さんが顔を引きつって膠着していた。
ああ、そんな顔しないでほしい。

「酷いじゃない、苗村さん。」
「……嘘!なんで?なんで生きてるのよアンタ!?」

だから、そんな顔、

し な い で ほ し い 。

「ち、近寄るな!化け物!」
「……誰が?」

右腕が疼く。事故で体の半分近くがぐちゃぐちゃに潰れたが、
特に右腕は千切れ飛んで無くなっていたのを覚えている。

この腕は誰の腕なんだろう。

「誰が化け物よ!」

異様な速度で都月に右腕を振り上げた。

「ぐぇ!」

冗談みたいに都月は吹っ飛び、壁にぶつかって動かなくなった。

「……うぁ……。」

エルフィは頭を押さえてふらつく。
今私はどうなっているのだろう?
顔を洗うために洗面所に向かうことにしよう。


…もうすぐ着く。

…治療しなきゃ。

…着いた。

…鏡。

エルフィは鏡を見た。本当に酷い状態だ。
顔の瞼から右側が半分無くなっている。
頭蓋骨が砕けて中身が見えていた。
中は空洞だった。
実際見たことは無いが確か中身がある筈なのだが?
何故何も見えないのか。
というか。
こんな状態でなぜこんなに動けるのだろう。
そもそも。
頭が吹き飛ばされて生きている人間なんていない。
獣人でも無理だ。
……じゃあ、私は?

私は私は私は私は私は―――?

「……うぁ……!?」

急に目眩がし、その場に倒れ伏す。
そのままエルフィの意識はブラックアウトした。


◆ ◆ ◆

私は、時々同じ内容の夢を見ることがある。

時間的には私がトラックに轢かれて死んでしばらくしてからの頃だろう。
夢のはじまりは、ぼやけた白い天井が移っている場面で。

『……目は……覚めましたでしょうか……?』

朦朧とする意識の中、無機質な音声が聞こえてくる。

『……無理に……起きなくてもいい……もう少し……眠って……。』
「やぁ、永遠!こんなところに居たのかい!」

飄々とした声の男が、部屋に入ってきた。

「やれやれ、サプライズは後に取っておきたかったのだがね。」
『……二階堂一哉……何を……しにきた………?』
「いやぁ、実験がうまく成功したようなので様子を見にね。
 あぁ、それと『ニカイドウカズヤ』なんて他人行儀に呼ばないで『お兄様』と呼んでくれて構わないのだよ?」
『……兄……?』
「はははは!喜んでくれるかい?永遠?」

男は、一気に捲くし立てる。


「遂にレプリカントの機械部分を30%まで減らすことに成功したのだよ。
 なんとびっくり!ベッドで横になっている彼女は残り70%が人間の死体で出来ているのだ。
 これなら半年以内に機械部分0%のボディーを完成させることが出来るだろう。
 遂に念願がかなう!ネットゲームで生まれた君を見つけた時からの夢がね!
 いやぁ、自己発生して「永遠に成長する」AIである君をバグとして処理しようとした
 上層部を説得した甲斐があったというものだ。そんな無骨な金属製ボディーからはおさらば。
 この二階堂一哉が約束しよう!人間と全く変わらない最高の『器』でこの世に君を迎え入れることをね!」

『……わからない……今の体で特に問題は無いが……一体何の意味がある……?』
「いや、だって。より人間に近づいたほうが君も友達を作りやすいだろう?」
『……なぜそこまで私に執着する……。」』
「愚問だなぁ。」


「愛だよ!君に対する、僕なりのね!」


私はただ聞いているだけ。
聞いても意味がさっぱりわからない。

でも、今は、なんとなく。


◆ ◆ ◆


目を開ける。
周り一面に草原が広がっている。
ここはどこだろう?
私は洗面所にいた筈だったが。

「……損傷が激しすぎる。修復は今すぐは不可能。
 ……どうやら少し遅かったみたいね……残念。」

「あれ?」

倒れている私を、二階堂さんが悲しそうな顔をして見下ろしていた。
ふっと、エルフィはほほ笑む。

「ねぇ、ずっと前に、遭ったことがあるわよね。二階堂さん。」
「……?すみませんね。覚えていません。」
「酷いなぁ。まぁ、公園で話してた時に気付けなかった私も酷いかな。」
「……エル。」
「私は死んでいたんだね。あのトラック事故の日に。
 今の私はなんなのかしら?エルフィのそっくりさん?」
「……さぁ?でも、それがどうしたのです?
 私もあなたも、生きているじゃないですか。」


ああ、そうだね。

「一人じゃなかったんだよね。ごめんね。あなたは私の、
 たった一人の本当の友達になれたかもしれないのに。」

二階堂はエルフィの頬をなでる。

「心配しなくても、みんな同じになるわ。もうすぐ。」
「……そうね。そうだよね。」

結局この殺し合いが何なのかよくわからない。
でも、別にどうでもいいや。疲れちゃった。

「頑張ってね、二階堂さん。」

そのまま、エルフィのAIは粒子になって消滅した。
一人残された二階堂は深く溜息をつく。

「……残念。本当に残念だわ……。」

「あなたが私の同型機の一つだともっと早く知っておけばよかった。
 そうすればゲームの前に誘拐して改造強化しておくこともできたのに。
 悠を楽しませる為の虐殺イベントが一つ増えたのに。本当に勿体無い。
 せっかく始まる前に隠し武器の在り処を特別に教えてあげたのに。
 ……使えない娘でしたね。所詮は未完成品でしたか……。」



「…死んでるわよね?」

意識を取り戻した苗村都月は、洗面所で倒れているエルフィを発見した。

「ま、そりゃそうよね。これで私の優勝に一歩近付いた!?」

『……これで……。』

「!!!!!!!!!!!!???????」

『サイキッカーは全滅。剣格の末裔は全滅。レプリカントは後一人。
 獣人は後二人。……意外な進行ね。実は人間が一番強いのかしら?
 そういえば苗村都月。あなたがウィリアム=ナカヤマ=スペンサーを
 倒すとは思わなかったわ。カタログスペックでは彼が一番強かった筈ですけど。』

「……な……な……?」

エルフィの死体が喋っている。この声はどこかで聞いたことがあるような。

『あぁ、そうだ。』


突然エルフィの右腕が動き、頭の中に手を突っ込んだ。

「ひぃ!?」
『勿体無いからあげるわ。有効活用してくださいね。シティー。』
「え?」

血まみれのエルフィの右手の中には二つのチップが。
そのまま、今度こそ動かなくなった。

「……何?どうなってるの?」

優勝。自分以外のすべてのクラスメイトを殺すこと。
それが唯一の勝利条件……本当に?


どこかに。

実はどこかにラスボスが居るんじゃないだろうか。

ひょっとしたらそいつに勝たないと勝利条件は満たせないのでは?



【女子四番:エルフィ 死亡】
【残り22人】


【E-6 民家/一日目・午前】
【女子二十番:苗村都月】
【1:私(達) 2:あなた(達) 3:あの人(達)】
[状態]:得体の知れない恐怖、妄想による狂気
[装備]:金属バットS&W M56オート(4/15)
[道具]:支給品一式×2、金属バット、M56オートのマガジン(3) シアン化カリウム
硬式ボール(5)、エルフィのメモリーチップ、アームプログラムチップ
[思考・状況]
基本思考:生き残る
0:……なにこれ?
1:容赦なく相手を殺す
2:家に帰りたい
[備考欄]
※チップの中身はパソコンで見れます。
※放送の内容が真実なのか怪しんでいます。

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最終更新:2009年09月10日 13:45