殺戮行 ◆zmHe3wMKNg


「……くそっ……どうしちまったんだよ……私は……!」

森屋達と別れてからずいぶん走った。長い森林地帯が途切れたのか、建物がぽつぽつと見え始める。
家の壁にもたれかけ、シルヴィアはその場に座り込んだ。
胸の鼓動が治まらないのは走って息が切れているからかそれとも―。

(駄目だ…このままじゃ!迷いを、捨てなきゃ!)

庭を良く見ると物干し竿が立てかけてある。
それを手に取り、十分な強度を持っていることを確認したシルヴィアは、

「はぁ!」

両手に構えたそれをブロック塀に振り降ろした。
充分な速度と絶妙な角度から入った衝撃は丈夫な筈の石造りの塀に縦の長い罅を入れる。

シルヴィアは元々棒術の使い手だ。不慣れな銃火器などなくても十分過ぎるほど戦える。

少し離れた場所で、枝を踏む音がした。
誰かが近くに居る。

(今度こそ、やってやる。頭を、後ろから一気に叩き割る)

息を殺して人影に近づき、間合いに入ったと同時に獲物を振り上げる。

(…悪いなお前、ごめんな遥、英太。―でも私は!)

「そう言えば昔、道場を幾つか掛けもちしてた爺ちゃんの弟子の一人に変わった娘がいたという話を聞いたことがあるな。」

(!?)

目の前の男が持っていた鉄パイプが、振り向きもせずシルヴィアの物干し竿を防いでいた。


「その子は獣人と人間のハーフで、それにコンプレックスを抱いていたらしい。
 それを克服すために磨いた技術それはそれは素晴らしいものだった、と爺ちゃんは喜んでいたな。
 だから辞めた時は結構ショックを受けてたよ。」

男は振り向きざまに棒を高速で薙ぎ払い、シルヴィアはあわてて後ろに跳び後退する。

(気付いていたのか?こいつ?)

「唐突にさっきのことを思い出したよ。まぁ、俺には関係のない話だけどな。
 俺と同門出身だったのか?シルヴィアとやら。」
「いや…それは私も初耳だったね。鈴木正一郎…だったかな?」
「一つ聞きたいんだが、松村友枝を見なかったか?」
「…悪いが、そいつには遭っていない。」

残念そうな顔をする鈴木をシルヴィアは冷や汗を流して睨みつけていた。
漂う雰囲気が今まで遭遇した奴らとは何か根本的に違っている。
間違いなく人なのに、まるで機械のように無機質。

「…ところで、いきなり襲ってきたよな?
 お前も、他のクラスメイトの奴らを殺す気なのか?」

冷やかな声で質問する。
その問いに対する答えは、とうの昔に決めたものだ。

「…ああ!私はお前らが憎い!私をを見下した奴も、
 私を守りもせず嘲笑っていた奴も、どいつもこいつも!みんな私が殺してやる!」
「そうか。じゃ、――さよならだ、シルヴィア。」

鉄パイプを両手に構え、鈴木はこちらへ向かってきた。

(あの構え…鈴木も棒術の使い手。しかも私と同じ流派「九鬼信流棒術」。)


棒術は突き、払い、切りという間合いの操作を学ぶためのものとして、
あらゆる総合武術の基本稽古に位置づけられている。
上位の有段者は驚異的な空間把握能力を有し距離を操作することで
技の威力を自在に操作できるとされる。
シルヴィアももちろん有段者であるが、鈴木もその可能性が非常に高い。

(…でも!)

まず、負ける気がしなかった。
シルヴィアが道場を辞めた理由の一つは同じ体格の半獣人と人間が
試合をすると相手では勝負にならなかった、というのがある。
コンプレックスを払拭する為に始めた武道がさらそれをに助長させることになるとはなんたる皮肉か。

鈴木の鋭い突きを間一髪で避け、避けた時の回転する動作を利用して
横へ一気に薙ぎ払う。だがその動作は読まれていたのか鈴木は既に手元に戻っていた
鉄パイプを縦に構えてそれを防いだ。

「へぇ、やるじゃん。――でもさぁ。」
「…何!?」

気が付くと、鈴木の左腕から伸びた何かが武器をシルヴィアの腕ごと絡め取っていた。

(鎖?)

「一つの武器に拘ってるようじゃ、まだまだ。」

体を鎖を絡まった鎖ごと勢いよく引きこまれたシルヴィアの腹に二人分の体重をかけた鋭い蹴りが入る。
女の子だからといって、手加減している様子は全く無かった。

「げぁ!?」

そのままかなり遠くまで吹き飛び、吐瀉物を撒き散らして悶絶した。


正一郎の行動自体は一見単純だがまったく反応出来ない。
そもそも密着状態でコンマ何秒の間隔で唐突に構えを何度も変えるような変則的な動きは常人には不可能。
シルヴィアは喧嘩が強いと言っても獣人に於いての常識レベル程度の強さでしかない。
だが殺人に対する躊躇と迷いを捨てたこの男の強さは、既に人間は愚か獣人の常識の範疇すら超えていた。

「あー、もう終わりか?」

鞄から何か別の武器を取り出そうとしながら鈴木が倒れたシルヴィアに近づいてくる。

(…ぐ…なんだ…?銃でももってんのか?…冗談じゃない!こんなとこで、死んでたまるか…。)

しかし体が動かない。激痛からして下手すればさっきの衝撃で肋骨が折れている可能性がある。

(糞ぉ!畜生!動け!動け!動け!動け!)

「じゃあな、シルヴィ


「ちょっと待ったーーー!!」


何かが、二人の間に割って入るように、勢いよく投げつけられた。
その軌道に居た鈴木は後退しそれをかわす。

「…石?」

「おい!何やってんだ!」
「え…鈴木君と…シルヴィアさん!?」

石を投げた人物、加賀智通とその隣に居る古賀葉子は、二人の元へ駆けてきた。


「鈴木!てめぇ!何てことしやがる!」
「この女が襲ってきた。危険だから対処したまでだ。」
「だからって!ここまですることかよ!?」
「大丈夫?シルヴィアさん?」
「……あ?」

ようやく、ゆっくりと上半身を起こせるようになったシルヴィアは、古賀の隣の男に話かけた。

「…お前、加賀智通か?英太とよくつるんでた。」
「え?何で知ってんの?あんま喋ったことなかったじゃん?」
「…さっき、遭ったんだよ。森の奥の方でな。」
「え!!マジ!?」
「……ははっ……畜生……。」
「…シルヴィアさん?」

目から、何かが溢れている。
二度も助けられた。森屋に、今度は森屋の友達に。

(…情けないないなぁ…本当…こんなの…いっそ死んだ方がマシじゃね…?)

自分の中の何かが終わったような気がして、肩を落とした。
少なくとも、もう、殺せない。もう、こいつらを憎めない。

「大丈夫?立ち上がれるか?肩を貸してやるから、しっかり
「加賀、そこをどけ。そいつは危ない。」
「鈴木、いい加減にしろよ!」

加賀は自分の支給品である片手用の電動式回転鋸、チップカットソーを取り出し、鈴木に向けて構える。

「いいからもう止めろ。俺もこんな痛そうなもん、人相手に使いたくない。」
「加賀、なんの真似だ?なぜそいつを庇う?その凶器でこれからどうするつもりだ?」
「別にどうもしねぇよ。でも、お前がまだシルヴィアを痛振るってんなら俺はお前を!」
「そうか―――――――つまりそれは、貴様も殺し合いに乗ったと認識していいのか?」
「え?」

正一郎の右手が鞄の中に突っ込まれたのが見えた次の瞬間、突然加賀は息苦しさに襲われた。
違和感の正体を確認する為、首を下に向けそれを黙視する。

「・・・ぁ・・・?」

加賀の喉を正一郎のアイスピックが貫通していた。


「残念だな。本当に、残念だ。」

アイスピックが素早く引き抜かれ、空いた穴から血が勢いよく吹き出る。
ふいに、古賀葉子にさっき自分が語った台詞を思い出した。

――俺一人だと説得出来ないかもしれないヤツ、いるだろ?――

(……マジ、か……よ……。)

酸素の供給が途絶えて急激に機能を失った加賀の脳は、
自分がBADENDを迎えてしまったという事実の認識を最期に、その役目を終えた。

「……え……?」

加賀の体がうつ伏せに倒れ伏す。首から血が溢れ、徐々に池を作っていった。
突然起こった惨劇に認識が付いてこれず、シルヴィアと葉子は唖然とするしかなかった。

(…加賀君?嘘?死ぬわけないじゃん?さっきまで喋ってたじゃん。
 ここはリアルなんだよ?シティーの世界じゃないんだから。あ、ははっ。)

「古賀。お前はどうなんだ?乗っているのか?乗っているんなら、俺はお前も。」

鈴木の手に、血のついたアイスピックが握られている。それを見て、ようやく、

「い………………いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

認識が追い付き、葉子は絶叫した。


シルヴィアは惨状を膠着して見つめていた。
殺し合いには乗っていたものの、この島に来た初めてラト以外に人が死んだのを目撃する。

自分を助けようとした英太の友達が、目の前に倒れている。
そのとき、なぜか、親友の死に悲しむ森屋の顔が浮かび上がった。
今はともかく森屋が生きていればこの先必ず彼はこのことを知ることになる。
そして、これから森屋をそんな目に合わせるこの男が、

今まで自分を、嘲笑ったり、見下したり、虐めたりしてきた、どんな奴よりも憎かった。

「鈴木ぃぃぃぃぃぃ!貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」

勢いよく跳ね起き、正一郎にタックルをかます。

「ぐ!?」
「…おい!ぼさっとすんな!早く逃げろ!古賀!」

「…え?」

シルヴィアが正一郎を羽交い絞めにしている。
少し錯乱から回復した葉子は、血の池に倒れてる目が行った。

「だ、駄目だよ!加賀君が、加賀君がぁ!」

「もう諦めろ!いいから早く!私がこの馬鹿を押さえるから――!」
「人聞きの悪いことを言うな。」

正一郎は既に、今拾った加賀が所持していたチップカットソーに右手の得物を持ち替えている。
片手でスイッチを入れ、激しい駆動音とともに起動したそれを躊躇なくシルヴィアの肩に押し付ける。

刃がぶちぶちと嫌な音を立てて回転し、激しく血飛沫と肉片が舞った。

「が…ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

「シルヴィアさん!!!」

古賀の顔が蒼白に染まる。
だが、それでも、シルヴィアは叫んだ。


「…とっ…どと…行げぇぇぇぇ!!!!」

「……う…ぅ……ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

半乱狂になった葉子は、その地獄から逃避するように、耳を両手で塞いでその場を駆け去った。


◆ ◆ ◆

「はぁ…はぁ…。」

どれくらい離れたのか。葉子は息を切らして樹にもたれかかった。
もしかしたらそれほど離れてないのかもしれない。自分の運動不足を呪い、そして。

「う…おぷ…。」

その場で吐いた。

決してリアルでみたくなかった死体を見てしまった。
それもよりによって、さっきまで楽しく喋っていた加賀智通の。
おまけに、逃げた自分はシルヴィアを見殺しにしたに等しい。

「う…ひぐっ…加賀君…シルヴィアさん…!…なんで…なんでよ…!?」

絶望に打ちひしがれて、古賀葉子は一人で泣き崩れた。

「…リン…何処に居るの?…助…けてよ…。」


【C-5 森/一日目・黎明】


【女子十五番:古賀葉子】
【1:あたし(達) 2:あなた(達) 3:○○くん、○○さん(達)】
[状態]:疲労(肉体精神共々、大)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品
[思考・状況]
 基本思考:生き残りたい、罪悪感
 0:とにかく逃げる
 1:リンが気になる
 2:死体はもう見たくない
[備考欄]
※鈴木正一郎を殺し合いに乗った危険人物と認識しました
※シルヴィアが自分を助けてくれたのだと思ってます






びー

しるびー?

(・・・あ?)

「シルビー、起きた?」

唐突に目を覚ます。目の前にはクォーターの猫族、サーシャが自分の顔を覗き込んでいる。
辺りが騒がしい。机の上を片付け、みなが動き出していた。

ここは教室。どうやら退屈な授業中に眠ってしまい、そのまま昼休みを迎えたようだ。

(と、いうことは…夢?ああ、そうか、夢だったんだ。やれやれ。)

「サーシャ?」

「本当、ひどい夢を見たわ。私達が殺し合いをさせられるの。私はショットガンをもって
 みんなを追いかけまわすんだけど、最後には…。」
「シ、シルビー?何か嫌なことでもあったの?あ!…ごめんなさい!ひょっとして私のせい!?
 いつもしつこく昼休み一緒に食べようって誘うから!?」
「何言ってんのよアンタは。」

不意に、教室の窓際のほうに目を配る。
森屋英太と加賀智通が相変わらず馬鹿な会話をしているようだ。
内心ほっとして、しかしなぜあの二人が目立っていたのか不思議に思い、ちょっと顔が赤くなる。

「ごめんねシルビー!イヤならいいよ!じゃあ、またね。」
「…待った!」

立ち去ろうとするサーシャの腕をつかんだ。

確かに、自分はサーシャのことをあまり良く思っていない。
彼女の父親は大企業の社長で、家庭も裕福。歪んだ環境で育った自分とはあまりに違う。

でも、それはあくまで表面的なものだ。
自分は今まで、、好意的に喋りかけてくる彼女の何を見ようとしていたのだろう。



廊下側の席で、仲販遥が長谷川沙羅と楽しそうに喋っている。
そうだ、夢の中の彼彼女らは殺し合いの中でも変わらず接してくれたではないか。

(今なら、信じられるのかもね。)

「学食、一緒に行きましょ、サーシャ。今度の修学旅行、楽しみね。」

「…うん!」

サーシャは本当に幸せそうに微笑んだ。
これから先程見ていた夢とは違う、楽しい何かが始まるのだ。
そう信じて、シルヴィアも笑った。満天の笑みで。

(今度こそ、みんなで楽しく過ごせたら、い







 そこで、シルヴィアの意識は途切れた。











住宅街に明かりは灯っておらず、月光だけが辺りを照らす。
絶叫はとうに止み、辺りは静寂に包まれている。

体中にこびり付いた血のりを拭き取る作業を終えた正一郎は、
少し離れた位置に横たわる加賀智通の遺体とかつてシルヴィアだった物を一瞥し、

「……ちっ……。」

流石に罪悪感が生じたのか軽く舌打ちをした。

(なんでクラスメイト同士でこんなことしなきゃならないんだ?
 若狭…裏に居る黒幕連中め…何考えてやがる…!)

本来打倒すべき対象を思い出し、素早く罪悪感を忘却する。

(さて、どうする。古賀葉子はどっちへ行ったっけ?
 あいつは殺し合いに乗ってるのか?誤解されると面倒だな。)

考えを一旦止め、首を鳴らしてリラックスする。


「まあいい、いずれにせよやるべきことは、もう決まっている。」

再び、何処かへ向かって真っ直ぐ歩き出した。

鈴木正一郎は迷わない。

殺し合いに乗ってしまった奴らを始末する為に。

殺し合いに乗らない本当にいい奴らを護る為に。

迷わないから気付けない。

もしもこの殺し合いを傍観する者が居たとすれば、

彼女らは彼のことをこう呼称するだろう。

―――「マーダー」と。


【C-6 森/一日目・黎明】


【男子十五番:鈴木 正一郎(すずき-せいいちろう)】
【1:俺(ら) 2:あんた(たち) 3:○○(名字さん付け)】
[状態]:疲労(中)
[装備]:チップカットソー(バッテリー残り90%)
[道具]:支給品一式×2、不明支給品(確認済み。武器ではない)、アイスピック、
    バイクのチェーン(現地調達)錆びた鉄パイプ(現地調達)
[思考・状況]
基本思考:脱出派(危険思想対主催)
0:危険人物と判断した奴を殺しながら脱出の道を探す
1:歩いてる間に古賀葉子をどうするか決める
2:生きているかもしれない松村友枝と、事の一部始終を知る朱広竜を探す
3:脱出不可能なら自分以外の誰か一人を生き残らせる
[備考欄]
※ 彼はクラスメイトの人間関係を色々誤解しています
※B-5に加賀智通とシルヴィアの死体が放置されています。


【男子七番:加賀智通 死亡】
【女子十七番:シルヴィア 死亡】
【残り38人】

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Deperted 鈴木正一郎 汚名の代償
I Don’t Want to Miss a Thing シルヴィア 死亡
キューブ 加賀智通 死亡
キューブ 古賀葉子 汚名の代償

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最終更新:2009年03月15日 07:46