欺き欺かれて◆EGv2prCtI.



 静かに波が立つ湖畔の脇、二つの影が月明かりに当たらないように慎重に木陰を進んでいる。
 壱里塚徳人(男子二番)と久世明日美(女子十一番)は、逃げ出したサーシャ(女子十六番)を捜す為にしばらくは鉄塔の周りを歩いていたのだけれど、しかし彼女の姿が見当たることはなかった。
 結局、一時間近く回ってA-1辺りからもうサーシャが離れたと判断し、壱里塚が最初に目覚めたという湖畔の辺りに戻り、それからこれからの動きを話し合うことにした。

 距離としては、サーシャが同じ方向に歩き続ければもうかなり遠くまで行っているだろうか。
 明日美達が時間をかけている間にもう簡単には探し出せない状況になっている算段が高かった。

「彼女、まだこの辺りに居たと思ったんだけど」
 明日美は地図を懐中電灯で照らしながら、壱里塚に確かめさせるように、言った。
 壱里塚は先程からずっと何か考え事をしているかのように俯いていたのだけれど、明日美が言葉を発した途端に顔を上げて慌てたように口を開いた。
「久世、お前彼女に何かしなかったか?」

 何かしなかったか。

 壱里塚の言葉に、明日美は反応した。
 そう、確かに――自分はその何かをした。
 自分の目的――強いては、サーシャとラトの為になることを。
 明日美は、それをためらいも無く行っている。
 正しいと信じているからだ。
「怯えてるんじゃないのか」
 壱里塚が、更に聞いてきた。
 ――先程のことと言い、やはり壱里塚のサーシャへの執念が見え隠れする。
 それに、壱里塚に関しては殊にやはり警戒すべき事情があった。


 明日美には壱里塚がただの動物好き、と言う風には見えなかったのだ。
 ただ――ある種、動物に対する異様な感情を持っている。
 それは確かだった。
 だが、それでも明日美はターニングポイントへの一歩を押し進められなかった。
 どうしても、壱里塚を完全に疑うわけにはいかない。

 その点を留意して、慎重に明日美は返答していた。


「ちょっと――彼女が怯えてて、危ないことしてきたから」
 迂闊なことを言えば、すぐにこちらの意図を悟られるだろう。
 しかし、それでも壱里塚に隙を見せてはいけない。
 明日美は、そう考えていた。
「余計なことを……」
 壱里塚は悪態をついて、手にしたレミントンを一度降ろして気落ちした。
 こちらに一切興味を示さない態度。
 先刻からそれには気付いている。
 だが、明日美に対するその態度の奥にある、サーシャへの感情。

 壱里塚の感情が明日美には見えなかった。

 それからもうしばらく、明日美は周りを見渡そうとして――

 ――気付いた。
 木の行列の奥、懐中電灯の光がかすかに動いているのを。
 そして、その光が、向きを変えられた拍子にその懐中電灯を持っている影を照らして――

「暮員さん?」
 明日美は、声を上げた。
 あの低い身長の後ろ髪にまとめたポニーテール。
 きっと――暮員未幸(女子十四番)だ。
 未幸も声で明日美に気付いたようで、こちらに懐中電灯を向けて叫んだ。

「久世さん!」
 未幸が近付いて来て、その後ろからもシルエットが現れた。
 電灯をそのシルエットに当てると、それは神崎健二(男子九番)の姿だった。
「神崎くんも!」
 壱里塚があからさまに二人に対して嫌悪の表情を表している中、明日美はサーシャに関する情報を聞ける可能性が出来たことに心から喜びを感じた。
 もしかしたら、すぐにでもサーシャに近付けるかも知れないのだ。

 未幸と健二が明日美達の元に歩いて来て、それから、健二が言った。
「……壱里塚と久世か」
 健二は、何か意外なものを見たような顔だった。
 やはり、組み合わせとしては奇抜だと思ったのだろうか。
 普段の二人の表面から共通点を見出だせない故かも知れない。
 ――それを言えば、未幸と健二もだ、が。



「白崎君と志緒里さん見なかった?」
 明日美がサーシャのことを聞く前に未幸が、白崎篠一郎(男子十六番)と神崎志緒里(女子六番)の名前を挙げた。
 白崎篠一郎――は、あまり目立たない男子生徒だった気がする。
 しかし、確か未幸とは友人だった筈なので未幸が白崎を捜すのは道理に合っているだろう。
 神崎志緒里は言うまでもなく健二の姉であり、健二が会いたいのは当然だ。

「ううん、私も壱里塚くんも見てないわ」
 返事をした後、明日美は続けてサーシャを見たかどうか聞こうとしたが、しかしその前に壱里塚が突然口を開いた。
「そっちはサーシャを会わなかったか?」
 未幸もまた、呆気にとられたような表情をとったが、しかしそれから間もなく返答した。

「サーシャさん? いや、会ってないわ」


「二人でサーシャを探してんのか?」
 健二が、割り込んだ。
 先程思った通り、二人が当座共通して考えているのはサーシャを見つけ出すことだ。
 その点ではやはり疑問に思われても仕方が無い。

「そうだ」
 壱里塚が、はっきりと言った。
 それでも健二は納得がいかない様子だった。
「壱里塚も久世もサーシャと関係あるようには見えなかったんだがな」

 ――健二が、こちらの真意を分かりつつあると理解した途端、明日美に強烈な悪寒が襲った。
 いや、まだ完全に分かった訳ではない筈だ。
 それこそ、相手にそれを悟らせないようにしなければならない。
 明日美も、壱里塚も。

「そう言えば壱里塚、お前さ、よく獣人に変な視線向けてたよな。変態みたいに」
 不意に、健二が言い出した。
 未幸と明日美が不思議そうに健二と壱里塚を見つめる中、壱里塚は目を見開いていた。
 壱里塚は足を踏み揃え直し、平静を装うとしていた、らしかった。
「――何が、言いたい」
 一寸の合間を置いた後、壱里塚が口を開いた。
 何かを見透かしたかのように、健二が不敵な笑みを浮かべて壱里塚を見た。


 一方で、明日美は焦躁していた。
 壱里塚の狙いがばれると言うことは明日美の目的もばれると言うことなのだ。
 そう心配する明日美に追い打ちをかけるように、健二が続けた。

「お前、動物フェチだろ?」
 健二が、まるで日常のしょうもないことを聞くような軽い口調で言った。
 その内容が平常ではないと言うのに。

 それまで気にしなかった湖畔の木のざわめきが大きくなった、気がする。

「だから飼育委員とかやってたんだよな? 今はサーシャをしつけたいとか思ってんじゃないのか」
 わなわなと、壱里塚の拳が揺れていた。
「何を言ってるんだ!」
 激昂しかけている壱里塚を歯牙にもかけずに、健二は今度は明日美を向いた。
 それだけでもぞっとした。
 この男は――

「久世もさ」
 健二が続けた。
 なんの悪気も無く、そして話の流れでそうなったかのように。
「まさかラトのことを気にしながらサーシャを探してるんじゃ?」

 ――無意識の内にこちらの目的に気付いている!

「……どう言う意味?」
 健二を睨み付け、明日美は言った。

 この点、明日美は健二に何か大きい恐ろしいものを感じていたが、しかし健二は学校内で級友から得た情報を敢えてひねくれた方向で解釈して単にそれを口に出しているに過ぎないのだ。
 相手を怒らせて、懐柔して、そして同士討ちを狙うように。
 しかし、健二が言ったそれは事実、確実に壱里塚と明日美の核心を突いていたのだ。

 それから健二が踵を返して、未幸に声をかけた。
「暮員、早く行こうぜ。こんな奴らに構っ――」
「ふざけるな!」
 壱里塚が、手にしたレミントンを構えて叫んだ。
 懐中電灯の僅かな光でも顔が怒りで赤く染まっていたのが分かった。

 もう、明日美も限界まで来ていた。
「神崎くん、何? 何が言いたいの?」
 健二は悪そびれた様子もなく、ただこちらを見ていた。
 未幸は未幸で、戸惑ったように顔をしかめている。

「第一、お前はどうなんだ神崎」
 壱里塚が、脅すような口調で言った。
「暮員を利用するつもりじゃないのか?」
 にも関わらず、健二は調子を変えること無く壱里塚に反論する。
「お前らが言える立場かよ。本当になんでサーシャを探してるんだ?」

「僕――僕達はサーシャを救いたいだけだ」
 最初の方、一旦言い直したのが明日美の気にかかったが、しかし気にしている場合ではない。
「嘘つくんじゃねえよ! 最後にはサーシャを殺すつもりなんだろ!」
 健二が、突如として叫んだ。
 それを聞いた未幸が、やや怯えたように明日美を見た。
「久世――さん?」

 そりゃそうだろう。少しの予備知識を持って考えれば神崎が言っていた壱里塚の狙いなんてあからさまなんだから。
 そしてそんな壱里塚と共に、同じ対象を探している明日美も――

「ま、待って、暮員さん! 彼の言ってることは間違ってる!」
 弁明したが、しかし明日美の言葉が終わらない内に健二が駆け出した。
「暮員、早く行こう! 俺達までこいつらに殺される!」
「黙れ!」
 そう叫んで、壱里塚は銃口を健二に合わせた。
 そのまま銃が火を吹いた。
 銃声に驚いたのか健二が足をもつらせて転んで、近くにあった木の幹が吹っ飛んで健二に降り懸かった。
 それから四秒程後に健二が、ぎこちなく立ち上がってこちらを見た。
「なあ、暮員。い、行こう。そいつらを、信じるなよ。なあ」
 今度こそ健二は芝居をしていた訳ではないのだけれど、しかし完全に手足を震わせて壱里塚に恐怖を抱いていた、らしかった。


 それよりも、明日美は壱里塚の行動が気に食わなかった。
 ただでさえも未幸がこちらを疑っているのだ。なのに――

「壱里塚くん、なんで撃ったの?」
「な――久世!」
 突然明日美に責められた壱里塚は、顔だけをこちらに向けて驚いていたようだった。
「壱里塚くんは、本当に彼女を救いたいと思ってるの? さっきみたいに他人を押し退けてまで彼女を傷付けたいだけなんじゃないの?」
「お前もそんなことが言えるのか!」
 さっきから幾分神経の高ぶりを抑えていたようだったが、しかし壱里塚はそれを遂に爆発させた。
「僕は、僕はサーシャを殺そうだなんて思ってない! お前は神崎の言う通り、ラトの言葉を聞いて彼女をラトの元に送ろうとして、しているだけじゃないのか!」
 ――明日美の内に、赤黒い怒りが込められた。
 どうして、どうしてこの男は自分にこんなことを言えるのだろうか?
「何よ」
 自分の顔面の筋肉が急速に引き締まりつつあったのが分かった。
 もう、普段のようなはっきりとした発音が出来なかった。
「あなた、が、私が善人ぶってるって、言うの? 自分が、サーシャさんを独占したいからって、わた、私だけを悪者扱いするつもりなの? そう、なの?」

 壱里塚が明日美を睨み付け、ぴくりとレミントンが動いたと感じた時――

「狂ってる。あなた達狂ってるわ」
 未幸が声を上げた。
 視線を壱里塚から外し、未幸に向けると、もう未幸の顔には呆れを通り越して笑みが浮かべられていた。
「く、暮員――」


「来ないで、近寄らないで。やっぱりあなた達について行くことはできない」
 未幸は後退りして、そのまま木々の隙間の向こうへ走ってしまった。
 それに合わせるように、健二が後ろに下がりながら長いバレルの銃(ショットガンのようなあのポンプは付いていないから、ライフルとか言う奴だろうか?)を持ち上げた。
 そして――


 その時には、壱里塚と明日美はお互いから離れるように対極の方向へ飛び移っていた。
 恐らく、すぐに警戒していた健二に視界を方向転換したから良かったのであって、去った未幸の方に顔を向けたままだったら明日美か壱里塚のどちらかの頭蓋が吹き飛んでいたに違いない。
 ――健二が発砲してきたのだ!

「神崎くん、何を!」
 寸前で弾丸をかわし、咄嗟に明日美はFP45を構えた。
 間髪入れずに撃った。
 サーシャの時のような、あの反動がまた明日美の手首を襲った。
 しかし、健二は身じろぎもせずにそのまま一目散に闇へ飛び出していった。
「ふざけんじゃねえ! どうしてお前らの自己満足に付き合わされなきゃいけないんだよ!」

 そう健二の声が聞こえた時、明日美の横で先程のような大きい破裂音が響いた。
 壱里塚が再びレミントンの弾丸を発射したのだ。
 それでも健二の足音が止むことは無く、そのまま足音が遠くなりつつあった。
「待て、神崎!」

 そうは言うが――待つ筈が無い。
 待てば撃ち殺されるのは明白だからだ。

 やがて、健二のその音も聞こえなくなってしまった。
 逃げられたのだ。
 壱里塚が、焦りを見せながら健二が逃げ出した方向を何度もちらと見ていた。
「まずいな、奴らにこっちのことを言い触らされたら……」
 それは確かにまずかった。
 壱里塚と明日美が発砲したのは事実だったので、他のクラスメートが知ったらそれだけこちらが動きにくくなるだろう。
 そうなる前にあの二人をどうにかしなければならない。
 しかし、それより何より――
「別にいいわ、目的を果たせれば――サーシャさんを救えれば関係ない」
 そう強く、明日美は言った。
 その瞬間、たった今明日美に気付いたように壱里塚ははっとこちらを向き、それから何秒か考えたように間を置いてから口を開いた。
「久世、どうせ最終的な目的は一緒だ。一緒にサーシャを探すのを続けよう」

 ――ふてぶてしい!
 しかし、こちらも文句を言える余裕は無いのだ。
 それに――危険な壱里塚を見逃す訳にはいかなかった。
「……仕方ないわね」
 明日美は表ではそう言って壱里塚にこちらが納得したかのように思わせたが、しかし、裏ではこう考えた。

 あなたにサーシャさんを虐めさせはしないわ。彼女を救うのは――


【C-2 湖畔の近く/一日目・黎明】
【男子二番:壱里塚 徳人】
【1:僕(達) 2:お前(ら) 3:あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て)】
[状態]:明日美への強い不信
[装備]:レミントンM870(4/6)
[道具]:支給品一式、予備弾(18/18)
[思考・状況]
基本思考:獣人の絶望した表情がみたい
0:待ってろよ、獣共!
1:獣人を狩り、絶望の表情をみる
2:サーシャを追跡し、彼女の絶望した顔を堪能する
3:久世明日美は、一応同行させておく(必要があれば殺す)
4:次に神崎健二と暮員未幸に会ったら口を封じる
[備考欄]
※獣人以外への対処は、「襲われない限りスルー」に決定しました

【女子十一番:久世明日美】
【1:私(たち) 2:キミ(達) 3:○○(さん付け)(達)】
[状態]:壱里塚への強い不信
[装備]:FP45“リベレーター”(0/1)
[道具]:支給品一式、予備弾(24/25)
[思考・状況]
基本思考:サーシャを“救う”ために追跡し殺す
0:サーシャを探す壱里塚に協力
1:彼女に遭遇したら壱里塚よりも先に彼女を殺す
2:必要があれば壱里塚を動けないようにする
3:次に神崎健二と暮員未幸に会ったら口を封じる

【女子十四番:暮員未幸】
【1:私(たち) 2:アナタ(たち) 3:あの人(たち)、○○(名字さん、くん付け)】
[状態]:健康
[装備]:木の棒
[道具]:支給品一式、メイド服、豊胸ブラ(と、言うより胸を大きく見せるブラ)
[思考・状況]
基本思考:利用されていると承知の上で、利用し返す
0:白崎を探す
1:戦闘などの貧乏くじは全て健二に引かせる(場合によっては見限る)
2:殺し合いに乗るのは癪
3:遭遇する生徒は、救済しないが殺す気もない
4:白崎に遭遇したら二人でゲームを潰す
5:健二は使えなくなったら切り捨てる
6:映画館に行ってみたいが、映画館の存在に若干の疑問
7:武器が欲しい……
8:壱里塚と明日美から離れる
[備考欄]
※メイド服には防弾、防刃等の特殊効果は一切なく、あくまで普通のコスプレ用です
※主催者が二階堂、テト、卜部であることを確信しました
※そして彼女たちが主催者であることがバレると、何か彼女たちに不利益が働くとも推理しました

【男子九番:神崎健二】
【1:俺(たち) 2:お前(ら) 3:あの人、奴(ら)、○○(名字呼び捨て)】
[状態]:健康
[装備]:AR-15(14/20)
[道具]:支給品一式、5,56mmNATO弾(20/20)
[思考・状況]
基本思考:未幸を騙し、利用する
0:姉ちゃんを探す
1:未幸から情報を引き出す
2:彼女と会ったら未幸を見限り、殺す
3:チャンスが来るまではじっと待つ
4:遭遇する生徒を陥れ、殺す
5:1の後は姉ちゃんを生かすために他の生徒を皆殺しにする
6:姉ちゃんがもし反論したら気絶させて黙らせる
7:全ての生徒を殺したら若狭を殺して姉ちゃんと島を脱出する
8:未幸を守る気はないが、その素振りは見せて信頼を勝ち取る
9:壱里塚と明日美のことを他の生徒に話す
[備考欄]
※姉が既に死んでいることを、もちろん彼は知りません


時系列順で読む


投下順で読む


壱里塚と久世の異常な愛情 壱里塚 徳人 Scarecrow
壱里塚と久世の異常な愛情 久世明日美 Scarecrow
かけひきは、BRのはじまり 暮員未幸 Scarecrow
かけひきは、BRのはじまり 神崎健二 Scarecrow

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年04月30日 21:28