視界を覆う薄いヴェール。これを外すことが出来るのは夫一人だけ。しかし、夫のことをアデーレはよく知らない。知っているのはシャルルという名前と伝え聞く人柄だけ。
船に乗って海を越え、生まれた土地から遥か遠い異国の地へと嫁いできたのだ。港へ着いて王城へ向かうまでの道中、窓の外を眺めていたアデーレは驚きの連続だった。道行く人々は何もかもが違った、肌の色や髪の色までも。
アデーレは自身の手を見つめた。公国の人々は皆白い肌をしていた。日に焼けてはいたが、それでも白い。アデーレの肌は褐色だ。
「疎ましく、思われるかしら」
アデーレは知らずぽつりと呟いた。
黙って傍らに控えていた侍女がそれを聞いて不愉快に片眉を上げる。
「姿形であなたを判断するような朴念仁は捨て置けばよろしいのです。閨へ足を運ばぬというなら寧ろ諸手をあげて喜びます。あなたを汚らわしい男の毒牙にかけずにすみますから」
「まだ何も言われていないのよ、マリーア」
歯に衣着せぬ物言いにアデーレは困ったように、けれど決して不快ではない様子でマリーアを見上げた。
「いいえ。男とは外見ばかりに気を取られる馬鹿な生き物です。顔の造形だの胸の大きさだのとくだらないことばかり気にして。特に身分の高い男ほど女をせいよ……言いすぎました。とにかく、あまり期待はなされないことです」
アデーレの視線に気づき、マリーアは咳払いをして話を終わらせる。
国を出る前からマリーアは何度もそう言っていた。アデーレの結婚は、国と国との結びつきを強めるための政略結婚だ。愛を期待してはいけないとマリーアは言う。
「でも、シャルル様がそうとは限らないでしょう」
「必要とあらば身内すら手にかける非情な人間。政治手腕に優れ、武芸に秀で、浮いた噂は一つもない。私が耳にしました公子殿下の噂は簡潔に言うとこうですが」
マリーアは意地悪だとアデーレは思う。
「人間味溢れるとは思えませんね。愛を語るあなたを鼻で笑う類の人間でしょう」
確かに感情のない人間だの冷血漢だのとあまり好ましくない噂ばかりが耳に入る。
「ねえ、マリーア。噂はあくまでも噂よ。シャルル様に直接お会いするまで本当のあの方は私にはわからないわ」
それでも、アデーレは努力しようと思っている。諦めるのは簡単なのだからやるだけやってから諦めたい。
そうして、アデーレはシャルル公子に捧げるべき愛情を胸に抱いて式の刻限を待つのであった。
*
遥か南方に位置するアデーレの国と比べ公国は豊かだ。更に大きく豊かな王国の属国であるとはいえ、国力は倍以上。そもそもアデーレの国が小さいのだ。つまり、立場からいってアデーレは公子に対して強い態度には出られない。
「姫様、どうぞ毅然となさって下さいませ」
憤懣やるかたないマリーアの様子を眺め、アデーレはそのことをようやく理解した。緊張のままに式に臨み、気がつけば一人で離宮にいた。
「小国の姫とアデーレ様を軽んじておられるのかもしれません。ですが」
「マリーア。私はかまわないから、そう怒らないで。シャルル様もお忙しいのでしょう」
式が終わり、宮殿で宴が催された。シャルルは花嫁には目もくれず賓客に一通り挨拶をしたと思えば、早々に立ち去ってしまった。取り残されたアデーレは義妹に促されて新しい住まいとなる宮殿の西に位置する離宮へと向かったのだ。
そして、用意された部屋で待機すること数時間。日も暮れてだいぶ経つがシャルルは現れない。
マリーアの言うようにアデーレを軽んじているのかもしれない。しかし、去り際に義妹が口にした言葉がアデーレの胸に残っている。
――口には出さないけれど、兄はあなたの到着をとても楽しみにしていたのだと思います。今日は朝からそわそわとしていましたから。
――どうか、眠らずに待っていて下さい。こんなに愛らしい花嫁と一言も話せなかったなんて、兄が拗ねてしまうかもしれませんから。
ふわふわと柔らかな雰囲気の義妹は笑顔でそう言った。兄への愛情に満ち溢れた素敵な笑顔だった。
だからアデーレは待つことに決めたのだ。義妹にあんな顔をさせるのだからシャルルは良い兄なのだろう。それならば、良き夫にもなれるかもしれない。
「マリーア。あなたは下がってもかまわないのよ。今日は疲れたでしょう? 明日からも私のために頑張ってもらわなければならないのだから、もう休みなさい」
やんわりと、けれど後半は紛れもない命令だ。マリーアは深々と溜め息をつき、何か言いたげに口を開いたが諦めたように首を振る。
「姫様も無理をせずにお休みなさいませ」
「ありがとう。もうしばらく待ってもいらっしゃらなければ休むわ」
頷き、マリーアは名残惜しそうに退室する。
一人になったマリーアは深く息をついて体の力を抜いた。
「確かに、少し疲れたわ」
マリーアが出ていった側とは反対にある扉をちらりと見る。扉の向こうには夫婦の寝室がある。本当なら今頃は二人で休んでいるところだろう。
アデーレは式の最中に見たシャルルの姿を思い出す。
淡い金の髪は短すぎず長すぎず、切れ長の目は深い紫。均整のとれた体つきをしており、背は高い。見た目は整っている方だろうが、アデーレはなぜか怜悧な印象を受けた。
そして、それが整った外見のすべてを殺してしまっている気がした。いや、むしろ整った顔立ちのせいで受ける冷たさが増している気もする。
「でも……」
声は素敵だったとアデーレは思う。よく通る低めの声は心地良く響いた。シャルルの声だけはアデーレに好印象抱かせた。
ゆったりとした長椅子に深くもたれていると強烈な眠気が襲ってくる。無理もない。昨日公国へ到着したばかりであり、昨晩は緊張のあまりよく眠れなかったのだから。
眠ってはいけないと思うが、体は貪欲に睡眠を求める。うつらうつらしながらもアデーレは必死に目を開けてシャルルを待った。
*
まるで宙に浮いているかのように体が不安定に揺れる。不思議に思ったアデーレが目を開けるのと体が柔らかな場所に沈むのはほとんど同時だった。
「すまない。起こしたな」
ぼんやりと虚ろな視界を定めようと苦心していると、靴を脱がされ、髪を解かれる。
薄明かりの中で金糸が揺れた。
それを目の端でとらえ、アデーレはそちらへ視線を向ける。視界に映ったのは眠らずに待っていたシャルル公子であった。
シャルルはアデーレを寝台に横たわらせ、自らも傍らに腰を下ろす。
「シャルル……さま?」
シャルルはアデーレの顔にかかる髪を避けてやる。
「疲れているなら眠っていていい」
「起きて……お待ちするつもり、でしたのに」
「いや、私が悪い。あなたが気にやむ必要はない。昨日も会いに行けず……すまなかった。気を悪くしてはいないか?」
夢から覚めきらないアデーレは頬に触れるひんやりとした手に自分から頬をすりよせる。
「少し淋しかったわ。でも、いいのです。今、側にいて下さるのだから」
シャルルは僅かに目を細め、アデーレをまじまじと見下ろす。
微かに寝台が軋む。そして、シャルルがアデーレに覆い被さるようにして額に口づけを落とした。
「今日はゆっくり休むといい。明日は早めにあなたとの時間を作ると約束する」
「はい、ありがとうございます」
とうに瞼が落ちているアデーレは夢への入り口を彷徨いているようだ。それでも、シャルルの言葉に返事を返す。
シャルルは頷いて、アデーレが寝付くまでずっと頬や髪を撫でていた。
*
ブリジットの部屋は白を基調に品良くまとめられており好感が持てた。一見質素に見えるが、よくよく見れば家具調度品のすべてが価値あるものだとわかる。
アデーレはブリジットの部屋で彼女とともに紅茶を飲んでいた。
式から一夜明け、公子妃としてこなさねばならない年中行事など様々なことをアデーレはブリジットから教わっている。
彼女が自分の教育係を自ら買って出たと聞き、アデーレは少し気が楽になった。ブリジットは年も近く、気さくで優しく話しやすい。今日一日でずいぶんと打ち解けることができた。
休憩だと言われて連れられた彼女の部屋はアデーレの好みに合い、ますますブリジットへの好感が高まる。
「昨夜は兄を待っていらして?」
他愛ない話を少しした後、ブリジットは興味津々な様子で切り出した。これを話したくてアデーレをお茶に誘ったらしい。
アデーレは何といったものかと難しい顔をする。待っていたは待っていたがいつの間にか眠ってしまっていた。
「お待ちしていたのだけれど、気がついたら朝だったわ」
「あら。待ちくたびれて眠ってしまったのかしら」
ブリジットにずばり言われてアデーレは不本意ながら頷いた。
「そう。兄様との初夜はどうだったか、私、とても興味があったのに」
思わず紅茶を吹き出しかけ、アデーレは我が耳を疑った。
「だって、兄様ったら男色家かと疑うほどに浮いた話の一つもないのよ」
まじまじと見つめるが、ブリジットはさして気にした様子もなく話を続ける。
「何度かそういう機会を作って差し上げたのに一度も手をつけないし。きちんと初夜を迎えられるか妹として心配でたまらなかったわ。ああ、大丈夫かしら」
高貴な女性がそんな下世話なと思い、アデーレはそわそわと落ち着かない。マリーアが聞いていたらこれでもかというほどに眉間に皺をよせたに違いない。
「し、シャルル様には恋人はいらっしゃらなかったの?」
けれど、夫の過去の女性関係に興味がないわけではない。マリーアに心の中で密かに謝罪し、アデーレはブリジットに問いかける。
「私が見る限り、そういう相手がいたことはなくてよ。兄様のことだから誰にも気づかれずにうまくやっていた可能性はあるけれど。あの歳になるまで愛人の一人もいなかったとは思えないもの」
歳と地位に見合うだけの経験はあるのだろうとはアデーレも思っていた。年頃になれば周りが世話をするものだ。
「でも、心配はいらないわ。あなたを妻に迎えたのだから、兄様にはあなただけ。妻は一人と昔から言っていたもの」
からかうような表情を見せられ、自分がどんな顔をしていたか気づいてアデーレは頬を染める。妬いたわけではないが複雑な気持ちになったのは確かだ。
「今日はまだお会いしていないの」
もじもじしながらアデーレは言う。
「昨晩お会いした気もするけれど、夢を見ていたような気もするわ。でも、誰かが寝台に運んで下さったのだから、あれはやはりシャルル様だったのかしら」
目が覚めた時には一人だった。いつ寝台に入ったかもわからず、記憶をたどれば朧気だがシャルルと会話した気もする。アデーレはあれが夢か現実かわからずにいた。
ブリジットはアデーレの様子をしばらく眺め、にやりと笑う。
「よかったわ。あなたなら兄様を幸せにできそう」
「え?」
「兄様、昔から小動物に弱いのよ。昔は怖い顔してリスなんかをじっと見つめていたりしたわ。あなたは小さいし、ふわふわしてるし、兄様が好きそう。それに、兄様を愛してくれるのでしょう?」
ブリジットの笑みは語るにつれて穏やかなものに変わりいく。
頷くに頷けず、アデーレは躊躇いがちに口を開いた。まだ愛しているといえるほど接してはいないのだ。
「愛情を互いに抱ければいいとは思うわ。そのための努力は惜しまないつもりよ」
「それで十分。よくって? 心ない者が何と言おうと兄様は情に篤い方よ。あなたが愛情深く接すれば兄様も同じかそれ以上に愛して下さる。それを覚えていて」
アデーレは深く頷いた。
シャルルはブリジットにとても愛されている。噂通りの冷血漢ならばブリジットがこんなことを言うはずはない。アデーレはそれを嬉しく思う。
「あなたはお兄様がとても好きなのね」
曖昧に言葉を濁しながら照れたように笑うブリジットを見て、アデーレはますます気を良くするのだった。
*
湯浴みを終え、マリーアを伴ってアデーレは自室へ戻った。寝室へ赴く前に身支度をすませるためだ。
「遅かったな」
扉の前に立っていた警護の武官が何か言いたげな顔をしていた理由をアデーレは悟った。
「女は風呂が長いものと知ってはいたが、あなたも例に違わぬようだ」
振り返ればマリーアが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
長椅子に掛け、アデーレの読みかけていた書物を膝上に広げ、シャルルがアデーレを待っていたからだ。
「夫とはいえ、姫様の私室に無断で居座るなど礼を失するのではありませんか」
シャルルが部屋にいることに驚き、こういう時の対応が何一つ思いつかないアデーレを守るように、マリーアが一歩足を踏み出した。
「君の大切な姫君と昨夜約束を交わしてね。今日は昨日の分まで二人きりの時間を作る、と」
「それとこれとは関係」
「あるんだよ。私は一刻も早く会いたかったのだ。それは理由にならないか?」
椅子から立ち上がらないシャルルを、マリーアは必然的に見下ろす形になる。静かに、けれど確実にマリーアの怒りが沸点に近づきつつあることにアデーレは気づく。
こほんと小さく咳を払い、アデーレはマリーアの手をそっと握る。
「マリーア。もう下がって。シャルル様は私を迎えにきて下さったのだから、大丈夫よ」
宥めるように握った手に力を込める。マリーアは昔から過保護であったが、他国に嫁いだアデーレを守ろうと肩に力が入りすぎているように見えた。一人でも大丈夫だと安心させてあげたい。
「ですが、姫様」
「私を気にかけて下さるならば、それは喜ばしいことだわ。ね、マリーア」
精一杯微笑めば、まだ不満げではあるがマリーアは頷いた。
「無理をなさる必要はないのですから。どうか、ご自身を大切に」
最後にちらりとシャルルを見やり、マリーアは部屋を後にした。
「あなたの侍女に嫌われているとは思わなかった」
閉じた扉に向かってシャルルがしみじみと呟く。
「マリーアは、私のことをとても大切にしてくれます」
「そのようだな。私はまるで獣にでもなった気分だ」
気を悪くしただろうかと表情をうかがうが、そこには何の感慨も浮かんではいなかった。
アデーレは躊躇いがちにシャルルへ近づき、長椅子の端に腰掛けた。
「本当に、迎えにきて下さったのですか」
問えば、シャルルは片眉を上げる。
「他に何をしにきたと? あなたに早く会いたかったと言っただろう」
疑われるのは心外だとシャルルの口調が伝える。
アデーレは感情の薄いシャルルの表情をまじまじと眺めた。昨日も思ったが顔の造形はかなり整っている。派手な華やかさはないが美形だと思う。
「まさか迎えにいらして下さるとは思いませんでしたから。ほっとしています」
ちゃんと人を愛せる人なのだと安堵した。
二人の間にあいた隙間をシャルルが狭める。
「ほっとした?」
「あなたはご自身がどのような評価を得ているかご存知かしら」
「……政略結婚の相手など捨て置くと思ったのか」
「そうでないといいと思っていましたわ」
シャルルの手が頬に触れる。ひんやりと冷たい感触にアデーレは思わず目を閉じた。
羽根が触れるように唇を何かが掠める。目を開いたアデーレはシャルルの顔の近さに驚き、さっきの感触は唇だと気づく。
手のひらは背に回され、腰までをなぞりながら下ろされる。腰に手を添えられ、左手をとられて引き寄せられる。
シャルルはアデーレの左手のひらに唇を当て、それから頬に当てた。
「血の通わぬ男だと言われているのは知っている。否定はしない。必要に差し迫られれば私はあなたすら手にかけるだろう」
真摯な眼差しで愛の言葉とは正反対の言葉を口にする。
「父はもう、あまり長くない。子を得るまでが長かったのだ。順当にいけば次の大公は私だ。
私が第一に考えねばならないのはあなたではない。私自身でもなければ、血を分けた肉親でもない。私は、民を第一に考えねばならない」
アデーレはますます安堵の気持ちを強くする。シャルルはアデーレと真摯に向き合うためにこんな話をするのだと思えば素直に嬉しい。
「冷たい男と厭わしく思われても仕方がないのはわかっている。政務にかまけてあなたを蔑ろにすることもあるかもしれない。だが、それでもあなたのことは大切にしたいと思っている」
アデーレの手のひらに頬を押し付け、シャルルは目を閉じた。
「だから、一つだけ我儘を言う。命令でないからきくきかないはあなたの自由だ」
深く呼吸し、シャルルは低く囁くように呟いた。
「できるなら、嫌わないでいてほしい。好きになってもらえると……嬉しい」
拗ねてしまうと言ったブリジットの言葉を思い出し、目の前のシャルルを眺め、合点がいったとアデーレは微笑む。
たぶん、きっと、公子殿下は寂しがり屋なのだ。
「私、あなたのこと好きになれそうですわ」
目を開き、シャルルはアデーレを見つめる。双眸に射抜かれ、アデーレは心を見透かされるような感覚を覚える。しかし、嘘はついていないのだと真正面から見返した。
「あなたを愛してもいいだろうか」
左手を掴んでいた手が背へ回され、シャルルが更に近づく。吐息のかかる距離に緊張しつつ、アデーレは肯定の意味を込めて小さく頷いた。
唇が重なる。
濡れた感触とともに舌が入り込み、柔らかく刺激を与えてくる。これが男女の口づけなのだと思いながら、アデーレはシャルルの舌に自らの舌もおずおずと絡めた。
唇が離れるとシャルルはアデーレを長椅子に押し倒し、覆い被さってきた。
「シャルル、様」
さすがにここでは困る。はしたないのではないだろうか。
意外に逞しい胸板を軽く手で押し、アデーレは項に唇を押し付けるシャルルに抵抗をみせた。
「ここでは、だめです」
シャルルの手は優しく、触れられた場所から溶けていきそうになる。もっと触れてほしいと願いはじめた自身を戒め、アデーレはシャルルを止める。
少しだけ体を起こしたシャルルが緩慢な仕草で髪をかきあげる。
「あの……」
身を起こし、シャルルはアデーレを抱きかかえて迷いない足取りで歩む。
廊下とは逆に進み、扉を開くとアデーレの為の寝台が現れる。夫婦のためのものより一回り小さいものだが、二人で横になるのに支障はない。
寝台にゆっくりと下ろされ、アデーレは思わず唾を飲み込んだ。
「寝室まで待てない私を許してほしい」
そうして、シャルルは再び唇を重ねる。先ほどよりも長く情熱的な口づけにアデーレは眩暈を感じた。
口づけを続けながらも、シャルルの動きには迷いがない。アデーレの衣装を簡単に取り払い、一糸纏わぬ姿にしてしまうと今度は自身の衣装に手をかける。
何度も繰り返された口づけが止み、ようやく唇が離された時には二人とも肌を晒しており、アデーレは少しだけ慌てた。こんなに簡単に肌を晒されてしまうとは思わず、戸惑いは隠せない。
「綺麗だ」
けれど、肌をシャルルの手がなぞり、うっとりとした調子で囁かれれば抵抗する気は失せてしまう。
アデーレはシャルルの表情をうかがう。相変わらず表情は薄いが、綺麗だと本心から思ってくれているのはわかる。
シャルルがたわわな乳房を包むように触れ、鎖骨の辺りに唇をよせた。
アデーレは安堵した。褐色の肌、薄い色の瞳と髪。公国の人間とは違う外見をシャルルは嫌わずにいてくれた。綺麗だと囁いてくれるのが嬉しくてたまらない。
「ん、あ……」
鎖骨から乳房を伝い、シャルルの舌が頂を舐る。そっと優しく、舌で転がされてアデーレは喘いだ。
ぞわぞわと背筋をかけるものがある。初めての感覚に僅かながら恐れはあるが、決して嫌ではない。
いつの間にか太股を撫でられていたことも、そのまま付け根へ手を滑らされたことも嫌ではなかった。
シャルルの行為はすべてが初めてのことばかりで、アデーレはただただ受け入れることしかできない。
しかし、シャルルが膝を割って体を滑り込ませたときはさすがに羞恥から足を閉じようと試みた。こんなに大きく足を開いたことは未だかつてない。
「アデーレ?」
初めてみせた抵抗らしい抵抗にシャルルが訝しげにアデーレの顔を覗き込む。
「恥ずかしい、です」
おそるおそる口を開くとシャルルが難しい顔をした。
その間もアデーレは足を閉じようとしていたのだが、シャルルは体をどけようとはしない。
「恥ずかしいことなどない」
「でも、足を……こんなに、開いたりして…………は、はしたない、ですわ」
身を屈めてシャルルはアデーレの耳朶を噛む。そして、耳に唇をよせるようにして囁いた。
「私の前では、いくらでもはしたなくなってかまわない。私は多少はしたないくらいのあなたが好きだ」
低い声は下腹部に直に響き、とろりと何かが溢れ出すのがアデーレにもわかった。
「それに、心配せずともはしたなくなどないから大丈夫だ」
手でも足でもない何かが溢れ出たものをこすりつけるように触れた。
アデーレは緊張に身を強ばらせる。国を出る前に聞いた殿方だけが持つ道具に違いない。あれを受け入れることで夫婦は真に夫婦足り得るのだ。
ぎゅっと目を閉じたアデーレの髪を梳き、シャルルは背に手を滑りこませる。
「初めては痛いと聞く。無理はせずに、我慢できないときはそう言ってくれ」
宥めるように数度撫でてから、シャルルは両手をアデーレの腰に添える。
アデーレが頷いたのを合図に、何かがアデーレの中へ侵入を開始する。それは思ったよりも大きく熱く、アデーレは息をするのも忘れてただ耐えた。
すべてが埋め込まれるまでに途方もない時間が経過した気がする。
上部へ逃れようとすれば肩を押さえ込まれて動くことを許されず、腰をくねらせて逃れようとすれば腰を掴まれ逃げられない。無意識の逃避をすべて阻まれ、アデーレはシャルルのすべてをその身に埋められた。
侵入が止まったところでようやく深く息をつく。
「つらいか?」
問われて改めて考える。泣き叫びたいほど痛くはない。確かに痛いし苦しいが我慢できないほどではない。
アデーレは首を振り、大丈夫だと答えた。
「あなたは優しいな。その優しさに甘えさせてもらおう」
髪を弄びながらアデーレの呼吸が整うのを待っていたシャルルがおもむろに腰を揺らした。
びくりとアデーレの体が跳ねる。
どうして動くのかわからず困惑する。けれど、シャルルがそうしたいなら受け入れようと決意して、アデーレは躊躇いがちにシャルルの腕に手を添えた。
何かを堪えるような顔をしてシャルルは腰を引いては打ち付ける。緩やかだが確かな動きはアデーレを奇妙な感覚に陥らせる。
痛いし苦しい。苦しいのだがそれだけではないのも事実だった。挿入前に感じた甘さに似た感覚が、シャルルが腰を打ち付ける度に僅かだがわきあがる。
次第にシャルルの動きに遠慮がなくなっていく。アデーレが大げさに痛がらないせいかもしれない。
はしたないと声を堪えていたアデーレも動きの変化に伴ってそうも言っていられなくなる。
奥深い場所で粘膜が擦れあう。
突き上げられる度にアデーレの口からは甘い喘ぎが漏れ、それに気をよくしたシャルルが更に激しく掻き回す。
何かが迫ってきているのをアデーレは感じていた。どことも知れぬ場所へぐいぐい押しやられる。最早後戻りもできず、押されるままに進むしかない。
「あっ……いや、っ……こわい、ああッ……シャルルさまぁ」
そこへたどり着いてしまうのが怖くてアデーレは必死にシャルルへしがみつく。しかし、シャルルは腰を動かすのをやめないし、気づけばアデーレの腰も無意識に蠢いている。
逃れられはしないのだと気づいた瞬間、アデーレの体は泡が弾けるように弾けた。
耳に響く甘く淫らな叫びが自分のものだとは到底信じられないまま、アデーレは体を弛緩させる。
そして、それからいくらも経たないうちにシャルルが低く呻いてアデーレの中へ精を放った。
*
シャルルの手が髪を弄ぶ。愛おしさすら感じる感触が嬉しくてアデーレは頬が緩むのを止められない。
「こちらを向いてはくれないか」
シャルルが体を離した途端にアデーレは敷布を手繰りよせて体に巻き付けた。しばらくそのままにして様子を見ていたシャルルだったが、いつまでも顔を見せないアデーレに業を煮やしてついに声をかけた。
「嫌ですわ。恥ずかしいもの」
どう考えても自分は淫らだった。そう思い、アデーレはシャルルに顔が見せられない。どんな顔をすればいいのかわからないのだ。
シャルルが淫らなアデーレを嫌わずにいてくれたのは触れてくる優しさでわかるが、だからといって恥ずかしさが消えるわけではない。
「あなたが可愛らしいから我慢できなかった。もっと労るべきだったな。反省している」
のろのろとアデーレは顔を出す。シャルルの声にあまりに元気がないから心配になった。
「あなたは悪くないわ」
顔の半分だけを出して、シャルルを見上げる。
「私に怒っているのだろう?」
「違います! 私、あの、淫ら……でしたでしょう」
気持ちよくなってしまったのだ。もっと欲しいと思ってしまった自分が恥ずかしい。
シャルルは不思議そうに目を瞬き、くすりと笑った。
「あなたが淫らなら私もそうだろう。淫らなあなたが素晴らしくてとても好きになったのだから」
とろけそうに甘い声で囁かれ、アデーレは耳まで赤く染めた。
「あ、あなたも素晴らしかったわ」
そうして、顔をすべて出して、もごもごと呟く。
「アデーレ」
シャルルが身をよせ、くるまった敷布ごとアデーレを抱きしめる。
「素晴らしかったなら、いいだろうか? 夜はまだ長い」
艶めかしく背を這う指にシャルルが何の許可を得たがっているかを察し、アデーレは俯きながらも頷いた。
シャルルの長い指が敷布をはがしとるのを眺め、アデーレはこれから訪れる恍惚の時を思い、期待に胸をときめかせるのであった。
おわり