メイファがシン国の王都に入ったのは、涼やかな風の吹き始める初秋の、ある
晴れた日だった。
途中の街で調整して、シン国の王都には婚儀の前日に到着するよう取り計らわれた。
婚儀では、吉祥色の真紅の花嫁衣裳で顔にも真紅の布で覆いをつけ、花婿が
それをはずして対面する。それまでは、お互いに顔を合わせないのがしきたりだ。
『身一つで来れば良い』という、シン国からの言葉を真に受けたわけではないが、
徒歩ではあまりに長旅になるので、侍女も従者も、馬に乗れるごく僅かな人数しか
同伴しなかった。六年もの歳月をシン国で過ごしたメイファには昔馴染みの侍女も
いないし、身の回りのものも大してなかった。
それでも花嫁として用意すべきものは揃えたはずなのだが、それはあくまでハリ国
の王族としての常識に多少の上乗せをした程度のもので、シン国から見れば吹けば
飛ぶほどのものかもしれない。
その差は、メイファも身に染みて知っている。今更、上辺だけ取り繕ったところで
どうにもなるものでもない。
事実上、身一つで嫁ぐほかないのだろう。
宮廷の賓客用の部屋に通され、花嫁のために用意された広すぎるほどの浴槽に身を
沈めながら、メイファはそう思った。


メイファにとっても、半年振りの王都であった。
ハリ国に居るあいだは、しきたりだの正式な段取りだの互いの国の正しい慣習だのを
考えることに忙殺されていた。
だから、うっかり失念していたのだ。あの人にとっては、権威も因習もしきたりに
従うことも、まるで意味を為さない事を。

夜半に、訪問者があった。
入るな、と静止する返事をしたにもかかわらず、その人はあっさりと扉を開けて
入ってきた。それだけのやり取りの中で、メイファは、その人が誰であるかとか、
そういえばそういうことをやりそうだとか、むしろ何の対策もしていなかった
自分が迂闊だったとか、そういう思考が一気に頭の中を駆け巡った。
平和でのんびりしていて礼儀正しいハリ国のぬるま湯で、半年とは言えど自分も
緩んでいたかもしれない。

「ちょっと待て! 花嫁の寝所に入ってくるなど、無礼ではないか?!」
悠々とした足取りで入ってきたレンから何とかして身を隠さねば、と慌てて全身に
すっぽりと布団を被って後ろを向く。
まだ完全に消灯こそしていないが、既に床に入っている時間なのだ。
夜着も、寝ているままの纏めてない髪も、見られるのは嫌だ。
「メイファ、久しぶり。……なんか可愛いおまんじゅうみたいになってるけど。」
「饅頭で結構!! 婚儀の前に、花嫁の顔を見てはならんことになっているっ!」
「それはお見合いとかで知らない同士が結婚するときに意味のあることで、僕と
メイファの場合はそんなの意味ないと思うけど。」
「大体花嫁の寝所に入ってくる時点でおかしい!! 何をやっているのだシン国の
護衛はっ!! 役立たずにも程がある!!」
長旅で疲れているハリ国の従者や侍女は、今はぐっすりと眠っているはずだ。
代わりにシン国の護衛が扉の外で待機しているはず…なのだが。


「快く通してくれたよ。」
「くっ…また、権力を悪用して…っ。
まさか、護衛は始めからおまえの懇意の『鼠さん』が仕込んであったのでは
あるまいな?」
あの時レンが口にした、不在時の情報を報告してくれる『鼠さんや猫さん』、
それはどこにでも居る衛兵や侍女のような者たちの中に、懇意にしている者
たちが居るという意味ではないのか。
「まあ、仕込んでなくともね、ちょっと美味しい餌をあげれば、割とすぐに
言うことを聞いてくれて」
「袖の下?! 賄賂?! ──汚職っ!! 腐敗の元だろうそれは!! 上に立つ者が
率先してやってどうする?!」
「メイファは、真面目だなあ。ちょっとくらいは、生活の潤滑油だよ。」
きし、と音がして寝台が小さく揺れる。
「ちょ…、乙女の寝台に、腰掛けるなっ! そっちに、椅子があるだろう?!」
微かに、レンの衣に焚き染められた香がふわりと馨る。半年振りに嗅ぐその
香りに、メイファはしばし陶然としてしまう。
同じ都の空気を吸っているというだけでも、もう歩いていける近さにまで
来たと思うだけでも、胸が甘く締め付けられてしまうというのに、何の
前触れもなく、部屋にまで入ってくるな。
──あのとき触れられた唇が、熱い。そこだけぽってりと熱を持っているようだ。

「冷たいなあ。明日には夫になる身だというのに。」
「それは明日であって今日ではない!! なぜ、一日が待てない?!」
「もう半年も待ったよ。やっと逢えたのに、もう半時だって待てない。
ちょっとでいいから、顔を見せて。」
レンは聡い。
人の表情だけで、心の奥まで見抜くこともある。
いま、きっと真っ赤に染まっている自分の顔を見られたら、まずい…気がする。

「メイファは、いつもつれないよね。手紙だって、ほとんどくれないし。
そっけない文ばかりだし。
これなんか、ほんの数行だよね。」
そういって、かさかさと何か紙包みらしきものを取り出す。
はて。手紙は、ハリ国から近況を尋ねるもの(というか、どういう状況
なのかと詰問する調子のもの)を一通送ったきりではなかったか。
「──学業は、首席をとりました。我ながら、よく頑張ったと思います。」
「ギャ────────ッッッッ!!!」
そういえば、もう一通、書いたものがあった。レンに逢えないまま王都を
離れるかもしれないと沈んでいたら、ルイチェンが手紙でも書けば、と
薦めてくれて。
反射的に、丸く引き被っていた布団を跳ね除けて手紙を奪おうと飛び出すが、
レンにはすいとかわされてしまう。
「──王都に居るあいだ、傍にいてくれて、ありがとう。」
「やめろ! やめろ! 読むなっ!!」
「──最後に、もういちど会いたかった。……これで、終わり。短いよね。」
「返せっ! それは、逢えないまま王都を離れてそれきりになる、と思ってた
から書いたもので……
わたしを、悶死させる気か!!」

そこに書き付けたのは、未自覚な恋心。
もう逢えないのが辛くて、何か最後に伝えたくて、でも書いたことを拒絶
されるのも怖くて、ほとんど書けないまま何度も書き直した。
レンと逢ったのは本当に王都を出る間際になってからだったから、託した
ルイチェンから取り返すのをすっかり忘れていた。


「ふふ…。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
でも、やっと顔を見せてくれた。」
してやられた、とメイファは思った。レンはいつだって、メイファより一枚上手だ。
手紙を取ろうと揉み合っていたから、ひどく近い。というより、ほとんど
抱きついているような。
「少し見ないうちに、綺麗になったね、メイファ。」
何だそれは。いきなり恥ずかしげもなく、そんな台詞を。
「ふん…。たった半年で、さほど容姿が変わるものか。
変わって見えるとしたら、侍女達の努力の賜物だよ。髪にも肌にも香油を塗ったり
揉み込んだり、やたらと梳(くしけず)ったり。婚儀のためとか言って、ひどく熱心に」

旅の間でさえ、夜になると侍女たちはメイファの髪や肌を熱心に手入れしてくれた。
きっとお相手の方もお喜びになりますよ、と鏡を見せられるたび、期待と不安の入り
混じったような、名状しがたい気持ちが胸を満たした。
「確かに…。なんか、触れたくなる髪だね。」
床に入っていたため少し乱れて垂らしたままの髪を、レンかひとすじ掬い取って指を
絡める。髪に感覚などあるはずもないのに、確かにその指のあたたかさを、感じた気がした。

──ああもう、駄目だ。
お父様、お母様、それから祖国の山々におわす神々よ──
ごめんなさい。メイファは悪い子です。

メイファは、ふとレンに顔を近づけると、自分の唇をレンの唇に重ねた。
ほんの短いあいだの、触れるだけの口づけだったが、メイファは唇の火照りを
鎮めるように、相手の唇を二度、三度と捉え直した。
ゆっくりと顔を離すと、メイファは僅かに目を伏せて言った。
「…こういうことが起こるから、婚儀まで新郎新婦は顔をあわせては、ならんのだ。」
レンは表情を変えずにじっとしている。
──本当に、分かりにくい。でも、予想さえつけられるなら、『訊いて』みれば
いいのだ。レンがいつもするように。
「なにを、呆けている。」
否定が返ってこないので、もう少しだけ上乗せしてみる。
「少しは嬉しそうな顔でも、したらどうだ。」
レンは少しだけ目を逸らして言った。
「嬉しい、とかそういうのを、顔に出すのは苦手で。」
確かに、メイファがすぐするように、顔が赤くなったり、瞳がふらふら動いたり、
表情が変わったりはしていない。でも、多分──照れている、と思う。

「ねえ、メイファ。僕と結婚、してくれる?」
「はあ? 何を今更。婚儀は、明日だろう?」
すでに二人の結婚は、シン国とハリ国の正式な契約だ。今更、するもしないもない。
けれどレンの眼が、意外に真剣さを帯びていることに気づく。
そういえば、『決めるのは自分ではない』ために、メイファ自身が、レンのその問いに
答えたことは無かったのだ。

メイファは少し考えてから、口を開いた。
「もしも願いが叶うなら──
おまえの目が何を見て、何を考えているのか、知りたかった。
そして、おまえのこれからを見てみたいと思っていた。遠くからでも。
しかし、あれだな。幸せになったおまえが見てみたいのに、その隣を別の女が占めて
いることを考えると──なんか、癪に障るのだ。
それからすると、わたし自身が、おまえの傍らに居るという選択肢は、悪くない。」



レンのことを、知りたいという心がもしも恋ならば、あの突き上げるような衝動は、
どんな犠牲をも厭わずに走り出してしまいそうなあの気持ちは、『恋に身を焦がしている』
といっても差し支えないのかもしれない。もしかすると、もうずっと前から。
そんな恥ずかしいこと、とても口には出せないけれど。

「多分わたしは、おまえのことが、好きなんだと思う。」
いまは、これが精一杯だ。

レンの瞳が、柔らかく笑んだ。
「メイファは、もう、蕾じゃないね? ずっと、待っていたよ。
今すぐ、僕の、『お嫁さん』に、なってくれる?」

──今すぐか。どうしても、今すぐか。明日じゃだめなのか。
一夜とはいえ結婚前に身体を重ねてしまうのはやはり禁忌だ。
メイファはそこまでの禁忌を、犯したことなどまだない。
それでも、いま、退いてはいけない…と、メイファは思った。
生きていれば、決して退いてはいけないときがある。
レンを知りたい自分が、ここで突きつけるのは多分、否であってはならない。
禁忌を犯すことには、暗く冷たい夜の湖に入ってゆくような、深い恐怖を感じるけれど。

「仕方ないな。どうせ明日にはおまえの妻になる身だ。
明日からの夫の我儘に、つきあってやるよ。──もちろん、皆には、内緒で。」
メイファも、笑みで返した。
突然、強い力で抱きしめられた。その腕は、ほんの始めのうちだけ、こまかく震えていた。
──本当に、分かりにくい。でも、注意深く見てさえいれば、全く分からないと
いうほどでも、なくなってきた──
「メイファ、君が好き、好き、すき。待っていた、待っていたんだ、ずっと──」
ぎこちなく動いたのは、ほんの始めのうちだけだった。
背中に廻された手は滑らかに動いて、その指が、掌が、メイファの身体の曲線を辿る。
辿られた跡が、残像のように熱を残してメイファの吐息を熱く染めた。

「はぁ…ぁ…っっ…」
メイファは、初めての感覚におびえて強くレンの身体を抱きしめ返した。
レンの身体は、細身に見えても触ってみると均整の取れた筋肉がついていて、
たしかに鍛練の跡を残していた。
──ああ、ずるいな、わたしもこんな身体が欲しかった。
レンはおよそメイファの望むものなら何でも持っていた。幅広い知識と群を抜く怜悧さ、
深い洞察力とおそらくかなりの武術の腕、そしてなにより、男の身体。
女の体は、メイファをいつも縛り付けた。
女なのだから、という因習、女だてらに、という嘲り、女なのに、という憐れみ。
鍛練を繰り返してもなかなか筋肉のつかない、軟弱な身体。
子供の頃から、何とかこの身体から自由になりたい、というのが密やかな願いだった。
けれどいま、恭しく唇にも肌にも口づけを落とされて、レンの手には、何か壊れやすい
宝物のように、大切に扱われて。
この人に恋い慕われて、こんな風に求められるなら、女の身体も、今まで女として
味わってきた苦痛も諦めも哀しみも、悪くはない。
触れられて、いま熱を持って浮かび上がるのは、紛れもなく女の身体で。
帯を解かれ、合わせ襟を開かれて、メイファの白い素肌が、宵闇の中に姿を現した。


レンの手が、胸のふくらみに伸びる。
「そこはっ…! 平べったいとか、言ってたくせに…!! …ひゃぁ…んっ!!」
「いや…意外と『ある』って言ったはずだけどな?
もしかして、小さいの、気にしてた? 充分愉しめる柔らかさだけど。」
レンの手が、ふにふにと感触を確かめるように動く。
「あっ…駄目、…やぁ…っ…」
触られるたびに、どうしようもなく身体がぴんと弓なりに反って、まるで感じやすい
部分をみずから差し出しているかのようだ。

「随分、敏感なんだね。
前に触ったときは、敏感なとこにいきなり触れられて、過剰に反応しちゃった?
ふふ、…いいね、ゾクゾクするよ。」
控えめなふくらみの周辺からじわり、と中心に向かって指が這い上がって来る。
じりじりと焦らすようにゆっくりと包囲を狭めて、最後は獲物に襲い掛かるように
硬くなった先端をつまみあげた。
「…あぁあぁあっ!! やっ、あぁ…っ」
甘く切ないような衝撃が全身を貫いて、メイファはいやいやをするように身を捩らせる。
「もう…やだぁっ…。あたまが、どうにかなりそうだ…!」
瞳の端に涙を滲ませて、責めを緩めてと懇願する。
メイファは侍女に身体を洗われるのには慣れていたから、他人に身体を触られるのは
普通のことだと、思っていた。
でもこれは…、こんな感覚はいままで一度も味わったことはない。
レンの指がほんの少し触れるだけで、自分の意思とは関係なく体中が反応してしまう。
どこから洩れてくるのか分からない甲高い声も、まるで自分のものではないようだ。
頭の中を掻き回すこの感覚は…強すぎてよく分からないが、『気持ちいい』なのだろうか。

「嬉しい…メイファ、どうにか、なって?」
対してそれを眺めるレンは本当にひどく嬉しそうで。
くにくにとつまんだままの先端を転がすように弄り、もうひとつのふくらみにも
舌を這わす。充分にその柔らかさと滑らかさを愉しんでから、先端に舌を絡ませて
吸い上げる。
「あぁ…んんっ、…や…っあ、あぁあぁあぁあぁ!!!! 」
懇願を却下されたメイファは、なすすべもなく泣きじゃくるような甘い声を上げ続けた。
いくら逃れようとしても、重なった体の重みに容易に組み伏せられてしまう。
レンの責めは緩むどころか、次第に強さを増して、容赦のないものになっていったが、
メイファのほうは絶え間無い快感の波にさらされて、もうどんなことをされているのか
すら分からない。
だんだんと、意識は幾重にも快感に塗りつぶされ、メイファはその果てに、白い光が
弾けるのを見た気がした。


「──イッた? いま、イッたね?」
レンの声がする。
「メイファみたいな生娘でも、イクんだね。身体が、びくびくって震えてたよ。」
メイファは先程までの耐え難い快感の中ではなく、心地良い弛緩の中にいた。手足も
舌も喉も、痺れて上手く動かない。
「行った、って、どこ、へ? いつ?」
レンの言うことはさっきからところどころ分からない。
「可愛い…。凄く好き…。」
レンは覆いかぶさるようにして唇を重ねた。そのまま噛みつくような、激しい口づけをする。
「んんっ…。」
柔らかく唾液を纏わせた舌が、メイファの口腔のなかを這い回り、歯茎を吸いたて、彼女の
舌を誘うように絡め取る。思考さえ奪うようなその動きに、メイファは逆らわず身を委ねた。
唇を重ねたまま、レンの手が熱く濡れる茂みへと伸びる。
「──ひぁっ…!」
唇を離したくは無かったが、初めてそこに触れられる衝撃はやはり耐え難くて、声を上げて
しまう。
「もう、随分濡れてる・・・。」
レンの指が密やかな花弁をかき分けるように開くと、熱い蜜が零れ落ちた。指に蜜を絡める
ようにして、慎重に蜜壷の入り口を探る。
「…痛っ…」
たとえ充分に濡らしていても、一度も使ったことの無いそこは、指を入れることにも抵抗
してチリチリと痛んだ。
「はじめてだから、痛いと思うけど、我慢してくれる?」
メイファは、潤んだままの眼で、ゆっくりと頷いた。
「…ん…。」
──なんだか痛いらしいが、それも花嫁の務めだ、と言い聞かせられて来た。
いや、花嫁になるのは、正しくは明日なのだが。

レンはそこを慣らすようにしばらく指を出し入れした。絡んだ蜜がくちゅくちゅと音を
立てるが、メイファは身体の中を抉られるような痛みに、歯を食いしばって耐える。
「もっとゆっくり慣らしたほうがいいのかもしれないけど、…ごめん、もうこれ以上、
待てそうに無い…」
レンは着ていた袍と下着を脱ぎ捨てると、横たわるメイファの膝を割り開いて、濡れた
その入り口に自らの分身をあてがった。
「…行くよ。」
ゆっくりと圧を掛けて、慎重に侵入してゆく。
「……っっ…!!」
メイファは必死で声を抑えた。そうしないと、みっともなく泣き叫んでしまいそう
だったから。
それは今まで経験したどの痛みとも違っていた。身体の中心を引き裂かれるような、
鮮烈な痛み。
──これが少女から大人の女へと、生まれ変わる痛みなのか。
この痛みを、わたしに刻むのがレンで、嬉しい。
耐え難い痛みさえ、なぜか無性に愛しくて。
不思議だ。
わたし達は、あんなに遠い国で生まれて、育ったのに。
いま、求め合って、こんなにも近く、繋がりあって。
ああ、この気持ちを、言葉にするなら、きっとこう言うのだろう。
「レン…。すき…。」
浅く息を吐きながら、上手く動かない喉と舌で、ただそれだけを紡いだ。



「…メイファ。」
レンは密やかに眉根を寄せて、溜息をつくように囁いた。
「こっちも割とぎりぎりだから…、あんまり可愛いことばかり、言わないで?」
彼女を苛む感覚は、引き裂かれるような鋭い痛みから、ずくずくと脈動する鈍い痛みに
変わっていた。多分、全部、入ったのだ。
「いた、い、の…?」
指先で、レンのしかめた眉に触れて言った。
「痛くは無い、男のほうはね。
むしろ、気持ちよすぎて、すぐに終わりそうなのが、辛い。」
レンは、メイファの伸ばした手を取って、その掌にちゅっと口づける。愛しげにそのまま
何度か口づけて、言った。
「でも、メイファの方は、長引いても痛いだけだよね?
もう、終わりにする。今回のところは。」

突然、激しく揺らされた。繋がった部分は離れるのを拒むようにぎちぎちと結びついて
いたが、僅かに摩擦されてもう一度激しい痛みと、それから微かに甘い感覚を生んだ。
「あ、あぁあぁあぁああぁっっ!!!」
メイファは、たまらず悲鳴を上げる。
身体の奥で暖かいものが弾ける感じがして、レンの身体が、ゆっくりとくずおれて来た。


  *   *   *

二人は、暫く繋がったままでいた。
それからメイファは、自分の体内から漏れ出した体液が薄桃色に染まっているのを、それを
レンが手拭布で拭ってくれるのを、ぼんやりと見ていた。
後始末が終わると、ふたたびレンはメイファを腕の中に収めて横たわったが、そのあたたかさ
が、肌の匂いが、眩暈がするほど心地良くて、メイファはむしろ自分から寄り添った。
「あ、あのね、レン」
メイファはおずおずと口を開いた。
「…わたしを、好きになってくれて、ありがとう。」
──考えても仕方の無いことは、考えない。
だからメイファは、レンのほうから手を伸ばして、望んでもらえなければ、密やかな想いは
自分ですら気づかないまま、心の奥底に押し込めたままだっただろう。
この胸の痛みが、何なのかも知らずに。
「どういたしまして。」
レンは、柔らかい声で応えた。

「…それから、なんかやる気も出してくれたみたいで、嬉しい。
レンが、認められたことも。」
「あれかな? 継承順位のこと?」
「うん。いきなり二十位も上がっててびっくりしたけど、レンほどの実力があって、剣の
腕もそれほど立つなら、おかしくはない。」
「…あれね、策略。狸二人に、してやられた。
あと、上がったのは十九位。なんか、重要らしいよ? 一位の違いも。」
「狸?」
「一人は、皇太子殿下。あの人も長兄でもないのに第一継承者を張ってるだけあって、相当な
腹黒。後ろ盾のごり押しだけじゃあ、一番で居続けられる訳ないよね。」
「こ…皇太子殿下を、狸呼ばわりっ?!」


レンにとっては兄のうちの一人なのかもしれないが、それでも畏れ多い。
「狸じゃむしろ可愛いほうだよ。問題児を一人、表舞台に引っ張り出すために、御前試合は
仕組むし、挑発しておいてわざと負けるし。
まあ、都合よく働かせたいだけだろうけど。」
「八百長っ?! でも、他の試合も、見事な勝ちっぷりだったとか」
「あれは相手が弱かった。」
そうだろうか? ルイチェンからの手紙によると、他の対戦相手もそうそうたる顔ぶれ
だったと思うが。あるいはそれも、自信のあらわれか。
「でもわたしも、レンにはそのくらい高い継承順がふさわしいと思うよ? 他の能力も、
高いわけだし。」

「メイファがそう言うんなら、いいか。どうせ与えられる役職は夫婦であたれば良いから、
メイファに表に出てもらえばいいし。」
「ちょ…ちょっと待て!! わたしに、押し付ける気かっっ?!」
「押し付けるわけじゃないよ。陰ながら全力で助けてあげます。」
「それを押し付けるというのだろう?! 第一、認められたのはレンで」
「それがさ、メイファも意外と気に入られてて。文武両道とか、才色兼備とか。
あのジジイに」
「じじい?」
「もう一人の狸。皇帝陛下。」
「こっ…皇帝陛下を狸とかじじいとか?! 不敬っ! 斬首モノだぞっ!!」
勿論斬首とかは一般人の場合で、息子であるレンの場合はどうだか知らないが。
そういえば、幽州での仕事の際には、『拉致されるように連れて行かれた』と言って
いなかったか。
まがりなりにも皇族の一員であるレンに、それほどの強制力を持つ人物は、さほど多くは
ない。
「まあそれはそれとして。ともかくその皇帝陛下がメイファのことをやたらと褒めてて。
だから面倒なことになったんだけどさ」
「はあ…?」
全くどういうことだか分からない。
「そもそも、メイファには向くと思うよ? シン国の宮廷も。頭はいいし、真面目だし、
頑張り屋さんだし。
それに、ハリ国出身のメイファが認められれば、当然ハリ国も認められることになる。」
「…うぅ…」
やばい。術中に嵌りそうだ。レンは話術も上手い。
「本当、いいお嫁さん貰ったよね? 可愛いし、優しいし、賢いし、あっちの方も凄くいいし」
「下品なことを言うなっ!! それに、婚儀はまだ明日だっ!!
…その話はまた後だ。とにかく、おまえは慣習やらしきたりは総無視だが、式のあいだくらいは
大人しくしていろよ?」
「はあい。新妻の言うことなら聞いとかなきゃね。ご機嫌を損ねたら困るし。」
そういってレンはちゅっとメイファの額に口づけを落とす。
それだけで、甘い感情が胸を満たして、それ以上怒れなくなってしまう。
ともかく、いまは駄目だ。何もかも、上手く丸め込まれてしまいそうだ。


「明日のために、わたしはもう寝る。」
「うん。」
レンは、先程からメイファを腕の中に抱いたまま動かない。
「…まさか、ここで寝る気か?」
「なんかさ、いま離れるとか無理無理。こうしているだけでも気持ちよすぎてもう
体が動かないというか。」
「ちょっと待てっ!! いくらなんでも婚儀の朝に花嫁と花婿が同じ寝所から出てきたら
まずいだろう?!」
「心配しなくても、明け方には自分の部屋に戻るよ。だからもう少し、ここに居させて。」
「明け方か…。本当に、帰るんだぞ?」
「うん、本当本当。」
聞いているんだかいないんだか、互いの体に負担が掛からないように、いそいそと枕の
位置を直したり、布団を掛け直したりしている。どちらにしろ、帰る気のない男一人を
引っ張って行けるほどの腕力がメイファにあるわけでもない。
それにまあ、触れているだけで離れがたいほど気持ちいいのはメイファも同じだ。
「仕方ないな…。」
メイファは力を抜いてレンの腕に身を委ねた。ふたつの身体は、元はひとつだったのかと
思うほどぴったりと収まりが良い。

これからに、不安はある。分からないことも、恐いことも山ほどある。
でも、この腕が傍にあるのなら、この人さえ味方についてくれるなら、どんな辛苦も、
試練も、世界中を敵に廻すことだって怖くない。
明日ではなく、今日が、二人で歩む日の始まりになるのだろう。
メイファは、傍らに横たわる人の胸に頬を寄せた。




        ────終────

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最終更新:2010年04月24日 19:14