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1990年代後半のバラエティヒーロー史です。

4.1 90年代中期のヒーローコント

1994年秋に再開された『とんねるずのみなさんのおかげです』(1994~97、フジテレビ)では、オリジナルのヒーローコント《近未来警察072》が登場しました。内容は救助もので、松嶋菜々子さんのテレビ初出演作として、後年雑誌やネットで話題になりました。
ダウンタウンのごっつえぇ感じ』では、毎回コスプレが異なる内容がウリの《世紀末戦隊ゴレンジャイ》、特撮ヒーローものの次回予告をパロディ化した《ザ・バイオハンター》といった異色のヒーローコントを生み出し、前者は後年に語り継がれるほど根強い人気になりました。

1995年『ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!(のちにウッチャンナンチャンのウリナリ!!に変更)』
(1995~2002、NTV)の初期では、CGによるモーフィングを売りとしたヒーローコント《ウリナリ星人ナリナリ》が
登場しました。

1996年、岩佐陽一氏は著書『70年代TVカルト図鑑』(ネスコ/文藝春秋)で、バラエティ番組に登場するヒーローのカテゴリとして“バラエティヒーロー”という用語を考案しました。
なお、1999年ごろ『ザテレビジョン』(角川書店)で、バラエティ・キャラデミー賞というバラエティ番組に登場するキャラクターの人気投票が行われ、同誌ではバラエティ番組に登場するキャラクターの総称として“バラキャラ”という用語を考案されたのですが、あまり定着しなかったようです。

お笑い芸人コンビ・ナインティナインもバラエティヒーローを多数演じました。
栄光のフジテレビ土曜8時枠『めちゃ×2イケてるッ!』(1996~、フジテレビ)では、《プレッシャー星人》や《ポパイ》などのショートコントで、傑作ヒーローコントを生み出しました。

4.2 バラエティヒーロー変革期

90年代中期、バラエティヒーローの主流がヒーローコントから企画ものへ徐々にシフトしました。
1996年、超有名な集団バラエティヒロインである《ミニスカポリス》が『出動!ミニスカポリス(のちに新・出動!ミニスカポリス)』(1996~2001、TX)から誕生しました。
ミニスカポリスは2005年現在“13代目”まで登場し、マンンバーの変動が激しく、地上波での放送終了後もBSを経てCS放送で展開されるなどバラエティヒーローとしては異例のメディアミックス展開が行われるほどになりました。
メンバーは元特撮ヒロインやグラビアアイドル、レースクイーンなどから選ばれ、特に98年度の《5代目ミニスカポリス》が大人気を呼びました。
婦警という身近な職業をテーマにしたことが成功の秘訣と思われます。

ゲーム企画ものバラエティヒーローの金字塔といえば、『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー』(1995~2000、テレ朝)に登場した究極のバラエティヒーロー《ヒャックマン》です。
ヒャックマンはスポーツ 万能という設定で、ヒャックマンとのチャレンジで視聴者が勝利したら100万円がもらえるコーナーが人気になりました。
のちにヒャックマンのパロディである《コミカルヒャックマン》も登場しました。

ゴールデンタイム移動と同時にリニューアルした『ぐるぐるナインティナイン』(1994~、NTV)では、《冷蔵庫の中身全部食べちゃい隊》,《逆回転マン》,《安全マン》など企画ものヒーロージャンルを充実させました。
 
1999年夏、『進ぬ!電波少年』(1993~2002、NTV)が、電波少年的ハルマゲドンに続く世紀末企画の一環として、《電波少年的地球防衛軍》を企画しました。
“超能力生活”の強化策的な企画で、《地球防衛軍ブラック》と《地球防衛軍レッド》が、超能力鍛練道場で超能力の特訓をして、正式隊員になるまでの道を描く『電波少年』お得意のドキュメンタリータッチを導入した企画ものバラエティヒーローの決定版です。

4.3 ジャニーズ系バラエティヒーロー続々登場

1996年ごろからバラエティヒーローは企画系の他、ジャニーズ系によるバラエティヒーローが多数誕生しました。
その先駆を切ったのはKinki Kidsで、『それいけキンキ大放送』(1996~98、NTV)の《マメ星人》という教育番組風のヒーローコントや、『バリキン7 ~賢者の戦略』(1996~97、TBS)の《バリキン戦士》という様々なゲームに挑むRPG風ゲーム番組のヒーローなどを演じました。

SMAP×SMAP』(1996~、フジテレビ)では、ショートコントでバラエティヒーローを生産していきました。
代表的なものはパロディコント《デビールマン》です。
SMAPはこの番組で男性アイドルにおける不動の人気の地位を手に入れ、結果、10年以上も続く長寿バラエティとなりました。

1998年、本格的なジャニーズ系バラエティヒーローのブームが到来しました。その代表格は、『学校へ行こう!』(1997~2005、TBS)に登場した《体当たり戦士少年オカダ》で、少年オカダが子供たちに“やればできる”ことを伝えるために様々な難易度の高い競技に挑戦するという内容が子供たちに人気を呼びました。
サタスマ』(1998~2001、フジテレビ)に登場した《少年頭脳カトリ》は、『ウゴウゴルーガ』の影響が強いシュールな不条理ギャグワールドを展開し、毎回演じるタレントが変わるヒロイン《不定形ガールフレンド太田さん》や独特のシュールセンスを持つ《大人怪人》たちが話題を呼びました。半年後、深夜番組『少年頭脳カトリ1999』(1999、フジテレビ)として独立し、『征服少年カトリ』(1999~2000、フジテレビ)でさらに内容を一新しました。

4.4 コスプレブームが生んだバラエティヒーロー

90年代中頃からコスプレ雑誌が登場したりするなどコスプレブームが到来しました。1996年ごろ本格的なコスプレイヤータレントユニット《MMB》がセガ公認として活躍しました。

1995年にはVシネマ『コスプレ戦士キューティ・ナイト』シリーズ(1995~6、大映)で、当時マニアの間で人気だったアイドル2人が美少女戦士《キューティ・ナイト》に扮し、人気を博しました。人気声優の顔出し出演や名古屋ローカルのスーパーヒロイン《セーラーファイター》(『セーラーファイト!』1993~96、中京テレビ)の友情出演、そして大映(現・角川映画)の怪獣ヒーロー《ガメラ》のゲスト出演も話題を呼びました。
また大映は1998年に、『ミニスカポリス』のパロディVシネマ『ミニスカ特捜隊L.E.G.S.』を製作しました。

1997年、『ダウンタウンのごっつえぇ感じ』が最後に送ったバラエティヒーローは、ヒーローコスプレユニット《エキセントリック少年ボウイオールスターズ》で、彼らの歌唱する『エキセントリック少年ボウイのテーマ』は、番組冒頭に流したり、キャラクターの緻密な設定をしたりとヒーローものらしさを追求しました。松本人志氏によるシュールな歌詞と70年代風アニメソングのようなメロディで大人気を呼びました。不遇のアクシデントで放送終了にならなかったら本編のコントが作られる予定でした。
松本人志氏とダウンタウンファミリーによるエキセントリック少年ボウイの後継曲は《日影の忍者勝彦オールスターズ》による『日影の忍者勝彦』(1998、ワーナー)で、こちらは特定の番組の企画CDではなく、『少年ボウイ』の成功による企画によるもので、こちらもヒットしました。

1997年、アニメタルの大ヒットで起こったアニメソングメドレーブームとコスプレブームの影響によって、アニメヒロイン風コスプレアイドル3人組《コスプレックス》と特撮ヒーロー風コスプレアニソン歌手2人組《鋼鉄兄弟》という2つのコスプレユニットが登場しました。前者はマイナーアイドルマニアにカルトな人気を呼び、後者は特撮番組『テツワン探偵ロボタック』(1998、テレ朝)に出演するほどの人気を得ました。

1999年秋にはアニメ『エクセル・サーガ』のタイアップ企画として《エクセルガールズ》というコスプレ系声優アイドルユニットを誕生させ、主題歌CDやアルバム、さらにはアニメ本編にも登場しました。

4.5 90年代後半のCMヒーローなど

1996~8年には最も注目を集めたCMヒーロー《せがた三四郎》(セガ『セガサターン』)が登場しました。仮面ライダー1号で有名な藤岡弘氏が扮し、熱血スポ魂パロディヒーローとして描かれました。
ソニー『プレイステーション』はこれに対抗して、《SCE三姉妹》というバラエティヒロインを登場させましたが
雑誌広告展開のみでした。CMのバラエティヒーローは、せがた三四郎の一人勝ちでした。

1999年、鹿児島県・奄美大島で、ローカル戦隊の元祖とも言うべき《離島戦隊タネガシマン》がご当地ヒーローの礎を築きました。