勇者軍サイド


「皆さんにお知らせする重大な事があります。覇王軍の皇女が我が軍に講和を求めてきました」
「覇王軍が講和を申し出てきただって!?」
侵攻作戦を議論する席に置いて、軍師であるティファニーの言葉に皆が驚いた。
「確かなのかい?」
腕組みしたまま動じないタオが軍師に問う。
「はい。正式な使者が昨日、この東部勢力の代表であるラズライト公の元に
皇女からの書簡を持ち、訪問したそうです。
念のため私が調べましたが、魔術や呪術を掛けた形跡はなく開封しました。
簡潔に内容を言いますと、
一、大陸西部で蜂起した新興勢力に対する共同戦線の構築。
一、勇者軍に対する物資補給・情報提供は覇王軍が全面的に支援する。
一、新興勢力殲滅後、正式に勇者軍との和平条約を結び、戦争の終結を宣言する。
とありました。他にも細部にわたる事項がありますが、まさに破格の講和条約です」
ハイエルフは眼鏡を外し、皆を見回した。
「にわかには信じがたいな……」
とこれはグリエルド。
「グリエルドの言うとおりさ、ウソに決まってるじゃねぇか。どうせ俺達を誘き出させる作戦だろうよ」
獣人の戦士がふんと鼻を鳴らした。しかし、それにはタオが反論した。
「合点がいかないね……今まで優勢だった覇王軍が講和を申し出てきたのには
それなりの理由があるはずだろ?軍師さん、あんたが言ってた
『覇王軍内部の謀反』の情報、間違いないね」
「ええ…私達の情報収集能力が乏しく、詳細は掴めていませんが……そうとしか考えられません」


「ねぇ…アリス、それって戦わなくても、いいって事?」
翼を閉じ、暖を取っていたテュアロッテが顔を上げおずおずとアリスに問う。
「ちょっと違うわロッテ…覇王軍と力を合わせて、別の敵と戦うってことよ」
「そうなの……でも、その後は戦わないって言ってるよね?」
「うーん……そうだと良いけど…」
アリスは隣のアクスに視線を向けた。
「ティファニー、覇王軍への回答の期限はいつまでなの?」
「はい、七日以内です。必ず回答してくれと……これは皇女、直筆の文字と自身の血判が…」
さすがのティファニーもこれには眼を見開いた。
「いいじゃないか!信じようよ、覇王軍に協力すれば戦争だって早く終わるんだ!
何も悪い条件じゃない!厳しかった補給や情報だって得られるんだ、な、皆!」
リュイナッツが席から立ち上がり、声を上げた。
「わああっ!リューイ、ちょっと落ち着いて。何を焦ってるんだよ?」
突然、立ち上がったリュイナッツに隣席のヴェローニャがビクンと身を縮め、怨めしそうに呟いた。
「リューイ…いくらなんでもそれは……全面的に信じるって…貴方、本気なの?」
「そ、そうだよ、アクス。君だって『戦争は早く終わらないと…』って言ってたじゃないか!?
願ってもないチャンスだろ?」


「もう、リューイ……いくら恋人ができたからって、はやる気持ちはわかるけど」
「そうだな、お前も先日から大人の仲間入りだもんな?」
アリスや獣人から冷やかされ、リュイナッツはバツが悪そうに顔を背けたが、
キッと睨むと声を大にして言い放った。
「そんなんじゃない!覇王軍が、皇女が僕達相手に下手に出るというのがどれだけ覚悟が入ることか、
どれだけ切迫している状況なのか、それがわからないのか!それをわかろうともしないなんて何が勇者軍だ!
真実を知ろうともしないで、何が勇者っていうんだ!?」
「リューイ…わ、私はそんな…えっと…その…」
リュイナッツのあまりの剣幕にアリスが狼狽えた。
「おい、さっきから何をカリカリしてやがんだ?お前にそこまで言われる筋合いはねぇぞ!?」
血気盛んな獣人が立ち上がった。
「ボナ、喧嘩なんかやめ!今は会議中だよ!」
「ボナパルト、やめな。リューイ、お前も言いすぎだ!」
ヴェローニャとタオが仲裁に入った。
「どけよ、タオ!剣より俺の腕っ節の方が勝ること証明してやる!!」
「やってみろ!ボナパルト相手に剣なんて必要ない!」
「リュイナッツ!やめるんだ!」
「リューイッもやめてッ!」
グリエルド、アクスがリュイナッツを羽交い締めにした。
「静粛にして下さい!!」
ティファニーが立ち上がって皆を制した。
その言葉に掴み掛かろうとしていた二人が引き離され、しぶしぶ着席した。
そこで初めて勇者軍のリーダーであるエルヴィンが口を開いた。
「皆、動揺するのはわかる……俺としてもティファニーから事前にこの報告を受けたときは驚いた。
だが、俺もリューイと同じように覇王軍は信じたい。そこで、だ」
「私に案があります」
ティファニーがすかさず言った。
「ああ……最終的な判断は皆の意見を聞いてからだ」
「はい。私の案ですが……今、現在、東部勢力は勇者軍最大の協力者であるラズライト公によって統治、
運営され、治安が保たれています。ラズライト公も『もし覇王軍との講和と成った場合、かならず承認します』
とおっしゃっておられます。そこで、西部の新興勢力、おそらく覇王軍の反乱軍を殲滅してとしても皇女率いる
覇王軍が条約を破棄できぬよう、楔(クサビ)を打ち込む必要があります。」
「楔?」


「はい。皆さん、心して聞いて下さい……私は勇者軍の者が皇女と血縁関係を結ぶ事を条件として提示しようと思います」
一瞬、議会にいた誰もがティファニーの提案に言葉を失っただろう。
「そ、それって……ま、まさか……」
一番に反応したのはアリスだった。
「楔とはつまりは『夫』。皇女と結婚してもらいます。それに唯一適任なのはリュイナッツ、貴方です」
「え、ティファ――――――」
リュイナッツは顔を上げ何か言いかけたが、ティファニーは続けた。
「リュイナッツ、貴方の父は勇者でありながら、また末裔帝国皇族の分家であり、
覇王の他国への侵略・虐殺に対して諫言し処刑された一族の生き残りなのでしょう?」
「ちょ…ちょっと待って、ティファニー…な、何を言ってるの?
リューイのお父さんが勇者でありながら覇王の一族だっていうの?」
アリスが冗談でしょ?といった口調で言った。しかし、その表情は酷く困惑している。
「論より証拠…リュイナッツ、貴方の首に掛けているペンダントの中を開けて見せて下さい」
「…………さすが軍師と言うべきかな?」
多少、自嘲気味にリュイナッツは言った。
「私は貴方を仲間だと信じています。できればその事実を知りたくはありませんでしたが……
情報の出所は……貴方の想像通りだと思います」
「ああ……皆、黙っていてごめん。ティファニーの言うとおりだ。僕の父が勇者軍だったのは事実、
そして帝国の一族だったというのも事実だ。その証拠はコレさ」
首から吊り下げたペンダントを外し、蓋を開けた。
中に埋め込まれているのは覇王軍の旗印にもなっている紋章だった。
「それって…」
アリスの顔から血の気が引いた。
「は、覇王軍の旗に記されている紋章だよ!」
テュアロッテが悲鳴のように叫んだ。


エルヴィンはじっとそれを見つめ、黙っている。
「ま、まさかとは思うけどリュイナッツさんは帝国の人間なのですか?」
ティムがフードを上げ、リュイナッツの顔を見上げた。
「……どう言ったら信じてもらえるか……確かに僕は…僕の父は覇王の怒りを買って処刑された一族の生き残りだ。
前の大戦で勇者軍につき、覇王を討った。側近の中の一人だったからね、抜け道にも精通していたんだ……でも父は
覇王が倒れた途端、権力を欲し戦争を始めた者達に絶望した。今まで背中を預け、共に戦ってきた戦友に剣を向けて
戦うなんてできるわけない…といって自ら命を断ったよ。コレは僕が物心ついた時から持っていた……勇者と覇王の血を受け継ぐ
者としてね…よく聞かされたよ……『本当に守りたい者はお前自身が決めろ』って。今まで僕は一方的に攻めてくる覇王軍が許せなかった
でも、今は……この大陸に住む全ての者を守りたい。今がその好機なんだ、その為になら僕は何だってする。ティファニーが言った
案も喜んで受け入れる!」
リュイナッツの宣言に腰を上げ掛けた勇者軍は再び腰を下ろした。
「リューイ………でもそんな条件を覇王軍は呑むとは思えないわ、政略結婚そのものじゃないの…あのは…ティルのことは」
アリスが感情をあらわにして言った。これは女性としての心情そのものだろう
「………………」
リューイは両眼を瞑った。
「……非情なようですが……この条件を呑めば、覇王軍は確実に追い詰められている証拠にもなります。
それこそ皇女自身に関わる問題ですから。覇王軍としては皇女と覇王の血筋の存続が絶対的な条件でしょう。
それにリュイナッツの血縁を知れば、無下に断ったりはできないはずです」


そして2年後……

「………ん、あ…んうう」
窓から差しこむ朝の日差しから逃れるようにアリスはシーツを被った。
「んん…あ、朝……?」
ピクピクとエルフ特有の耳が動き、寝ぼけ眼を擦りながら身を起こした。
純白の白い肌に朝日が反射し、より一層輝いて見せた。身を起こした反動で
ふるんと揺れる乳房や身体には無数の口づけの後、隣に眠る愛おしい異性からの愛の印だ。
「……うふふ、いっぱいしちゃった……ほんと、エッチなんだから」
クスクス笑いながら、アリスは隣に眠るかつて勇者軍のリーダーに口づけした。
「ん……あ、アリス…あ、朝か…」
「もう……朝起きて開口一番は『おはよう、ハニー』でしょ?結婚した時、約束したじゃない」
「あ、ああ…すまない…お…おはよう…ハ、ハニー…」
「なぁに、ダーリン♪」
うふっと笑い、アリスは夫の肩に身体を預けた。
「いや……最近はあまりなかったんだが…勇者軍の頃の夢を見たんだ…」
「もう2年よ……ん…」
ちゅ…とエルヴィンの頬に唇を寄せ、アリスは静かに囁いた。
「……ああ、もう2年も立つんだな。俺達の軍が解散して、覇王軍と一緒に大陸軍になるなんて…
思ってもみなかったよ」
寝室の化粧机の上に飾ってあるモノクロの写真にはかつての戦友達が写っている。
「そうね…ティファニーはラズライト公の奥さんに、アクスは大陸軍に入ったし、
ロッテやタオ、ヴェローニャは故郷に帰ったし……あ、そう言えばアクスってグリエルドとの間に
子供ができたんだって、手紙にそう書いてあったわ」
「え、そうか…今度、手紙に添えてお祝いを送らないと…」
「そうね……リューイ、どうしているかなぁ……」
「ティファニーの提案だったとしても、反対する仲間もいたしなぁ…講和の条件…
でも…ああするしかなかったのかもね」
「うん………でも、私はリューイ、幸せだと思うわ」
「どうして?」
「やればできる!だって私達には勇者の血が流れているんだから!」
「おいおい…」
アリスはエルヴィンに抱きつき、幸せを噛みしめるように言った。
「ずっと…一緒よ。エルヴィン……愛してる」
「ああ、俺もだよアリス」

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最終更新:2010年04月24日 19:23