ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン………
僕が向かうのは戦場。
僕と同じ貨物馬車に乗っているのは、西部で未だ抵抗を続ける勢力を平定する為に徴兵された若者ばかりだ。
戦況は予想外に激戦らしく、ろくな訓練もなしにこの貨物馬車に押し込められた。
装備はない。戦地で支給されるのだろうか?
ガタン…ゴトン……ガタン………ゴトン……馬車の列が止まった。
ガララッ、薄暗い貨物馬車の扉が開き、まばゆい光と共に―――
「ぐあっ」
「うっ!?」
「ぎゃ!」
――矢が雨のように降り注いだ。
「全員、降車!急げ!!」
矢が次々と貨物車に乗っていた者達に突き刺さる中、僕は転がるように貨物車から飛び出した。
その眼に飛び込んできた光景に僕は唖然とした。
枯れ果てた木々と泥と湿気にまみれる大地が一面に広がっていた。
その時、凛とした声が遥いた。
「貨物馬車を守れ!防盾隊は何をしている!」
一頭の馬に乗った黒い甲冑の騎士が叫んだ。
その一喝と共に、貨物馬車と補充兵の周りに大きな盾を持った兵が駆け寄ってきた。
ほどなくして矢が飛んでこなくなり、僕はほっと息をついた。
「ルージュ様、敵の残存部隊に我が軍の騎兵が突撃を開始致しました。まもなく状況は回復しましょう」
後から駆けてきた魔術師がさっき叫んだ黒い甲冑の騎士に言った。
(……ルージュ?)
どこかで聞いた名前だと思っているとその黒い騎士が僕の前に馬を進めてきた。
「少年、名は?」
「えっ…あ…?」
「名は何と言う?」
「は、はい。ラメルと言います」
「年齢(とし)は?」
「はい……12です」
「そうか。私の侍従が先刻、戦死した…本日付けをもって私付きの侍従に命ずる」
「え………!?」
「返事は?」
「は、はい!」

数時間後。
「よろしいのですか?」
「………」
軍陣営の将校用のテントの中でティゴルは言った。
「何がだ?」
「彼は弟君によく似ている」
「…………」
「容姿も声も……ですが彼は弟君ではない」
ティゴルは一呼吸おき、言った。
「そして……弟君の代わりでもないのです」
「―――っ!」
ルージュはキッとティゴルを睨んだ。
「………ソレが私が侍従を選んだ理由だというのか?」
「僕の眼にはそう映りました」
ルージュはティゴルの視線を逃れるように踵を返した。
その背に縋るようにティゴルは続けた。
「ルージュ、貴女らしくありません。侍従を選ぶのは構いませんが、僕の―――」
「少し疲れた……一人にしてくれ」
「ルージュ」
なおも食い下がるティゴルに僅かに振り向き、ルージュは言った。
「出ていけ………これは命令だ」
「…………わかりました………失礼します」
ティゴルは目を伏せ、頭を垂れるとテントの外へと出て行った。
「………」
甲冑のままルージュは簡易ベッドに腰をかけた。
そしてふぅと息をつくと両手で身体をゆっくりと抱いた。
「…………」
震える肩を押さえながら、ルージュは自分に言い聞かせるように何度も呟いた。
「わかっている……弟は…ルリエスはもうこの世にはいない………わかっているんだ」
翌朝、僕は陣営の本部に呼び出され、正式にあの騎士の……いや王国騎士団長であり、
騎士団長でもあるマリアルージュ=クロスティリア様の侍従に任ぜられた。
よかった、ツイてる…と僕は思った。

元々、口減らしの為に兵隊に出された僕だ。
帰っても迎えてくれる家はない。
王女付きの侍従であればまともな食事にありつけるだろうし、前線で戦うよりマシだろう。
と命令書を持ち、思案していた。
が……どうやらそれは甘い考えだった。
「あ…あの、マリアルージュ様」
「私を呼ぶときはルージュでいい」
「あ、は…はい、あのルージュ様、これはなんですか?」
「朝食だ」
侍従になってからの初仕事はルージュ様の食事の用意。献立は………
「……冷めた豆のスープに肉の塩漬け、この黴びたパンが?」
「ああ」
「コックが間違えたんでしょうか、これがルージュ様のお食事とは―――」
「補給が乏しいのでな、仕方がないんだ。パンの黴びた部分は削って食え。
水は飲料水も含め、優先的に医療班にまわしているから我々の分はない。
だからといって川の水は飲むな、バクテリアが多い、死ぬぞ。喉が渇いたらビールを飲め、傷んでいるが軽い腹痛程度ですむ」
これが女性の台詞か?ああ、なんかパンをナイフで削って食べてるよ……をいをい。
それにこのテントの中……なぜか…ものすごく臭い。
大量の生ゴミが腐ったようなひどい臭いが……自然と僕の眼は朝食をとるルージュ様の方へと移った。
……まさかな……
そんな考えを見透かしたかのように我が主君は答えた。
「酷い臭いだろう?」
「えっ……?」
「汗と土と血と女の臭いだ……まるで家畜小屋だな。まぁ……一月もろくに身体を洗っていない…許してくれ」
「…………」
僕は何も言えずただ下を向いていた。
「これでも前線の兵士よりはマシだというのだから……戦場というのは本当に酷い場所だよ。
貴族どもは一日ともたんだろう。」
鼻で笑って、削ったパンをスープに付けて口に運ぶルージュ様。
口とは裏腹に、その眼光は野生の狼のようだ。
「お前も覚悟しておけ。戦場がどんな場所か直にわかるはずだ」
ルージュ様はふふっと不敵に笑い、干し肉を囓りビールを一気に煽った。

今日は本陣の作戦本部テントで作戦会議、戦況は昨日の戦闘で対岸に敵軍を追いやったことで王国軍が優勢になったという。
対岸の後方には広い草原があるのみ、そこが決戦の場になるのだそうだ。
相手は王国軍の併合策を『侵略』と称して抵抗するこの小国『ラトゥカ』の王とそれに従う一部の国民。
それはそうだ、併合されれば王家はどうなるかわからない。
小さいなりにも独立した国の王ならば、抵抗するだろう。
きっかけは小さな反乱だったらしい、それを鎮圧に向かった王国軍警備隊が破れ、
勢いづいた民衆が続々と集結し、それを聞いた王が決起しクロスティリア王国と対決するに至ったらしい。
「ルージュ様、敵は疲弊しております。戦力差はこちらの3分の1、我が軍の騎士団で踏みつぶしてやりましょう」
会議の中、若い上級騎士が言った。
「………」
ルージュ様は腕を組んだまま、じっと机の上の戦況板を見ている。
「敵の装備はどうだ?騎馬は?」
「は、ラトゥカ軍には正規の軍組織がありません。民兵が主で、武器は剣に斧や槍、はては鉈や鋤で武装しているそうです。
騎馬は20騎程度のようであります」
皆がどっと笑う。
「昼間の戦闘で敵の弓兵隊はほぼ壊滅させました。所詮は農民の軍隊、烏合の衆です」

「その烏合の衆相手に我が軍の補充兵達に被害が出たのだ。それはどう説明する?」
ルージュ様の低い声に騎士達が言葉に詰まった。
「……姫、敵の動きは非常に巧妙です。兵の質は低いかもしれませんがそれを組織している王。
もしくは幹部に、よほど兵法に長けた者がいると考えるべきです。」
ルージュ様の後ろに控えていた老軍師が言った。
その後ろには、若い魔術師が控えている。
あ、ルージュ様と初めて会った時にいた人だ。
「爺、私もそう思う……が、対岸に渡った奴らは河を渡る我らに攻撃はしてこなかった。
覚悟を決めたとは考えれぬか?」
「ご冗談を。彼らはこの戦に『勝つ』つもりでしょう。」
おじいさんがふふふっと笑った。
「シャレール殿、それは我らを騎士団を愚弄しているのか!?」
勇んでいた若い騎士がすごい形相で睨んだ。
「そんなつもりはない。が、現にただの民兵相手にここまで苦戦しているのは事実。
それでも強引に攻めるというのなら、お主の騎馬隊で明日、敵の歩兵を攻撃すればよい。
100もあればたやすく突破できるだろう?」
「言われなくとも!ルージュ様、明日の先方は私に務めさせて下さい。
見事、ラトゥカ王の首を討ち取って御覧に入れましょう」
「……わかった。そなたの直属の部隊に先陣を務めてもらおう」
「はは」
そして作戦会議は終わり、本部にはルージュ様と僕。
おじいさんと若い魔術師だけが残った。
「爺……100の騎馬、潰す気か?」
「姫、民衆の『乱』というモノは時として最も強い軍隊となります。
その恐ろしさを将来、王国を統べる貴女様の眼にしっかりと焼き付けていただきたい。
その為なら100の騎馬、惜しくはありません。」
「……軍師たるヴァレリアス=ムスムリ=シャレール殿の言葉であっても……
100の騎馬は騎士団の一部、それをむざむざ―――」
「姫、王となる者は大局を見極めねばならぬ時もございます」
「それでは父上と変わらぬではないかっ!」
ルージュ様が吼えた。
「父上は己の敵には容赦のない方。謀反の疑いをかけられ処罰された臣下も1人や2人ではない。
それ故に一昔前は内からは『魔王』と、外からは『クロスティリアの覇王』と呼ばれていた……
私はそのような王にはなりたくはない!」
「ならばなおのこと。王であろうと思うのであれば、まず民の恐ろしさを知らねば………。
そのために『情』を捨てねばならぬ時もございます」
「今がその時だと?」
「左様、1500の騎士団の内の100、残りの1400と歩兵5000の為に……」
「……承知した。爺、任せるぞ。」
「御英断、この爺は嬉しく思います。姫はやはり王となられるお方です」
「……下がって休め。明日は決戦だ。ティゴル、お前も明日は存分に働いてもらうぞ」
「はい、お任せを」
そう言っておじいさんとあの魔術師……ティゴルさんは出て行った。
「ラメル、私は身体を清める。手伝え」
「え…あ、はいっ!」
眠くて立ったままウトウトしていた僕はルージュ様の声にびくっとした。
…って身体を清めるって?

僕は今、ものすごく緊張している。
鼓動が高ぶり、息苦しい。
それはそうだ…この一枚のしきりの布を隔てて向こうは裸のルージュ様が湯浴みをされているのだから。
「ふぅ……生き返る……補給が間に合ってよかった。決戦の前は身体を清めるのは王家のしきたり…
だからと言って濁った河の水で洗うのはごめんだからな」
「は……はぁ」
……そんなことを言われてもな……
「ラメル、こっちへ来て背中を流してくれないか」
ええええええ!?
「で、ですが……ぼ、僕は…」
「気にするな、お前に己の裸体を見られたからといってどうと言うことはない」
「し、しかし……」
「お前も脱ぐんだからな?」
……お許し下さい、ルージュ様…観念して、僕は服を脱ぎ失礼しますと言って
しきり用の布を抜け、中へと入っていった。
そこには栗色の髪の女神が座っていた。
ほんのりと紅ののった白い肌に蒼い眼、均整の取れた年相応の女性が
湯を張った簡易浴槽の中からこちらを見ていた。
「何を固まっている、こっちへ来い」
「は…はひ!?」
あんまりの衝撃に僕の声は上ずっていた。
「その石鹸を泡立てて、タオルで背中を頼む」
そう言って僕に背を向け、ルージュ様は前を向き鏡を見ながら髪を洗い始めた。
浴槽に入り、僕は指示された通りにルージュ様の背を洗い始めた。
……僕の未熟なアソコも知らず知らずのうちに催している。うう…情けない……あれ…?
しばらく洗っている内に僕はルージュ様の背に大小の傷があることに気がついた。
いや…背中だけじゃない、腕にも足にもいたるところに擦り傷や切り傷、打撲の後がある。
「……気がついたか?」
「えっ?」
「この傷跡は……私がお前ぐらいの年齢には父上に剣術をたたき込まれていた。
容赦なく模擬剣で朝から夜遅くまで打ち据えられてな」
「………」
「そして次の年には戦場にいた。父上の傍らで戦を見ていたよ。
恐ろしかった、矢が飛んできて腕に刺さった時は死ぬかと思った」
ルージュ様は己の過去を淡々と語った。
「……そうして父上の命で初めて人を殺めたとき、震えが止まらなかった。
苦悶の声と表情をしながら倒れる敵の捕虜…あの肉を斬る感触と血のにおい、
斬られた腹部から飛び出す臓物は今でも覚えている……」
「………ルージュ……様?」
「だが父上は『すぐ慣れる』と言った。そうして私は人を殺めることに慣れた私は………
こうして今、また人を殺めるためにここにいる」
僕はうまく返事が返せなかった。
何と返せばいいのか思いつかなかったけど……こう返した。
「……どうして僕にそのようなお話を?」
「………ふむ……どうしてかと問われると……」
ルージュ様は少し考える素振りをした。
「あ…す、すみません」
「ふふ、謝ることはない。…そうだな…ただ聞いてほしかった……そう答えておこうか」
「あ、は、はい」
そう言ってルージュ様はクスっと笑った、つられて僕も笑う。
初めは怖いイメージがあったけど……本当は…優しい人なんだ……こんな人が僕の姉さんだったらいいのにな。
そう思った僕は言ってみた。
「あ…あの…」
「うん?」
「お…お姉ちゃん!」
「―――!?」
あ、あれ?ルージュ様が眼を見開いたまま固まってる…あ、こ、言葉使いか。
もっと上品に言わないと。
「じゃなくて……え、えーと…あ、姉上!」
「ル……ルリエス……?」
「…え?」
「ルリエス!!」
え、えええええっ!?ル、ルージュ様がぼ、僕にがばっとだ、抱きついて―――!?
「ル、ルージュ様っ!?ルージュ様っ!落ち着いて下さい!ぼ、僕に、そ、そんな―――僕はラメルです!
貴女の侍従のラメルです!」
「ラメル―――あ、す、すまんっ!」
ルージュ様はハッと我に返り、僕から離れた。
「い…いえ、ですがルリエスって―――」
そう言いかけた僕をルージュ様はギロッと睨んだ。その眼をみた瞬間、僕は殺されると思った。
「あ…あの…ご、ごめんな……」
震えて声が出ない、蛇に睨まれた蛙みたいだ。
そんな僕にルージュ様は詰め寄り、噛みつくように言った。
「聞くな。二度と。誰にも……わかったな?」
「ティゴル……」
陣営の中を二人の影がゆっくりとした足取りで歩いていく。
「はい、お祖父様」
「儂は姫が男であったなら……と思うことが時々ある」
「はい……それはよくわかります」
「だか……姫は王になれる力量は十二分にある。
臣下を見る良い眼と耳と人徳を持ち合わせておる。王譲りの覇気と武も」
「はい……」
老人は陣営の前に広がる河を見ながらふいに呟いた。
「―――『女』に戻してはならんぞ」
ティゴルはその言葉に口元を引き締めた。
「……お祖父様」
「そのためにお前を姫の側につけた」
老人は足下の石を拾い、河の中に軽く投げ込んだ。
「……はい」
そして老人はゆっくりと屈み、腰を大きな石の上におろした。
「姫が『女』の心を取り戻せばこの強大な王国を統べる事は誰もできなくなる……」
老人の老いた眼には河ではなく、王国の行く末が映っているのかもしれない。
「………」
「よいな、己の使命を全うせよ。これはお前の祖父ではなく師として命ずる。」
老人の眼が鋭く光った。
「お任せ下さい、我が師よ」


よく晴れた晴天の空の下、ラトゥカ国の言葉で『ヴェラ』という平原に各々の武器を持った民達が立っていた。
それぞれの顔は土と血に汚れ、粗末な衣服を纏っている。
その姿はまさしく王国の圧政に決起した農民という言葉がふさわしい。
ラトゥカ王は騎乗し、民兵の集団の先頭にいた。
王家に伝わる武具を身につけ、頭には略式の鉄製の王冠をかぶっていた。
ルージュより五つほど年上だろうか、年若い青年だがその姿には『王』たる風格は十分に備わっている。
その王の元に馬に乗った斥候が駆け寄る。
「敵の数は?」
「およそ5倍です」
「騎馬は?」
「2000騎ほど。それとは別に100騎が先陣を務めています。歩兵は3000は超えるかと」
「……そうか……」
その言葉に王の表情が曇る。
「貴方がそんな顔をなされては民達が動揺してしまいますよ。」
王の後ろに控えていた軍師が言った。
「……そうだな、すまぬ。」
「明らかに劣勢ですが、逆にこれを打ち破れば国は独立国として認められます。
心配は無用です、僕の言った通りにして頂ければ必ず勝てます。」
長身の軍師はにこやかにそう言った。
「ああ。貴方には感謝している、ヴィナード殿。この国の為に尽力してくれた恩、必ず―――」
「その言葉、この戦を勝利した折りに―――来ましたよ」
地鳴りを思わせる騎馬の蹄の音と共に平原の向こうに見えるランスの先端。
そして金属音をきしめかせ、槍、斧、弓、剣を装備した歩兵が隊列を組み、行進してきた。

「爺……あれがラトゥカの残存軍か」
「左様でございます」
決戦の日、僕はルージュ様の後ろに控えていた。
侍従者には武器はない、とりあえず腕を前で組み、指示を待つ。
それにしても壮観だ……整列した槍兵に、歩兵、弓兵。
ひらめく軍旗に色とりどりの指示旗。
特に騎士団は蒼色の鎧で統一されているので格好いい。
「歩兵のみの軍など……姫様、シャレール様、よろしいですか?」
昨日、勇んでいた騎士が兜を片手に言った。
よろしいですか…というのはもちろん騎馬で突撃していいですか?と言う意味だろう。
「待て、とりあえず国王の条件を伝える」
ルージュ様が若い騎士に言った。
「は?……し、しかし―――」
若い騎士が口ごもった。
「……たとえ国王が守らぬ条件であっても合戦の礼儀というものはあろう」
「ですが、ルージュ様自らは危険です。相手は蛮族、礼儀など―――」
若い騎士の声はおじいさんの笑い声に遮られた。
「よいよい、そなたは英気を養っておれ。姫、面倒ごとはこの爺とティゴルにお任せ下さい。」
「この軍の指揮官は私だ。爺、ティゴル、ラメルついてこい」
そう言うとルージュ様はクロスティリア軍旗と停戦軍旗を持った騎手を伴って馬を走らせた。
「……やれやれ…ティゴル行くぞ」
「はい」
ティゴルさんはにこにこと笑っている。こうなることがわかっていたようだ。
そして僕達は馬を走らせた。

「おや……めずらしく使者が来ましたね……どうしますかアルガス様?」
「会おう……戦にも礼儀はある」
「まぁ……そうですね」
ラトゥカ王と軍師は手綱を握った。
「ラトゥカ王、アルガス=フィリア=ラトゥカだ」
驚いた、ルージュ様と同じくらいに若い人が敵の王様だったなんて。
「アルガス殿、初めてお目にかかる。私はクロスティリア王国第一王女、
マリアルージュ・ティクラ・クロスティリアだ。」
ルージュ様が名乗り、続けておじいさんとティゴルさんが名乗った。
「国王の条件を伝える。『軍を引き、王国に忠誠を誓い、従属するならこの領土の統治権を与え、
王家の世襲を認める』との事だ。」
ルージュ様が書状を見せた。
「マリアルージュ殿、申し出はありがたいが我らは貴女の父王に屈しません」
「アルガス殿、今一度お考えを。これ以上、両軍の血を―――」
ルージュ様が口を開いた時、ラトゥカ王の後ろに控えた軍師らしい人が言った。
「今度はこちらの条件です」
「口を慎め。マリアルージュ様の御前であるぞ」
おじいさんが厳格な口調で怒鳴った。びっくりした……怖い声。
「そちらの条件は聞きましたよ。今度はこちらの条件では?」
「貴様、名は?」
全く動じていない敵の軍師にルージュ様は鋭い口調で言った。
「申し遅れました、僕はヴィナードと言います」
「それでそちらの条件とは?」
「姫―――」
おじいさんが口を挟んだ。
「よい。そちらの条件を申してみろ。」
「ありがとうございます。では、こちらの条件です。」
何か……ルージュ様を前にして笑顔で言うなんて緊張感にかけるな…この軍師さん。
「旗を降ろして、数十年に及ぶ圧政、略奪、暴行を民に謝罪しながら王国に帰って下さい」
「…………」
「承知すればよし、承知しなければ今日ここで皆殺しにします」
………笑顔ですごいこと言う軍師さんだな。
でもルージュ様はそれを黙って聞いている。
「………ほう、なかなかの条件だ。だが―――」
ルージュ様が口を開こうとした時―――
「まだ条件は終わってませんよ、黙って聞いて下さい」
………すげえや、この軍師さん。
「帰る前に指揮官であるマリアルージュ様には隊列の前に進み出て頂き、
両足の間に頭を突っ込み、ご自分のケツにキスしていただけますか?
その方が我が軍の眼の包容になるでしょうし、僕も大変嬉しいです」
敵の王様は目を閉じ、ふぅ…とため息をついている。こっちのおじいさんはなぜかにやにや。
ティゴルさんは眉をひそめ、ルージュ様は―――切れていた。
「……アルガス殿、貴方はよい軍師をお持ちだ。戦場で会いましょう」
「……光栄です、マリアルージュ殿」
そうして両軍の交渉は決裂した。

「品のない条件だな、ヴィナード殿」
苦笑しながらラトゥカ王アルガスは言った。
「そうですか?是非、承諾してほしい条件だったんですけど………」
残念ですね…と言った感じで答える軍師。
「貴方は長生きしますよ」
「ええ、僕もそう思います。では、作戦通りに―――」
「心得た」

「ははは、なかなか愉快な軍師でしたな」
おじいさんが大きな声で笑った。
「ふふふ……あの条件……そうなればさぞ嬉しかったろう、ティゴル、ラメル?」
「いえ」
「とととととんでもない」
あ、あの……ルージュ様……眼が笑ってません。
「では……騎馬の援護をしますか……姫」
「わかっている、弓だ。」
その言葉と共に、矢の刺繍が入った指示旗を持った騎手が隊列の前を駆け抜けた。
「弓兵隊!」
「弓兵隊、前へ!」
「弓兵隊戦闘準備!」
隊列の指揮官が次々と声を張り上げた。
一列に並んだ先陣の騎馬隊の前に弓と矢筒を担いだ弓兵が駆け足で整列した。

「弓ですか……マニュアル通りの効果的な戦術ですね」
「あれだけの弓兵……さすがはクロスティリアだな」
ラトゥカ軍の民兵達がどよめき始めた。
「では、よろしくお願いします」
「ああ」
アルガスは短く答えると剣を引き抜き、天に掲げた。
「案じるな皆の者!この戦、我らは勝つ!鬨の声を上げよ!」
よく通る声でアルガスは高々に宣言した。
ウオオオオオォォォォォォォォ!!
民達が王に負けまいと声をあげ、叫んだ。
「王国に負けるな!!」
「ラトゥカ王万歳っ!!」
「王国軍は皆殺しだ!!」
「王国の魔女を殺せ!!」
雄叫びを上げ、剣の柄で盾をならし、挑発するように音頭をとる民兵達。

……すごい士気だ……僕はチラッとルージュ様を見た。
「勢いづいていますな……士気は上々といったところですか。
あの若い王に人徳は十分あるようです」
おじいさんが感心したように言った。
「そうでなければ張り合いがない……特にあの軍師……ふふふふ」
我が主君はまだ切れてる。

「弓兵隊!」
その声を共に弓に矢をつがえ、敵陣に届くよう角度を調節し構える弓兵達。
「放て!」
矢が風にのり、雨のように敵陣に降り注ぐ。あの角度から落ちれば、盾も貫通するだろう。
「そのまま3連射。先陣隊、敵陣に突撃せよ!」
「は!ラトゥカ王の首、必ずや討ち取ってみせます!」
あの若い兵士が兜をかぶり、100名の騎馬で横一列に突撃を開始した。
風のように疾走する騎馬兵団。

「我が方の損害は?」
矢が降り注ぐ中、アルガスが騎乗している側近に問う。
「は。盾で防いでいますが歩兵1500の中、100は―――ぎゃ」
側近の首に矢が突き刺さった。
「さすが……といった所ですか…」
盾で頭を保護しながらヴィナードが言った。
「次は―――」
「本命のご登場です」
軍師の言葉と共に轟音を立てながら甲冑を纏った騎兵が突撃してきた。
さすがに士気の高い民兵も動揺を隠せない。
「待て―――」
アルガスは馬から降り、剣を上げ声を張り上げる。
「騎馬隊突撃!!」
「ウラアアアアアアアアアアッ!!」
100の騎兵が喊声を上げ、一斉にランスを構えた。
「待て―――」
騎馬隊まで残り20メートルをきった。
風のように迫り来る騎馬兵。
「待て―――」
残り10メートル、9、8、7、6,5―――
「今だ!!」
「上げろ!!」
「突き出せ!!」
アルガスは叫び、足元に草をかぶせ偽装してあった木製の長槍を騎馬に向かって
一斉に立ち上げた。それはまさしく槍の壁であった。
「な、何っ―――ぎゃああ!」
「ぐぎっ!?」
「うわあああああっ!」
完全に突撃の体勢に入っていた騎馬兵達に馬を止める術はない。
勢い余った騎馬は自ら串刺しになり、騎馬兵は重い甲冑を纏ったまま騎馬の断末魔と共に
敵兵の中に放り出された。

「な……―――」
「どうですかな、姫。あれが民の力、知恵、そして怒りというものです」
おじいさんは対峙する敵陣でよってたかって叩き殺されている味方の騎馬兵と敵兵を
指さし、ルージュ様に言った。
「爺……まさか最初からこれを―――!?」
「敵がろくな騎馬や武器もなしに対峙している敵陣……頭をひねればすぐ察します。彼らには
我ら王国軍の常識は通じませぬ。」
「………許せ」
ルージュ様は唇を噛み、全滅した100の騎馬隊に目をつむった。
「さて、こちらは歩兵を出しますか、おい」
おじいさんが騎手に合図した。剣の刺繍が入った指示旗が隊列の前を横切った。
「槍兵、斧兵、歩兵隊前進!」
「歩兵前進!!」
「全歩兵隊前へ!」
騎馬隊の横から槍兵を先頭に歩兵が駆け足で前進を開始した。
「待て、先頭は私が―――」
「恐れながら……姫様はしばしお待ちいただけますかな」
「爺、まだ何かあるというのか?」
「おそらくは……」

「ん〜良い感じに勢いつきましたね。これで敵の歩兵が前進してくれば……」
騎兵の骸と共に串刺しになった騎馬や、叩き殺された騎兵を眺めながらヴィナードは言った。
「………我が軍の弓の出番か…」
返り血にまみれ、荒い息をつくアルガスが馬上の軍師を見上げ問う。
「そうです。その後、こちらの総攻撃に移ります。王は騎乗してください」
「わかった。弓兵に火矢を放つよう命じろ」
アルガスは側近に命じた。
「わかりました。弓兵、火矢準備、目標、敵歩兵群中央―――」
数少ないラトゥカの弓兵が油を染み込ませた布で鏃をくるみ、火をつけた。
「放て!!」
数十本の矢が前進する王国歩兵群の中央めがけて降り注ぐ。

「火矢だと―――敵の弓兵は全滅したはずではないのか?」
「準備のよろしいことで……予(あらかじ)め草原に『油』ですかな……」
眉をひそめるルージュ様に余裕の表情をするおじいさん。
ティゴルさんは眼を背けた。
そして次の瞬間、ボゥという音と共に歩兵群が炎に包まれた。

「ああああああっ!」
「火がっ!火がああああっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
草原にまいてあった油に火が引火し歩兵群を十字に裂くように火の手が広がり、
運の悪い兵士は火だるまになり転げ回った。
隊列を組んで前進していた歩兵は4つに分断され、混乱と共に完全に孤立した。

「では王、総攻撃をお願いします」
「ラトゥカの民達よ!突撃!!」
「うおおおおおおおっ!」
「突っ込めええええ!」
地鳴りのような声と共にラトゥカの民が武器を掲げ、分断された王国軍に襲いかかった。
ラトゥカの騎馬隊も王と共に続き、歩兵の隊列に斬り込んでいく。
「全歩兵隊、迎撃!」
「敵を迎え撃て」
ラトゥカの歩兵も王国軍と接触し、壮絶な白兵戦が始まった。
「民兵風情が!死ね!」
ラトゥカ兵士は王国軍兵士の頭を木槌で潰し、棍棒で殴りつけ、首にナイフを突き立てる。
王国軍もまけてはいない、槍で相手の腹を貫き、剣で頭をなぎはらい、斧で腕をたたき落とす。
「蛮族が!くたばれ!」
草原は強烈な血のにおいと絶叫に包まれた。
「王国軍め、親父の仇だ!!」
ある兵士は鍬を王国兵の足につきたて、よろめいたところに跳びかかりナイフで喉元を切り裂いた。、
また別の民兵は斧で足を叩き落とし、そして転げ回る王国兵の顔に再び斧を振り下ろす。飛び散る脳漿。
「王国兵は皆殺しだ!ぶっ殺してやる」
またある者はその腕で王国兵を投げ飛ばし、その上から胴体目掛け鍬を何度も振り下ろす。
王国兵のはらわたが飛び出し、絶叫した。
「この野郎、この野郎!」
積年の恨みを晴らすように瀕死の王国兵の身体に何度も剣を突き立てる者。
既に絶命している王国兵の身体にまだ斧を振り下ろす者、様々だ。
憎悪の炎を眼に宿した民兵の襲撃に孤立した王国兵は各個撃破されつつあった。
アルガスは騎馬軍とともに歩兵軍の間を駆けめぐり、馬上から剣を振り下ろし、王国歩兵の
隊列を突き崩し始めた。
「な……何なんだ…これは…。わ、我がクロスティリア王国軍が―――」
「おわかりになりましたかな姫?これが民の反乱をいうものです……まさに地獄絵図ですな」
……さすがにこの光景は僕に耐えられなかった。
人の血みどろの戦い、手足がもげ、頭や身体が鈍器で潰され、貫かれ、切り裂かれる。
あふれるはらわた、血、骨、脳漿………草原一帯は血の海と化していた。
「さて……茶番は終わりましょうか。王国軍をここまでコケにした者を生かしてはおけませんからな」
おじいさんの目付きが変わった。
「爺―――?」
「弓兵に矢が尽きるまで射かけろと命じろ。」
おじいさんが弓兵隊の隊長に命じた。
「し、しかし―――それでは味方の兵を傷つけてしまいます」
おじいさんはその隊長の言葉に首をかしげた。
「それがどうした?」
「は……?」
おじいさんの意図をつかみかねたのか弓兵の隊長が言葉に詰まった。
「別働隊の兵がいくらでもおるのだ。攻撃しろ、二度は言わんぞ」
「は、は!了解しました!」
「爺!やめろ!命令を撤回しろ!」
「お言葉ながら姫―――私の独断で待機中の騎馬500と2000の歩兵を敵の後方へ移動させました。
これより殲滅戦を開始します」
「………爺、これも…味方の兵が味方の矢によって倒れることも耐えろと言うのか?」
「左様でございます」
兜をかぶったルージュ様の目が狼のように鋭くなった。
「ラメル、お前はここに残れ!爺、私はこちらの騎馬兵を率い、先陣をきる。よいな?」
「よろしくお願い致します。弓兵隊、放て!」

「ぐっ!?」
「ぎゃ!」
「味方の―――うぐ!」
「やめろっ!やめてくれ俺たちは味方―――ぐあ!」
乱戦の中、後方から再び矢が降り注いだ。敵味方関係なく矢が突き刺さる。
背中に、胸部に、腹部に、頭部に、顔面に……。
「くっ…王国軍め敵味方関係なしか…ヴィナード殿は。ヴィナード殿はどうした!」
盾で矢を防ぎながらアルガスは叫んだ。

「先ほどから見あたりません!」
アルガスの近くにいた側近が叫び返す。
「乱戦に呑まれたか……」
「王!こ、後方から敵の騎馬隊が!!」
「さらに前方より突撃する騎馬隊を確認!」
「何だと!?まさか―――王国軍は最初からこれを…」
矢の雨がようやく止んだかと思うと今度は後ろからランスを構えた騎馬兵の一斉突撃。
虚を突かれた民兵は反応が遅れ、突進してきた騎馬にはね飛ばされ、あるいはランスの餌食になった。
その一斉突撃の後、さらにルージュ率いる騎兵の再突撃、前後から騎兵に踏み倒され、
バラバラに分断され、突き崩された民兵達の後ろから王国兵が喊声を上げ大挙して押し寄せた。
再び激突するラトゥカ民兵と王国兵。
が、多勢に無勢、騎馬兵の馬上からの剣や歩兵の剣槍の前に次々と倒れていった。
「…ここまでか……」
アルガスは馬上から周囲の戦況に唇を結んだ。
「そして貴方の命も―――ラトゥカ王」
アルガスはその言葉に瞳を閉じ、その声の主に振り向いた。
「さすが百戦錬磨のクロスティリア王国軍……このアルガス、兜を脱ぎました。」
「我が軍をここまで苦戦させたアルガス殿の讃辞、光栄です」
「それに栗色の髪に蒼の甲冑…マリアルージュ殿、貴女はまるで神話の戦乙女(ヴァルキリー)のようで………」
「ならば降伏されよ。悪いようにはしない、民の命は保証する」
ルージュは剣の切っ先をアルガスに向けた。
「貴女の父上……『クロスティリアの覇王』にそのような慈悲があるとは思えません」
「―――っ……」
ルージュはその言葉を聞き、僅かに眉をひそめた。
「それとも………今までそうやって諸国を滅ぼしてきたのですか?」
「違う…」
「覇王に従わぬ諸国を討ち滅ぼす魔の戦姫として?」
「違う…私は―――」
「これ以上、言葉は不要のようですね……マリアルージュ殿」
「聞いてくれ、アルガス殿」
「否、いざ勝負!」
「アルガス殿―――!」

「ルージュ様……」
僕は最後方におじいさん、ティゴルさんと共に馬に乗ったまま待機している。
「心配する必要はありませんよ、ラメル君」
「え…で、でも…」
「少し馬から降りてもらえますか?」
ティゴルさんが馬から降り、続けて僕にも降りるように言った。
「あ、は、はい……」
ティゴルさんは僕の脇に立った。
「心配する必要はない―――そう言ったはずです」
「ひっ―――」
僕の後ろ……おじいさんや弓兵の人達から見えないようにティゴルさんは
僕の背中にナイフを当てた。
「ティ…ティゴルさ―――」
「黙って前を向いて下さい。向かないと殺しますよ?」
「そ、そんな……な、なんで―――」
「死にたくなかったら僕の質問に正直に答えて下さい。」
僕は急な展開について行けず、言われるままに前を向いた。
「君はルージュからルリエスという弟君の話を聞きましたね?」
「…は、はい……」
「そして君はルージュに『姉』、もしくは君が『弟』だと思わせるような発言をしましたか?」
「………」
「答えて下さい。殺しますよ?」
「は……はい!」
僕の背にグィと当たる冷たい刃に戦慄した。
「そうですか……ラメル君、君にとっては関係ない話をしますが動かないで聞いて下さい」
「……はい…」
「ルージュにはルリエスという弟がいました。公には発表されてませんから君が知らないのは当然ですが……
もともと身体が弱く、才にも乏しかったルリエス王子は病死した―――子に恵まれなかった王に残されたのはルージュのみ
……そして王はルージュを『王子』として扱うようになり、君くらいの年齢には剣術、体術、兵法……
おおよそ王子に必要な教育を叩き込みました。
ルリエスと違い、才に恵まれていたルージュは優れた王国の後継者として、武将として、そして王国軍の象徴に……」
ティゴルさんの声が僕の頭の中でルージュ様の言葉と重なる。
(『この傷跡は……私がお前ぐらいの年齢には父上に剣術を
―――容赦なく模擬剣で朝から夜遅くまで打ち据えら――
そして次の年には戦場に――父上の傍らで――父上の命で初めて人を殺めたとき、震えが止まら
―――あの肉を斬る感触と血のにおい、斬られた腹部から飛び出す臓物は今でも覚え
――だが父上は『すぐ慣れる』と言った。そうして私は、人を殺―――』)
ティゴルさんの話は続く。
「君はルリエス様と瓜二つ……君が側にいればルージュは『優れた王国の後継者』からただの『姉』に戻ってしまうのですよ……
ただの『女』にね」
そして震える僕は昨夜と同じ質問をした。
「ど…どうしてその話を僕に…?」
「そうですね―――ただ聞いて欲しかった―――とでも言いましょうか。」
「え―――?」
「死んでいく君にせめてものの手向けとして―――」
「え、そ、そんな殺さないって―――」
「嘘ですよ、死んで下さい」
ティゴルさんが何か呪文を唱える、すると僕の胸の前に矢が現れ始めた。
「物質転移の魔法です……今この戦場に飛び交っている矢の1本をここに」
「い、いやだ、やだっ!死にたくない!死にたくないよ!!」
「飛んでいるところを―――」
「僕はまだ生きたいんだ!こんな年齢で死にたくない!いやだ、いやだよぉぉぉ!!」
僕は精一杯、もがき何とかおじさんの方を振り返った。
「た、助け―――」
その時、おじいさんはフッと口元を上げ、笑った。そして言った。
「ああ…そういえばルリエスも死ぬ前にそう言っておったな」
こ、このおじいさんもティゴルさんと―――ぐっ!?痛い…痛いよ…
ル、ルージュさ………まし、…死に……た……く…な…………」
「な……なんだと……ラメルが…そんなバカな!」
アルガスを討ち取ったルージュが本陣に戻った時、怒鳴った。
「飛んできた矢に……一瞬でしたので……」
「我々の弓兵隊の者にも被害が出ております、敵の弓兵の最期の抵抗でしょうな」
震えるルージュにティゴルとヴァレリアスが報告した。
「〜〜〜っっっ―――――――っっ!!」
ルージュは兜を地にたたきつけた。
言いようのない怒りは時に人を鬼に変えていく。
「ルージュ様、ラトゥカ王の城にて捕らえた皇女にございます」
「……后はどうした?」
「は、ラトゥカ后は服毒にて既に――――」
ルージュは縄に拘束された皇女に歩み寄った。
年齢はルージュより1つか2つ、下だろう。
「そなた、名は?」
「―――――ラ、ラトゥカ第一王女、シャンレナと申します」
震えるその王女にその言葉にルージュは微笑み、縄を解いた。
「私も王国の第一王女だ」
多少、安堵したのかシャンレナの表情が幾分柔らかくなった。
「王女を捕らえた部隊は?」
「は、第二十七歩兵小隊にございます」
「その者達の褒美はこの王女だ、連れて行け。存分に楽しめとな」
「ひ、い、いやっそんな―――――――」
シャンレナの顔色が一気に青ざめた。
「姫、よろしいのですか?」
ヴァレリアスが控えめに問う。
「このような蛮小国の王族など家畜同然だろう?捕らえた貴族の娘や女官も褒美として同様に扱え、わかったな」
「は、は……了解致しました。」


END


 

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最終更新:2011年12月23日 23:25