ドレスを身につけた女たちが二人、人払いした部屋の中で顔をつきあわせ
本を開いていた。一人は黒髪、非常に整った顔立ちの美女で名はアウラという。

切れ長の瞳の鋭さが人によっては冷たい印象を与えるかもしれない女性であった。
もう一人は金髪で名はエレノア。若草色のドレスにはわずかだがアウラよりも
質の良いレースがあしらわれている。つぶらな瞳に長い睫毛の愛らしい娘だ。
何より笑顔が華やかな少女であった。

二人の容姿はいずれも魅力的ながら全く似てはいなかったが、姉妹のような
睦まじさで一冊の本を挟んでいた。
まるで姉が妹にはまだ読めない外国語の物語を読んでやるかのように。



「よろしいですか、姫様。これが『口取り』といわれる行為にございます」
そう言ってアウラは本の頁を開き、挿画の一つを指差した。
「まぁ……」
エレノアは思わず柔らかな金髪を揺らしながら口元に手をあてて嘆息する。
その頁にある挿画には裸の女が、同じく裸の男の足と足の間に頭を入れ、
男根を口に含んでいる様が精緻に描かれていた。

外国語の物語などとんでもない。これは紛れもない春本であった。
だがそれを見やるアウラの美貌には羞恥の影など少しも存在しなかった。
淡々と横に書かれた、いかに女性が男根を舌で刺激し男性の欲望を
口内で受けとめるべきかの説明を朗読する。

エレノアは愛らしい顔を困惑で曇らせながらも挿画を真摯な瞳でみつめて言った
「これを、わたしもいずれは旦那様となるべき殿方にするのね」
「ご夫君が望まれるのであればですが」
「そう……ならばやはり嫁入り前の技芸のひとつとして修得しなくてはならないわね。
ええと、こうすればいいのかしら」
エレノアは挿画を見ながら鏡を片手にああでもない、こうでもない、と
舌の動かし方を研究していた。だが成果はどうにも芳しくないらしく
悲しげに眉を寄せると力なく嘆息した。

「駄目だわ……うまくできてるのか、そうでないのかすらもよく分からない……」
「お任せくださいまし、姫様」
すると女主人の嘆きをうけて侍女のアウラがその悩みを解決すべく、
音も立てずにすっと立ち上がると、戸を開けて部屋の外にいた端女を呼び止めた。
「わたくしの部屋にある物入れから、百合の刺繍のしてある袋を
持ってきてちょうだい。部屋の中にいる女官に言えば分かるから」

あまりにもあまりな会話をしているこの二人が何をしているのか、その発端は数ヶ月前にさかのぼる。
王女であるエレノアは年頃ということもあり、そろそろ結婚という話が出始めていた。
相手はまだ決まってはいないが候補はいくつかあるようで、父王とその大臣たちの間で
幾度となく話題があがっていることをエレノア自身も耳にしていた。

家庭教師も今までのように外国語や詩歌だけではなく『男女のしくみ』といった事を
合わせてエレノアに教えるようになり、婚姻とそれに付随する行為をエレノアも理解するようになった。
若い女官たちが笑いさざめきながらひそやかに話していた事の意味がはっきりとして
エレノアは得心していたが、半分坊主のような家庭教師の授業では男女の交わりの説明は
ただ書物のみで行われ、格式はあるが古びた言語で「神が祝福される夫婦の結合」などと
言われても、エレノアには実際の行為がいまいちピンとこないのであった。

そうしてエレノアは乳姉妹であり腹心の侍女でもあるアウラに相談をしたのであった。
房事のことをもっと色々知りたい、と。
昔からアウラはこの年下の女主人に甘い。頼まれればなんだってするのが常であった。
アウラは房事にまつわる本や道具を集め揃えると、エレノア相手にそれを教材として
二人だけの勉強会を開くようになったのだ。
そして今日は口取り――すなわち男性器を口で刺激する方法を学んでいた。



袋を持ってこさせるとアウラは中から白い筒のようなものを取り出した。
艶やかに白く塗られたその筒は、長さとしてはせいぜい女の手のひらよりも
少し長いくらい。細長い円筒形をしているがその先が玉子のように丸みを帯びていた。

だが丸みを帯びているのは先端だけで、円筒部と先端との間にはくっきりとした
くびれがあった。それが何なのかを知らないエレノアはそれを見て無邪気な笑顔を浮かべた。
「あらなぁにそれ。お人形? かわいいわ」

「人の形を模したもの、という括りでいうならば人形と言えるかもしれませんね。
これはディルドー。性具と呼ばれる類の物です。よろしいですか姫様、これは
この本に描かれた男性器を模したものなのです」
「そんな、では殿方には皆これと同じものがついているの!?」

エレノアは渡されたディルドーをしげしげと眺めていたが、それを聞いて
衝撃を受けたように目を見開いた。そして侍女に言い募る。
「そんなの絶対おかしいわ。だってこれがついてるならわたしだって
気がついたはずよ。殿方はスカートではなくズボンを履いてるのですもの。
これがついてたら、すごく目立ってしまうわ。そうでしょう、アウラ」
「本物のこれは大きさが変わりますので」
「まぁ……伸縮自在なんて、殿方はとても器用なのね」
侍女はそんな事は一言も言ってはいないのだが姫君は大きな勘違いをした。

「……これは男性器の模型ですから、口取りの鍛錬をなさるにはこれが
あった方がやりやすいかと」
「ではこれを口の中に入れれば良いのかしら?」
ディルドーを掴んだまま、侍女にそう問うと教師役の女は首を振った。
「いいえ、いきなり口にお含みになるのは早すぎます。
まずは先端に唇をつけてくださいまし」
言われるがままにそうすると、侍女は次の手順をエレノアに説明した。
「そのまま先っぽを舌でちろちろと舐めて……そうです、その調子ですわ」
「ん……」
「どのくらいの時間そうするかは殿方の反応次第ですが、殿方の陰茎が
しっかりと固くなったら、もう口内に入れてしまって構いません」
エレノアは唇を開くと、思ったよりも大きいその道具を口に含んだ。
「いんけい」の綴りが気になってはいたが、口に物を入れているため喋れず、
尋ねることが出来なかった。

「口に含んだら、唇をすぼませて刺激を与えてください。
中で先端を舌で舐めることもお忘れなく。……けして歯を立ててはなりませんよ」
「うう……」
なかなか大変なようでエレノアは声を洩らしながらも懸命にアウラの指示に従っていた。
姫君の口の端から透明な唾液が一筋流れていく。
「次の段階に参りますわね。失礼いたします」

そう言って侍女は姫君の口の中に入った淫具を掴んだ。
それをゆっくりと滑らし前後に動かしていく。
「う、……んんっ、あうあ、くるし……」
「鼻で息をなさるんです。そうゆっくりと、舌を動かして……
くびれた所がございますね。そこは舌で分かりますか?
その部分をなめるのです。まんべんなく、じっくりと」
「あ……う、う…っ」
上気した顔でエレノアはぴちゃ、ぴちゃと淫具を舐めていく。
その表情といい、口から出してまた挿れていく時にのぞく桃色の舌といい
それはいやらしく、見るものの劣情を誘うものだったが、姫君の口内を形として
道具で蹂躙する侍女は、あくまでかすかな微笑を浮かべたまま、エレノアの
技巧を教師らしく褒めたり助言するのみで、その表情を変えはしなかった。
そのため姫君も自分がどれだけ淫蕩な姿を見せているのか、はっきりとは理解してはいなかった。

「う……っ」
「もう、このくらいでよろしいでしょう」
アウラはそう言ってエレノアの口から淫具を引き抜いた。
透明な糸が唇と淫具との間をつないでいく。
懐から絹の手巾を取り出すと、アウラは濡れて光る淫具をすっとぬぐって包んだ。
エレノアもまた自分の手巾で唇をぬぐう。
「ねぇアウラ。わたし、うまく出来ていた?」
「もちろんですわ、姫様。初めて挑戦されたとは思えないほどの出来。
なにをなさってもお上手ですね、さすがわたくしの姫様」

アウラに褒められてエレノアは頬を染め、嬉しそうに微笑んだ。
自分を褒めてくれるときのアウラの優しい微笑がエレノアはとても好きだった。
アウラは、尊敬はしているが遠い存在である両親よりも、他国に嫁に行ってしまった
姉妹たちよりもエレノアにとっては身近な存在だ。

「お疲れになったでしょう。お茶の用意をさせましょうね」
そういってアウラはわずかの間にエレノアが大好きな菓子も
用意した茶席を設けてくれたのであった。



夜の静寂の中、寝台で横になったままエレノアは今日の勉強会のことを思い出していた。
(わたしの旦那様になる方は口取りがお好きかしら?)

エレノアはいずれ自分が嫁ぐのは、誰にしろ顔も知らない男なのだということをよく分かっていた。
何が好きか、何が嫌いかも分からない。名前すら知るのは婚姻の少し前だろう。
上二人の姉もそうやって他国に嫁していった。父王の命令で。
それをエレノアは特に不幸だとは思ってはいない。王族としての努めだと割り切っていたからだ。

(夜の営みが上手くできれば、わたしの事を愛していただけなくとも
気に入ってはいただけるかもしれないものね。そうすれば――)

王族の女が嫁ぐ目的はただ一つ。
嫁した国で至尊の冠を受け継ぐべき子を生み落とすことだ。その国に、エレノアの
一族の血の楔を打ち込むことだ。エレノアはうつろに目を見開いて天井を見つめていた。

(きっと大丈夫……)

どこに嫁ぐにしろ、姉であり教育係であり友人でもある乳姉妹のアウラが
きっとついて来てくれるだろう。ならば、けして寂しくはなかった。

(だから、きっと大丈夫……)
エレノアはもう一度、そう胸の内で呟いて瞳を閉じた。

(おわり)

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最終更新:2011年12月24日 09:35