内容は相変わらずのエロなしです。
ただ、今回は陵辱未遂の未遂ぐらいの行為・若干の流血描写があります。苦手な方はご注意ください。


夜も更け、城内は必要最低限の明かりだけが灯されている。
見回りの兵士が時折靴音を鳴らすくらいで、辺りは静寂を守っていた。
「卑怯者っ! 何をなさるつもりですか!?」
つい最近内乱の舞台となったこの城は、半年近く経った今でも所々にその傷跡が見受けられる。
南東に在った王族の居住区域は特に破壊と汚れが酷く、修復は進んだものの新しい花嫁には縁起が悪いと、
リリアはやや北東に外れた、被害が皆無のある一室を与えられていた。
「叫んでどうする? 声は外に漏れないし、見回りもしばらく来ない。
 誰も助けに来てはくれないだろうなぁ」
「ならばこの手を取りなさい! このような扱いを受ける筋合いはありませんわ!」
嫌な予感はしていたし、充分に気をつけていたはずだった。
だが、今リリアは見知らぬ男に両手首を頭上のシーツに片手で縫いとめられ、無様にベッドに転がされていた。
「ふーん……。これが噂の聖女様ですか。やっぱ、嫁き遅れの末っ子姫はじゃじゃ馬、男女の睦言にも疎いようで」
「……あなたの行為はわたくしだけでなく、ナザルとエデラール両国に対する侮辱になるわ。
 そんな覚悟が果たしてあるのかしら」
「――その威勢の良さはどこまで続くのか、ねぇ?」
ここ数日間、彼女が城内を観察した限り、今リリアを組み敷くこの男は近衛に属する兵士ではない。
下位の制服を着ているが、言葉遣いや雰囲気からして、それは身分を隠すフェイクにも思える。

一時期に比べて随分減ったものの、それでもリリアの住んでいた祖国エデラールより、兵士の数はかなり多い。
修復は進んでいるが、まだ城内侵入が平時より容易いこと、捕らえた王弟側の貴族や兵士を
未だに城内地下に抑留したままなのがその主な理由である。
そのせいか、兵士の不祥事が後を絶たない。
リリアも近衛から女性兵士を何人か借り受けていたが、この時間はちょうど彼女たちのいない空白の時間だった。
いくら末っ子で未だに処女だとして、結婚した男女の仲に何があるか、
しかもしばしば欲望の解消のために行われるその行為について知っている。
けれど「知る」のと実際「する」のにこれほどの差があったとは。
組み敷かれ、自由を奪われ、圧倒的上位から見下ろされる。
支配されてしまうことに対する恐怖に震えそうになる体を、リリアは拳を握り、唇を噛み締めて抑えていた。


「――ほぅ。口では威勢がよくても、体はなかなか正直らしい」
するり、と顎の形をなぞるように撫でられる。
「……震えていますねぇ、未来の王妃様。
 さすが純粋培養、やっぱり処女は大切に大切に守っていらっしゃったようだ」
「…………この手を離しなさい」
「あなたが他の男に体を許したと知ったら、あの冷血王子はどうするか。
 ああ、こんな噂はご存知かな」
兵士は身動きの取れないリリアをニヤニヤと見つめると、空いている手をゆっくりと胸元へ手を滑らせていった。
「我らが未来の陛下は大層色好みで――」
喉元を通り過ぎても、僅かに体をびくつかせただけでじっと動かないリリア。
無言の抵抗をする彼女に兵士は小さく舌打ちすると、勢い良くドレスを引き下ろした。
「――――っう!」
悲鳴を飲み込んだような呻き声が聞こえ、ふるんと乳房が露わになった。
「城内でも年増の、脂ののった女どもを数人囲っているそうですよ。そして」
小振りだがよく発達したそれは誘うように小刻みに揺れて、男は引き寄せられるように片方をゆっくりと包み込んだ。
しばらく感触を楽しむように揉みしだく。そして、そのまま。
「ぃやああぁっ」
――ギリギリと締め上げた。
「毎晩毎晩、王子の部屋からは女の悲鳴が聞こえるそうです」
こんな具合のね、と男は耳元で囁くと、そのままべろりと舐めあげた。
「ひと月もすると、女はぼろぼろになって実家に戻される。
 精神が壊れた者もいた、とか」
耳元に吹きかかる吐息にリリアが思わず身を捩らせると、男はにやりと笑った。

「リリア様のような方が初夜からそのような扱いを受けたらと思うと、この城に仕えるいち臣下として心配なのです」
露わになった肌に興奮を抑えきれなくなったのか、男の手つきが性急になる。
しかし、リリアの身につける複雑極まりない下着の前ではそれが仇となった。
「くっそ……だから貴族の女は」
リリアの手首を掴む己の手をちらりと見遣る。
最初は手や足をばたつかせていたリリアも、びくともしない体にいつからか抵抗を止めていた。
虚ろな眼差しに安心したのか、男は僅かに逡巡すると彼女の手首から手をはずす。
身を起こす男。その瞬間、男の体が、がぐっとのけぞった。

「――――え?」
最初に感じたのは、ぱたぱたと胸から腹部にかけてかかる冷たさであった。
男の陰からゆらりと隻眼の少年が現れ、リリアはひゅぅっと息を飲み込む。


「――ミゲル、意識は」
更に、フェルディナントが部屋の手前にある衣装棚の陰から現れ、リリアは体を隠すのも忘れて呆然としてしまう。
「もうそろそろ限界かと」
「あと少し保たせろ」
「はい」
ぱたぱたと、再び感じる液体。
その出所は、男の胸元から突き出る――
「―――――いっ!」
悲鳴になりきらない声が漏れた。
兵士の胸元から剣先が飛び出し、鮮やかな赤が滴っている。
先ほどから感じていた冷たさの正体は、それが時折リリアにかかっていたせいであった。
「かはっ!」
剣が更に差し込まれ、兵士は小さく呻いた。唇の端からこぼれる鮮血をものともせず、フェルディナントは両頬を片手で掴みあげる。
「お前の噂はかねがね私の耳にも入っていたが、まさかこの部屋にも入るとはな。
 本来殺すつもりはなかったが、ひとのものに手を出すなら話は別だ。
 苦しまずに死ねるのを大いに感謝するがいい」
銀の仮面にはなんの感情も浮かばない。ただ、その言葉だけが兵士の最期に染みていく。
「――処分は任せる。あぁ、ただこの部屋での流血は最小限に」
「わかりました」
ミゲルと呼ばれたその少年は、兵士の傷口に厚手の黒い布を押し当てると剣を引き抜きすかさず鞘に納めた。
全体にべっとりと付いた大量の血を見せまいとの配慮だろうが、そんなものは今のリリアにとっては今更であった。
露出した上半身よりも、皮膚の上で固まっていく血液が、それよりも硬直して重さを増す肢体が。
ミゲルが華奢な体に見合わない大柄の兵士を軽々と担ぎ上げたあとも、リリアは咄嗟に動くことができなかった。
フェルディナントが水で濡らした清潔な布を片手にリリアを引き起こそうと体を支える。
咄嗟にその手を振り払ったリリアをものともせず、フェルディナントは固まりかけた血液を綺麗に拭うと、更に夜着も取り出した。
「……っ、自分で、着れます」
「……布切れひとつ満足に扱えないのに、か?」
ぐっ、と言葉につまる。
フェルディナントが後ろを向いている間に更に体を拭こうと布に手を伸ばしたのだが、
震える指先は満足にそれを握り締めることすら出来なかったのだ。
「あの男がこの部屋に侵入したことも、このような暴挙に及んだことも今回は内密に処理する」
だから、黙ってこの服に袖を通せと。何事もなかったように振る舞え、と。
その考えはわかる。リリアなりにではあるが、今回のことが騒動になるのは非常にまずいということはわかるのだ。
未来の王妃が襲われた。直接的には賊に入られるほど城の警備が甘い、ということであり。
それはそのまま、フェルディナントの足下、そして国家そのものが未だに不安定であることの露呈につながる。
火種は種のうちに消さなければならない。
その大義の前では、リリアの戸惑いや羞恥心は取るに足らないのだろう。けれど。


沈黙を肯定と見なしたのか、はたまたうんともすんとも言わないリリアに業を煮やしたのか。
半身を起こしていたリリアの体をぐいとひねり、フェルディナントは背中の紐を解きにかかった。
「っや…………」
「動くな」
体をよじるリリアの両肩を押さえ強引に制する。
「いつまで他人の返り血を身にまとう気だ」
そう、あの男が、骸から流れた血が、己の上にたちたちと滴り落ち――――
「ひっ――――……」
思い返してはいけない。その生々しさに気づいてはいけない。羞恥に心を預けなければ。
胸元で手を握りしめる。時折背中に触れる指先に感覚を集中させる。
しゅる、しゅる、と規則正しい音だけが室内に響く。
平服とはいえ昼間の衣装は1人で着れない代物である。
息を詰めながら、フェルディナントはいつドレスの構造を知ったのだろうと疑問が過ぎった。

――毎晩毎晩、王子の部屋からは女の悲鳴が聞こえるそうです
――女はぼろぼろになって
――精神が壊れた者もいた、とか……

王族の男子には、ある一定の歳になると夜伽の相手が与えられるという。
たいていは後妻に入ったあとに夫をなくした、若き未亡人だとか。
きっと彼にもあてがわれたはずだ。だから、彼は女の裸に緊張することはないだろう。
対してリリアは。
素肌を異性に見せたのは幼少期以来のこと。直近の記憶も相俟って、体の震えが止まらない。
腕へと触れたフェルディナントの指先にも過剰に反応してしまう。
「……肩の力を抜け。これでは何もできない」
なにをするつもりなのか。他意はないとわかっていながら、邪推してしまう。
背後でくぐもった音がして、それがため息だと理解したのは数秒のちのことだった。
「私はあなたのような女性と交わるのは趣味ではない。
 そろそろ護衛の兵士が戻ってくるだろうし、私はこれにて失礼する」
思わず振り返った先の銀仮面は、気のせいか呆れた表情を浮かべている気がした。
「そのドレスは着替えた後で奥のカーテンの陰に置いておけば、使いの者が取りに来る。
 ――気をしっかり持て。この国を容易に左右できる存在だということを忘れるな」


引き止める間もなくフェルディナントは行ってしまった。
ただ、体の震えは嘘みたいに止まっていた。「交わる」という直接的な言葉が、ショック療法になったらしい。
握りしめていた手を開くとうっすら汗ばんでいて、関節が僅かに軋んだ。
室内を見回し誰もいないことを確認すると、リリアはようやくゆるゆると息を吐いた。
そう、暴漢の記憶もさることながら、軽々と殺してしまったフェルディナントも恐怖の対象であったのだ。
実際に手を下したのが彼でなかったとしても、それでも彼はあまりにも――慣れていた。
血の気配にも、死にゆく男への糾弾も、ちらりと覗いた冷徹さも。
隠しきれない、いや、隠すつもりもないのだろう。幽霊でも死神でも、それは寧ろ彼にとっては勲章だ。

祖国では、ただ王宮で無為に過ごすことができなくて、せめてもと外交・内政ともに努力してきたつもりだった。
でも、「つもり」だったのだ。自分なりの、自己満足の。
――力がない。結局、男の真似事しかできない。
圧倒的な力。得てして暴力になりがちだけれど、決してそれが全てではない。
力をもたない行動に重みは生まれないのだ。男の前で裸を見せて、ただ怯えるしか能がない。
そんな女の戯言に誰がついてくるのか。それに。

「女としての価値、か……」
これで女としても必要とされないとしたら。リリアがここにいる意味が本当になくなってしまうだろう。
熟れた女が好みらしいが、処女でない初婚の妃はリスクが大きすぎる。
今も、裸のリリアを見てなんの動揺も見せなかった。
いや、ここでもし迫られていたら、それはそれでリリアにはダメージだっただろうが。
にしても、だ。少し冷静に考えてみればわかる。
エデラールの王女としての価値以外、今のところリリアにはないのだ。
正体を暴こうとしているのは初日に宣言してしまったし、生硬い体で彼を誘惑することはできないし、
しかも自分の実力を勘違いした女だったのだ。


「………………はあぁ」
被虐趣味はないはずなのだが。エスカレートする思考に歯止めをかけると、リリアはベッドから勢いをつけて床に降りた。
――とりあえず、目の前の問題を片付けることから始めよう。
夜着に着替え、脱ぎ捨てたドレスと残された白布をなるべく小さくまとめる。
指定の場所に置くとカーテンを整えて、寝台まで戻った。
鏡で顔色をみる。多少青白いかもしれないが許容範囲だろう。紅はささないでおく。
今週から本格的に婚儀への準備が始まった。まずは御披露目のパーティー。
目前に迫り、侍女たちの動きも慌ただしい。知った顔はほとんどいないが、それなりに意志の疎通もできている。
安らかな眠りを願って、リリアはいつもより多く枕に気に入りの香水を垂らした。



光源のちらつきによって、影も濃淡を変える。
大きく重厚な椅子に浅く腰掛けたフェルディナントは、僅かな衣擦れに顔を上げた。
「……埋めたのか」
「いえ、暴漢の侵入を防ごうとした名誉の死として処理しました。
 敵に回すには少々うるさそうな連中が周りにいらっしゃるようだったので」
「余計なことを」
主人の憎まれ口には慣れているのか、隻眼の少年は特に表情を動かすことなく、
そのまま腰に付けていた大振りの剣を取り出し手入れを始めた。
「――――りますか」
だから、完璧に油断していたフェルディナントは不意に投げかけられた問いかけを聞き逃してしまった。
従者とはいえ己以外の存在がいる中で、いつの間にかぼぅと意識を飛ばしていたことに、内心舌打ちしたい気分になる。
問い返すのも癪なので無視すると、あからさまにため息が聞こえた。
「……まだ温もりはありますか」
かなり面倒くさそうに、それでももう一度疑問は放たれた。
「お気づきかはわかりませんが、先程からお手をじっと見ていらっしゃるので」


リリア様の抱き心地はそんなに良かったのかと。
皮肉る訳でもなく淡々と放たれた言葉は、だからこそフェルディナントをなぶる。
「――抱いてなどいない」
「しかし、あのドレスは脱がせないとならなかったのでしょう?
 獣性の強い『あなた』が我慢できるとは思えなかったんですが。ああ――」
「黙れ」
彼の剣幕に大人びた顔は多少引きつったかに見えたが、一瞬のちにその表情は戻った。
「……仮面を外されますか」
「……いらん」
「鍵はありますが」
「……ここでは無理だ。……気にするな」
一気にフェルディナントのまとう空気に疲労の色が濃くなった気がした。
「今日はもう下がれ。これ以上何もないだろう」
だいぶ情勢は落ち着いてきた。小さい小競り合いや不法侵入は散発するものの、
一晩に立て続けに起きることはもうない。
リリアに直接就いている女兵士も、職務遂行能力の高いものばかりを選んだ。
しかも、リリアに対する忠誠心も芽生え始めているという。
今夜はもう平和に夜明けを迎えるだけだろう。
「……リリア様はこの城に馴染み始めているようです」
「……そうか」
「あなたは……」
口ごもると少年は一度顔を伏せ、その顔にはっきりと苦渋を滲ませた。
「あなたがくる前に、リリア様はあなたの『噂』について聴かされてしまいました」
「………………」
「ショックを受けておられるようでしたが、あの方なら、きっと受け止めて下さるのでは、と」
普段なら鼻で笑われる台詞。しかし、甲冑の置物の様に銀仮面は動かない。
しばらくその場を沈黙が支配した。
「――あなたは優しすぎます。しかも、ひどく屈折している。
 あの方は強い。なぜそこまで遠ざけるのですか」
「…………青いな、やはり」
今度こそ鼻で笑ったフェルディナントに、少年はさっと紅潮した。
「確かに強い。が、外側だけだ。見ただろう、先程の様子を。
 外側だけの強さは簡単に壊れる。今の私には、その脆さを気遣うだけの余裕はないのだ」
もう下がれ。
再び促された少年は、手入れを終えた剣をしまうと一礼して退出した。
しばらくすると、黒衣に銀の仮面の男は立ち上がった。そして小さく、小さく嗤った。




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最終更新:2009年08月18日 04:52