「――――――何、またリューティルが?」
「…も、申し訳ございません。皇后陛下」
旧・帝国領の首都にそびえる城の一室で頭を垂れた騎士が恐縮した面持ちで答えた。
「ふむ……困ったものだな」
皇后は「はぁ…」と短いため息をつき、こめかみに手を当てた。
「私がキルシェをお目付役に推挙したのが間違いでした。な、何とお詫びすればよいか…」
その騎士のトレードマークでもある紅い髪がビクビクと震える様は見るからに哀れだ。
「いやいや、キルシェが悪いワケではない。あのじゃじゃ馬がよこす便りには
よく仕えてくれていると毎回のように書かれている……我が娘ながら……人を見る眼は確かだ。
そなたが詫びる必要はない」
「は…で、ですが…」
「今回の件か?」
「は、はい」
皇后は事の詳細が記されている報告書に目を通した。

「ふむ……ヘスタプリン…いや、宰相はどう思う?」
側に控えていたダークエルフの女宰相に皇后は意見を求めた。
「ええ、特に問題はないかと思います」
あっけらかんと答える宰相。その言葉に女騎士はがばっと立ち上がって言った。
「な、何を申されますか!宰相殿、わ、私の…い、いえ我が子息が皇女殿下と、そ、その海に
行ったのですよ!他の従者はたったの2人!しかも宿泊した部屋は2部屋と言うではないですか!」
「ええ、だから特に問題はないと思うのですが?キエルヴァ殿、何か問題でもあるというのですか?」
きょとんとした宰相に女騎士はぶるぶると拳を震わせながら言った。
「さ、宰相殿……男女が一つの屋根の下で2日も宿泊を共にしたのですよ!?ま、間違いでもあったら!」
「なるほど。しかし貴女のおっしゃる『間違い』の真相は確かめようがないでしょう?
ご本人に聞くわけにもまいりませんし。もし、借りに貴女のいう『間違い』があったのなら、
一ヶ月くらいすれば皇女様のお腹が大きくなっているでしょうから、それからご子息を咎めればよいのではありませんか?」
「な、何を言っているのですか!そのような事態になれば咎めてどうにもならないではありませんか!?」
女騎士が顔を真っ赤にして反論したが、それを遮るように皇后が神妙な面持ちで静かに言った。
「……その場合は……キルシェに責任をとってもらうか……」
「そ、そんな……ざ、斬首ですか…い、一族郎党だ、断絶ですか…」
皇后の言葉に女騎士は実に悲壮な顔をした。
「いや…そんなつもりはない、責任というのは婚儀の……だが王がな…娘を愛して病まない王が何と言うか…」
皇后は太子を連れ、諸外国を訪問中の王の顔を思い浮かべた。
「ああ、確かにその問題がありました。皇女様がお生まれになった時、『結婚する男は私に剣で勝った者だけ』
とか言ってましたし…もし婚前交渉などの事実があったら…」
「ああ……史上希な……実にくだらん御前試合が開かれそうだな…」
げんなりとして皇后が言った。
「と、とにかく…こ、この事はここにいる陛下と宰相殿、そして私だけの話に…」
「そうですね。お兄様に知られたら、『御迷惑をおかけしました』と書き残して自害しそうですし…
もし、王に知れようものなら全騎士団を率いて、リューティル様が下宿されている屋敷を包囲しそうです」
「ああ、あり得る話だな……はぁ…誰に似たのやら…じゃじゃ馬め」
皇后は再度、深いため息をついた。

「で、実際のところどうなのです?」
自室に戻った宰相は一人で呟くように言った。
「はい……宰相様の読み通りです」
壁に掛けてある絵画から聞き慣れた声が聞こえた。
「そうですか…エッジさんには悪いことをしましたね」
「いえ、皇女様と親しいエッジは何も知りません。探りをいれたのは、その下の妹の方ですから」
それには宰相も驚いたようだ。
「そうなのですか」
「ええ。私の血を一番強く引いていると思います。もしかしたら私以上の間者になるかもしれません」
「それは楽しみですね……まぁ、キエルヴァさんのいう『間違い』は杞憂に終わるのですが……
心配事といえばキエルヴァさんの胃に穴が開くか、開かないかぐらいでしょう………
貴女の宿の方は盛況なようですね。よいことです」
「あははは…おかげさまで…息子や娘がよく手伝ってくれますし、旦那の料理も評判で」
「では今回の報酬はこれで……海の宿……いつか私も行ってみたいものです」
「大歓迎ですよ、宰相様……というか、宰相様はまだご結婚はされないのですか?」
「伴侶…となる人はいるのですが…まだ、しばらくは…」
宰相は微笑んで言った。
「はぁ…さいですか。では、私はこれで」
「ええ、御苦労様でした」
気配が去るとシーンと静まりかえった執務室。
ヘスタプリンは椅子にもたれかかると腕を組んだ。
「結婚かぁ……一族の姫というのは大変です」

END

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最終更新:2011年11月19日 16:15