身の内を満たすのは矜持と尊厳ではなく、暗澹たる厭世と諦観だ。
貴族という皮を一枚めくれば、あるのは卑しい本性だ。

第一にまず犬の仔だった。
貴族にあっての卑しき者、近親の禁忌の果てに生まれた、罪の証たる背徳の花。
持って生まれた天性の美貌も、血の濃さの故と思えば呪わしい。
だがそれでも実家に居た頃は、時折蔑まれようとまだ貴族、…人間のままで居られたと思う。

杖に殴られるなら耐えられて、鞭に打たれるのもまだ耐えられた。
…でも焼け火箸の『痛み』は無理だった。
泣き、媚びて、許しを乞う。
…でももっと耐えられなかったのが、全身を拘束され胸に施されたこの家畜の証。
あれで自分の人生観は変わったと思う。
もしも轡が嵌められてなければ、確実に舌を噛み切っていた激痛。
糞尿を洩らす程の痛みというものを、リュケイアーナは生まれて初めて味わった。
プライドは粉微塵に打ち砕かれ、恐怖は深々と刻み込まれる。

――妻の務めは、夫の心労を慰めその求めに応じ、慎ましやかにも淑々たること。

怖かった。もう逆らえなかった。
あの地獄の激痛がもう一度と思うと、どんな正しい善の倫理も吹き飛んだ。
一度逆らった結果として陰核の包皮にもこれを施され、
次は大陰唇の両側に並べるぞと脅されて以来は、本当に一片の抵抗の意思さえ消し飛ぶ。
四つん這いになり、床に零された料理を食し、夫の尿を飲まされ、靴の裏も舐め、
…この辺りでもう疑念を抱き始める、自分って何だろう、世界って何だろう。

――貴きは生得の血に拠りて、土を踏まず、民に並ばず、品行に表れ矜持に顕る。

貴族にしては高慢じゃない? 小娘にしては達観してる?
そんなの当たり前だろう、一度完璧に価値観を、心の拠り所を壊されてるのだから。
幼少時代に半軟禁生活状態だったとか、書物にしか逃げ場が無かったとか関係はない。
……自分に誇りが持てなければ、そもそも慢心のしようが無い。

許せないを通り越して、虚しかった。
どれほど義憤に駆られたところで、それでも聳え立つ絶対的な壁はどうしようもなかった。
……聡明さは身の程の正確な弁えに、健気さは慣行と習俗への服属に、
思慮深さは家や夫への反抗を躊躇わせて、謙虚さは自虐と自己卑下へ向かう。

――時は統一帝政末期、体制は腐敗し、佞臣が専横、梟雄が跋扈した暦上有数の暗黒時代。
夜明けの前の、最も暗い時間だ。


「ん?」
女を抱き起こしつつ股座に這わされた男の手が、ふと翳りの上で停止する。
「…え? 何? ここにも耳輪填められてんの?」
「……っ!」
げー、とでも言いたげに、明らかに引いた表情をする男に対して、
ビクッと身を震わせた少女がぎゅうと身体を硬くした。
男の指は陰核のすぐ下、括りつけられた小さな輪の上で止まっている。
「あったまおかしいだろこれ。…痛くないのか?」
「………」
必死に首を横に振り、無言の肯定を持って返した。

確かにされた当時は気が狂わんばかりの激痛だったが、それももう二年も前の話だ。
今では最初からそうであったが如く、彼女の肉体の一部として在る。
…だがそれが堪らなく恥ずかしくて、せめて両の乳房を覆い隠した。
蛮族であるはずの男からさえも、「普通じゃない」と判断される家畜の体。
そういう肉体に自分の身体がされてしまったのだと、
今更ながら思い知らされ、泣きそうなくらいに悲しくなるからだった。

「腫れたり、化膿したりとかしないのか? 普通はずっと付けてればなるだろ?」
「……装飾用の、でなく、罪人用の、なんです……」
問いに、震えた声を返す。
確かに触ってみればザラザラと、金属ではなく軽石のような手触りである。
凝らした意匠や細工もなく、宝石の一つもなければ光沢もない。
「だから……血肉に馴染んでしまったら、もう……」
「……冗談だろ?」
首を振る。
途端、これまで誰にも吐露できなかった苦悩が、堰を切ったように溢れ出した。

「…あの、人…、これで、自分が死んでも、さ、再婚なんてっ、っ、出来ないって……」
夫だった男の歪んだ笑みを思い出す。
「こんな、浅ましい身体、しっ、臣下に下与するにも、ひっく、つ、使えな……」
自分とて、好きでこんな身体になったわけじゃないのに。
好きでこんな美しさだけが取り柄の、容姿しか糧ならぬ身空に生まれたわけではないのに。

「ふぐっ、うっ、ぐ…ぅ…、………ふっ、…んっ、あ」
だが泣くのを堪えようとしていた少女の嗚咽に、ふいに甘いものが混じりだす。
…見れば男の指がくにくにと、女の陰核を愛撫していた。

「そ、か」
「んっ、ん、ふっ、く」
言葉はそっけなかったが、指の動きは優しげで、顔には明らかに同情の色が浮かぶ。
同じ同情でも腫れ物を扱う風でもなく、遠巻きに眺めるようでもない。
感じたことのないくらいに身近で、実際に手も差し伸べてくれる類の同情に、
彼女の心はまたも動揺し、頑なさを保つ理由を失った。

「…あ、なるほど。本体に直接とかでなく、覆ってる皮くくんのに通してんだ」
「ふぁああっ!?」
ちりちりと男の指に輪をいじられ、電流のような快感に仰け反る少女。
「だから剥き出しで、こんなに赤く腫れちゃってんのか」
「…や……み、見ないで……みない、で……」
恒常的に外気に晒され下着に擦れ続け、
嫁いで来る前とは比べ物にならないほど赤く肥大化してしまったそこは、
彼女にとって最も見られたくない恥部の一つだ。
なのに男の指に弄ばれ、そこは意思に反してはしたなくも自己主張を露にし、
強引に胸を覆う腕を除かれれば、乳首もピンと硬くなって天を指す。

「しっかしでかいなー。ほんと股から子鬼の角生えてるみてーで」
「……!!」
そしてとうとう為された配慮の欠片もない指摘に、少女はきつく目を閉じて羞恥に耐え、
(……ぅぁっ!?)
しかし同時に身を襲った奇妙な感覚に、混乱に思考を揺らがせた。
(…今、の……)
耐え難い羞恥を感じた瞬間、きゅうっと下腹の奥深くをしめつけた『ぞくぞく』。

「んうっ!」
それの正体を確かめる間もなく、再び唇を塞がれる。
今回は激しく、かなり強引に。
合わせて陰核を弄んでいた男の右手の指が一本、つぷんと膣口にあてがわれ、
女がはっとする間も無く、ずぷりと第一関節の辺りまで埋没した。
「んううう~っ!」
流石にこれには彼女も少々、唇を塞がれつつ抵抗を示す。
…だがとっくに蜜を溢れさせていた蜜壷は、あっけないほど簡単に侵入者を受け入れ、
舌を絡め取られ、口腔を嬲られながら、
とうとう彼女の淫肉は根元まで、男の浅黒い指を咥え込まされてしまった。

半分だけのしかかる形で、吸われる唇、押し潰される乳房、
腹には野太い剛直の異様な質量が押し付けられ、膣にはぐりぐりと根元まで指が押し込まれる。
全身で犯されるかのような熱烈な責めに、
少女は為すすべも無く「んーんー」と呻きを上げ、せいぜい男の押さえつけの下でもがくのみだ。

「可愛いぞ?」
「…っあ、あっ」
息継ぎの都度、男に囁かれる毎、唇からは乱れた呼気だけが漏れ出でる。
「…可愛い」
「はっ、あ、あ、は」
耳元で男に囁かれると、どうしてか心臓が締め付けられるかのように切なかった。
秘裂に差し込まれる指は二本に増え、親指はぐりぐりと硬く充血した陰核を嬲り……
「あ、ぅ、だっ、だめ、だめッ、……んゔうううっ!」
とうとう限界に達したのか、男に唇を塞がれたまま気をやってしまう。
ガクガク震える彼女の身体を存分に堪能した後、
男はゆっくりと唇を離し、ついでのしかけていた身体を持ち上げた。

はーはーと荒い息を吐き、女は目を閉じながらもグッタリと仰向けで横たわる。
白い肌は上気して薄っすら汗ばみ、頬には涙の跡が残った。
溢れた愛液は股座を濡らし、乳首と陰核は金輪を伴いながらも硬くしこって天を突く。

実に満足げに、そんな自分の戦果を堪能すると、
「なあ、俺のも気持ち良くしてくれる?」
男は広い寝台の上をもぞもぞと、身体の位置を入れ替えるようにして移動する。
ぬっと目の前に男の長大な陽根が突きつけられた時は、
少女もぼんやりとした頭で、口での奉仕を強要されるのだとばかり思った。

…その行為自体にはもう、微塵も抵抗感など感じない。
貴い身にしてはの、『陵辱』と『奉仕』の定番。
事ある毎に30近く年上の夫の物を、咥えさせられ屹立するまで舐めさせられて来た。
時には十分近く舐めても硬くならず、上手く出来ない場合は『仕置き』が待つ。
そういうのが彼女にとっての、男女の交合の一般的な形。
…目の前の男が夫でなく異民族の侵略者で、角灯の光を遮る褐色の肌を持ち、
対象が舐める前から既に十分すぎるほどの硬さと威容を保っているのが、
いつもとは少々異なっていたが。

果たして彼女の予想は半分当たり、半分外れる。

舐めさせられると思った瞬間、ぐるりと身体を引っ張られ天地が反転、
彼女が下で男が上という形から、彼女が上となる体勢にひっくり返された。
一瞬何が起こったか分からず、荒い呼吸を整えながら、
しかし次の瞬間股間に感じる感触に、目を見開いて熱い物に触れたように飛び起きる。

「やっ、ど、どこに顔を入れて――…ッ!」

叫びかけたところで、ちろりと柔らかく生暖かいものに硬化した陰核を擦り上げられ、
仰け反った拍子に支えを失う、男の身体の上へと崩れ落ちた。
すぐ目の前に禍々しくそそり立った剛直があり、ビクリと少女は身を引き攣らせる。
「しゃぶる…って、分かるか? 口でするやつ」
鼻息が会陰にかかるのを感じながら、尻の方から上がる声を聞く。
「それして欲しいんだよ、俺もお前の舐めてやるからさ」
「……!」

――冗談ではない!

「そ、そんなの……出来るわけないじゃないですか!」
叫んで、再び身を起こそうとするが、出来ない。
迂闊に身体を起こせば、結果的に濡れそぼった陰部を男の顔に押し付ける破目になる。
身を捩って横方向に男の拘束から脱しようにも、
対して力を入れられてるわけでもないのに、腿から下は脚をバタつかせることさえ不可能だ。
達した直後というのもあるが、それ以上に男の武量が(阿呆と見せかけて)高いのだろう。
「…い、やだ……やです……、…汚い……」
程なく少女はいつもと同じく、諦めたように慟哭し始める。
涙ぐむ程度、彼女にとっては茶飯事だった。

「――俺なんかの舌じゃ、舐められても汚らわしいだけ?」
「っ、ちが……そうじゃないです!」
それだけ追い詰められているのだろう、社会観念的にも、存在意義的にも。
必死で男の言葉を否定するが、自分の発言の意味には気がつかない。
「下賎で卑しい蛮族のチンポなんて、汚らわしくて舐められない?」
「そんなことない! そうじゃないんですっ!」
相手を見下していると、侮蔑しているのだとは思われたくない必死さの中で、
自分が何を言ってしまっているのかには気がついていない。

「……そこは……汚いん、です……」


帝国の国教である太陽神教では、男が陽たる太陽に、女が陰たる月に喩えられる。
すなわち男が主であり昼であり乾であり、女が従であり夜であり湿である。

「不潔で……ばい菌とか、病気に……」
血を流し澱物を零すそこは不浄だとされていた。
娼婦の存在などから、性病は女から生まれ広がるものであるとの俗説があった。
「……見な、いで……」
何より、見ても見られても気持ちいいものでもないのは、持ち主が一番知っている。
度重なる陵辱、三角木馬やフィルス(※男根を象った木製の彫り物に革を被せた物)に
跨らせ続けられた結果、今の自分の秘所は処女時代の清楚さを失って久しい。
使い込まれて汚れたそこを、凝視されて楽しい淑女が居るだろうか?

――が。

「? 汚い…って、何そんな当たり前のこと言ってるんだよ今更」
「……え」
男の文化圏では、また違う価値観があるのは当然の話だ。
「ここが汚いのは当然だろ? だってションベンの出るトコなんだし」
「……う、あ」
唐突に飛び出す隠喩なしのスラングに、分かっていても顔を赤らめてしまう。
そういうものへの耐性はないらしい。

「てかそれ言ったら俺のチンコだって汚ねえじゃねーか。どうなんだよそれ?」
「…そ、それは……おっ、男の方のとは違うんですよ!」
まるで子供の『なぜ?なに?どーして?』が如く、稚拙で単純な質問をしてくる男に、
それでもムキになって宗教観とか慣習といったものを説こうとするが、
「男の方が出すのは種ですけど……女の方は、つまり、土で、畑で……」
「でもここガキが出てくる穴だろ? だったらガキも汚いのか?」
「そ、それは……だから!」
遠慮なしな男のあけすけな物言いに、隠喩を用いる女の方が押される始末だ。
控えめで奥ゆかしいことが、必ずしも最善とは限らない。

挙句。
「大体、逆に考えるんだよ」
「えっ? や、わあああああああっ!?」
女の股間からジュルルルルルという水音がしたのと同時に、
ボンと音がしそうなくらいに少女の顔が赤らめられ、喉からは甲高い悲鳴が上がった。
……何が起きたかは、推して量るべしである。

「なっ! なにっ、をっ! なっ、あ――」
羞恥と怒りがない交ぜになった赤ら顔で、力が入らないまま怒鳴りかけた少女の顔が、
「汚いからこそ舐めんだって。お前らも膝擦り剥いたり指切った時とか唾つけて治すだろ?」
「――ふ、へ?」
次の瞬間、鳩が豆鉄砲でも食らったかのように固まった。
「人の唾には邪気払う力があるって言うし、清める目的だったら別に問題ないよな?」
「……え? え、あ……」
――『バッチイからこそ唾つけて消毒する』。
…その発想は無かったらしい。
盲点からの切り込みに、意表を突かれて押し黙る。

「だからさ? お前も俺の舐めてってば、汚いもん清めるんだって思ってさ」
「……だ、だから! なんでそういう話になるんです!」
困惑し、赤くなりながら、それでも男の要求を断ろうとする。
「てか実際、ちゃんと舐めた方が変な病気にも掛かりにくくなるんだぞ? ホントだぞ?」
「……そ、それは、確かにそうかもしれませんけど」
…だが、衛生的な見地から考えればちょっと頷けてしまうのが何とも悲しい。
確かに性病への感染率は下がるだろうし、
確かに異民族の男に犯されるというこの状況で、その選択は賢明にも思えてくる。

…………

「…だ、駄目です。やっぱり駄目…」
若干流されそうになりながらも、少女は懸命に理性で気勢を立て直した。
「…出来ません、そんな……簡単に、人の、その、……陽根を」
虐げてきた亡夫に対する貞淑というわけではない。
むしろそれを強要してきた、社会常識や世間の白眼視に対する怯えだろう。
こういう時、亡夫の妻は敵将の陵辱や快楽に屈せず、最後まで抗うのが美とされている。
――ならば自分もそうならなければ。…そういう強迫観念があるのである。

…損得勘定で簡単に違う男に乗り換える、尻軽女になりたくない。
…夫以外にもあっさりと股を開く、淫売女だと思われたくない。
例え誰も見ていなくても、そういう恐れが女を縛る。
いや、目の前の男を前にして、尚更縛られると言うのが正しいか。
ここで簡単に屈するならば、とっくの昔に彼女は心まで『犬』に堕ちている。
この頑なさがあったからこそ、今日までここまで保って来れた。

「…えー。あんなに気持ちよくしてやったのに、俺には何にもなし?」
「そっ、そういう風に言わないでください! 子供じゃないんですから!」
だからこそ、いい歳して子供のようにぶーたれる男の声を聞くのは苦しかった。
何か母性本能をくすぐられる。
もっと原初的な道理の次元で、与えられたものに報いたくなる。
「変態爺のチンポは喜んでしゃぶっても、俺のチンポはしゃぶってくれないんだ」
「……!!」
子供が『おかしいよ!』と憤るように、孕む矛盾を指摘されれば、自分の立ち位置が分からなくなる。
自分が前まで居た世界は、本当に高潔だったのか?
自分がこれから進む世界は、本当に卑しい世界なのか?

「…駄目…だめです…」
…本音を言えば、彼女だって**だ。 **で**だし、夫のことも**と思っている。
でもそれを受け入れるわけにはいかない。言葉して、声に出して認めるわけにはいかないのだ。
「…こんな、大きいの……」
目の前に聳え立つ、こんなに凶悪な肉の柱を見ても、
むしろ胸が高鳴り股奥に妖しい疼きを覚えてしまう自分なんて、認めたくない。
「…むり…ぃ……」
自分は、『犬』ではない。

「…別に舐めるだけでいいよ。咥えんのが無理そうなら」
「……う」
犬ではない。
「真面目な話、俺のデカいからさ。…唾液まぶしとかないと痛いと思う、多分」
「………」
犬じゃないのに。

 

「……ん」
おっかなびっくり、ちろり、と黒々とした幹に赤い舌を這わせる。
途端にぐいっと大きく反り返ったそれに、
思わず驚いて添えた手で強く握ってしまったが、さしたる問題とはならなかった。
(……あ……)
たおやかな細い指が巻きつけられたそれは、熱く、硬く、
彼女の指が周りきらないくらいの太さを備えている。
色は褐色どころか黒曜のような闇色、傘になった先端部分はテラテラと光を反射さえしていた。

太い血管が幾つも走る姿はグロテスクで、むっとするような性臭も鼻をついたが、
その辺は既に慣れている彼女だ、今更嫌悪の対象にもならない。
むしろ散々脅かされていたよりはずっとまとも、
垢や毛ジラミにまみれるわけでもなく臭いも大差ないのが拍子抜けだった。
それどころか針金のように剛い赤毛の陰毛を見て、
(ここの毛も髪の色と同じなんだ)と、当然のことに今更驚く余裕さえあった程だ。

そうして一度踏み越えてしまえば後は簡単、
勢いづけば刻み込まれた舌使いが、無意識にでも相手への奉仕を実行する。
『消毒のためだ』とか『自分が痛くないためだ』と言い聞かせながら、
幹に沿って舌を這わせ、口中に唾液を溜めてはたっぷりとそれを竿部分にまぶす。
多少作業面積は広いものの、決して難しくない作業なはずだった。
……相手の妨害さえなければだが。

「ん。上手だな」
「いッ!?」
刹那、陰核から走った電流に、身体が仰け反り顔は陰茎へと押し付けられた。
それどころか思わず力が入った拍子に、股間に入り込んだ男の頭を太腿で強く挟み込んでしまう。
「…あ、や、ご、ごめんなさい! ごめんなさっ……」
自分の不始末にビクッとして、羞恥に顔を赤らめながらも、
怒るよりもまず先に反射的に謝ってしまうのが、染み付いた習性のようで何か悲しい。
「ん。いいよ、全然気にしてねーから」
「…………そ、それなら別に…って、いっ!? あ!? っ!」
けれど相手が怒っていないのにホッとした瞬間、再度陰核を刺激が襲う。
少女はまた情けない悲鳴を上げ、二度三度男の頭を挟みつけた。

「なっ、なに、何を……!」
「…感じちゃうと股キュッ、ってなっちゃうんだろ? なら仕方ねーって。気にせずどーぞ。
むしろ太腿すげー柔らかいので、俺としてはもう今の大歓迎なんで」
「……!!!」
涙目で振り返ったところにの、男のこの言い草である。
自分の臀部に隠れて見えはしないが、男のニヤニヤ笑いが目に浮かぶようで、

……なんか、カチンと来た。

「ふ、太腿って、何、考えて……はっ、はや、くっ、そこから頭、抜っ、くッ、あ!」
身を起こして懸命に怒声を奮わせるも、
どうも今ひとつ奮わないのは、現在進行形で陰核に加えられる舌での攻撃のせいだろう。
「んっ、うっ、う」
プルプルと身体を震わせながら、内股になってしまいそうなのを懸命に耐えている。
堪えが利かず相当に苦しいらしい。とてもとても辛そうだ。

「ん。だから気持ちよくさせ合いっこ」
「……はあ!?」
対して無邪気極まりなく、腐っても上流社会出身の少女が耳を疑う戯言をのたまう。
「先にイカされちゃった方が負けとか、そういう感じの勝負みたいなので」
「か、勝手なこと、言わないで……えぅ」
ふざけてる、子供の競争じゃあるまいし、誰がそんな勝負、やらないし絶対に乗るものかと、
当初は極めて真っ当に、彼女もそうやって考えたのだが。

「いや、いいぞ別にそれでも? …お前は俺を一回も気持ちよくさせられないのに、
俺に散々気持ちよくさせられて二回もイッちゃったっていう事実が残るだけだから」
「………ぐ」
安い挑発に、らしくもなくムッと来てしまったのが運の尽き。


「…っ、ふ、っ、う」
相手の舌技に声を漏らしながらも、一心腐乱に肉棒を舐める。
流石に二度続けてこの男相手に絶頂させられるのは、彼女の沽券に関わったらしい。
変に快感に耐えているせいで舌先の狙いが定まらず、
唇がずるりと幹から外れたり、時々歯がぶつかったりもしているが、
それでも非常に気合の入った舌技になった。
…苦痛や恐怖に脅されてではない、人生初めてとなる自らの意思での奉仕。

――だというのに男の暴挙はとどまるを知らない。

「しっかしいいケツだなー、すべすべで柔らかくて。巨乳ならぬ巨尻っていうの?」
「んむぅっ!?」
むにむにっと尻肉を揉まれた拍子に、辛うじて開いていた腿がまた男の頭を挟み上げる。
「お豆ちゃんもさ、もう豆っていうか角? 勃起しまくりで俺の親指の先くらいあるし」
「やっ、あっ、ぐ」
怒りも感じたし、羞恥も感じたが、それ以上に先刻同様の『ぞくぞく』が不意を突いた。
冬の日の突然の尿意に似た、ぶるぶるっと来る危うい恍惚。
それに少女は我が身を震わせ、結果腿はよりきつく男の頭を締め付ける。

「胸も大きい方だし、ホントやらしー身体だよな、首から上は清楚なくせして」
「っ! …言わ、ない、で……」
――何故だろう。
前夫に言われた時は、暗澹たる心に嘆きと痛みしか感じなかった言葉なのに。
今はどうしてこんなに腹が立って、どうしてこんなに身体が熱い?

「…あれ? 何? ひょっとして感じてんの? 俺に言葉責めされて感じてんの?」
「――!!」
恥骨から脳天まで一直線に、冷たく熱い快感が走る。
「ち、ちがっ……」
「でもココすっごいビキビキ言ってるぞ? 勃起しまくりでビキビキ言ってるぞ?」
「…う、うわああああッ」
言われなくても、彼女が一番よく知っていた。
耐え難い羞恥と、それに比して臓腑がおかしくなるんじゃないかと思うくらいの『ぞくぞく』。
脚がガクガクして強張って、腿を開きたいのに開けない。
荒い鼻息とパサつく頭髪、男の熱を感じながら、ますます強く股間の異物を締め付ける。

「それに何でだかマンコもビクビクしてきてるしさ。…ひょっとしてまたイキそうなの?」
「…ッ、そ、そんなわけ…っ!」
半ば絶叫に近い怒声を女が上げるが、余裕がないのは表情を見れば分かった。
かつてない程の激しい快感に、一番恐れ慄いているのは本人だ。
「えー、お前またイッちゃうの? さっきイッたばかりなのにまたイッちゃうの?」
「…い、イクとか……そういう言葉…言わな…くぅッ」
蔑むべき下卑た淫語さえ、今はどうしようもない快感に変わる。

「……蛮族の、くせに…ッ」
「…あれ? 見て分かんない? ひょっとして目ぇ悪いの?」
反撃も試みているのだが、流石にこれは分が悪いだろう。
虐待と暴力に晒されていたとはいえ、それでも彼女は形なりとも先日までの雲上人だ。
伏字が要りそうな卑猥な罵り合いでは、明らかに語彙で負けている。
「…ッ! や、ばんじん…! ケダ、モノ…!!」
「はいはい野蛮人野蛮人、ケダモノケダモノ」
というか挑発の上手い下手の時点で、そもそも敗北していたとも。
ますます頭に血が昇り、鼻息荒く我を忘れる女に対し、男は実に余裕そのものだ。
「……あくまっ! あくまあああぁッ!!」
「…なんだ、今頃気がついた?」
笑われ、それさえ快感になる。
悔しくて、頭に来て、許せなくて、……だけどどうしようもなく、今のこの瞬間が心地よい。
はひはひと獣のような息を零しながら、瞑った目より涙を零し、身に染み付いた奉仕を繰り返す。

…傍から見れば珍奇な光景だったろう。
陵辱の光景でもなければ、恋人同士の逢瀬でもなく、形だけな夫婦の儀式でもない。
子供同士の取っ組み合いの喧嘩、それが一番近い形容か。
女は憤怒で瞳を潤ませながら、男の傘裏を鬼の形相で舐め上げ唾液をまぶす。
男は呼気を荒くしながら、大人げなくも女をからかって煽るのをやめない。
…乱痴騒ぎにもほどがある。
既に貴人の閨事たる品性はなく、あるのは意地と負けん気と激情だけだ。

いっそ開き直ったらしい、痛がれとばかりに万力が如く太腿で男の頭を締め付ければ、
悲鳴を上げるどころかますます鼻息を荒くして、剛直はぎちぎちと反り返る。
窒息しろとばかりにぐしょぐしょの陰部を押し付けてやっても、
器用に鼻先を使って呼吸を確保し、さも楽しそうに笑ってパタパタ脚さえ動かしてみせる。

「イク? イクのか? なぁイッちゃうの?」
「……ふ、ぐ」
興奮しきった男の声に、とうとう女は言葉にならない呻くを洩らす。
桜色の唇からこぼれた唾液が、とろとろと男の亀頭に落ち、
どうしようもない快感が陰核に集まって、快さが理性をどろどろに溶かす。
「俺の頭股に挟んだままイッちゃうの? な、野蛮人に股舐められながらイッちゃうの?」
「……うあ、あ……」
煽られ、囃され、涙に鼻水、涎で顔がぐしゃぐしゃの中、震えながら目を閉じ歯を食い縛る。
――惨めなのに、気持ちよかった。
褐色の肌を下に組み敷き、恥部に舌での奉仕を受けながら、陵辱者なはずの頭を股に挟む。
そんな倒錯した状況が、少女の心の平衡を奪い、敵愾心の壁を削っていく。
望まず男の頭を挟んでいたのは最初の内だけ。
最後の方は、自ら股に感じる髪の感触と体温を楽しみ、異物感と吐息の温かさを愉しんでいた。

「ほら、イケよ、イッちまえよオラッ!!」
「――ああアアアッ!!」
亡夫にさえ言われたことのない粗暴な言葉が、結局最後の一手となった。

「はっ、ああッ、あああぁッ?!」
かつてない絶頂を貪るかのように、海獣の如く男の腹の上で仰け反りながら、
同時にぴしゃぴしゃと噴き出した愛液が男の顔に掛かってしまっているのを意識して、
羞恥と快楽により深く強く、高い軌跡を描いて達してしまう。
突き出された乳房の頂点で揺れる輪飾が、少女の卑しい性情を表すかのようで、
しかし汗だくの若々しい肢体と合わさり、妖しい美しさを醸し出した。

ブルブルと突っ張った腕を奮わせる中、
ふと焦点の合わない濁った目が、眼下のぬらぬらとした剛直を見止める。

――理由は、彼女にもよく分からない。
閨の供として伴侶を歓ばすしか能がない、愛玩の寵姫としての意地とも言える。
四年間味わった地獄の中で、せめて培われた技術に対しての自負だとも。
男への愛だとか、雌の本能などという、下卑た言葉でも説明はつこう。
でも一番強かったのは、やはり悔しいという気持ち、…負けたくないという想いだと。

およそ可愛らしいという感想が関の山なはずの唇を限界まで開け、
少女は黒々とした男の肉棒を奥の限界まで飲み込んだ。
喉まで当たって苦しい、そしてそこまでしても根元まで咥えることはできなかったが、
息苦しさに耐えつつ口全体を使って剛直を攻め始める。
「ちょっ!? お前――」
脚の方から引き攣った声が上がり、腰から下を拘束していた腕の力が緩むが、
かまわず男の肉棒を吸い上げ、粘膜で傘裏を包むよう刺激してやる。
…出来るものなら男の頭か肩を足で思いっきり蹴飛ばしてやりたいところだったが、
流石にそれは腰から下に力が入らないので諦めた。
「馬鹿、やめっ……ぅあッ!?」
余裕綽々だった男の声色に、初めて情けない切羽詰ったものが混じった時、
だから貴賎聖淫の諸々を抜きに、素直に歓喜し悦んだ。
『自分はやられっ放しじゃない、一矢報いてやったのだ』と、
『勝ち逃げなんて許さない、せめて引き分けに持ち込んでやる』と、
最後の足掻きと言わんばかりに、自爆覚悟で喰らいつく。
「ほ、本気で、まず……」
「…! ……!!」

――『貴族としての誇り』、『人としての尊厳』。
駆り立てているのがそれだった、およそ相応しからぬ行為だとしても。
…これが出来る精一杯の抵抗だったのだ。
腕力でも及ばず、話術でも及ばず、立場でも及ばず、性別でも及ばない彼女が、
唯一相手に突き立てられそうな、己の持ちうる最大の牙。

……もっとも、

「――っだあッ!!」
ちゅぽん
「…!!!」

奮起して試みた反抗が、必ずしも成功するとは限らないのもまた世の常だ。
どれだけ決死の覚悟で挑んだとしても、ダメな時はダメ。無情。

……相手のモノが大きすぎて完全には咥え込めなかったのと、
なまじ律儀に歯を立てまいとしたのが仇となった。
上半身を起こした男に腋を掴まれ、ベリッと音がしそうなくらいに引っぺがされる。
悲しいかな、少女は無慈悲にうっちゃられた。


ぜいぜいと荒い息を吐き、広い寝台の上に寝転がる二名。
事後……には見えないのがなんともはや。
まるで死闘を繰り広げた好敵手同士や、
房中での暗殺が紙一重で回避された直後にしか見えないのが笑いの種だった。
女の方は疲労と酸素不足で息を荒げるからいいとして、
男の方がすぐそこまで来た射精感を必死で押し戻すのに息を荒げているのはここだけの話。

……本当、実はものすごく惜しかった。
あと三秒男の対応が遅れていたら、彼女の反撃は成功していたのだから。

やがてのろのろ、男が身体を動かす。
もそもそと寝台の上を移動すると、女の脚の側に回り込み、ゆっくりとその二本を持ち上げる。
――なんとなく脚の間から目が合った。

「……えと、じゃあ犯すから」
「………」

(……あ、俺、なんか今すごいアホなこと言っ――)
――コクンと相手の少女が、ぼんやり霞んだ目のまま頷くのも見えた。

「………」
「………」

沈黙。

「……股、開いて? …こうやって…膝の裏持って…うん、その方が痛くねーから」
「………」
語りかけ、腕を引いて姿勢を促すと、やはりコクリと頷いて為すがままに任せてくる。
(あれ、なんか幾らなんでも従順過ぎねえ?)と思うのと、
(うっわー、可愛いなオイ)と思うのは同時で、
男は無心を保つため、それらの思考を懸命に頭から追い散らさねばならなかった。

容貌は文句なく美しいし、怯える仕草や羞恥に耐える仕草、ムキになる姿も可愛いと思った。
…でも存在自体が愛しいと思ったのは、今この瞬間が初めてだ。
とろんとした目で言われるがままに股を開き、自らの両手で膝の裏を持ち抱え、
見てくださいと言わんばかりにヒクつく秘裂を突き出している。
かといってその表情は男に媚びる娼婦でもなく、屈辱と怒りに耐える矜持の女でもなく、
観念して俎板の上に寝転がる陰気で鬱陶しい恨み女でもない。

――からっぽなのだ、目の前の女の心の裡が。

普通、後家女や未亡人の心の中には、既に男の影が宿って大抵大きな位置を占める。
未通女でない女の心の中にも、辿った男の遍歴は宿る、男にはそれがよく判る。
結末がどれだけ最悪だろうと、少しでも幸せな時代があったなら、それは残影として色落とそう。
……なのに目の前のには、なんにもない。
これほど肉体は淫猥の極み、改造され尽くして等しいというのに、裡なる洞には闇だけだ。
寒々しいまでに何もなく、痛ましいまでに空白で、仄暗い洞には虚ろが満ち……
……でも逆に言えば無色透明、限りなく漂白された純白は、とても綺麗で美しく見える。

「力抜いて……って、もう抜いてるか」
宛がわれても、緊張するどころか完全に脱力状態、虚脱状態なのを目の当たりにして、
やっぱりさっきの乱痴騒ぎの反動で気力切れちゃったのかなー、とか思う。
身体はこんなにエロいのに、不器用なんだなー、とも思う。
チグハグな心を、可愛いと思う。
こんな不器用になるまで、苛められ、閉じ込められてきた彼女の心を、可哀想だと。
……可愛がってやりたくなる。
そういう時は確かそう、男はどう言うのが常だったっけか。

「……痛くしないから、な?」
「……あ」

ぐうっ…と押し付けられた先端に、ぐぽ、と入口が押し広げられるのを感じてか、
ようやく反応らしい反応を返す女。
……もし彼女が『犬だから卑しい』などと洩らしても、男は笑って返しただろう。
犬みたいな女は好みだと。


――痛くない。

ずぶずぶと自分の中に入ってくる漆黒の肉塊を、呆然と眺めながらリュケイアーナは思った。
彼女の手首ほどもある太さのそれは、どう見てもあの小さな膣口を潜れるはずがなく、
実際挿入感は凄まじい、肉が押し広げられる感触に、膣壁が引き伸ばされる感触、
明らかな異物感と圧迫感で、息や内臓が苦しいかと言われれば苦しく、息苦しいは息苦しい。
……でも痛くはない。
…絶対に痛い、痛くなければおかしいはずなのに、でもこれっぽっちも痛くない。
膣口が亀頭に押し広げられた時、僅かに穴の円周が突っ張るような痛みが走ったが、
でもそれだけだ、今はジン…とした痛みが僅かに残るだけ、……こんなの痛みにも入らない。
潤滑油がたっぷりなせいで、肉が内側に巻き込まれて噛まれもしない。
みちみちと膣肉が犯される感触が、ただ質量感だけを伴って我が身を襲う。

――なんで痛くなってくれない。

勿論それは、十分な前戯でほぐれ潤んだ蜜壷に、たっぷり唾液がまぶされた剛直。
…非処女どころか散々異物も挿れられて来た膣内、恐怖の解消、緩やかな挿入という、
諸々の要因が丁寧に重なった成果なのだが、そんな瑣事は少女にとって関係ない。
…だって痛くなければ困るのだ。
自分は陵辱されていて、敗将の妻として慰み者にされてるのだもの。
夫以外の男に抱かれ、しかも相手は異教徒である蛮族、帝国領を侵した侵略者だ。
…痛くなければおかしいじゃないか。
自分は苦痛で然るべきだ。

――どうして痛くしてくれないのか。

…違う、と思う。
違う!違う!違う!違う!、と。
こんなの自分が思ってた形じゃない! 自分が思い描いてたのはもっと、
暴力を奮われ、濡れてもいないのにゴツゴツと、思いやりの欠片もなく乱暴に突かれ、
垢塗れの不衛生な、でっぷり太った中年の好色家に、
嘲笑され、蔑まれ、身体も心も踏み躙られて、戦利品のように扱われるものだ!
こんなに温かくて優しくて、こんなに思い遣りのあるものじゃない!
こんなに幸せなものじゃない!

「……ッ」
だから相手の男の表情が、懸命に何かを堪えるよう歪む度、『貴族の彼女』の心は軋む。
自分に体重をかけぬよう、力の篭った腕を見る毎、『貴族な彼女』は悲鳴を上げる。

――痛みが欲しい。
殴って、ぶって、罵って、杖で打って、鞭で叩いて、蔑んで欲しい。
そうしてくれないと憎めない。
…恨めない、呪えない、蔑めない。…どうしたらいいのか、わからない。
はしたないこと、正しくないこと、相手の不興を買うことをすれば、いつも痛みが飛んで来た。
何が正しくて、何が間違ってるのか、だからそれで決めることができた。
痛み、痛み、痛み、痛み、彼女の善悪正誤を定める、世界を支配する絶対の律令。


…そんな『貴族な自分』の葛藤を、まるで誰か他人の会話がごとく、
リュケイアーナはぼんやりと心の奥底に聞いていた。
「……痛くない?」
「……ん」
ぼうっとした頭の虚脱の中に、ぬくもりに彼女の心は満たされ、囀りは遥か下方に掠れる。
虚ろを満たす、熱が、質量が、洞に侵入してくる感覚に陶然を覚える。

…これが、『犬の彼女』だ。

――世に流されるがままに、周囲に翻弄されるがままに、無気力、無抵抗、無感動。
理不尽な暴威に晒されれば、ただじっと身を縮めて嵐が通り過ぎるのを待つだけ。
どれほど蹂躙されても抵抗せず、どれほど罵倒されても憤慨せず、
媚び、へつらって、矜持も糞もなくただ従順、苦痛と暴力から逃げられさえすればいい。
目前の兇行には目を瞑り、民の嘆きには耳を塞ぎ、ただ穏当に、嫌われぬよう、恨まれぬよう、
…でもそうやってさも悲劇の姫ぶって造った顔の裏で、へらへらへらへら、笑ってるのだ。

馬鹿馬鹿しい、何もかも、無駄だ、無意味だ、無力だ、無情だ、知らない、煩い、関係ない。
本家? 帝国? 貴族? 教会? 夫? 臣下? 民? 蛮夷? くだらない。煩い。呪われろ。
嘆くしかできず、憂うしかできない、己の無力を憂い嘆き、そうしてそれにさえ疲れ果てた。
疲れた、面倒だ、どうでもいい。もう自分が泣いてるのか、笑ってるのかすら判らない。
世は変わらない。道義もない。帝国もきっともうダメだ、…何の意味がある、この世の全てに。

……そんな卑しい自分を認められないから、リュケイアーナは仮面を被った。
最低の、どうしようもない自分を否定し抑え込むために、『侯爵夫人』の仮面を被ってきた。
せめて出来る自分の務めを――何の解決にもならないと分かっていて、果たす。

だって分かっていた。
自分の立場、自分の地位で、この身の内に澱む呪いの言葉を衆前で吐き、喚き、暴れたならば、
周りがどういう反応を返すか、どういう結果に繋がるか。
乱心ということで、幽閉か、病扱いか…ああでも、それは本当に狂ってるんだろう。
それが現実に成った時、おそらく自分は本当に狂って壊れてる。
……狂うのは嫌だ、狂いたくない。
正真正銘に人間を辞めて、本当の獣になりたくない。…そう今でも思う。

なのに。

「…気持ちいい?」
「………」
コクリと頷くリュケイアーナの中で、それでも幸福と安堵は膨大、慙愧と暗澹は矮小だ。
チクチクという良心の疼きさえ、むしろ快楽の贄になる。
心は癒され安堵して、貫き侵される充足感が、淡波のように身を満たす。

こんな簡単に餌で釣られて、なんて卑しいと頭には思えど、
――でもリュケイアーナは餌どころか、褒められたり撫でられたりした記憶さえない。
異教徒、異民族の簒奪者に、一夜で肌を許すとは何事かと思うが、
――でも眩しいのだ、粗野で粗暴なのかもしれなくても、それでも温かく、輝いて見える。

「…腕、疲れるよな? …足、俺の腰に回した方が楽だぞ?」
「………」
黙って言われた通りにしながら、もうダメかなあ、と犬なリュケイアーナは思った。
…でもダメでもいいや、ともどこかで。
もう戦えない。何の為に抗えばいいか、誰の為に立てばいいのか判らない。
男が悪いのだ。こんなに温かくて、若く、強く、言葉には力が満ちるから。

体勢を保つのに疲れたのだろう、ぽすりとシーツ、彼女の肩に頭を埋めるのを、
少女は黙って、令されずとも自由になった両手で抱きかかえた。
手入れもなく痛んだ焔の髪も、傷だらけで荒れた土の肌も、嫌いじゃなかった。
そうして。


――ごつ、と男の先端が、とうとう最奥に突き当たる。
「………」
「………」
互いに示し合わせずとも、肺から深く息をついた。
女はたゆたう息苦しさを逃がすため、男は自らの自身を鎮めるため。

かくて一拍の間を置いた後、
「……ぜんぶ挿入っちゃったな」
「……う」
にーっと肉食獣めいた笑みを向けられて、犬の彼女は恥じらいにつと顔を背けた。
ギラギラと輝く硫黄の瞳が、どうしてか恥ずかしくて直視できない。
すぐ至近に相手の視線を感じ、密着した体勢は嫌でも相手の重さと肉体を感じる。

…分かったのだ、なんとなくだが。
獣は確かに野蛮だが、でも人のようには膿まないし澱まないし濁らない。
虎は確かに凶暴だが、でもその悪意は子供が蟻の巣を突くのにも似た無邪気の悪意だ。
残酷で意地悪だが……同時に優しいし強い、裏表もない。

「なあどんな気分? こんな凄いカッコになっちゃって?」
「……あ…」
ぐぅっと緩やかに体重を掛けられ、突き当たりに到達した先端を更に肉中へと押し込まれる。
少しずつ首を絞められていくような仄かな苦痛――とも言えぬ鈍い圧迫感と共に、
こなれた柔肉は引き伸ばされ、ずぶずぶとまだ四分の一ほど残っていた剛直を飲み込みだす。

耳脇に囁かれた声は本当に悪魔の囁きのように、甘く、意地悪く、蠱惑的だ。
見なくてもその硫黄の眼が純粋な好奇心、興味と興奮で輝いているのが分かる。
絡めた四肢が解けない、解くにはあまりにも熱く瑞々しく頼もしい。
高くもなく低くもない猫撫で声は、けれどえもいわれぬ力強さ、意を動かす何かに満ちて、
……犬の彼女はあまねく犯される歓びに、打ち震えて快い羞恥に昂揚した。

「俺みたいな蛮族なんかに犯されちゃって、どんな気分?」
「……ふあぁっ、あッ」
意地の悪いなじりに羞恥心を抉られると同時に、
ずぷ、と一寸強く押し込まれた肉柱が、ごり、と自分の本当の一番奥を抉るのを感じた。
甘美な――今まで感じたこともない甘美な鈍痛に、ピンと張り詰めてたものが切れたらしい。
もしかすると――言葉責めでというのもあれだが――軽く達しさえしてしまったのか、
絡めていた両脚が勝手にがくがくっと跳ね上がり、膣は男のモノを絞り上げる。

――それが拙かった。


<続>

 

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年12月27日 06:10