「何をなさいますの!」
「同意なされただろう」
「でも、こんなの、どうして」
「分かった。抵抗や疑問がおありならやめる」
「……別に、一切合財お取りやめにならなくてもよろしゅうございますけれど」
「ならばどうされたいのだ」
「しかるべき手順を、ふまえていただきたいのです」
「手順?」
ジュスティーヌは目元を赤らめた。
解説を求められるような状況は本来望ましくないはずなのだが、
けれど自分の所望を大いに語れるというのは恥ずかしくもうれしいことであった。

「接吻に際して乙女が望むもの、ですわ」
「もう少し注釈を」
「つまり、跪いて懇願していただきたいのです。
 古今の恋愛小説では、まっとうな騎士や貴公子は決してそういった礼節をおろそかにいたしません」
「ならば、まっとうな連中の仲間に数えられずともかまわん」
「え?」
「私は人の下手に出るようにはできていない」

クロードの声は淡白さを取り戻していた。
これはこの国の人間がよく好む諧謔の一種かと思い、ジュスティーヌは本気で受け取っていないことを伝えるため彼に笑いかけようとしたが、
口元がこわばってできなかった。
「私は生まれ落ちたときより、人にかしずかれ畏れられ称えられることが定められた人間だ。
 神と父母以外の前に頭を下げる習慣はない」
「でも、あの……」
「ゆえにそういった夢想の実現を私に託されても無益だ。無聊を慰めるための茶番としてなら、まあかまわんが。
 初夜に明言を避けた私も悪いのだが、今後は心されよ」
「……はい」
ジュスティーヌの声は小さくなった。
視線がゆっくりと床に落ちた。
彼女とて決して、自分の理想をすべてを満たしうる完全無欠の風雅を伴侶に求めていたわけではなかった。
ただ、自分という人間に一定の理解と共感を寄せてほしかったのだと、いまならそれが分かる。
こんなふうに彼の真情を知ることになろうとは、思いもしなかった。

「その代わり」
クロードの声音が少しだけ丸みを帯びた。
ジュスティーヌは顔を上げた。
「望みの高い女、気位の高い女を私の流儀に従わせるのは好きだ」
「ひどい性格だわ」
心底そう思いながらジュスティーヌは言った。
「だが従わせるからには、それなりの対価は与える」
「―――対価」
「ご興味が?」
「べ、別にそんなもの」
「ではこの話はここまでだ。私の病を案じていただいたことには感謝申し上げる」
「あなたって本当にいやなひとだわ。
 ―――わたしが言うことを聞かなかったら、あなたの痛みは持続するのですか?」
「そうだと言ったら?」
「そうだと言ったら、それは、―――従います」
「善き花嫁だ」
「勘違いなさらないでくださいませ。
 ロマンティックでないのはいやだけれど、妻としての務めを放棄したらもっと後味が悪いからです」
クロードはまた少し笑った。そして彼女の耳元に顔を近づけて言った。
「義務だということを、忘れさせる」



ばかみたいだわ、ほんとに、ばかみたい。
ジュスティーヌは心の中にそう繰り返した。
けれど、強く言い切ってやろうと決めたそのことばが口をつくことはなく、
唇を動かすことさえできないまま全身を石にするばかりだった。
その一方で両頬は、燃えあがる炉の口から熱風を吹き付けられているかのように、見る見るうちに赤く熱くなってゆく。
彼女はそれを自覚するのがいやだった。
その熱の高まりを、紅潮の広がりをクロードの眼から隠せないことがいやだった。

「信じるがいい」
彼女の耳元に顔を寄せたまま、クロードは短く呟いた。
ジュスティーヌは何かを必死で抗弁したかった。
けれど硬直からなんとか抜け出す前に、あっさりと唇を封じられてしまったのでそれもままならなかった。
今度はクロードも手を遊ばせることはなく、左手で彼女の腰を抱いたまま右手でその頭をしっかりと支え、
ふたりのやわらかな接点が失われぬよう退路を絶った。

ジュスティーヌは再び自分の唇がこじ開けられるのを感じた。
歯を食いしばってそれ以上の侵入を妨げようとしても、どうしても顎に力が入らない。
一方で理由は分かっていた。
それを許したとき、自分の身に何が起こるのか知りたいのだ。
生まれてこのかた頼みにしてきた理性や自尊心は、
紳士らしい礼節が微塵もないこんな強引なやり方に屈してはいけないと、先ほどから警鐘を鳴らしている。
けれど身体の中枢にある熱源のようなものは、何を措いてもその先を見届けよと命じている、そんな気がする。
ジュスティーヌの心は軸足を失ってしまいそうだった。

クロードの舌がなかに入ってきた。
それは無抵抗な粘膜を遠慮なく愛撫してまわり、最後にとうとう、
なすすべもなく身をすくめていた彼女の舌を大事に取っておいた果肉のように優しく絡めとった。
本物の体温が、ふたりの境界をゆっくりと溶かしていく。
(すべて、委ねるしかないんだわ)
ジュスティーヌの心はそのとき決まった。

ようやく顔を離したとき、クロードの呼吸は先ほどと同様荒くなっていた。
けれどそれでもまだ抑制があった。
明らかに変わったのはその眼である。
いつもの涼しげな無頓着さはどこかに消えて、明らかに熱を帯びている。
こわい、とジュスティーヌは本能的に思った。
「緊張なさるな」
まなざしとは対照的な穏やかさで囁いたかと思うと、クロードは再びジュスティーヌにくちづけを始めた。
しかし今度は唇ではなく頬やまぶた、耳たぶを優しくなぞり、その形の良い唇はじきに首筋へと下りていった。
一方で顔は離さぬまま、片手で妻の帯をほどき、寝衣と肌着をゆっくり取り去っていく。

指輪と腕輪以外に花嫁が身に着けているものがなくなったところで、クロードはようやく手を休めた。
ジュスティーヌは反射的に乳房と下腹部を隠そうとしたが、
当然それは取り押さえられて両腕の自由はきかなくなった。
彼は黙って無防備な裸を観察している。
ジュスティーヌがかつて夢想していたように、その口から恭しい感嘆の辞が発せられることはついになかった。
けれど、そのまなざしには先ほどよりいっそう激しい熱が宿っているのを彼女は感じとった。
どうしようもなく恥ずかしく、恐ろしく、いたたまれなかった。
こんな無遠慮で不躾な視線にさらされているにもかかわらず、肌は勝手に火照りつづけている。
わたしの自尊心はどこへ行ってしまったのだろう、と彼女は思った。
けれど、こうしてこのかたに「欲されること」がわたしの本当の望みなのかもしれない、とも思った。



「あの」
「何か」
「お目に、かないましたか」
「いきなり低姿勢になられたな」
「ちがいます。
 よく考えたら、わたし、自分の理想を語ってばかりであなたのご嗜好を知らないと思って」
「それはかたじけない」
「どうなのでしょう」
「もちろん目にかなうとも。
 欲を言えばもう少しふくよかなほうが好みだが」
「痩せていると、看護に向かないのでしょうか」
「そんなことはない。男の身体と区別できる程度に女性らしければ十分だ。
 たとえば、ここのように」

「……あっ……」
大きな掌で乳房をじかに包まれて、ジュスティーヌは思わず上ずった声を漏らした。
自分でも聞いたことのないおかしな声だった。恥ずかしさに目を閉じてしまう。
けれどクロードは手を緩めてくれなかった。
乳房をしばらく揉んでいたかと思うと、そろそろと試すように親指と人差し指で桃色の頂をつまみ、擦りあげる。
突然冬の外気にさらされたような感覚だった。
つまんだり円を描いたり弾いたり、男の指先は強弱をつけて執拗にたわむれを繰り返す。
そこが如実に硬くなってくるのがジュスティーヌにも分かった。
とうとう、あのおかしな声をこらえられなくなった。
「……あ、あぁっ……だめ。やめて、ください……」
「可愛い声だ。もっと聞かせてくれ」

ジュスティーヌの懇願などまるで無視するかのように、クロードは愛撫をつづけた。
やがて耐えがたくなったように、もう一方の乳房に顔を近づけてその頂を吸いはじめた。
「い、いやぁっ」
冬の外気に触れたどころではない電流が全身を駆け巡った。
乾いた唇に挟まれた乳首は遠慮のない舌先に転がされ、やさしく圧迫され、舐めあげられ、
強く吸い上げられ、ほとんど無感覚になりそうなほどの激しい快楽にさらされつづけた。
もう一方の乳房と乳首への愛撫ももちろんつづけられている。
とろけてしまいそうな意識の中で、ジュスティーヌはなんとか自分を揺り起こそうとした。
こんな、胸をほしいままに弄ばれながら息絶え絶えに話しかけるのも恥ずかしいことだが、けれど言うべきことは言わなければと思った。

「あの、クロード」
「ん」
やや往生際が悪いながらも、クロードは顔を上げた。
解放された乳首は彼の唾液で照り光り、開花を控えたつぼみのように堂々と屹立していた。
その卑猥で恥ずかしい眺めに、ジュスティーヌはまたことばを失いそうになってしまう。けれどなんとか口をひらいた。
「あまり、このようなことをされると、わたし、あの、あなたの看護どころではなくなってしまいそうなのですが」
「胸だけで、そんなによかったか」
クロードの端正な口角が少し上がった。
笑い事ではないのよ、とジュスティーヌは叱りとばしたくなった。
「だって、お苦しみなのはあなたのほうなのに」
「自分ばかり気持ちよくなって申し訳ない、か」
「……」
「心配ない。わが持病の妙薬とは、婦人の奥深くから沸き出ずる蜜のことであり、
 こういった愛撫はそれをいざなうための儀式のようなものだ。
 まあ必須というわけでなく、嗜好の一環でやっているわけだが」
「蜜?蜜とはなんですか?」
「このあたりに、溢れ出てくるものだ」
「え……いやっ!」



急に両脚を大きくひらかされて、ジュスティーヌはいままででいちばん大きな悲鳴を上げた。
人前でこんな姿勢をとらされる日が来るとは思ってもみなかった。
「やめてください。やめて。見ないで」
「―――たいしたものだ。処女だというのに、見事な濡れようだ」
「やめて。お願いです。本当に、見ないで……」
ジュスティーヌはことばを飲み砕いた。目の奥がたまらなく熱くなってきた。
クロードも少し驚いたようだった。けれど腕に込めた力を緩めることはなかった。
「何も、泣かれることはあるまい」
「だって、こんな、みっともなくて、恥ずかしい格好で」
「そんなことはない」
「そんなことあります。こんな格好、どんな物語の姫君でもいたしません。
 忠誠を誓うべき姫君がもしこんな扱いに甘んじたと知ったら、相手役の騎士様は絶対失望するわ」
「―――そうか」

やや脱力をおぼえつつクロードは言った。
けれど少し間をおいてから、彼はまたジュスティーヌに語りかけた。
「貴女に申し上げていなかったことがひとつある」
「何ですか?」
「世の健康な若い男は大抵私と同じ病を患っている。貴女の言われる物語中の騎士殿ももれなくそうだ」
「まあ!でもエドゥアール殿やアルトゥール殿は、さきほど何も申告なさらなかったわ」
「連中にも羞恥心はある」

言いながら、クロードは花嫁の秘所にもう少し顔を近づけた。
やわらかそうな花弁はつやつやと濡れて照り光り、よく見れば小さな芽もすでに充血してふくらみかけている。
そしてその下の秘裂は、清らかな乙女の証として淡い桃色で彩られているにもかかわらず、
男なしでは夜を過ごせない淫婦のようにしとどに蜜をにじませ、準備万端に濡れそぼっている。
今すぐにでも来てほしい、何度も激しく貫いてほしい、気が狂うほどかき乱してほしい、と無言のうちに懇願するかのようだった。
クロードは深く息を呑み込んだ。
彼には珍しいことながら、そろそろ自制心のたがが外れそうだった。

「ゆえに、騎士殿はみな、さまざまな難題を克服して姫君と結婚できた暁には、こうして夜毎慰めてもらうことになっている。
 こんないじらしい姿勢をとって自らを受け入れてくれる姫君を、彼らが嫌がるはずがない」
「でも、そんなこと、これまで読んだ物語のどこにも、どんな最終章にも書いてなかったわ」
「教会の検閲に引っかかるからだ」
「ではやはり、これはまちがったことなのではありませんか!」
「書物に書かれない真理はたくさんある」
「でも……」
「ひとつたしかなのは、貴女の騎士殿がどうあろうと、教会がどんな裁可を下そうと、
 貴女が身体をひらいて下さらぬことには私の病は癒されぬということだ。
 いかがされる」
クロードは極力平坦な声で言った。
しかしその実は、すぐにでも有無を言わさず押さえつけ挿入したいという欲望を押さえ込むのに必死だった。
われながら列聖されるべき克己心だ、と彼はつくづく感心した。



「―――分かりました」
「いい子だ」
うなだれながら目を閉じたジュスティーヌのまぶたに、クロードは接吻した。
「もうひとつ、言い忘れていた」
「何ですか」
「貴女の今の姿は、私には大変魅力的だ」
「最低だわ」
花嫁は涙で濡れた頬をいっそう赤らめた。色づきゆく楓のような朱だった。
さすがにもう、クロードも限界だった。

「力を抜いておられよ」
言いながら、彼はそそり立った自分のものの先端を秘裂にあてがった。
少し間違えれば滑って秘芽をこすってしまいそうなほどの潤いが彼を包んだ。
ジュスティーヌは薄目を開けた。次の瞬間、翡翠色の瞳は驚愕に見開かれた。
「え……いやっ!そんなもの、入りません……!」
「すまない。最初はやはり、痛むと思う」
侘びながらも、クロードは動きを止めず、少しずつ亀頭を埋めていった。
あふれるほど濡れた襞のなかに、温かさと柔らかさと緊密さに呑み込まれてゆく感覚がたまらない。
そして今まさに、この無垢で無知な美しい娘の純潔を散らしているのだと思うと、
彼の興奮はいやがおうにも高まった。

「……っ……」
ジュスティーヌは先ほどとは別の涙をにじませながら、唇をきつく噛みしめていた。
苦痛を声に出すまいとしているのだ。
そのいじらしさにクロードは胸を突かれながらも、いまさら引き返すことはできそうになかった。
くちゅりと卑猥な音をたてて一突きするたびに、誰にも開鑿されたことのない清らかな秘肉が、四方からの圧迫が途方もない快感を与える。
彼自身はようやく半分近くまで埋まったところだったが、早くも欲望のままにすべてを解放してしまいたくなる。
ほとんど童貞に戻ったような気分だった。

「はぁ……っ!」
奥まで当たったと思ったとき、ジュスティーヌが初めて声を漏らすのが聞こえた。
容赦なく締め付けてくる感覚とあいまって、その初々しい反応はクロードの情動を煽り立てるばかりだった。
けれどさすがに、彼にもここで休息を入れるぐらいの理性は残っていた。
「ジュスティーヌ、大丈夫か」
「大丈夫、です」
「どうしても苦しかったらおっしゃってほしい」
「いいえ。
 ―――あの、わたし、ちゃんとお役に立っておりますでしょうか」
「役に?」
「あなたの患部は、少しはお楽になりましたか」
「ああ。少しはというか、とてもいい」
「よかった」
「私のために忍耐を強いてしまい、すまない」
「大丈夫です。あなたはずっと、おひとりで疼痛に耐えておられたのですもの」
「二度目以後は貴女もだいぶ楽になられるはずだ。むしろ、心地よくなる」
「まことに、ですか?」
「そうして、貴女のためにもこの行為を好きになっていただけたらと思う。私のためだけではなく」
「でも、それは、……なんだか、恥ずかしいですわ」
「恥ずかしいことはない。
 むしろ、私に夜毎すがりついて上目遣いで欲しがるくらいになっていただければ言うことはない」
「そ、そんなことには、なりません」
「運がよければ赤子も授かる。言うことはないだろう」
「―――お待ちになって。赤子は夫婦の神聖な営みを通じて授かるものでございましょう」
「ああ」
「でもこれは、あなたのご持病への看護ですわ」
「そのとおり。それらの行為は同一なのだ。
 初夜の不履行をいま履行できて互いによかったではないか」
「ひどいわ!あなたはわたしを騙していらっしゃったのね!!」
「悪かった」



クロードはまったく悪いと思っていなさそうな声でそう言った。
ジュスティーヌは腹が煮えくり返らんばかりの思いだったが、現今の位置関係では彼に報復できるはずもない。
せめてもの抵抗で脇を向くと、唇の端に恭しい接吻が二回三回と落ちてきた。
いまさら機嫌をとろうと思っても遅いのですわ、全くもって遅いのですわ、とよほど面罵してやりたかったが、
その一方で甘い気持ちに包まれるのはどうしようもなかった。
ほとんど魔法が進行しているような気分だった。

「すまないと思っている」
「この大嘘つき」
「だが、男との同衾というのがどんなものか分かってよかっただろう。
 私の言った、生身の男は醜悪だという意味も」
「―――醜悪だとは、思いません」
「ほう」
「あなたは最初から一貫していやなひとだけれど、でも、醜悪では、ないと思います」
「かたじけない」
「あなたに触れられるのも、あなたとつながるこの行為も、
 わたしの考えていたロマンスとは違うけれど、そんなに、醜悪では、ありません」
「ならば、どうお思いになる」
「―――好きになれたらいいと、思います」

脇を向いたままのジュスティーヌの顔は、もはや頬と言わず目元と言わず耳たぶまで真っ赤だった。
濡れた瞳はいたたまれなさそうに伏せられ、長いまつげは弱々しく震えている。
この娘を失ったら、生きるのがつらくなるかもな。
クロードはふとそう思った。
出会ってからたった数日間の相手に対しそんな感情をもった自分に、静かに驚いてもいた。
「私も、それを願っている」

ジュスティーヌは口をひらきかけた。
だがまもなくクロードが漸進を再開したので、彼女はふたたび唇を噛んで次の感覚にそなえた。
彼の動きはあくまで緩やかで慎重だったが、破瓜の痛みが消失することはもちろんない。
むしろ摩擦が重ねられるたびに、それは先鋭になってゆく気がした。
けれど同時に、クロードとつながっている部位から、かつてない熱が生まれていた。
それは彼が奥へ向かって動くたび、彼が指や唇を敏感な部分に這わせるたび、ジュスティーヌの全身に波及していくようだった。
苦しい熱ではなかった。むしろ温められて溶け出した甘露にも似ていた。それに沈み込むのは幸せな感覚だった。
そしてまた、彼女のなかで動くたびにクロードの息は如実に熱くなっていった。
それを素肌で知るのがジュスティーヌにはうれしかった。



やがて、ある一点を境に彼の動きが激しくなった。
終わりが近づいているのだ、とジュスティーヌにも分かった。
そして、他者とこんなにも近く、かつてないほど深く結びついているにもかかわらず、理由のない寂しさに襲われた。
すべてが終わってしまう前に、いちばん大事なことをたしかめなければと思った。

「クロード」
「何だ」
「わたし、あの、この行為だけではなくて、―――あなたのことも、好きになれる、かもしれません」
「光栄だ」
「あなたは、わたしのこと、好き?」
「いまさらなことを」
荒い息の合間に、彼は初夜に見せたのと同じ微苦笑を漏らした。
けれどジュスティーヌがほしいのはそんな曖昧さではなかった。
直截すぎて無粋だとしても、彼女自身を傷つけるものだとしても、彼の深奥から発せられることばがほしかった。
「どこを、好いて下さいますの?ちゃんと理由を挙げて」
「相変わらず熱心なことだな。
 ああ、―――すまない、時間切れだ」

ほぼ呻きと化しているクロードの声には、ほんのわずかに、本物の口惜しさが混じっているように感じられた。
そして褐色の瞳が苦しげに細められたかと思うと、ほぼ同時に彼女の奥で何かが弾けた。
ふたりの合一を象徴するかのような振動が長くつづいた。
そのあと、男の体が静かに崩れ落ちてきた。




目を開けると、寝台の傍らの窓から差し込む日の光はずいぶん角度を上げていた。
正午とはいわないが、それにだいぶ近いような気がする。
ジュスティーヌは上体を起こしてすぐ隣に眠る男の顔を見下ろした。
そういえば、このかたの寝顔を見るのは今日二度目だと思った。
一度目と違うのは、時はすでに昼近くであり、場所は寝椅子ではなく寝台の上であり、
そして彼自身は同衾者に枕を提供するため左腕を胴体に対し垂直に伸ばしているということだった。
ふと褐色の瞳がひらいた。
彼はそのまま惰性のようにまばたきを繰り返していたが、
深刻な色を浮かべた大きな青緑色の瞳に上からじっとのぞきこまれていると知っても、もはや動じることはなかった。

「どうした?」
「どこが好きですか?」
「何だって?」
「先ほどの、―――つまり、先ほどのつづきですわ。
 わたしの、どこが好き?」
「ああ」
「ねえ、どこが好き?」
「そうだな。ひとつは、面倒なところか」
「何ですって?」
「最初はなんと注文の多い娘だろうと思ったが、
 まあ、一緒に居て退屈はしないと思うようになった」
「そんなのはいやです。もっと長所らしいことをおっしゃって」
「長所か」
「ええ」

「貴女のご自賛のとおり、気立てがいいというか、人がいいのはよく分かった。
 だが、あまり屈託なく人を信じるものではない。とくにエドゥアールのような連中は」
「それだけ……ですの?」
「内面を誉められたら誇るべきだ」
「でも、足りません」
「これ以上何を望まれる」
「わたしはあなたの目に、どう映りますか。
 わたしは、―――美しいですか?」
「ふむ」

その声の無感動さに、ジュスティーヌは静かに傷ついた。
けれど、自分の欲することをこのかたにはどうしても分かって欲しいと思った。
「―――わたしがこの世に唯一無二の美女ではないということは、今ではよく分かっています。
 嫁いできてからたった数日間だけれど、こちらの宮廷でいろんなかたにお会いしました。
 肌も装いも立ち居振る舞いも何もかもが磨きぬかれて、
 わたしなどでは敵わない天女のような淑女が世の中にはたくさんいるということが、よく分かりました。
 自分で自分の美質だと思っていたことも、ばあやたちが励ましてくれていただけということがよく分かりました。
 ―――たぶん、それが本当でした。
 でも、あなたにはわたしを美しいと思ってほしいの。他のひとが何と言ってもいいから」

クロードは答えなかった。
ジュスティーヌは泣きたくなった。本当に言いたいことをうまくことばに変換できない、そんな気がした。
「これは愚かな娘の愚かな虚栄心でしょうか。でも、あなただけには言ってほしいの。
 詩人のような美辞麗句も騎士のような跪拝もいらないから、ひとことだけおっしゃって。
 わたしのことを美しいと、―――いとしいと」
クロードは小さく笑った。花嫁の視界がまた少しにじんだ。
「自明のことは、口にせぬ主義だ」

本当にいやなひとだ、とジュスティーヌは思った。
けれど、上体を引き寄せられるがままに唇を奪われていたので、それをことばにする術はなかった。



(終)

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最終更新:2009年05月06日 14:50