虚ろな魂 ◆EGv2prCtI.



 得体の知れない葉っぱや枝が臑や顔の毛に押し付けられる。
 その感覚はこそばゆかったが、しかし、それに反して膝や手の震えが止まらなかった。

 ここが山の中であることを確認した後に、無意識の内にエルフィ(女子四番)は茂みの中に隠れていた。
 坂道の沿線上にあった茂みはやはり地面が微妙に傾いていたのだけれど、それでも、その傾きなど気にも留めなかった。
 そんな些細な事よりもいつ襲われるか分からない恐怖が上回っていたし(すぐにでも情けない鳴き声を上げてこの場から逃げ出したかったが、やめた)、首輪は窮屈で、しかももしかしたら若狭の気まぐれで爆発させられるかも知れない。
 しかし――彼女が第一に考えていることは、もっと別の方向にあった。

 エルフィの身体は今、半分近くが機械で出来ている。
 いや、正しく言えばレプリカントのパーツのような物だろうか。それが身体中に埋め込まれているのだ。
 見た目こそは変わっていないが、しかしエルフィの全身の感覚はほとんど、完全に変わってしまっていた。
 右腕は触れられている感覚は分かっても痛覚は全く感じなくなったし、腹部の調子を崩すことも無くなった(しかし来るべきものは来る)。
 いくら走っても疲労が溜まるのは左足だけで、胸や右足が悲鳴を上げることも無い。
 しかし、しかし――

 だからこそ、思った。
 今の自分が、虚構なのではないかと。
 本当なら自分は、エルフィは五年も前にトラックに轢かれて死んでいた筈だったのだ。
 薄れる意識の中、自分の右半身や胸が千切れて、太い血管から血を噴き出させている半分潰れた心臓が目の前に飛び出していたのも確かめた筈だった。
 しかし何故か生きていた。
 右腕も、心臓も元の位置に戻っていた。
 目覚めた時には、病院のベッドの上で母親が泣いていたのが見えた。
 事故に遭った日から、二ヶ月は経っていたらしかった。

 事はそれからだ。
 身体中の違和感は常にエルフィに不安や疑問を与え続けている。
 ――自分は生きていると言えるのだろうか?
 ただ一つ、それは明らかな――


「あ……」
 大きい物音――いや、足音がした。
 それまで垂れ下がったままだった耳が、鼓動に併せてびくんと跳ね上がった。
 硬式野球ボール(デイパックに6個セットで入っていた)を握っている左手は相変わらず恐怖で震えたままで――それでも、音が発せられた方向へ顔を上げない訳にはいかなかった。

 向かって右側の坂から光が見えた。
 坂から懐中電灯を片手に持って走り出しているのは、太田太郎丸忠信(男子六番)で、息を切らせながら坂を降りてくる。
 特徴的な長い茶髪も今や強風にでも煽られたようにぐちゃぐちゃに広がっており、顔は目が見開かれ、頬は引き攣っていた。
 その後ろからも光の柱がうごめいて、やがてそれが間由佳(女子二十三番)だとエルフィが理解した瞬間に由佳が叫んだ。

「死んでっ!」
 左手の懐中電灯を忠信に向けたまま、由佳は両手で何かを構える仕草を見せた。
 途端に由佳の手元が光を放ち――そして、ぱんと耳を突く大きな音が響いた。
 そのまま一秒もしない内に、忠信の身体が僅かに揺らいだ。
 何かが左肩に、当たった様だった。

 ――銃だ! 本物の銃だ!

 忠信は呻きながら、それでも走るのを止めなかった。
 いや、止まれば確実に由佳に殺されるのを理解しているからかも知れない。
「そんなに玉堤が大事なのか!」
 玉堤――玉堤英人(男子十九番)の名前を忠信が出した。
 そう言えば、由佳と英人は幼なじみだったと聞いたことがある。

 由佳はもしかして英人の為に?
 由佳自身は?
 若狭の言葉を信じるなら一人しか生き残ることが出来ない筈だ。
 もしかして――
「だからあんたに死んでもらうんじゃない!」
 由佳が、再び銃――グロック19を構えた。
 対して忠信は何も持っておらず、もし忠信が空手か何かをかじっていて格闘が得意だったとしても、これでは勝てないだろう。
 銃が相手では、勝ち目が無い。
「お、俺が一体何をした!?」
 忠信が、左肩を押さえながら道を逸れてエルフィが隠れている茂みとは対極の方向に身を回した。
 ――エルフィは既に確かめていたが、あそこから先は崖だった筈だ。

 そのまま由佳もその後を追い――エルフィも静かに、音を立てないようにそちら側へ向かった。
 エルフィが再びそちらに追い付いた頃には、予測通り忠信は崖に留まり、由佳はその忠信にグロックを構えていた。
 由佳が、じりじりと忠信との距離を詰める。
 距離にして、四メートル。
 ――命中させるには十分だった。
「あたしは英人にラトみたいになって欲しくないだけ。恨むのなら、先生を……」

 グロックの銃口が、ぴったりと忠信にポイントされて――
「だめ!」
 無意識の内に、エルフィは叫んでいた。
 左手のボールを右手で掴み直し、由佳のグロック目掛けて全力で投球した。
 強力な機械の腕から放たれたボールは線を描いて、由佳からグロックを弾き飛ばす。
 ――筈だった。




「ぐわっ」
 忠信が、ぐらりと後ろに倒れ始めた。
 いくら力があろうとコントロールが無ければ意味が無かったのだ。
 ボールは忠信の腹に命中し――忠信の姿は、沈むように闇に消えた。

 エルフィは口元に手を動かして驚愕のポーズを取ろうとし、しかしその暇は無かった。

「どうしてあたしの邪魔をするの!」
 エルフィの姿を認め、逆上した由佳がこちらに向けて銃を構えた。
 由佳の懐中電灯でなまじ照らされた銃の先がこちらに光を反射させて、そして一部分、ぽっかりと一カ所だけはっきりと丸くそこが見え――
「ひっ……!」
 エルフィは肩を引き、ひとりでに動いた足に身を任せた。
 由佳が、また銃を撃った。
 通ろうとしていた隣の木の幹が吹き飛び、エルフィに降り懸かった。
 それに構わずにエルフィは暗がりであまり見えない茂みを割って、――その時、蔦か何かに足を捕られてしまった。
 転んだ時に少し制服の腕の部分が破れた気がしたが、しかしそれはもうどうでもよかった。
 そう――このまま由佳が近付いてきて、間もなくグロックからは鉛玉が吐き出されるだろう。

 ――殺される!


 覚悟した時だった。
 急に左腕を引っ張られて、深い茂みの中入れられると、口元と両腕を押さえ付けられた。
「声を出すな」
 低い声がした。
 忠信ではない。なら――誰だろうか?
「……?」

 とにかく、由佳はエルフィを見失ったようで、そのまま道に戻って見えなくなってしまった。
 掴まれた口元が離され、エルフィはほっと息をつき――それから、自分を掴んでいる相手を見る為に顔を上げた。
 差し込む線上の月明かりに照らされた長い鼻梁――狼族か、狐族だ。
 このクラスに狼族と狐族は自分と男子二十一番のトマック、女子二十五番のフラウともう一人が居たが、しかし、これはフラウの声ではなかったし肝心な時にあんな慌てん坊のトマックにこんな決断力があっただろうか?
「ノーチラス、さん?」
 それとなく――ノーチラス(男子二十三番)の名前を出した。
 さやかな明かりの元でも分かる程、相手の口元がにやりと笑いを見せ、そのままエルフィの腕を解いた。

「そうだ。……まさか間が始めるなんて思わなかった」
 その相手――ノーチラスは、片手に太い金属の棒を持ったまま立ち上がり、言葉を続けた。
「まさか金属バットで銃を相手にする訳にはいかないからな」




 太田太郎丸忠信は崖の途中にあった木の上で体勢を整えて、デイパックから”武器”を取り出す作業に入っていた。
 下は地面から一メートル程度の高さで、降りる分には苦は無い。
 ただ、間由佳に撃たれ、弾を掠めた左肩と何者かに何かをぶつけられた脇腹の微妙な痛みが先程から気になった。

 由佳は、自分に何かを投げ付けた誰かを追ったらしい。
 その点に関しては幸運だったと言えよう。

 だが、やはり自分一人ではどうにも動きにくい。特に、武器がこれでは。
 ――やはり必要だ。まともな武器、利用出来る者、そして、奴隷が。

 間由佳のように心に迷いが無い相手は、心を読めても漬け込むことが出来ない。
 それに起きてからたまたま直ぐに由佳と会ってしまったこともある。
 だからこそ、これからはこのレーダーで慎重に相手を選べることが大きく有利にことを運べるのだが。

 忠信は思考を続けながら、何かの手帳のようなものに表記されている「男子六番・太田太郎丸忠信、男子二十三番・ノーチラス、女子四番・エルフィ、女子二十三番・間由佳」の文字列をまじまじと見つめていた。


【E-6 山岳地帯/一日目・深夜】
【女子四番:エルフィ】
【1:私(達) 2:あなた(達) 3:○○さん(達)】
[状態]:良好
[装備]:硬式ボール(5)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
 基本思考:生き残る
 0:由佳を警戒
[備考欄]
※間由佳が殺し合いに乗ったと認識しました

【男子二十三番:ノーチラス】
【1:俺(達) 2:あなた(達) 3:あの人(達)、○○サン(達)、(敵対している人物には)あいつ(ら)か呼び捨て、】
[状態]:良好
[装備]:金属バット
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
 基本思考:殺し合いを止めさせる
 0:由佳を警戒
 1:仲間を探したい
 2:痴漢したい……
[備考欄]
※間由佳が殺し合いに乗ったと認識しました


【女子二十三番:間由佳(はざま-ゆか)】
【1:あたし(達) 2:あんた(達) 3:あいつ、○○さん(達)】
[状態]:良好
[装備]:グロック19(13/15)
[道具]:支給品一式、グロック19のマガジン(2)
[思考・状況]
 基本思考:玉堤英人を生き残らせる(優勝させる)
 0:率先して生徒を殺す
 1:英人を捜す
[備考欄]
※エルフィ、ノーチラス、忠信から離れた場所に走っています


【男子六番:太田太郎丸忠信(おおた-たろうまる-ただのぶ)】
【1:俺(達) 2:あんた(達) 3:○○さん(達)】
[状態]:左肩に裂傷、脇腹に打撲
[装備]:無し
[道具]:支給品一式、簡易レーダー
[思考・状況]
 基本思考:生き残る
 0:武器を調達する
 1:仲間か奴隷を作る
 2:間由佳には警戒
[備考欄]
※間由佳が殺し合いに乗ったと認識しました
※エルフィ、ノーチラス、間由佳が近くに居ることに気付きました


【簡易レーダー】
半径100m以内に居る生徒(死人含む)の首輪を感知して、画面に名前を表示する。
ただし場所は分からない。



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GAME START エルフィ Shake!
GAME START ノーチラス Shake!
GAME START 間由佳 Cocktail
GAME START 太田太郎丸忠信 MAJIYABA



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最終更新:2009年03月04日 11:40