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本文
何かの作品の元ネタは○○だ。
といって悦に浸るオタクほど醜いものはない。
彼らの指摘は確かに正しい。
しかしそれは半分しか正しくない。

独創的な小説を製品に例えてみよう。
独創的な製品が中身をみると平凡なパーツ(平凡だが役立つ工夫に満ちたパーツや設計)でできあがってるようなものだ。

秀逸な作品も平凡なパーツやどこかで見た優秀なパーツ(展開や設定や語り口調)をアレンジして取り込んで出来上がってることが多い。
それが適切な順序で組み合わされることで全体として独創性を出しているならこれはもうオリジナルなのである。
パクリだパクリだと鬼の首を取ったかのように騒ぐこともないだろうと私は思う。

ヘルシングの少佐の演説が総力戦演説のパクリだとしても、あそこまで雰囲気を盛り上げたなかで行われるからその演説は映えるのであり全体での配置が重要なのである。
それ以前に漫画に合うように徹底的に元ネタが改変されているのだから単独でも完全にオリジナルのレベルに達している。

完全なパクリは問題だ。
最上なのは他人の作品の良いところの本質を上手く抜きだして非常にきめ細かいレベルで自分の作品で使うこと。
次に優秀なのはパクリだと分からないレベルまで上手に自分の作品の中に埋め込むこと。
その次にいいのがパロディや真似でやってますというのが読者にもわかるようにつかうことである。



質の悪いパクリか、他作品の本質的に良いところを理解したうえでの取り込みか。
オタクが作品のあらやパクリを指摘するときこのへんのことを考慮すべきだろう。