「海だー!海だよ!うみィ!いい風~最高だよ♪」
絵に描いたような青空の下に広がる青い海に少女は歓声を上げた。
白い砂浜に見える人々は何百人といるだろうが、それでも十分な間隔が開いている。
それだけこの砂浜が長大なのだろう。少女は麦わら帽子を被り、水着の上に白いシャツを着て
砂浜を駆けていった。海に入る直前、帽子とシャツをセイヴィアに向かって投げた。
『持っていてね』と叫び、そのまま波に向かってに突進していった。
「リュティ様、お一人では…」
後から付いてきた少年は肩に掛けたクーラボックスを置き、はぁ~とため息をついた。
「……大丈夫かな…」
「セイヴィアもキルシェさんの心配性が伝染したか?」
「そんな事はないよ――――――」
顔を赤くしながらセイヴィアはリーフェイから目をそらした。
「どうしてリーフェイも水着を着ているの?」
セイヴィアの後ろに立つ、リーフェイの姿はビキニの上にシャツを羽織っている出で立ちだ。
問題なのは、そのリーフェイのスタイル。
エキゾチックな黒髪に歩くたびにゆっさゆっさと揺れる豊満な胸、そして見事にくびれた腰から
伸びるお尻のラインにすらりとした四肢。やや褐色に焼けた肌と水着の境目から覗く白い肌。
神話の世界から抜け出てきた女神はこのような容姿なのではないか?というぐらい輝いて見える。
「海だし、海だから、海だろう?護衛を兼ねて水着の方が自然かつ目立たない、それに機能的で動きやすいからだが?」
「おもいっきり目立ってるよ……黒髪の女性ってだけで十分目立つのに…」
それに『もっともらしく聞こえるけど、海で泳ぎたいだけでしょ?』というようにセイヴィアはジト目でリーフェイを見た。
「泳ぎたいって素直に言えば――――――」
「主様がお一人では危険だ、行ってくる」
セイヴィアの言葉を遮ってリーフェイはリューティルと同じようにシャツを放り出し、海にバシャバシャと入り、泳ぎだした。
何故かその顔が輝いて見えた事に少年はさらに深いため息をついた。
「いやっほぉう!!」
バシャンっと激しい波しぶきを上げて少女は海面から飛び跳ねた。
リューティルの水着は蒼色と白色を基調としたワンピースタイプで、控えめな胸部に可愛らしく
ディフォルメされたノコギリザメがプリントされており、お臍と背中が大きく開いたオーダーメイドなデザインの代物だ。
「ああ…気持ちいい…ほんと、来て良かったぁ…」
バシャバシャと海面を叩き、海水をすくっては天まで届けと言わんばかりに振りまく。
母譲りの赤い瞳をもつ眼が細められ、満天の笑みをもって波に身を任せる少女は真の底から海を満喫しているようだ。
「主様、追いつきましたよ。あまり遠くへは行かないでください」
黒い髪から水を滴らせながらリーフェイが側に寄ってきた。

「ん~あんまりに気持ちよくて…このまま寝ちゃいそうだよ~って…あ、あ、足がつった!!―――ごぼごぼごぼ」
そう言ってリューティルは海中に姿を消した。
「あ、主様っ!」
いきなりの事態に声を上げたリーフェイの後ろからその豊満な胸がむにゅっと鷲掴みにされた。
「なっ――――!?」
「前から思ってたけどリーフェイのおっぱい大きいねぇ♪どうしたらこんな大きくなるの!?」
にひひひとイタズラっぽく笑ってみせるのはもちろんリューティル。
どこかの危ないおじさんよろしく少女はその細い指を
リューフェイのおっぱいに食い込ませて、むにゅむにゅっと柔乳の感触と圧倒的な質量を楽しんだ。
「このおっぱいでセイヴィアをたぶらかしてるのかなぁ?あれ、乳首がコリコリしてきたよ♪」
「あ、主様!…そんなに揉まないで…くだ………んっ!?」
リーフェイは思わず鼻に掛かったような甘い声を漏らしてしまった。
「いやん、色っぽい声。ひょっとして感じちゃった?私って意外とテクニシャンなのかな~♪」
「あ、主様!」
リーフェイの声に胸から手を離し、ゴメンネとちょろっと舌を出す少女にリーフェイはふぅと息をつくと
「………お返しです!」
すかさずリューティルの胸部に手を押し当てた。
「ひゃあ!?」
むにゅとまではいかないが、ふにふにとした感触の慎ましながらも張りがあるリューティルのおっぱい。
(わたしもこれくらいの方がよかったのに…)と思いつつ、悪ノリしたリーフェイは言った。
「ダメですよ、許しません。お仕置きです」
「きゃはははっ!やだっくすぐったいよォ♪」
バシャン、バシャンと一際大きな波しぶきをたてて二人はじゃれあった。

「はああ…金槌な自分が恨めしい……」
荷物の番をさせられている少年が口にくわえたアイスをカプっと噛んだ。
「あ、当たりだ。もう一本もらえるかな」
パラソルを立て、水捌けのよい布の上に寝そべるセイヴィアは今し方食した
アイスの棒をペロペロとなめていた。
「ねぇ、ボク」
「はい?」
顔を上げてみるとそこには翼を持った女性がこちらを見ていた。
真っ白な純白の翼が光に反射して神々しい…有翼人の女性だ。
麦わら帽子をかぶり、スレンダーなスタイルに珍しい模様が描かれた水着を着ている。
東方大陸の模様だろうか。セイヴィアは返答に窮した。
有翼人の女性をこんな間近で見ることは初めてだったのだ。
「あ、ごめんなさい。お邪魔だった?今日はお父さんとお母さんと一緒に海に来たの?」
女性が前屈みになったせいで胸が強調されてみえる。
「い、いえ、いえいえ、友人達と来たんです…そ、それに僕はそんなに年下じゃ」
実際のところ、セイヴィアの年齢は14歳。だが祖先にエルフの血が混じっており、
なおかつ童顔で背丈が低いため、かなり低い年齢に見られてしまう。
それこそ、この広い海水浴場でキョロキョロしていたら『ボク、迷子?』と沿岸警備員に言われるくらいの年齢に。

「でも私よりは年下よね?」
「ええっと…たぶん…」
顔を赤くしながら、あわてふためくセイヴィアを見て、女性は微笑んで言った。
「私も友人と来たの。でも具合を悪くしちゃって、宿で休んでいるのよ。君は?」
「あ、僕は泳ぐのが苦手で……」
苦笑するセイヴィアに女性は『そっか……君も一人で荷物番なんて大変だね』と返した。
「そっか………はぁ…海に来たのに一人じゃつまらないし……悪いんだけど、
お姉さんにサンオイルを塗ってくれないかな?見ての通り翼と背中は塗れなくて、ね、お願い」
「で……で、でも…初対面の…女性の肌に触れるのは…」
「大丈夫、私はそんなの気にしないから、そうだ、君の名前は何て言うの?」
「あ、僕はセイヴィア=アンザックスっていいます。友人からは『セイヴィア』って」
「セイヴィア君ね。じゃ、サンオイルは翼専用とお肌用があって、初めは翼から使って」
有翼人の女性はテキパキと手に持っていたデーパックから容器を並べ、セイヴィアの横にうつ伏せになった。
そして背中で結んでいた水着の紐を解き、女性は言った。
「あ~苦しかった。じゃ、お願いね、セイヴィア君」
有翼人の女性は翼があるためワンピースタイプの水着を
基本的に着す事が難しい。その為、ビキニタイプの水着を着する事が多い。
翼の隙間から見え隠れする白い肌、むにゅと圧迫された胸、そしてスレンダーな腰から続くお尻の谷間。
セイヴィアの顔はもう真っ赤だ。
「え、えーと…」
セイヴィア震える手で翼用のサンオイルを手に塗りつけた。翼に手が触れた時、女性が「セイヴィア君」と声を上げた。
「は、はいい!?」
セイヴィアはビクッと身を震わせた。
「ごっめーん。私、まだ名前を言ってなかったよね」
「え、ええ…あ、そ、そういえば……」
「私の名前はテュアロッテ。テュアロッテ=ラバッツ。『ロッテ』って呼んで」


その夜

『宿屋ボナパルト』
「あ~海、最高!楽しかった~♪すっごく綺麗だったし、ね、リーフェイ♪」
夕食のテーブルを囲み、リンゴジュース片手にリューティルは上機嫌に言った。
「そうですね♪久しぶりの海はいいものです」
「天気もよくって、お昼に食べた貝の壺焼きもクラーケンの足焼きも美味しかったし。妾は大満足じゃってね」
ベーコンとナスの冷製パスタにタバスコをちょんちょんと掛けながらリューティルは言った。
「はぐはぐ…セイヴィアもカナヅチなんて言わないで海に入れば良かったのに」
「そうだ。泳ぎなら私が指南してやったのに…」
魚介スープをすくっていたスプーンでセイヴィアを指し、リーフェイは納得のいかない顔で言った。
「え、で、でも…ま、その…荷物番だし…僕は…ね…」
心なしかセイヴィアの顔が赤く明るい。海に来て荷物持ちをさせられたセイヴィアなら
気落ちした顔に『はぁ~僕も泳げたらなぁ』という台詞を吐くはずだ。
「ヤケにニヤニヤしちゃって何かあったの?綺麗な女の人に声をかけてもらったとか?一緒に遊んだとか?」
「そんな…リュティ様――――――」
「セイヴィア、そうなのか?」
リーフェイの眼が鋭くなる。
「そんなことないって」
あたふたとあわてるセイヴィアにリューティルは助け船を出してやった。
「まぁ、セイヴィアに限ってそんな甲斐性はないと思うけど。
あ、リーフェイ、そのお魚の炊き込み御飯、少し頂戴」
「どうぞ、主様。野菜と塩の味が効いていて美味しいですよ」
自前の箸で器用に小皿に御飯を取り分けるリーフェイ。
「ん~これも美味しい♪海と山の幸のコラボって感じだよね。本当、屋敷を抜け出してよかった♪」
「それはよかったですね、姫様。食事の後は夜店に行かれるおつもりですか?」
「もちろんだよ。たこ焼き食べたいし、夜食のデザートも。東洋のアクセサリーとかもみたいし、
可愛いは欲しいな。学校の友達のお土産も買うつもり」
「そうですか、こんな夜更けから…」
「大丈夫だよ。リーフェイもセイヴィアもいるし……て、あ、あれ?リーフェイ?セイヴィア?」
さっきまで明るかった二人が、下を向き、最後の晩餐みたいな暗い雰囲気になっている。
そして、その横にいつの間に席についていたのか、ぷるぷると震えている人物が一人。
「そうですね……『お』・『め』・『つ』・『け』・『や』・『く』・『の』!!『護衛』が『二人』もいるのですから…」
「あ…あー…あの……や、やぁ、キルシェ………」
「やっとみつけましたよ!リューティル様!!」

「まったく、どれほど心配したと思っているのですか!姫様!屋敷に帰ったと思ったら、こんな置き手紙を残して!」
バッと屋敷の私室にあった置き手紙を差し出し、キルシェは叫んだ。
もちろん場所は大衆ひしめく食堂でなく、今日、リューティルが泊まる部屋。
「キルシェだってティニーとアリアに聞いたとか言ってるけど、どうせ二人に減給するとか言って脅したんでしょ!?酷いよ!」
事の顛末をキルシェから聞いてリューティルは言った。あの二人がキルシェに問い詰められて、素直に答えるハズがない。
「そのような些細なこと………そんなことより、リューティル様の御身にもしもの事があれば、このキルシェ=マイステン、
両陛下に申し訳がたちません。父も母もその為に私をお目付役に推挙してくれたのです!」
「そんな事言って!また父様とか母様にいいつける気でしょ!?」
「当然です!」
「トールおじさんだってキエルヴァおばさんだってキルシェみたいに頑固じゃないし、とっても優しいのに
なんでキルシェはそんなに厳しくて頑固なの!?」
「父と母は関係ありません。私は私です」
「このわからず屋!」
「それはこちらの台詞です。姫様、どうして私に一言おっしゃってくれないのですか!?」
「だってキルシェに言ったら、海には来ることはできても、夜店とか屋台とか絶対に行かせてくれないじゃない。
私は前みたいな高級ホテルなんてイヤなの!一人で食べる高級料理なんて全然、美味しくない!」
普通の宿がいいの!安くても皆と一緒に食べる料理はすごく美味しいんだよ!」

「何をおっしゃるかと思えば…リューティル様は一国の姫なのですよ?宿泊施設も料理も一級品であってしかるべきなのです。
それに、この二人の力を疑っているワケではありませんが、万が一という事があってからでは遅いのです!」
キルシェは激しい剣幕で、一気にまくし立てた。その生真面目さは『紅髪の騎士』と謳われた母をも凌ぐ。
その激しい剣幕に圧されながらもリーフェイが言った。
「キルシェさんのお怒りはごもっともです。ですが主様を責めないで下さい。責められるべきは私達です」
「当たり前だ!リーフェイ、セイヴィア!大陸軍から特に優秀な武術家と魔法剣士を選抜したのは何の為だと思っている!?
姫様のお目付役を何と心得ているんだ!そのお前達が姫様を諭すどころか――――――」

「黙りなさい」

キルシェが怒気をあらわにし、口を開いた時、リューティルの口調が変わった。
その場にいた三人がリューティルが放つ威厳に一気に圧倒された。
背筋が凍り、呼吸がとまる。その射抜くような眼の力だけで魂を砕かれたように萎縮してしまう。
かつての大陸を支配した覇王の血を受け継ぐ、皇女だけが成せる術だった。
「いくらキルシェでも…いくらキルシェでも二人を責める事は絶対に許さない…」
しかしリューティルはそれ以上何も言わず、その気を消すように俯いた。
再び顔を上げたリューティルは赤い瞳にいっぱいの涙を浮かべ、言った。
「キルシェが心配してくれるのは……わかってた……ごめんなさい」
「ひ、姫様……」
さすがのキルシェもその様子に口をつぐんでしまった。
「………でも……来たかったんだもん……」
リューティルはポロポロと涙を流しながら続けた。
「私が悪かったのはわかってる……でも…夏休みくらい…いいじゃない……豪華なホテルとか食事なんかより
普通の宿の…皆と一緒にテーブルを囲んでお食事したり、海で遊んだり…したかったんだもん」
それはリューティルの心からの願いであった。幼い頃は首都で皇族としての教育を受け、
より環境の整った女子学校に通学することになった。
それに伴って学校からほど近い場所にあったマイステン家の屋敷に寄宿する事となったリューティル。
首都の堅苦しい生活から開放され、羽を伸ばしたい気持ちは、キルシェでも理解できた。
「………明日、屋敷に帰ります…だからティニーやアリアをリーフェイとセイヴィアを許して…」
キルシェの胸に顔を疼くめ、搾り出すような声でリューティルは言った。
そのまま、しばらく、気まずい沈黙が流れた。その沈黙を破るように声を発したのはキルシェだった。
「………わ、わかりました。私も少々、考えが足りなかったようです…よ、夜の店もいいでしょう。
姫様の御学友の事もありますし……宿のイツファさんも姫様の宿泊を歓迎されているご様子です……」
「キルシェ…」
「た、ただし条件があります。私も同行します、案内はイツファさんが申し出てくれている子息に」
「…あ…あるがとう…ありがとう、キルシェ」
リューティルは涙を拭って、再びキルシェの胸に顔を疼くめた。
そんな様子を見ていたルーフェイはセイヴィアに視線で合図して、言った。
「では私達は罰として、ここに残ります。主様はキルシェさんがいれば何も問題はないと思いますし」
「なッ!?」
「いいの、リーフェイ?セイヴィアも」
「はい、お二人で楽しんでいらしてください。僕達は宿で帰りを待ちます」
二人の護衛の粋な計らいであった。

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最終更新:2011年11月19日 16:09