暗く湿った室内に、生成りの寝衣をまとった少女の姿が朧気に浮かび上がった。
華奢な全身を金粉のような淡い光が包み込み、灯火の揺らぎと混ざり合って静謐な波動で室内が満たされていく。
「そなたたちの敏腕ぶり、心から謝意を申すぞ」
黒い髪に死霊のように色の失せた面差しの男は、重厚なベルベットのガウンをゆったりと羽織り、枕辺まで来るよう顎をしゃくった。
少女は胸の前で節が白くなるほど指をきつく組み合わせ、カタカタと鳴る奥歯を噛み締めるようにしながら、男の傍らへと歩み寄った。
(-----王の伽を務めるのは、名誉なこと)
そう何度も反芻しながらも、やはり威圧的で冷酷な紅い瞳に目を合わせることは不可能だった。
気づくと、いつの間にか俯いたままの少女の後ろに、紅い瞳の男が忍び寄っていた。
「余の瞳が恐ろしいか。ならば見ずに済むよう執り行おう」
がっしりした二本の腕が彼女の腰にきつく回され、細い首筋にざらついた舌を感じ、少女は思わず小さな悲鳴を漏らした。
大きく襟ぐりの開いた寝衣は、軽く引くだけで滑らかな両肩を露にし、彼女が抵抗する暇もなく両の乳房が男の野卑な手に収められていた。
「い、いや・・・いや」
蜻蛉の羽音のようなささやかな言葉に頓着せず、王は寝衣を足元に蹴落とし、片方の手で乳房を捏ねながら、もう片方の手で彼女の茂みを探り始めた。
しっとりと潤み始めたそこを何度か愛撫すると、少女の身体は仰け反り、その双眸から涙が零れ落ちる。
息が荒くなったことを確かめると、王はそのまま彼女を抱き上げ、寝所へと下ろした。
身体から柔らかく発する金色の光が、敷いたシーツまで明るく染め上げている。
少女が何か言おうとしたが、一瞬早く王の唇が彼女の口を塞いだ。唇の輪郭を舌でゆっくりとなぞり、
滑らかな顎を押さえつけながら舌を奥深く差し込んでいく。
もう片方の指で彼女の草丘を軽く撫でつけながら、彼はその金の光を取り込むように彼女の舌を吸い上げた。
「・・・は・・・・っ」
やっと唇を解放してもらえたのもつかの間、今度は柔らかな乳房の片方に舌を這わされ、片方を揉みしだかれ、彼女は狂ったように頭を振った。
灯火の光と金のオーラが淡く融和し、寝所を柔らかく彩っていく。
その光とは裏腹に、男の責めは冷酷でかつ容赦のないものだった。
秘所を抉っていた指がぬらぬらとした艶を放っているのを確認すると、薄い唇を歪めて重々しく宣告した。
「準備は整ったようだ。お前の最後の務めを果たしてもらおう」
熱を帯びた固いものが潤った秘所にあてがわれたと感じたとき、一気に彼女は貫かれた。
「あ・・あああ・・・っ」
優しさも労わりもない反復運動に、少女は透きとおった涙を流しながら同調するほかない。
鋭い痛みと、どちらのものとも判別できなくなったぬるんだ汗の感触だけが彼女を苛んでいく。

行為の最中に、ふと涙で滲んだ双眸を開いた。
自分を包んでいた淡い金の光が、蒲公英の綿毛のように軽やかにはためき、目の前の男の皮膚にするすると吸い込まれていくのがくっきりと見てとれた。
彼女を抱擁していた黄金の光がすべて王に移動した瞬間、体内で熱いものが炸裂したのを感じ、少女は
叫ぶような声を絞り出すと、そのまま動かなくなった。


「お呼びですか」
君王、ダルク=テオの寝室の扉をあけたジェントは、眉ひとつ動かさず素早く内部を検分した。
二十代前半くらいの、黒い髪に黒い瞳の知的な容貌を備えた、テオ腹心の部下である。
部屋の片隅にある寝所に、あられもない格好で横たわる若い女性を認めても、その無表情ぶりは微塵も変容しなかった。
「これですべての準備は整った。ジェント、今の余はどう映る?」
「大層若々しく、精気にあふれているようにお見受けします」
宰相の事務的な口調に、テオの王は薄い笑みを酷薄な顔に刷いた。
「噂以上の威力よ、『天輪の鏡』は。
このテオの地にある者は迂闊に近づけんが、清浄を極めた巫女たちなら、あれに触れることができる。
余は未だ直に触れることは叶わぬが、巫女たちと契ることで鏡の持つ神力を些少ながら
身にまとうことができた。
まこと巫女三名、よい媒介となってくれたわ」
宰相の眉が幾分寄り、拳が固められたのに気づかないまま、ダルクは話を続けた。
「現在の所有者フィローラがこの地にて『天輪の鏡』の前で婚儀の誓願を行い、余の精を受ければ
 鏡の力は余のものとなる。婚儀は7日後だったな?」
「さようでございます。
 ---ときにダルク様、功労を成した三名の女人たちを手厚く葬ることをお許し願えますか」
「かまわぬ。好きにするがよい」
冷静な部下の声に対し、何の関心も滲まない抑揚で答えた王は、そのまま寝室を出て行った。


行為の残滓をシーツで清めた後、少女の遺骸に寝衣を着せると、ジェントは漆黒の瞳を伏せ祈るように両手を合わせた。
そして温度が失われつつある少女の身体を軽々と抱き上げ、先に葬られた二人の墓所へと闊歩し始めた。


太陽と花の女神フィローラのために造られた白亜の離宮は、長い尖塔を備えている。
太陽に最も近接する場所、尖塔の頂上にある丸い部屋が『天輪の鏡』を祀り、フィローラが額づいて
陽光の恩寵と大地の加護を祈る静謐で神聖な場所である。
常であれば、天窓にはめ込まれた色鮮やかな硝子を透き通した陽光が、曇りなき鏡の反射を経て
白亜の壁の諸所に光の輪舞を散りばめるのであったが、暗雲の立ち込めるこの日は、蕭然とした
暗い澱みを残すのみであった。

空白のできた祭壇に対峙し、美姫フィローラは静かに祈っていた。室内が暗いため、淡い金髪も
やや黒ずんで見え、象牙の肌は翳りを帯びていたが、伏せられた睫は長く、くっきりとした影を目元に描いている。
整った鼻梁の下に配置された桜色の唇は固く引き結ばれ、やや血の気が失せていたが、美しいことに変わりはなかった。
もしも陽光の中で柔和に微笑む彼女を一瞬なりとも目撃したら、誰もが心を奪われる佳人である。

ようやく祈りを終え、ゆっくり扉を振り返ると、そこにアロンソが凭れ掛るようにして立っていた。
「お兄様・・・まあいつお越しでしたの?声をかけてくださってもよろしかったのに」
「祈祷の邪魔をしてはまずいと気を利かせたつもりだったのですが、却って非礼でしたか」
彼女に酷似した端正な顔を柔らかく綻ばせ、兄は濃い蒼の瞳を麗しい妹の双眸に据えた。
「話があります。フィー、本当にこのままテオの国へ輿入れする気なのですか」
「翻意はございません」
間髪を入れず答えると、妹姫は緊張感を解すように長く息をはいた。ふわりとした花の芳香が
しっとりと辺りに漂い、やがて静謐な室内に拡散した。
「天空の状態が不穏になり、陽光の恩恵が受けられなくなってきております。
 既に国の均衡が瓦解しつつあるのですわ。鏡があってこそ、この国を守護できるというもの」
「ならば、至宝ふたつがテオの手に堕ちたらどうなるか。
あちらが交換条件を全うしない可能性は 充分予測できます」
天窓を細かく打つ音が小さくこだました。黒い空から滴り落ちる雨粒が容赦なく瀟洒な建物を打ち続けている。

室内は暗さを増した。

フィローラは銀の蜀台に灯を点してから、理知的な兄の顔を静かに凝視した。
「テオの王に弄ばれる前に、わたくしが彼を殺します。あの地であの男に穢された瞬間、鏡の守護は
 テオの地に移管してしまう。それだけは避けねばなりません」
「唯々諾々と話を受ける気性ではないと思っていましたが・・・・安堵しました。
 そこまでの覚悟があると聞いたからには、僕も計画を話しやすい。
 フィローラ姫の婚儀は予定どおり勧めます。だが、約束してください。
 僕もロレンツォも身体を張ってお前を守るつもりです。だから決して勇み足を踏まぬよう」
兄の親友の名が出た途端、美姫の柳眉は逆立ち、日頃は玲瓏な声音がやや低くなった。
「ロレンツォなど当てにできませんわ。
聞けば豊穣祭の折、見目麗しい少女たちが3名ほどやってきて、美酒と言って衛兵たちに注ぎ回ったとか。
間諜とわが国の娘の差異も見抜けなくて、闘神を名乗るとはおこがましい。
塔の責任者はロレンツォなのに、鼻の下を伸ばして真っ先に泥酔したのでしょう、きっと」
アロンソは、間諜が男だったら妹の苛立ちがここまで募っただろうかと暫し黙考したが、口に出すと
また何か投げつけられそうなので言葉を発することは止めておいた。

「・・・とにかく、お前がいくら気強くてもそれだけで凌駕できる相手ではないのです。
 リュータに必要不可欠な『天輪の鏡』と『守護する姫神』、このふたつを必ず無傷で取り返してみせます。
 だから、これから僕が言うことをよく聞いてください」


ロレンツォは、夜半になって一層強まった土砂降りの雨が窓をのた打ち回るさまを見遣りながら、腕の筋肉をほぐした。
鍛え抜かれた俊敏な長身には一切の贅肉がなく、闘神の名の割には細身とも呼べる域である。
自室にはその呼称に相応しい武具が揃っている。剣でも鎚でも石弓でも彼の手にかかれば異様な
程の働きを披露するのだ。

技芸と知恵の神にして親友アロンソの計画は悪くなかった。
だが、フィローラの永久凍土のような態度が氷解するかは甚だ疑問である。
それどころか、永久に軽侮の対象となる可能性も秘めているかもしれない。
(気が重いが最も安全な策なのは疑いようがない。
どんなに謗られようとも、テオの奴に姫の髪の毛ひとすじ、触れさせるものか)
激しい雷鳴が轟き渡った。闘神の苦悩に満ちた精悍な面差しは一瞬鮮やかに漂白され、すぐ闇の中に沈み込んだ。


(続)

 

 

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最終更新:2008年12月27日 06:26