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 彼女は、偶然の出会いを感謝しました。
 彼女は、偶然の出会いを恨みました。

 二人は、偶然出会い、そして──。


   ***


[ Destiny Lovers ]

01...霧雨と十六夜 (end of the world)


   ***


 それは、ひとりの少女が自分の生まれ育った家を飛び出した日のことだった。

 霧雨魔理沙は、家の戸を力一杯閉めた。自分の父の顔も見たくない。自分の暮らしていた家にも戻らない。その思いが態度に出たようだ。
 普段の魔理沙なら、父親との喧嘩くらい一晩寝れば忘れていただろう。だが、今回はそういう訳にもいかないくらい、彼女は怒りの炎に包まれていた。
 魔法を使いたい、勉強をしたいという娘。魔法の道具は置かない、勉強も許さないという父。
 その喧嘩は、父親が魔理沙に下した勘当という処置と、魔理沙が父親に言い放った肯定の言葉で収束した。
 霧雨親子の間に入ってくれていた森近霖之助が、色々な物は運び出してくれるらしい。しばらくは彼の店である「香霖堂」で暮らしてみないか、と言ってくれた。それには魔理沙も賛成して、居候することになった。
 最後に一言、父親に「さよなら」と言い、魔理沙は家を出た。
 戸が閉じた後の父親の悲しそうな表情は、霖之助だけが知っていた。

 生まれ育った家がある、人里を歩く。実はすでに飛ぶ位のことはできるのだが、あまりに自分の感情が昂りすぎていて、力が制御できるかわからないので、今は歩くことにした。
 近くの家の老婆が、魔理沙を「霧雨のお嬢さん」と呼び止めた。
「ウチの畑で採れた大根、持っていきなよ」
「ばあちゃん、ゴメン。私もう、あの家に帰らないんだ」
 ……などと言えなかった。
「……ああ、わかった。いつもありがとう」
「いいんだよ。お宅の旦那さんにはいつも世話になってるからねぇ」
 その後も少し会話をして、老婆とは別れた。とりあえず大根は、香霖のところに持っていこう。そう考える。
「……」
 風が吹いた。それを追うようにして見た方向には山があり、長い階段と赤い屋根の神社が見える。
「……霊夢のところにでも、行こうかな……」
 そう呟き、魔理沙はふらふらと歩き出した。

 一軒の店から出てきた人に、魔理沙は気づいていなかった。
 予想以上に、家族との離別というのは彼女の心にダメージを負わせていたようだ。
 だから、気づいた時にはお互いに地面に倒れた後だった。
 どこかに勤めているのか、メイドらしきの制服を着た女性だった。
「わ、悪い。ボーッとしてて……」
 慌てて立ち上がり、女性が持っていたであろう紙袋から転がり出た果物を拾い集める。
「こちらこそ、油断していました」
 女性も立ち上がり、魔理沙が集めた果物を袋に入れる。
「本当に悪かった」
 そう言って、改めて魔理沙は女性の顔を見た。
 ──綺麗だ。
 単純に、そう思えた。銀色の髪に、整った顔立ち。だが、その瞳はとても暗い光を持っている。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。それでは私はこれで」
 女性が立ち去ろうとしている。止めなければ。何故かその時はそう思い、魔理沙は声をかける。
「な、名前は?」
「……何故?」
 女性は立ち止まって振り向いてくれたが、訝しげに眉をひそめている。
 それもそうだ。ぶつかられて転ばされて、その相手に何故か名前まで訊かれているのだから。
「いや、ほら、その。あ、私から名乗るか。私は──」
「結構です」
 女性は魔理沙の言葉を遮る。
「私はそんなに人里には来ませんし、別に貴女に二度会おうとは思っていませんから」
「そんな、そんなこと言うなよ。だって」
「だって? だって、何なんですか」
「その、なんか……気になる」
「……は。貴女まさか、転んだ時に頭でも打ったのですか? それならそれで、お医者さまのところまで付き添いますが」
 不審がっている。拒絶している。
 魔理沙は読心術など使えないが、明らかにわかる。目の前の彼女は、魔理沙を信用していない。
「もういいでしょうか。失礼します」
「ま、待って」
「まだ何か。先程のことは気にしていませんし、こちらにも落ち度はあったので謝罪したではないですか。後は何が──」
「目が」
 魔理沙は必死だった。目の前に現れたこの女性が気になって仕方がないのだ。
 これをきっかけに友達になりたいのか? 自分は何がしたいのかわからない。
 とにかく、名前だけでも知りたかった。
「目が、暗いんだよ。死んではいないのに、輝いてないんだ。あんたの、瞳は」
「……失礼なことを」
 女性が、魔理沙に初めて感情を見せた。それは怒りだったが。
 ギリ、と強く歯を噛み締める。一瞬だが、目の下がピクリと動いた。
「だから、私が気になるとでも」
「ああ。だからせめて、名前だけでも──」
 一瞬だった。魔理沙は強く頬を叩かれていた。叩いたのは女性だが、魔理沙に近づいた訳でもないというのに。
 口を小さく、両目を大きく開いたまま、魔理沙は女性の顔を見ていた。
 女性は小さく、しかし魔理沙に聞こえるように、呟いた。
「十六夜咲夜よ。その痛みと共に刻み込みなさい」
 そして、魔理沙は去り際にかけられた言葉で、心を貫かれた。
「さよなら」

 女性の背中を見たままの魔理沙の目から、涙が溢れ出す。
 自分が、父親に去り際に放った「さよなら」。
 十六夜咲夜が、去り際に静かに残した「さよなら」。
 同じ言葉が、日常使う言葉が、こんなに重いなんて。こんなに辛いなんて。
 涙が頬を伝うのを感じながら、魔理沙は思った。
 父親も、同じ気持ちだったのかな、と。