『覇王の娘と勇者の末裔』

帝国の覇王として大陸を支配していた王が勇者達によって討たれた。
覇王が恐怖と権威で大陸全土を支配していた時代が終わりを告げた瞬間だった。
その勇者の軍勢は人間、ドワーフ、エルフ、有翼人、獣人という諸国の種族で混成された
いわば、人々の象徴的な存在だった。
しかし、その勇者達を迎えたのは勝利の賛歌と祝福と感謝の言葉ではなかった。
帝国が滅ぶやいなや、傘下にあった諸国は分裂し、大陸の覇権をと血で血を洗う
群雄割拠の時代へと突入したのだ。
治安は崩壊し、無法者と化した帝国の残党や職にあぶれた兵隊崩れが群がり、
略奪や暴行が横行し、物流は完全に停止。
加えて近年の不作によって飢餓や疫病が蔓延した。
勇者達が取り戻したのは平和ではなく、騎馬のいななきと終わり無き戦いだけだった。
そして勇者達に向けられたのは憎悪と怒り、罵りという名の呪詛。
絶望した勇者達は軍を解散し、故郷へと帰った。が、そこでも彼らに突きつけられたのは
悲惨な現実だった。覇権を争う群雄割拠の戦に勇者達はかつての戦友に剣を向け、戦わなければならなかった
祖国の為に、一族の為に、恋人の為に、誇りの為に、そして――――――正義の為に。
そんな折りに、かつての栄華と支配を取り戻すべく、決起した一つの勢力があった。
覇王の忘れ形見である一人娘を君主とした新興勢力だった。その勢いは止まるところを知らず、
瞬く間に大陸の大部分を掌握した。
これはその軍勢が大陸を完全に掌握する少し前の物語である。

「何?新たな勢力だと?」
軍議の席で、君主である少女が眉を上げた。
その鋭い視線に数多の武勇を誇る猛将達も肝を冷やした。
「申し訳ありません姫様――――――」
軍師であるダークエルフが事の詳細を述べた。
「その者共は各地の民衆より物心共に援助を受けており、もはや一つの勢力
と言っても過言ではありません。少数ながら我が軍の部隊も手に余る状態です」
そして一人のダークエルフが続ける。こちらは若い女性だ。
「またその行動は的確であり、用兵の術も統べているようで、かなり手強いようです。
既にその者達によって悪しき支配者から解放された小国や街がいくつもあり、、
さらに人心を集めているようです。」


「解せぬ」
少女の言葉はそれだけだった。
「は?」
意図を掴みかねたのか軍師が少女の顔を見た。
「強いだけでは民衆の心は得られまい。何か理由があるはずだ」
その言葉に二人の軍師は顔を見合わせた。何か言いたげな視線を互いに送っている。
「何だ、言ってみろ」
「姫様…これは…不確かな情報なのですが……
御無礼を承知で申し上げますと
その軍勢は先の大戦において先王様を討った憎き勇者共の末裔――――――」
少女の眼が見開いた。

「……そ、それで潜入ですか?それも皇女様自ら?」
「ああ、敵状の視察をな、場合によっては討つ。
頭数は減らせるときに減らしておかねばな」
その軍勢が解放し、駐屯しているという街へと入った皇女は
スパイであるワーキャットの娘に呟いた。この娘はシノビの心得があり、
すでに勇者軍の者との関係を持っているとのことだ。
「頭の固い軍師殿がよく許してくれましたね…」
直属のシノビであるため、言葉遣いも気軽なものだ。
「気にするな。私の独断だ」
「あ、あの~………ばれたら私の首が飛ぶんですが……」
「ばれないように努めるのがシノビの仕事であろう?数日の間だ、頼むぞ」
悲しいかなワーキャットの言葉を君主はばっさりと切り捨てた。


その娘は早速、勇者軍が仮住まいしているという屋敷へと向かった。
既にかなり信頼されているようで何の疑いもなくその娘を迎え入れる面々。
皇女もその友人として屋敷へと難なく入る事ができた。
さすがにこの勢力の中心人物と軍師は別室で軍議中との事だ。
勇者軍…その編成は人間、ドワーフ、エルフ、有翼人、獣人等々…
皇女は眼を見張った。
(……たったの20人だと…それも子供と変わらぬような輩まで…)
「驚いた?」
「え――――――?」
声を掛けてきたのは一人の若い人間だった。
精悍な顔つきをしており、腰に剣を携えている。
「皆、最初は驚くんだよ『こんな連中に何ができるんだ』って。でも僕達は気にしない
誰だって思うもの……でも僕達は勇者の末裔だ。こんな戦乱の世は早く終わらせないと
その為に頑張っているんだ……だから君の協力も得られた?ちがう?」
邪気のない笑みに皇女は一瞬、顔を赤らめた。
「あはは、な~に、リューイったら…そのコが気に入っちゃったの?」
「バ…バカ、何言ってんだよ!アリス、そんなんじゃないって」
エルフの女神官にからかわれ、顔を赤くして抗議の声を上げた。
この剣士の名はリュイナッツ。この面子の中でも剣の腕は一番の実力らしい。
年齢は18……


「皇女様、皇女様、聞いてますか?私の話」
「あ……すまぬ、考え事をしていた。最初から頼む、それに皇女はやめろ
あらぬ誤解を招く。昔の呼び方で構わん」
「あ、そうですか…では失礼して、ティル様――――――」
街の中にあるワーキャットの拠点である酒場で皇女、ティルフィード
は話を続けさせた。
ワーキャットの情報によって敵状はかなり把握できた。
次の侵攻先、物資の補給ルート、協力関係にある国、人物。
「……しかし、何なんだこの恋仲関係というのは…」
手元のメモを見て、ティルフィードはげんなりした。
「いやですね…もう、セックス後の寝物語で情報を聞き出すんですよ。
私なんてプロポーズもされちゃって…あーあって感じですよ」
「……ご苦労」
一応、眼を通してみる……20人中、エルヴィン×アリス、グリエルド×アクス……
無意識にリュイナッツという名前を探してしまう。しかし、その名は無かった。
(……なんだ、安堵しているのか?私は…バカな…あり得ん)
しかし、その間も心のどこかにリュイナッツの顔が忘れられない自分がいた。
「で、あいつの情報によると―――――って、あの…私、何かまずい事いいました?」
皇女の形相を見て、ワーキャットは声を潜めた。
「構わん、続けろ」
(何なんだ…一体!)
皇女はイライラする気分を払拭するように舌打ちした。

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最終更新:2010年01月28日 19:50