覇王軍が大陸の大部分を掌握し、勇者軍討伐へと着々と侵攻していた。
が、帝都を激震させる事態が起こった。
『大陸の窓口』とよばれた西部の軍港を有する一大都市の『謀反』である。
覇王の遺児、ティルフィードに反発する者達が決起したのだ。
勇者軍討伐へと大陸の東部に主力部隊を配備していた覇王軍は
瞬く間に大陸西部を乗っ取られる形となった。
それだけならまだしも、謀反の主導者達が覇王軍の優秀な武将達であった事が
さらに事態を重くした。
それに伴う東部での勇者軍の行動は素早く、また的確だった。
東部の小国ごとの解放にあたって対覇王軍の戦線構築させ、
さらに東部の重要都市を解放するまでに勢力を拡大させた。
帝都では苦渋の選択を迫られる事になった。


帝都:ヴァイアブリンデ
軍師の一人であるヘスタプリンは軍議の席に設けられた大陸図を指し、声を荒げた。
「東西から挟撃される形で戦を継続させるなど無謀です。私としてはどちらかと停戦……
いえ、講和条約を結び、東部か西部に戦力を集中させる意見を主張します」
いつになく、語気の強いダークエルフに武将達は表情を曇らせた。
半数の武将が謀反へと組みしたのだ。
皇女に忠誠を誓い、西部で応戦した武将はほとんど討ち取られ、
軍議に参集できる武将は反乱前の三分の一にまで激減した。
それもほとんどが、帝都警備にあたっていた経験の浅い若い武将ばかりである。
「し、しかしそれでは覇王軍の名誉にかかわります!」
若い武将が声を上げた。
「たとえ討ち死にしても、亡き覇王様の名誉を!」
「それは重々承知の上で意見しているのです!西部で皇女様に忠誠を誓い
散っていった方々のためにも!覇王様の血筋は存続させねばなりません!」
軍議の席が収拾がつかなくなりかけた時、上座に座し、一言も発しなかった皇女が声を発した。
「黙れ」
覇王の…いや、魔王として大陸を支配した威厳がなせる技か、たった一言で
軍議の席は水を打ったかのように静まりかえった。


「ヘスタトール、貴公の意見を聞こう」
ティルフィードは激しく意見を主張していたヘスタプリンではなく、意見を述べず
じっと事態を静観していたもう一人の軍師に意見を求めた。
「は……結論から述べますと、早急に勇者軍と講和するべきかと」
その意見に反論し掛けた武将達が声を上げかけたが、それは皇女が次の言葉で制した。
「次に許可なく発言した者は反逆罪で処刑する」
再び静まりかえる武将達を前に皇女は軍師に「続けろ」と言った。
「まず第一に西部の逆臣達が我が軍と講和など結ぶはずはありません。逆臣達は皇女様の御命を
狙い、軍を起こしたのです。それに絶対的に有利な立場にあり、この帝都を落とせば後は勇者軍相手に
長期戦を構えることができます。その結果、勇者軍は圧倒的な物量に対して局地的なゲリラ戦でしか
応戦できなくなり、次第に追い詰められ、壊滅させられてしまうでしょう。
それは先の戦で分かり切った事……ならば、今、東部の民衆の支持を受け、
勢いづく勇者軍と講和し、軍備を整え、西部の逆臣共を一掃する事が唯一の策かと……」
「………ふむ」
皇女は呟き、頬をついた。
「そ、それが、それが一軍の軍師たる者がいう事ですか!逆臣は軍師殿!貴方ではありませんか!」
ついに堪えきれなくなったのか若い女武将が紅潮した顔で、ヘスタトールに指を指した。
「キエルヴァ殿、許可のない発言は!」
これにはヘスタプリンが声を上げ掛けたが、皇女はヘスタプリンを手で制した。
「貴公は……貴公は私が好き好んでこんな策を提案していると思っているのか?」
ヘスタトールの声は怜悧に満ちた殺気を帯びていた。その眼は射抜くように鋭く、刃のように鋭かった。
「………軍師殿、手を……」
少しの沈黙の後、ヘスタプリンが駆け寄りヘスタトールの手を取った。
その手の平は爪が食い込み、血にまみれていた。それを見た武将達からどよめいた声が上がった。
しかし、それを見た女武将も怯まず、声を上げた。
「……軍師殿の覚悟、また断腸の思いに対して無礼な発言を…て、撤回します。で、ですが、
い、今一度、今一度だけ問いたい…もし、勇者軍が講和し、西部の逆臣達を討ち取った後は…後はどうなさるのですか?
もし…もし、講和の条件に皇女様の御身に関わることがあれば……」
紅い髪を揺らし、涙を浮かべた女の武将は言った。皇女に対して純粋な忠誠を誓う武将なのだろう。
その涙は、自身の不甲斐なさ、武功、経験の無さに対して嘆いているのだろうか。
「……その時は我が身を顧みぬ、たとえ相手が勇者の末裔であろうとも助力を申し出たのは
我が意志。それに背く事はできぬ、終わらさねばならんのだ……このような悲劇はな」
皇女の最期の決断に異論を挟む者は誰もいなかった。

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最終更新:2010年04月24日 19:19