すくいきれないもの ◆EGv2prCtI.


 森は不気味な程に静まり返っている。
 先程まで何回か聞こえていた筈の銃声はもはや鳴らない。
 それが何を意味しているか?
 想像は容易に付いた。
 しかしそれでも臆するわけにはいかない。
 自分は自分の出来ることをするだけなのだ。

 玉堤英人(男子十九番)は時折周囲を見渡し、片手に持ったアウトドアナイフを慎重に構えながら歩いていた。
 幾ら物音がしないとは言え、これだけは止める訳にはいかなかった。
 襲撃されたら一人で耐えるしかない。
 それでも現状、もし襲いかかってきた相手が銃を持ち出したらどうしようも無いだろう。
 フラウの持っていたグレネードランチャーが今更ながら必要だと感じたが、彼女とケトルの為にもそれだけは出来るはずも無い。

 それに――英人がフラウ達を連れ出さなかった理由はあった。
 これから英人が行おうとしているのはとても危険なことだ。
 賭けと言ってもいい。
 これから誰と出会うかだとか、そんなことにも左右されかねないこと。
 それには、一人で動いた方が都合がいい。

 悪夢の元凶――二階堂永遠(二十二番)らの真相を突き止める。
 それが英人の目的だ。
 他の生徒にもなるべく死んで欲しくない。
 当然、間由佳にも。

 ――由佳。

 本来ならばもっと早めに動くべきだったのだ。
 即座に状況を把握し、遺書代わりにUSBメモリに自分の考えを書き込む。
 それらは速やかに行えたし、家に出るまでも素早く動くべきだった(それだけに唐突な吉良邑子の登場と尻田堀夫の死にうろたえてしまった)。
 もう銃声は何発も響いている。
 その撃ち出された弾丸は自分とはおおよそ関係のないような生徒、又は、――由佳に対してコンマ一秒以下のスピードで飛んでいき、そして――いや、もしかしたら逆に由佳が恐怖から罪の無い生徒を撃っているかも知れない。
 或いは、また吉良が虐殺を行っているのかも知れない。


 その点英人は不安だった。
 あの時考えも無しに吉良に「由佳を探して護れ」と指示したが――しかし、それを果たして吉良はどう受け止めたのだろうか?
 もしかしたら、吉良自身と自分と由佳以外を皆殺しにするつもりでは?
 それが吉良にとっての「護る」と言う意味の解釈であり、そしてそれは――英人がその命令を出したことになる。
 もしも、他の生徒が吉良にその間違った情報聞かされていたら?
 間違いなく英人を誤解する可能性が出てくる。
 吉良の恐ろしさは何より、その奉仕の激しさだ。
 本気として受け止める他に何があろうか?
 それこそそれを冗談と受け取るのは尻田レベルの無神経さが必要なのだ(もしそれがあれば、そいつは吉良に間違いなく殺される)。
 吉良自身はどうなろうが知ったことではない。
 しかし、吉良のせいで自分や由佳に危害が及ぶのは真っ平御免だった。

 そんなことを考えながら、英人は比較的銃声が多く響いた西側に移動していた。
 第一、今は吉良のことを考えている場合ではないだろう。
 自分が今、生きていられるかどうかの瀬戸際で。
 そして、英人はその吉良よりも恐ろしい相手と戦おうとしている。
 その為にはもっと、色々必要になるだろう。

 しばらく歩いて、ようやく森を半分抜けきったようだ。
 途中で支給されたパンや水に手を付けて休憩した為か、既に空が明るくなりかけている。
 吉良と別れてからケトル達と会うまでの間は相当長く感じていたが、しかしそれからはあっさりと時間が経っていたようだ。


 もうすぐ、あの若狭の言っていた放送の時間かも知れない。
 六時間置きに放送されると言っていた、それが。
 そして禁止エリアと言う生徒達を追い詰める為の面倒な要素が追加される。
 そんなことを考えた二階堂達が忌々しかった。
 どうやってこんなおぞましいことを考えたのだろうか。
 精神的に追い詰め、そして殺し合わせる為のルール。


 そのこともあったので、英人は殊更現在歩いている場所に神経質になっていた。
 地図上、森はC-5、D-5と続いている。
 森に進入した方向から考えて、今はD-5とC-5の境目の近くに居るとして間違いなかった。
 そしてその西の先には、島で一番大きい住宅街がある。
 ここに「人を殺したくないし、自分も死にたくはない」と言うスタンスの誰かが隠れていたりする算段は高い。
 とにかく、殺し合いに乗っていないクラスメートを捜すことが重要だった。
 特に、二階堂永遠に太刀打ち出来るような強い生徒――を。

 風が、吹いた。
 英人の身体を通り抜けて、そして森の木々をざわめかせた。
 もうその森のシルエットがはっきり分かる程に周囲は明るくなりかけている。
 ――急がなければ。
 そう思い、英人は走り出した。

 走り出した途端、視界の右側、何か黒っぽいものが二つ不自然に地面に転がっているのが見えた。
 ゴミ袋? 近頃は不法投棄が流行っている。
 この島でもそんな悪事が行われて――


 ――ゴミ袋?


 そうではない、と気付いた時には英人はそちらの方向に走り出していた。
 ゴミ袋――に見えた、倒れている人影の元へ。

 近付けば近付く程、尻田の時の様なあの異臭が強くなった。
 もう英人には予測がついた。
 そして、もちろんその異臭を出しているのが誰か、というのを調べらなければならない。


 残り二メートル程まで近付いた時、ようやく英人は気付いた。

 森屋英太(男子二十六番)がボロボロの姿(脚にひどく包帯を巻き付けている)で座り込んで、そしてその脇には、倒れている女子生徒が居る。
 英太は魂を失ったように口を半開きにして無表情を保っており、女子生徒の方は背中に数箇所黒い穴が空いて、そして黒い水溜まりが広がって――息絶えているのは明白だった。
「……英人?」
 英太が、声をかけてきた。
 それよりも英人は息を飲んだ。
 その女子生徒の顔自体は英太の身体でまだ見えなかったが――それは――もしかしたら、彼女かも知れない。
 覚悟はした。
 英太に話し掛けるよりも先に、英人は死体に近寄った。

 徐々に頭が見えてきた。
 一歩毎に緊張が増していくのが分かった。
 じりじりと、吐き気のようなも込み上げてくる。
 果たして由佳はここまでスタイルがよかっただろうか?

 ぐっと拳を握って、英人は最後の一歩を踏み出した。


 口からは大量の血が噴き出した後があって、制服に飛び散っている。
 それさえ無ければきっと眠っているようにしか見えないだろう。
 その顔は恐怖や驚愕に歪む事なく穏やかだった。

 ――違った。由佳ではない。
 それは仲販遥(女子二十一番)だった。
 英人は安堵して、ほっと息を吐いた。
 それはゲーム開始以来、英人が見た二つ目の死体だったし、尻田堀夫に比べればずっときれいだった。

 しかし――死んでしまった。遥は。
 ――それを何を安堵しているんだ、僕は?
 英人は首を振って、そのことを申し訳なく思うと、改めて英太を見た。
 遥と英太はそれほど親しくは見えなかった(自分も、英太とはあまり話をしない)。
 それに英太はあまり女子受けするような性格ではない。
「森屋、何があったんだ」
 英人がそう聞くと、英太が絶え絶えの声で、言った。
「太田が……やりやがった……」

 太田太郎丸忠信(男子六番)の名前が出た。
 あの、テニス部の男。
 前に由佳とフラウに聞いたことがある――忠信が、女性に暴行していると言う噂。
 しかし噂は噂でしかないし、その時自分は本気にしていなかった。
 だが――その噂と森屋英太が言っていることが本当ならば、――由佳が危ない!
「殺してやる……」
 恨めしそうに、英太が低く呟く。
 英人自身、自分から忠信を殺そうとは思わないが、――後に忠信と戦うことになる可能性もある。
 仲販遥の死に様から見て太田は銃を持っているのは明らかだ。
 その時までに武器を集める必要がある。


「とにかく、動けるか? 診療所が近くにある筈だ」
 それはもう把握していた。
 住宅街の南側のB-6、つまりここより南西に診療所があるのだ。

「遥は……」
 英太が遥を見た。
 確かにこのまま死体を曝させておくのは忍びない。
 だが周りに危険な人物がうろついている事態を想定すると、地面を掘り返す時間も無い。
 そんなことをしていれば隙だらけになる。

 英人は周りの落ち葉をかき集めた。
 英太が不思議そうに見つめる中、英人は遥の身体に落ち葉を被せ始めた。
「今は埋葬の代わりにこうするしか出来ない、あまり時間をかけられないんだ。分かるだろ?」
 遥が埋まっていく中、英太はただその様子を見ていた。
 いや――見ることしか出来なかったのだろう。
 怪我は見た目以上にひどいらしかった。
「遥……」
 英太は、もう一度だけ名前を呟いた。


 それから、英人は英太に肩を貸して歩き始めた。
 英太が持っていたミサイルランチャー、FIM-92スティンガーはミサイルを装填し直した後に英人が持つことにした。
 英人なら左手だけで持ち運ぶことが出来た(もちろん、撃つ時には気をつけなければならないが)し、何より、英太が当座それを扱える状態ではなかったので。


 歩いて、しばらくは経った。
 空は明るみ、多分、いつ放送が始まってもおかしくない時間帯だった。
 英太の動きは未だにおぼつかず、恐らく早々に治療しないとまずいかも知れない。
 無闇に見捨てる訳にもいかない。
 英人は、とにかく歩いた。


 歩いていて――英人達から向かって右側、がさがさと音がした。
 そちらに注意を向けると、朝もやの中、一つの影がふらつきながらこちらに走って来て――倒れた。

「あれは……」
 英太が声を上げる中、英人はそちらに身体を動かした。
 風に乗って血の臭いが激しく英人の鼻孔に入ってくる。
 かなり出血しているらしい。
 何とか倒れた人影の元まで行くと、英太を降ろして英人は俯せになったそれを肩を持って返した。

 それは愛餓夫(男子一番)だった。
 右腕が肘から無くなって、そこに巻かれた服から大量に血が噴き出た跡があった。
 そして、体中、これは傷付いたわけではなく、腕の血が付いたのだろうけど血まみれになっていた。
 そして出血の為か、頭ががくがくと震えて、素人目から見てももう持たないのは確実だった。
「餓夫!」
 餓夫のひどい様子を見た英太が叫んだ。
 何か餓夫がうわごとのように呟いているのに気付き、英人は耳を傾けた。
「……北沢……」
 北沢――北沢樹里(女子八番)のことだろうか?
 もしかしてその樹里にやられたのか?
 やはり樹里も殺し合いに乗って?

「あの糞アマ」
 恨めしそうに、はっきりと餓夫は言った。
 それだけだった。
 英人はもう一度肩を揺さ振った。


 もう、餓夫は息をしていなかった。
 乾きかけていた腕の服の包帯から、また僅かに血が滲んでいた。

「……餓夫!」
 ただ英太は、俯いて歯を食いしばっていた。
 餓夫の死体に向かって、座り込みながら。
「ちくしょう」
 英太は、そうとしか言えなかった。


 これで三人目だ。
 一方で英人は思った。
 何故か仲販遥に比べ、愛餓夫に対しては軽蔑の感情しか湧かなかったのだ。
 餓夫は太田太郎丸忠信と友人だった筈であり、そして――そもそもこれは信用するに値しない情報かも知れない。
 樹里を襲ったところを反撃された可能性もある。
 いずれにしても樹里を警戒しなければならないのは確かだが。

 英太は餓夫の死を悔やんでいた。
 遥のこともあるのだろう。
 ――だが僕達が餓夫に一体何が出来た?
 出来ることなんてない、初めから。

 しかし、それを抜いてもまだしなければならないことはある。
 二階堂永遠達を倒し、この殺し合いを止めさせる為に。
 どうしても、何があっても。
 英人はなんとしてもそれを成し遂げなければならない。

 因果の輪を断ち切る為に――


【D-5 森/一日目・早朝】
【男子十九番:玉堤英人】
【1:僕(たち) 2:君(たち) 3:あの人、あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て)】
[状態]:健康
[装備]:FIM-92スティンガー(1/1)
[道具]:支給品一式、USBメモリ、アウトドアナイフ
[思考・状況]
基本思考:間由佳と合流したい。主催側がどうなっているか知りたい。
0:ゲームに乗る気はない。基本的に身を潜めてやり過ごす。
1:吉良よりも先に由佳と合流する。ゲームに乗っていない生徒に会ったら彼女(吉良)は危険だと知らせる
2:二階堂に勝てそうな奴を捜してUSBメモリを渡すor共に行動する。
3:武装面での不安要素は拭えないため、ゲームに乗っている生徒に会ったら逃げる 4:森屋の治療の為に診療所に向かう
5:念のため樹里には警戒する

[備考欄]
※USBメモリに玉堤英人の推測を書いたデータが入っています。
※愛餓夫の言葉を疑っています。

【男子二十六番:森屋英太】
【1:俺(たち) 2:お前(ら) 3:あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て、女子限定で名字さん付けで、脳内ではフルネーム)】
[状態]:疲労(大)、スティンガー発射の反動と足に受けた散弾の傷の影響でほとんど動けない(散弾の傷には包帯を巻いている)、制服の下に何も着てない
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2、小型ミサイル×2、赤い液体の入った注射器×3(詳細不明)
[思考・状況]
基本思考:………………
0:…………遥…
1:英人と共に診療所に向かう
2:餓夫……
[備考欄]
※北沢樹里がマーダーだと認識しました。


【男子一番:愛餓夫 死亡】
【残り40人】



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パートナー 玉堤英人
I Don’t Want to Miss a Thing 森屋英太
CHICKEN RUN 愛餓夫 死亡

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最終更新:2009年03月15日 07:25