ふと夜空を仰ぐと、青みがかった満月が妖しく輝いていた。
古来、青い月は、珍しい現象として知られ、
その稀少なる晩の神秘は、多くの吟遊詩人たちによって歌い継がれてきた。

しかし、夜会で賑わう王城において、夜祭りで騒がしい城下において、
今宵の空をじっくりと眺め、月の変化に気づけた者はどのくらいいたのだろう。
第三王子のエルドがそれに気づいたのは、春の宮に行くために外廊を渡っている最中だった。

青い月の晩には、滅多に起こらない出来事が起こるものだと伝え聞く。
なるほど、それは真実だったらしいな、とエルドは視線を横に向けた。
隣を歩いているのは、公爵令嬢セシリア=フィールドであり、
こんな時刻に、彼女と歩いているなんて、通常ならそれこそありえなかった。
セシリアに限らずとも、清廉潔白で知られる第三王子が、
夜に女性と二人きりでいるところを目撃されれば、たちどころに不名誉な噂が立つだろう。

しかし、セシリアに、真剣な顔で話があると持ちかけられたとき、
エルドは非常に悪い予感して、今晩中に話を聞くのが賢明だと判断したのだった。
セシリアは、世事に疎い令嬢の割には、妙な部分で勘が働く。
実際のところ、その独自の論理展開で、もしや自分と「漆黒の騎士」、
または<黒い狼>との関係性まで見抜いているのではないか、
と内心ひやひやしていたのだ。

春の宮にたどり着くまで、エルドは頭の中に王宮内の警備網を描き、
巡回してくる警備兵と鉢合わせしないルートを慎重に選択していた。
春の宮にさえ入ってしまえば、王の子息が住まう宮の割には人気が少ないし、
何しろ、自分の領域なので、安全地帯だといってよかった。

それにしてもセシリアの様子はおかしい。
先ほどから、やけに静かだし、その横顔は、何やら緊張しているようにも見える。
いつもと違う髪形なこともあいまって、まるで別の誰かと一緒に歩いているような奇妙な気分だった。

エルドの応接室に辿り着くと、それまで黙りこくっていたセシリアは、
すぐさまエルドに向き合い、子供に接する母親のような口振りで「そこに座ってちょうだい」と命令した。
セシリアの迫力に飲まれて、エルドは大人しく傍の長椅子に腰掛ける。

「そうしたら、目を閉じてちょうだい」
「どうしてさ?」
さすがに抵抗すると、セシリアは思いつめたような声を張り上げた。
「いいから、目を閉じて。お願いよ」
セシリアに懇願されたからというよりは、事態を早く終わらせたくて、
エルドは目を閉じ、何が起こるのかを待ちわびた。

花の香りが嗅覚をくすぐり、エルドは左頬に羽のように柔らかいものを感じた。
目を開けると、セシリアの口がさっと離れたところだった。
「………リア?」
エルドは自分の頬を触った。セシリアの触れたところだけが熱くて、
そのとき、ようやくセシリアが自分の頬にキスしたのだと理解した。
「どうかしら、エルド?」
「どうって……」

唖然としているエルドに業を煮やしたのか、セシリアは忌々しそうに口を開いた。
「だから……な、仲直りしてあげると申しているのよ!」
「なかなおり?」
きょとんとしたエルドに、セシリアは益々、不満そうな顔をする。

「えーと、ちょっと待て。
 確か『仲直り』というのは、仲違いしていた者たちが、互いに謝り、もとの交流を復活させることだよな?」
「あなた、わたくしをからかっているの?」
セシリアがきっとエルドをにらみつけた。
「いや、てっきり俺のあずかり知らない暗喩があるのかな、と」

「もう、わかったわ。エルドは私と仲直りしてくれる気はないというわけなのね。
 せっかく私から譲歩して仲直りしようと申し上げているのに」
「おい、少し落ち着けよ」
それが、譲歩している態度なのかよ、と思いながら、エルドはセシリアを宥めにかかった。
エルドは本当に純粋に驚いていたのだ。
何しろ、未だかつてセシリアから「仲直りしよう」なんて言葉を聞いたことがない。

「だいたい、仲直りするって、どういうことなんだ。俺とリアって仲違いしていたのか?」
もちろん間違っても友好的な仲ではないことは確かだが。

「だってエルドったら、舞踏会のとき、私にものすごく怒っていたではないの!」
「ものすごく、って」
エルドは首をひねった。
確かに、舞踏会が始まったときに、セシリアに対し、素っ気なかった自覚はある。
しかし、エルドにとって、セシリアとのそういうやり取りはいわば日常茶飯であり、
彼女が今回のことを特別、騒ぎ立て「仲直りしよう」とまで言ってくる理由がわからなかった。

「そんなふうに、とぼけても無駄よ。
あなたが、普段よりも激しく怒っていたことくらいお見通しなんだから」
「なんで、そんなことがわかるんだよ」
思わず、声を荒げると、セシリアは一瞬黙り込む。

「―――たぶん、あなたって本気で怒ると」
喋りながら考えるように、セシリアの声はどこか不安定だ。
「周囲に冷たい氷の壁を張り巡らして、何もかもを拒絶してしまうんだわ」
言い終えたあとで、セシリアは自分の発言を後悔しているように口に掌を当てた。

「ずいぶんとわかったふうな口を利くんだな」
エルドは無性に苛々してきた。セシリアが苦しそうに顔を歪める。
「ほらね、普段なら、あなたはそういう風に、感情的に皮肉るのよ」
「そんなことない。だいたい俺は、普段から―――」

普段からそこまで感情的な性質ではない、という言葉を呑み込んだ。
何故なのか、こんなときに、衝動にまかせてセシリアにしてしまった行為の数々を思い出してしまったのだ。
あのときの自分はどう考えても、理性的とは言い難かった。

「―――まあ、終わったことを蒸し返すのは止めにしよう。
とにかく、俺はもうリアに腹を立ててなんかいないよ」
言い返したい言葉は山ほどあったのだが、
後ろめたくなったエルドは穏便に事態の解決を試みることにした。

「本当に?」セシリアが疑り深い視線を投げかけてくる。
「ああ、仲直りでもなんでもしてやるよ」
「じゃあ、仲直りの返事をくださらないかしら」
「え?」
セシリアは瞳を閉じて、自身の右耳を指で示した。

そこで、ようやくエルドは先ほどのキスの意味を理解した。
リヴァーには一般に「小鳥の挨拶」と呼ばれる仲直りの儀式がある。
仲違いした相手に、左頬についばむようなキスするのは仲直りの提案であり、
もし許す気があるなら、相手の右耳の後ろにキスを返す。
それが、承諾のしるしとなり、晴れて仲直りは成立するのだ。

しかしながら、エルドがすぐに気づかなかったのも無理はない。
「小鳥の挨拶」とは、ささいな喧嘩をした幼児同士が、
大人に促されてやるような、いわば遊戯の一種みたいなものだったのだから。
しかし、「そんな子供じみたことやっていられるか」と突っぱねたらどうなるか。
セシリアが誤解して、非常に疲れる口論が再発するのは目に見えていた。

「………わかったよ」
エルドはため息を漏らすと、半ば開き直った気分で、セシリアの右耳の後ろに唇を寄せた。

「ふふっ、くすぐったいわ」
触れると、セシリアは小刻みに震え、彼女の吐息は揺れた。

本来なら、こんなこと成人した男女がやるようなことではないのだ。
セシリアの精神年齢はともすると六歳やそこらの幼女のときから全く成長していないのでは、と疑うこともしばしばだが、
自分自身はすこぶる普通の十六歳であるからして、つまり――――――――。

気づいたら、エルドは彼女を横から抱きしめ、その耳を甘く咬んでいた。
エルドの指は、なめらかなサテンの上を滑っていく。
触れてみた身体の曲線は、まごうことなく十六歳の乙女のものであった。

「エルド?」
茶色い瞳がこちらをじっと見つめている。しかし動こうとはせず、エルドの腕の中におさまったままだ。
「リア、舌を出して」
呪文の言葉のように囁くと、セシリアは首をかしげて、条件反射のように真っ赤なそれをちらりと見せた。

瞬時に、自分の口で捕らえ、その舌を優しく吸い上げる。
セシリアは、身をねじらせ、エルドの胸をひっかくように叩いた。
その手を自分の掌で押さえ込み、もう一方の手で、セシリアの肩を強く抱き寄せた。
掌と掌が重なり、指と指が絡み合う。唇と唇が擦れ、舌と舌が戯れ合う。
エルドは全神経を集中させて、彼女の感覚を味わった。

やがて、キスが途切れると、セシリアは澄んだ瞳をエルドに向けた。
「……エルド、今のは何だったの?」
無邪気な顔で心底不思議そうに質問されると冷や汗が流れた。
本当に自分はどうかしている、セシリアにこんなことをするなんて。

「これも仲直りの儀式の一つなの?」
「ええと、今のは、仲直りの儀式というか―――」
仮にそんな仲直りの方法が存在しているとしたら、
子供の遊戯の範疇を超えている。むしろ大人の遊戯と解するべきだろう。

「舌を使うなんて、まるで蛇の挨拶のようね」
「そうなんだ! これは積年、蛇のように互いを威嚇しあっていた者たちが
 誤解を解いて、許し合い、認め合うことを示す手段の一つなんだ」

何とかこの場を乗り切ろうと、エルドの口から雪崩のように言葉が押し寄せてきた。
焦ると片言になる人間もいるだろうが、どうやら自分はことさら雄弁になるらしい。

「もっともこれは、ごく一部の地域のみに浸透しているやり方で、
 世間的には、えーと……『不和の雪解け』と称されているんだ」
「まあ、なんて素敵な名前なのかしら。私、そんなことちっとも知らなかったわ
 それじゃあ、これで仲直りは成立したのね」

だからどうして、そんなに簡単に信じるんだよ!
そう突っ込みたい気持ちを必死で抑え、
エルドは、素直すぎるセシリアの思考回路に感謝した。
しかし、彼が、セシリア=フィールドの手ごわさを思い知らされるのは、
この直後のことであった。

「ねえ、ところで、エルド。私はさっきから不思議に思っていたのだけれど」
「え?」
セシリアはつながったままになっていたエルドの手を、自分の下腹部へと導いた。

「ね? ここがすごく熱いのよ」
「熱いって……」
エルドの全身は硬直する。
もし自分が猫だったなら、身体中の毛が逆立っていたことだろう。
「どうしてなの?」
自分に質問すれば、何でも答えてくれると思っているのだろうか。たちが悪い奴だ。
だいたいドレスの布越しでは、その熱が伝わるはずもなかった。

まあ確かに、自分はそれが何であるかを知っているかもしれない。
エルドは軽い気持ちから、下腹部に置かれた手を股間に移動させ、
ひだがたっぷりあるドレスの上から、そこをそっと撫でてみた。
「あっ」
セシリアが驚いたようにびくんと跳ねる。

「どうしたのかしら。何だかものすごくピリピリするわ」
「―――もしかして、感じているのか?」
「感じているのかしら?」
恥じらいを知らない公爵令嬢は、口に手を当て、首をかしげた。
おそらくエルドの言った意味を全くわかっていないのだろう。

「どうなのかな」
エルドは慎重に返すと、彼女の前で立膝をついた。
しかし、ドレスを通してセシリアの股間を凝視したところで、真相が究明できるはずもなかった。

「ねえ、確認してちょうだい」
気遣わしげに眉をひそめたセシリアは、藍色のドレスの裾を、エルドに握らせる。
促されるまま、彼女のドレスをめくると、レースのペチコートで何層にも覆われていて、面食らった。

「まるで、成人女性の正装だな」
「当たり前でしょう。私は成人しているのよ」
「へえ、そうだったっけ」
「もう、ふざけないでちょうだい。エルドの方こそ、
 貴婦人のドレスの中にもぐりこむなんて、年端も行かない悪戯っ子みたいだわ」

いいや成人男性こそ、貴婦人のドレスの中に入り込むものだよ。
そう言い返したい気持ちを抑えて、今の状況を俯瞰するなら―――――どう見ても、情事に臨む愛人たちである。

「……もう、やめておくか?」
自分は理不尽なことを強要されているのだという口調を強めつつ、
一応ことの進退を確認すると、予想通り、厚顔無恥な公爵令嬢は、「だめよ」とすぐに異を唱えた。
そこでエルドは、レースのペチコートを分け入り、覆い隠された中心部へと果敢に近づいて行った。

下着越しに触ったセシリアの恥部はしっとりと湿っていた。
エルドは少し驚いて、そのまま丹念に指を動かし続ける。まるで未踏の山野から湧き水を発見したような気分だった。

「エルド、やだ、なあに、これは……」
セシリアが甲高い声を張り上げる。そこには不安と微かな羞恥の色が入り混じっていた。
しかし、行為に没頭していたエルドは、セシリアに応えずに独り言を呟いた。
「そうか、あのときは濡れていなかったのか」
とすると、前回はずいぶん強引にセシリアの内部に侵入してしまったことになる。

「エルド、聞いているの? 私は大丈夫なのかしら」
「ああ、心配しなくていい。これは膣分泌液だよ」
「ちつぶんぴつえき?」
「つまり、膣から分泌された体液だよ」
「体液? 私も体内から体液を分泌するの?」
「お願いだから、それくらい知っていてくれ」
少々うんざりしたが、セシリアの無知蒙昧は今に始まったことではないので、
エルドは彼女の後学のために丁寧な説明を講じてやることに決めた。

「女性の身体というのは、主に局部を弄られたり、性的興奮を感じたりすると、
 この部位が、湿って濡れてくるものなんだ。
 それが性行為に臨むさい、潤滑液になり衝撃を緩和してくれる」
「まあ、女性の身体というのは、とても奥深いものなのね」
セシリアは何やら感動したように唸った。
それにしても、どうして男である自分が、仮にも女であるセシリアに、こんなことを説いているのだろう。
おそらく深く考えたら負けだ、とエルドは自分自身に言い聞かせた。
だいたいセシリアのドレスの中に入っているこの状況からして すでに間違っているのだから。

「ねえ、その潤滑液や衝撃を緩和する作用って、
 つまり例の『接続』のときの痛みを和らげるという意味かしら?」
「接続って……まあ、でもその通りだよ」
どうして自分たちの会話は、内容の割に無味乾燥として少しの色気もないのだろう。
そう思いつつセシリアの反応を待っていたが、奇妙な静寂が漂ってくるだけだった。

「……じゃあ、もしかして」
しばらくしてから、やっとセシリアの低い声が耳に届いた。
「あのときはもっと痛みを和らげることもできたのね」

しまった!
そこで、エルドはようやく自分の失言に気づき、彼女のドレスの中から抜け出した。
おそるおそる顔を上げてみると、射るような瞳がこちらをにらみつけていた。

「いや、だからさ、俺も余裕がなかったんだよ。初めてだったから」
エルドは心なしか後ずさり、迫り来るセシリアに必死で言い募った。それにしても何とも情けない台詞だ。

「ふーん。初めてでも、エルドは気持ちよかったのにねぇ?」
セシリアは鬼の首でも取ったかのような、したり顔でエルドをねちねちと締め上げる。
「いや別にそこまで……」
処女の身体を開かせるというのも、なかなかに骨の折れる作業だということを説明したとして、
彼女に通じるはずもない。明らかに形成は不利である。

「私が最初に申したことを覚えていらっしゃるかしら? 近い未来に訪れるかもしれない
 然るべき夫婦の営みを完璧に遂行させるために、房事の訓練を受けたいと申し出たのよ」
「まあ、確かにそのようなことを言っていたな」
しかしセシリアの物言いだと、まるで軍事訓練でも受けるかのようである。
「エルドったら、よくもまあ抜け抜けとしていられたものね。
 私はせめてあの激痛を緩和する技法を習得したかったわ」
「技法というか……ああいうのは、二回目以降から、徐々に痛みが和らぐものだというし」
「あら、本当に?」

セシリアは突然、エルドの胸元に飛び込んできた。
「リア?」
予想外の――先が読めないという点では予想通りともいえる――行動を取ったセシリアは、
エルドの肩口に顔を預け、目線を合わすことなく反撃の言葉を続けた。
「あなたも一度引き受けたからには、最後まで教導する責任があるのではなくって?」
「それは………どういう意味だ」
そう尋ねつつも、察しのよいエルドは、ある程度その先の内容を予測することができた。

「つまり、もう一度、『接続』して欲しいと申しているのよ」
率直で、あけすけなその誘い文句を耳にしたとき、エルドは確かに脱力を覚えた。
しかし、ここで詭弁を有するセシリアに論破されてはならない。

「なんというか、お前はもう少し自分を大切にしたほうがいいんじゃ……」
「大切にしているからこそ、性行為に伴う恐怖を乗り越えたいと思っているのよ」

そう言って、セシリアは自分の胸のふくらみを一部の隙もなくエルドに押し当てた。
少なくとも、どうすればエルドの気持ちが揺さぶられるのか、彼女はしっかりと学習したらしい。

エルドの中で、筆舌しがたい葛藤が去来する。
しかし、結局のところ、自分の身体にぴたりとくっついてくるセシリアは、
真綿のように柔らかく、どうにも気持ちのいい感覚だと認めないわけにはいかなかった。
しなやかな肢体までもを武器にする少女に、どうやったら抗えるというのだろう。
もしかしたら、最初から自分に勝ち目などなかったのかもしれない。

「――――全くたいした貴婦人だよ」
そう呟くと、エルドはセシリアの腰に手を回して抱き上げた。それはエルドが白旗を揚げた合図だった。
「ふふっ、光栄だわ」
セシリアはエルドの首に手を回し、勝ち誇った微笑みを浮かべる。
そんなセシリアを目の当たりにすると、どうにかして一矢報いる手段はないものかと考えてしまうのだった。

寝室の窓から差し込む満月の明るい光は、二人を優しく迎え入れた。
セシリアを寝台の上に乗せ、改めて、彼女のドレスを検分してみるが、
腰紐やら、ボタンやらが多く付いていて、どこから手をかけていいのかわかったものではなかった。

「これは、どうやって脱がせればいいんだ」
「ええと。おそらく背中のボタンを外せばいいのではないかしら
 私もいつもトルテに任せているから、よくわからないのよ」

そこで、エルドが背後に回り、小さなボタンを一つ一つ外していくと、
ドレスの上衣は緩み、オーガンジーの肌着とコルセットが現れた。
さらにセシリアの助言に従い、
編みこまれていたコルセットの紐を解くと、セシリアの白い背中がようやく見えてきた。

「へえ、こうなっているんだ」
エルドは、複雑な婦人服の構造に感心しつつ、出来心で背後から手を回し、
コルセットの中のセシリアの胸をそっと触ってみた。
素肌の感触はとてもなまめかしく、否応なくこれから起こることへの期待は高まっていく。
そんなとき、セシリアが「そうだわ!」と声を張り上げた。

「――お前さ、もう少し雰囲気というものを考えてくれても……」
「だって髪のことを忘れていたのですもの」
「髪の毛か。こちらの方が複雑そうだな」
「そうでもないわよ。たぶんこのピンを全て外してもらえれば、自然とほどけると思うの」
「俺はお前の小間使いかよ」
「もう、文句を言っても仕方がないでしょう。トルテがいないのだから。
 ここまでやってもらえば、私はひとりで衣服を脱げるわ。
 だからあなたは私の髪を下ろしてちょうだい。そうしたら、とても効率的な分担作業になるわよ」
「ああ、もうわかったよ」

こうして、エルドはセシリアの頭の上に屈みこみ、
夜空を彩る星のように飾られていた小粒の真珠のピンを一本一本抜いていった。
セシリアはというと、腰紐を解いたサテンのドレスを足元から脱ぎ捨てて、
何枚も重ねてあったペチコートに取り組んでいる。

「―――ねえ、エルド。マリアンヌは大丈夫かしら?」
「なにが?」
「だって、目が覚めたら、『漆黒の騎士』はいなくなっているし、
 謎のカードは残っているし、何がなんだかわからなくて、きっと衝撃を受けると思うのよ」
「そうだな」
エルドは曖昧に答えたが、姉の心配をする必要がないのはわかっていた。
どんな処置を施したのかは知らないが、「漆黒の騎士」によると、朝方になればマリアンヌの記憶は消えているのだ。

「もし、マリアンヌが思い悩んでいるようならば、お前が励ましてやればいいんじゃないか。
こういうときこそ友達の面目躍如だろう」
エルドは白々しくそう言って、セシリアの髪から最後のピンを抜き取った。
「そうね」
セシリアは天啓を受けたかのようにはっとした。下ろした髪がふわりと揺れる。
金色の髪は、妖しげな影をたたえた褐色に変化し、セシリアの素肌に纏わりついた。
話の中心が「漆黒の騎士」に移らないように、エルドは裸になった彼女を抱き寄せ、会話を中断させた。

枕で埋もれている寝台の背もたれに寄りかからせると、
セシリアはこの期に及んで、不安そうにエルドを見つめた。
「本当に痛くしない?」
ようやくエルドは罪悪感が沸きあがってきて、セシリアの頭をゆっくりと撫でた。

「……悪かったよ。あのときは」
するすると謝罪の言葉がついて出る。
セシリア=フィールドに対して、謝ることなど生涯ありえないと思っていたのに。
「もう少し、リアのことを考えるべきだった」
セシリアは驚いたように目を見開いた。そのあとで、欲しい玩具を手に入れた子供のような顔で笑うのだ。

笑い続ける彼女が癪で、エルドは黙って彼女の乳房に触れた。
昔、セシリアとつかみ合いの喧嘩をしたときは、どこもかしこも平坦だったのに、
今や、二つのふくらみはしっかりとその存在を誇示し、悩ましげな谷間まで作っている。
記憶を書き換えるように、エルドが彼女の身体を愛撫していくと、セシリアの力が徐々に抜けていく。
しかし、エルドが太腿の内側を撫でると、彼女は下肢をこわばらせ、
腿をしっかりと閉じることで、エルドの侵入を拒んだ。

「リア、駄目なのか?」
腰の曲線を撫でながら、エルドは彼女の気持ちがわからなくて確かめてみる。
「え……?」 どこか朦朧とした声でセシリアは反応する。
「何を考えていたんだ?」
「ええと、――――異なった風景とはこういうことなのかしら、と」
「異なった風景?」
「素直に折れて仲直りすれば、いつもと違う風景が見えてくるんですって」

セシリアが何を言いたいのかつかめなかったが、
喋らせていた方がリラックスするのかもしれないと考え、エルドは会話を促した。
「もっと詳しく説明してくれ」
「ええ…だからね、つまりいつもと違った角度から、物事が見えてくるということで―――いやよ!エルド」

エルドはセシリアの太腿を割って、開かせようとしたところだった。
はっきりと否定の言葉を聞いて少し驚く。先ほどまで、あんなにも無防備だったのに。

「―――で、いつもと違った角度から見える風景は、いったい、どんな眺めなんだ?」
挑発するように囁きながら、今度はセシリアの細い足首に手をかけてみる。

「そうね、とっても素敵な眺めだわ。例えていうなら――――きゃああ!!」
セシリアの温和な声は、悲鳴に変わった。
彼女が油断しているうちに、足首から一気に下肢を開かせのだ。
月明かりの中で見る秘部は、まるでリンゴの花びらのようなひだを描き、その窪みからは蜜が溢れていた。

「なるほど、素敵な眺めだな」
ちゃかすつもりはなかったのに、エルドの口からは思わずそんな言葉が出てしまった。

「ひどいっ、ひどいわ、エルドなんかと仲直りしなければよかったわ!」
枕が頭に降ってきたが、エルドは物ともしないで、彼女の股間に顔を寄せた。
「それなのにどうして自分から折れようと思ったんだ」
核心に迫ると、セシリアの罵倒はピタリと止み、代わりに躊躇うような息遣いが聞こえてきた。

「……それは、その、色々あって、エルドのことを何も知らないんだと気づいて―――いやああぁぁ!!」
突起した部分を指でなぞり、したたる蜜を舐め取ると、セシリアは上半身を仰け反らせた。
明らかに、前回のときより反応がいい。さしずめ人形から生身の人間に変わったとでもいうべきか。

「俺も、リアがこんな声を出すなんて知らなかったよ」
「ああ、もう、エルドなんか大きらい! 私は真剣に話しているのよ!」

セシリアが泣き声まじりの怒声を上げる。しかし、こちらだって真剣勝負なのだ。
言い返す余裕がなくなり、そのまま執拗に愛撫を続けると、
やがて彼女は喋らなくなり、代わりにあえぐような声が耳に届いた。
その声音が頭の中で鳴り響くと、麻痺したように身体の芯が熱くなっていった。

彼女の膣は十分潤っていて、エルドを受け入れる準備ができているように見えた。
エルドはというと、まだ堅苦しい礼装服を身につけたままだった。はやる心のままに、荒々しく衣服を脱ぎ捨ていく。

セシリアは脚を開いたまま、エルドの動作を静観していたが、
彼の下腹部が露になると、隆起したその部位に手を伸ばし、裏側の付け根から先端にかけて絶妙に指を這わせた。
エルドに向けられた表情が童女のようにあどけないだけに、その行為の卑猥さが際立つばかりだった。
押し寄せてくる快感に酔いしれながら、その一方でそんな自分が恥ずかしくなり、セシリアに話しかけてみる。
「今度は何を考えているんだ?」
セシリアは視線を彷徨わせたあと、透き通るような声でぽつりと呟いた。
「―――あなたは、どうしてあんなに怒っていたのかしら、と」
虚を衝かれたエルドは、言葉を失ってしまった。自分が肉欲の塊と化しているときに、
彼女は頭の片隅で、まだそんなことにこだわり、疑問を膨らましていたというのだろうか。

「でもあなたが怒るのも無理はないのよね。
 私はいつも自分のことばかりで、あなたのことをちっとも見ていなかったわ。
 それなのに、あなたのこと、『冷たい瞳をしている』とか『氷の壁を張り巡らして』なんて言って………」
セシリアが声を震わせる。どうして彼女がこんな風に思い詰めるのか、ちっともわからなかった。
「リア、もういい」
ただセシリアを宥めたくて、言葉が口をついて出る。
「俺は確かに冷たい人間だよ。リアが言ったように、氷の壁を作って周囲を遮断しているのかもしれない」

実際のところ、自分の瞳が冷たく見えたとしても、氷の壁を築いているように見えたとしても、
そんな形のない目に見えないことなど、エルドにとっては、どうでもよかった。
ただ、セシリアの手の中にある、燃えるように熱い欲望だけは、確かに存在しているのだから。

彼女の額にかかった髪を払ってやると、セシリアはどこか夢見るような瞳でエルドを見返してきた。
何を言えば、セシリアを納得させることができるのだろう。
エルドは、無言のまま彼女の腰を捕まえると自分の膝に引き寄せた。
魅入られたようにエルドの目を見続けていたセシリアは何の抵抗も示さなかった。

何度かセシリアの腰を浮かせたあとで、彼女の膣に自分の先端部を挿入した。
セシリアは小さく叫び、エルドの身体に跨ったまま、しがみついてくる。
褐色の髪が妖艶に蠢く。重なり合った部分から淫らな水音が篭る。
そっと唇を合わせると、セシリアはその瞼を閉じた。

彼女の唇からも、内壁からも信じられないほどの熱が伝わる。
飼い馴らすことができない全ての感情が、渦を巻くように収束され一つになっていった。
彼女と対峙すると、ありとあらゆる強い感情が自分に襲いかかってくる。
苛立ち、焦り、困惑、脅威、葛藤、そして何よりも強い渇望だ。
その激流の出口を求め、ひたすら彼女を突き上げる。何もかも解き放された浮遊感の中で、
ただ締め付けてくる唯一の束縛だけが自分の拠りどころであるかのように。

それでも、絶頂になる寸前に、彼女の内部から離れるだけの理性は残っていた。
支えを失ったセシリアの上体は枕とシーツの海に沈み込む。
その太腿と下腹部は、白濁液で淫猥に汚れていた。

疲れてぐったりしているセシリアの身体を綿の織物で拭いたあと、エルドは彼女を掛布でくるんでやった。
その傍らで仰向けになり、四肢を伸ばしたエルドは、天蓋に映る陰影を目で追いかけた。

冷静に考えてみれば、二回目だって処女のときとそんなに大差があるわけがない。
しかも、エルドは、セシリアを労わってやるどころか、激しく攻め立ててしまったのだ。
性行為に伴う恐怖を軽減させるどころか、逆に増幅させてしまったのではないかと思うと、
ときおり隣から聞こえてくる吐息にも、押し殺した嗚咽が交じっているような気がしてならなかった。

いくら知識で武装したところで、例えば、行為後の女性に対して、
どういう労いの言葉をかけてやればいいのかという実際的でひどく切実な問題に、エルドは対処することができない。
自分の未熟さを痛感しながら、ふと先ほどのセシリアの疑問に答えていなかったことに気づいた。

「……リア」
「なあに」
想像していたよりも、しっかりしたセシリアの声が返ってきたので、エルドは若干安堵した。
「俺はお前に対して怒ってなんかいなかったよ」
「え?」
セシリアの身体がこちらを向いたが、エルドは彼女と視線を合わせなかった。

「―――俺がもし怒っていたなら、それは、自分に対して怒っていたんだ」
実際に口に出してみると、その真実味は増していく。
そう。本当に、腹立たしくて我慢できないのはセシリアではなくて、
彼女の前で、ままならない感情を持て余す自分自身なのだ。
「ふうん」
セシリアが不思議そうにこちらの様子を伺っている。
こんな煙に巻いたような答えでは、まるでセシリアを慰めているみたいだった。
けれども、これでいいのだ。
彼女の存在がエルドの心を乱すほどの影響力があるとは、思われたくなかったのだから。

「ねえ、エルド。さっきから思っていたのだけれど、あの……」
セシリアはもぞもぞと上体を起こした。やはり想像していたよりも明るく元気な声だった。
「何だ?」
言いよどみ、躊躇うセシリアの気配に、エルドはいたずらに不安を募らせていく。
「私……あなたと、その、と、友達になりたいと思っているのよ」

「―――はあ?」
エルドの驚愕は、先ほどの「仲直り」発言の比ではなかった。
今までの行為と会話の流れから、どこをどう捻ったら、「友達になりたい」という台詞が出てくるのだろう。
自分の右上にあるセシリアの表情を確かめようとしたが、彼女の顔は影に隠れていた。

「……お前にとって、友情とは、どういうものなんだ?」
彼女の意図を探るため、用心深く尋ねると、セシリアは考え込むように俯いた。
さあ今度はどんな爆弾が襲ってくるやらとエルドは身構える。

「あのね、友達同士は対等であるべきだと思うの」
それはセシリアにしては、しごく真っ当な言い分であった。
「ねえ、だから、エルド」
月明かりに照らされて、こちらに身を乗り出してきたセシリアの眼差しは真剣そのものだった。
「あなたは、私が気に入らないことをすれば、怒って突き放してもいいのよ。
 私だって、あなたに我慢できなかったらいつだって怒るわ。
 例え、冷え冷えとするような氷の壁を張り巡らせたとしても、それを乗り越えて、あなたを怒鳴りつけてやるわ。
 あなたが王子だからって、遠慮なんかしないわよ。」

セシリアは堰を切ったようにまくし立てた。
あまりにも勝手で脈絡のない言葉の数々だ。
それなのに、自分に巣くっていた靄がすっと晴れていくような気がした。
セシリアを前にして沸き上がる感情は、何も激しくて醜いものばかりではないのだ。
不思議なことに、奔流のあいまに、風が凪ぐように優しくて穏やかな瞬間が訪れる。

「――だいたいのところ」
セシリアの言葉が途切れたあと、エルドはすかさず口を挟んだ。
「お前が俺に遠慮したためしなんかないだろう」
「ええ、もちろん。遠慮していたら、喧嘩なんて、できないですもの」
セシリアは何故だか胸を張る。
「それにしても、リアの話し振りだと、友達っていうのは、
 今までの俺たちと何の変わりもないような気がするんだけれど」

彼女を小馬鹿にしたつもりのエルドの言葉は、不覚にも優しく響いていた。
それを敏感に感じ取ったセシリアは、満足そうにくすりと笑うと、エルドに擦り寄ってきた。
「今までと違うわ。だって、友達同士ならば、
 どんなに激しい喧嘩をしても、ちゃんと仲直りができるんですもの」

セシリアの歌うような声色は、耳に心地よく響き、エルドはこのまま眠りたい気持ちに誘われた。
もしかしたら、とエルドは思う。あやふやで曖昧なセシリアとの関係に、
「友達」という確かで揺るぎのない枠をはめるのは、よいことなのもしれない。
そうすることで、この幸福なまどろみの瞬間を留めておくことができるなら。

「―――まあ、友情の在り方はさまざまだからな」
エルドはかみ締めるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。それは彼なりに、セシリアの提案を受け入れたしるしだった。
「エルド」
幼馴染の少女は、その存在を確認するかのように彼の名前をそっと呟くと、
エルドの脇の隙間に潜り込んだ。まるで、そうすることが友情の証であるかのように。
柔らかい温もりを感じながら、目を閉じたエルドは、絹のように滑らかな髪を撫で、芳しい花の香りに包まれた。

玲瓏たる青い月が輝く晩は、滅多に起こり得ないことが起こると伝えられているが、
確かに、仔犬が戯れたかのように契りを交わしたあとで、朋友の仲を約束しあう男女など、滅多に存在しなかっただろう。

 

窓の外から初夏の陽光が差し込み、小鳥たちが目覚めの時を歌う。
清涼なる朝の訪れを感じ、ゆっくりと瞼を開けたエルドは、息を呑んだ。
眼前には、まばゆい金の滝が広がっている。

けれど、すぐにその中から、金色の髪でふちどられたセシリアの顔を認めた。
彼女はすやすやと寝息を立てている。
そうか、あのまま寝てしまったのだ、とエルドは自分の失態に気づいた。
少し休むだけのつもりだったのに、いつの間に熟睡してしまったのだろう。
エルドの右腕は、彼女の頭の枕代わりになっており、すでに痺れを通り越した状態になっていた。

太陽の光のもとで、月光に惑わされたかのような昨夜の出来事を思い返すと、どうにも居たたまれなかった。
罪悪感に苛まされるというか、むしろ、自責の念に駆られるというか、
つまりはただ単に、ものすごく恥ずかしかったのである。
敷布と彼女のあいだから、そっと腕を引き抜こうとすると、セシリアは小さく身じろぎし、ぱちりと目を開けた。

「おはよう、エルド」
寝ぼけているのか、気だるげに身を起こすと、セシリアは大きく伸びをした。
朝陽に照らされた彼女の胸のふくらみは、まるで瑞々しい白桃のようだった。
昨晩、あの二つの果実を揉みほぐし、その頂を吸い尽くしたのだと思うと、どうにも妙な気分に駆られる。

「おはよう、リア」
その思いを断ち切るように、爽やかな挨拶の言葉を返し、
身を起こそうとしたかけたとき、突然、金色の洪水に巻き込まれた。

きらめく金の流水が彼の視界を遮断し、唇に生暖かい刺激が落ちてくる。
口の中に、濡れそぼった柔らかい舌が割り込んできたとき、
エルドはようやくセシリアにキスされていることに気づいたのだが、
不測の事態に、ただ彼女のされるままになっていた。

しばらくして、唇を離したセシリアは、荒い呼吸を整えながら、エルドに笑いかける。
やっとのことで平常心を装うと、エルドは上体を起こした。
「何の真似だ、リア」
自分の声は情けないくらい、裏返っていた。
「『不和の雪解け』よ」
途端に昨夜の苦しい言い訳を思い出し、背筋が凍りつくような思いだった。

「リア、実のところ、あれは……」
ただの冗談だったのだと言おうとする前に、彼の胸中などわかりもしないセシリアは、
太陽の光に負けないくらい眩しい満面の笑みを浮かべた。
「エルド。私、あなたと友達になれて、とても嬉しいわ」
「………そうか」

彼女の友情の定義は、絶対に、どこかが間違っている。例え、いかなる変則的な友情がこの世に存在していたとしても。
しかし、エルドにはもう、友情の何たるかを語る気力も、「不和の雪解け」について訂正する勇気も残されていなかった。

 

これは余談になるのだが。

記念祭二日目、王領内のなだらかな丘陵地で園遊会が開かれていた。
警備の総指揮を任されていたランスロット=ベイリアルは、真面目に警護に当たるふりをして、
その実、通りがかる貴婦人たちと浮ついた会話を楽しんでいた。
ふと、果物が並べられた円卓の向こう側に目を向けてみると、フィールド公爵令嬢と第四王女が楽しそうにお喋りしていた。
これはいい目の保養だと麗しい乙女たちを見守っていると、
シフォンのドレスを纏った公爵令嬢は、彼の視線に気づき、レースの日傘をくるくると回しながら、こちらへやって来た。

「ランス様」
「これは、セシリア姫、ご機嫌麗しゅう」
ランスロットは、恭しく一礼する。そんな彼を面白そうに眺めながら、セシリアは丁重に昨晩の礼を言った。
「私、あなたに、とても感謝しておりますのよ。おかげさまで、あのあとエルドと仲直りすることができましたの」
「ああ、それは、よかった」

そこで、気取った相好を崩し、セシリアはほころぶ蕾のように初々しく頬を染めた。
「それだけではないの。二人の関係は劇的に進歩したのよ。
これもあなたの教えてくれた夜闇の魔法のおかげね」

「へえ、それは、それは」
ランスロットは驚いて目を丸くした。舞踏会でセシリアと会話したときに、
さりげなく男女のいろはを説いたが、それが本当に功を奏するとは予想だにしていなかったのだ。
「どれほど深い仲になったのか、是非お聞かせ願いたいものだな」
下世話な伊達男は、女性たちを虜にさせる、あのとろけるような笑みを浮かべる。
セシリアも嬉しそうに微笑みを返した。どうやら、ランスロットに打ち明けたくて堪らないらしい。

「友達よ」
「はあ?」
セシリアの口から不可解な言葉が漏れたとき、ランスロットは彼らしからぬ、すっとんきょうな声を上げた。
それを気に留めることもなく、セシリアは意気揚々と先を続けた。
「きのうの夜、私たちは、長年、降り積もっていた不和の雪を解かし、ついには友達同士になれたのよ」


たいそう満ち足りた表情で言い切るセシリアを眺めながら、
ランスロット=ベイリアルは、ようやくこの目の前にいる少女と第三王子の間柄が、
綾織り模様のように複雑怪奇で、同時に一本の糸のように単純明快であったことを悟ったのだった。

 

 

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最終更新:2009年05月15日 14:14