※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 東京都夢在区の東側に位置する新興住宅地、希望が丘タウン。
 そこにある、赤い屋根の一軒家のベランダで、洗濯物を干している一人の主婦がいた。
 鼻歌交じりで娘のシャツや夫の靴下を物干し竿にかけていく彼女の名前は、雲雀丘千歳。年齢は34歳。夫の竜弥とは大恋愛の末に結ばれ、今は娘の雛乃と共に、三人で仲睦まじく暮らしていた。
「ん~、今日もいい天気ね。そうだ、久しぶりに……」
 千歳はストレッチ運動を始める。学生時代には新体操をやっていた彼女は、身体が柔らかいのが自慢のひとつだった。
 少し汗をかいてきた。暖かな日差しを浴びつつ、手足や身体を大きく動かす。そのままの勢いで前屈を……。
「んしょ。……あら?」
 指の付け根までが足元に着く。本来なら、手のひらがペタンと床に着いても、なお余裕があったはずなのだが。
「……まさか……、嘘、でしょう……?」
 千歳は、恐る恐る上着を捲り上げると、お腹の部分を指でつまんだ。

 ぷにっ。

 もにゅもにゅ。

 あってはならない感触が、そこにはあった。

 いつになく真剣な表情で、千歳はベランダに立ち尽くした。

   ***

「あれ? 千歳、ご飯は?」
 夫である雲雀丘竜弥が訊ねると、千歳は頬をわずかに赤くして答えた。
「しょ、食欲がないのよ」
 ドレッシングもかけていないサラダをフォークでガスガスと突き刺している千歳を見て、竜弥は小さくため息をついた。
「……ちーちゃん」
 この呼ばれ方には弱い。
「……やっぱり、気づいてた?」
「気にしなくてもいい思うんだけど」
「だ、だって、お腹にお肉が……!」
「……いいかい、千歳。ダイエットは無理な食事制限は逆効果だよ。リバウンドだってありえる。それより、ちゃんと食事を摂って、それで運動をしたほうがいいんだ」
「そうなの?」
「うん。体育教師を信じなさい」
 区内にある聖クロス女子学園で体育を教えている竜弥は、よく生徒たちにダイエットの悩みを相談される。生徒に自信を持って教えているのだから、間違いはない。そう千歳は思った。
「わかった! 私、運動がんばる!!」
 竜弥は満足そうに微笑み、千歳も「えへへ」と笑った。

   ***

 とっくに雛乃は学校に向かい、竜弥も出勤した。
 千歳は区内のスポーツジムを探そうとして、知り合いがダンススクールで講師をやっているのを思い出す。
「麗香さんのところで、フラメンコとか習うのもいいかもね……」
 雉川麗香。かつて一緒にチームを組んでいた仲間である。得意なダンスは、情熱的なフラメンコで、その身のこなしは同性でも美しさを感じるくらいだ。
 早速連絡を取ろうかと思った時、電話が鳴った。
「はいはい。もしもし、雲雀丘ですが」
「ち、千歳さん!?」
「あら、もしかして冬美ちゃん? 久しぶりね。元気?」
 相手は白鳥冬美だったが、どうも慌てているようだった。
「あ、挨拶は後で! 緊急事態なんです!!」
 千歳の表情が変わった。

   ***

 指定された場所に向かった千歳。

 紫色のコスチュームを着た彼女は、今は雲雀丘千歳ではない。
 世界の平和を乱す悪から地球を守るために結成された、魔法少女戦隊・ミラージュレジデンスのミラージュ・パープル……だったのだが。
「うふふ、このスーツを着るのも久しぶりね! ちょうど運動もしなきゃいけないし、いいタイミングだわ」
 さすがに30歳を過ぎたオトナの女が『魔法少女』は無い。それは、約四半世紀前、まだ千歳が12歳の頃の話である。
 そう、彼女は『元』魔法少女戦隊・みら~じゅ☆れじでんすの、みら~じゅ☆パープルなのだ!!

 だが。

「……他のみんな遅いな」
 戦隊もののお約束として、メンバーは5人である。
 千歳以外のメンバーは、姿を見せないでいる。
 少しすると、目に優しくない色のメンバーがやってきた。
「ごめん、待たせたわね」
「遅いわよ、美園!」
 金ピカの衣装に身を包んだ彼女は、三条塚美園。世界的に有数の家電メーカー、マイザーインダストリアルの日本支社第3営業部部長である。
 彼女はみら~じゅ☆ゴールドだった。
「出掛けに急な用件が入ったのよ! あなた、数千万の損失と地球の未来、どっちが大切だと思ってるの!?」
「地球の未来でしょ!?」
「ふん。私は用件を部下に任せれたからこっちに来たんだからね。べ、別に地球が大変だから来たんじゃないんだからねっ!」
 彼女は、どこかおかしなツンデレだった。
「まぁいいけど……。他のみんなは?」
「え? 来てないの?」
「うん」
 とりあえず二人は近くの公園に移動して、ベンチに座る。

 しばらく近所の大きな犬の話で盛り上がっていると、電話が鳴った。
「はい、三条塚……。あ、明澄! どうしたの、早く来なさいよ! 絶対に悪の帝国の連中、私たち待ちよ?」
 電話の向こうで、周防明澄が謝る。
「ごめ~ん、なんか数学の山野先生が急病でぇ、自習任されちゃったのよ~」
 雲雀丘竜弥と同じ学園の国語教師である明澄は、授業が抜けれないらしい。ちなみに彼女はみら~じゅ☆サーモンピンクだ。
「今度美味しいケーキのある喫茶店教えてあげるから~」
「……ま、まぁ、そういうことなら?」
「ごめんねぇ~」
 電話が切れた。
「明澄、なんだって?」
 千歳が訊ねる。
「同僚の先生が急病で、代わりに授業しなきゃいけないみたい。お詫びに、今度美味しいケーキ屋さん教えてもらえるみたいよ」
「うーん。まぁ、いいか」
 よくない。

 缶ジュースを買ってきて、今度は美園の部下がイケメンだということで盛り上がる。
 すると、公園の入り口にスクーターが停まった。
「おつかれ! で、敵どこよ?」
 神門かがりは、特攻服をひるがえして颯爽とやってきた。遅れて。
「多分私たち待ち」
「ふーん。他の二人は?」
「明澄は、授業が抜けれないって」
「ガッコの先生ってのは大変だね」
 千歳たちの前にヤンキー座りをして、タバコをくわえるかがり。
 彼女は亡き夫の父親の下で、花火職人をやっている。ちなみにみら~じゅ☆グレー。あと、ヤンキー。元じゃなく、現在進行形でヤンキーである。
「あんた、また改造したの?」
「おう。特攻服は女の命だからな」
 大胆にアレンジされた戦隊の制服の背面には、『正義参上 魅羅亜鷲・零慈澱諏』と書かれている。正直言うと読めない。
「工房じゃ吸えないからよー。……あー、うめー」
 煙は派手に吐きながら、かがりは途中で買ってきた缶コーヒーを飲みだす。

 三人で、夏の花火大会の話で盛り上がっていると、近くから疲れたような声がした。
「あ」
 そこには、黒いドレスの女性がいた。
 彼女はラピス・ラズリと名乗る悪の帝国の女王であった。
「ラピス!?」
「久しぶりー。あ、ちょっとそこ座っていい?」
「どうぞ~」
 千歳の隣に座るラピスは、小さくため息をついた。
「何? 悪の帝国ってラピスのこと?」
「うん」
「何か悪いことした?」
「とりあえず、この辺生ゴミの日だったから、カラス増やした」
 自分でもやっていることが小さいということがわかっているらしく、ラピスは自嘲気味に笑う。
「どうしたのよ、戦闘員から女王にまで成り上がった貴女が。らしくない」
 美園が心配そうに訊く。
 かつては地球を賭けて死闘を繰り広げた相手だが、長いつきあいである。
「聞いてくれる?」
「もちろん」
「ああ。ぶちまけてくれよ」
 かがりが、ラピスの肩に手をまわす。
「ありがとー。やっぱりあんたたち優しいわ……」

 近くの喫茶店に移動して、四人はお茶をしながら話をする。
 ちなみに、戦闘服のまんまなので違和感がありまくる。
「ウチの若い戦闘員とかがさ、旅行とか行っちゃってさ」
 ラピスはストローで氷をかきまぜた。
「前々から、今日決行するって言ってたのによ? 急に『女王さま! この前合コンで知り合ったイケメンたちに誘われました!』とか嬉しそうに言いやがるわけよ。こっちも小さいことで部下をネチネチといじめるのもイヤじゃない? だから笑顔で送り出してやったわよ。ちゃんと成田まで送ってさ」
「旅行ってどこ?」
「ハワイ。おみやげにマカダミアナッツ買ってきてくれるって」
 ラピスは泣きそうだった。
「女王ったって、結構大変なんだよ? 部下の不祥事は全部あたしにくるし、幹部のジジイどもはスケベジジイばっかりだし。覚えてる? 地獄将軍」
「あのでっかい虎と一緒にでてくるおじさんでしょ?」
「そうそう。一番の実力者だったのに、最近孫が産まれたからってすっかりいいおじいちゃんよ。『じいじ』って呼ばれてさ」
「うわー、一番手強かった相手だったのに、なんかショックだわ」
「最近はめんどくさい書類も増えちゃってさ。半日は書類整理で時間つぶれるの。もうイヤんなっちゃう。なんのために女王にまでなったんだろ」
 ヘコみまくるラピスに、美園が言った。
「わかるわその気持ち。私も、魔法戦隊辞めてからは東大出て仕事一筋。でも最近生きがいってのがなくって」
「美園……」
「帝国の女王も、中間管理職も一緒ってことよね」
 仕事に疲れた二人が互いを慰めあっているのを見て、千歳とかがりはいたたまれなくなってきた。
 その時、電話が鳴った。今度は千歳の携帯だ。
「あら、麗香さんだ。はい、もしもし」
「あ、千歳? 今どこ?」
「中央公園の東口出てすぐの喫茶店です」
「あら。悪の帝国は?」
「ラピスも一緒ですよ。そろそろケーキも」
「じゃあよろしく言っておいて。私、急に用事ができちゃったのよ」
「え?」
「前のダンナとの裁判まだ続いててさ。あいつ、養育費払わないってきかないのよ」
 説明したくないけどしよう!
 雉川麗香(38歳・ダンススクール講師)は、バツ2なのだ!
「そしたら急に呼び出してきてさ。今度は親権がどうのとかうるっさくて。とりあえず弁護士さん呼んで話し合うことになっちゃったから」
「あらら、それはそれは」
「ごめんねー。じゃ!」
「はーい」
 電話を切ると、ラピスが「誰?」と訊く。
「リーダーよ。麗香さん」
「おー。来るって?」
「それが、なんか前の旦那さんとまだ裁判続いてて、今日もなんか親権やら養育費やらで大変みたい」
「あらら、お気の毒に。何なら、暇してる戦闘員連れて行こうか?」
「んー、そこまでしなくても、麗香さんが殴っちゃいそう」
「そうか。ま、何かあったら呼んでって伝えておいてよ」
「うん」

 ケーキが届いたので、食べながら話をすることにした。
「ところでさ」
「ん?」
「なんであんたたちが来たの? あのプリズムなんちゃらっていう若い子たちは?」
 本来ならば、現在活躍している魔法少女戦隊・プリズムファイブが来るはずなのだ。
「いや、なんか修学旅行で、今京都」
「ふーん。修学旅行かー。思い出すなー、北海道」
「え? ラピスって北海道だったの?」
「ていうか、悪の帝国って北海道に修学旅行とか行くの?」
「うん。高校ん時はディズニーランドも行った」
 モンブランを食べてご満悦のラピスである。
「修学旅行であの子たちが来れないから、緊急事態だっつって冬美が呼んだのよ」
 美園はチーズケーキを一口サイズに切ってから食べている。
「冬美って、あのサポートのメガネの子? 今何してんの?」
「総司令官。出世したわよねー、あの子も」
「へー。じゃああの子も大変なのかな」
「大変らしいわよ。なんか、新しい兵器の開発費用が多いって国会で問題になってるみたい」
「マジでか」
「総理超困ってた」
「ふーん。世界を守るんだから仕方ないじゃん、ねぇ」
「ラピスが言うと違和感あるけど、まぁその通りだわ」
「ぶっちゃけ、あたしら以外に地球狙ってる連中いる?」
「最近、冥王星から軍隊来たわよ。なんとかプルートとかいう」
「あ、それ新聞で見た。アメリカ危なかったんでしょ?」
「でもこの前、大統領と話し合って和解したとか」
「なーんだ。和解しちゃったんだ」
 傍から聞いていたらひどい会話である。
「かがりも食べたらよかったのに。ケーキ美味しいわよ?」
「アタシ甘いもん苦手なんだよ」
「でもさすがに、喫茶店でスルメはないわよ」
「ないよなー。ひょっとしたら、って思ったんだけど」
「相変わらずオヤジ臭いわねぇ」
「どうせオヤジだよ。ちくしょう」

   ***

 ひとまず、今日のところは解散になった。
「あ、メルアド教えておくわ」
「ありがとー」
 メンバーそれぞれのメルアドをゲットしたラピスは、笑顔で帰っていった。
「あいつ、何で帰るの? なんかでっかい乗り物無かったっけ、昔」
「今車検出してるから、とりあえず品川まで電車だって」
「そっか。んじゃ、アタシも帰るわ」
「気をつけてねー」
「おー。じゃあ、またなー」
 かがりはスクーターで走り去る。
「じゃあ、私も帰ろうかな」
「え? 帰っちゃうの?」
「さっきメールが届いて、取引成功したって。労ってやらなきゃ」
「そう。おめでと!」
「うん。ありがとう。じゃあね、千歳」
「ばいばーい」

   ***

 こうして、世界の危機は去った。

 だが、またいずれ、悪の帝国の女王、ラピス・ラズリは再びこの地球にやってくるだろう! 一人カラオケ目的とかで!

 がんばれ、みら~じゅ☆れじでんす!!
 負けるな、みら~じゅ☆れじでんす!!

 とりあえず、カラスは保健所に任せたらしい。