Raging bull ◆hhzYiwxC1.


自暴自棄から意気消沈し、千鳥足のまま同エリアをふらついていた鈴木正一郎の前に、朱広竜が姿を現したのは、彼が古賀を殺害したそのすぐあとのことだった。

広竜と鈴木は、10数mほど離れていて、森の木の陰がようやく照り始めた朝日を遮っていたが、両者共に、ギリギリその人物が誰なのか認識することは可能だった。

「朱広竜………」

あまり表情を変えることなく、広竜は近づいてきた。
鈴木自身もあまり表情を揺るがすことはなかった。

「鈴木正一郎か」

朱広竜も、鈴木の間近に来て、発した言葉と言えば、この時点ではその一言だけだった。

「お前。人を殺しただろう? 何人殺した?」

沈黙は、なかったようにも見えた。広竜が、鈴木に対し、先の言葉から間髪いれずに言い放ったようにも見えた。

だが違う。コンマ数秒。どれくらい短い時間だったかは見当もつきはしないが、確かに、沈黙や死臭、負の感情などが渦巻き、それと同様の空気を、ほんの少しだけ作りだしていた。
「どうでもいいだろう。それよりお前には色々と聞きたいことがある」
鈴木自身も、ようやく尋ね人を見つけたわけだ。彼との距離を改めて詰め、問い掛けた。

「松村友枝を……知っているな?」

「ああん? 松村?」

「トマックから聞いてる。お前が奴を返り討ちにしたことは既に知っている」

「あん? アイツは生きていたのか?」
「お前は奴が、あのまま死んだと思っていたようだが…アイツは生きていたぞ。そして、奴は松村が爆発を起こして、自爆したとも言っていた」


「それは本当か?」

静かであるが、威圧的な鈴木に対し、広竜は


「知らねえな」
とだけ答えた。


「そんなはずはない。トマックは爆発物を持っていなかったし、お前は見たところ爆発に巻き込まれた形跡がない。矛盾だらけだ」

「鈴木よ。お前はアイツはその後どうなったんだ?」
「殺したよ。ゲームに乗ってるって言ったからな」

「だろ?」

朱広竜の表情が、途端に華やいだ。

「全てアイツの狂言だ。アイツはマジにヤバい奴だ。ほぉれ」
広竜は、右手の、ほぼ全て吹き飛び、布切れで蓋をするように雁字搦めに縛っている中指を見せつけた。

「殺しておいてよかったな~。別に気に病むことはないぞ?」
「嘘をつくな」


「あぁ?」
広竜は、眉をひそめた。

「俺はトマックの言ってることが嘘だったとは思ってはいない。あの時の奴にあんな余裕はあったようには思えない」
「オイオイ。じゃあなんでその余裕のない奴を殺したんだ。そっちの方が矛盾するじゃないか」
「だから殺したんだよ。奴はゲームに乗ろうと思っていたと言っていた。だから殺したんだ」


「お前狂ってるな」


まただ。
この言葉。
鈴木は、自分でも薄々気付きつつある。自分自身が悪なんじゃないのか?と。
先ほどいとも簡単に屠った古賀葉子の今際の言葉もそうだった。
自分が悪だと思っている奴は、実は悪ではなく、俺自身が悪なんじゃないのか?

だとしたら俺はとんだピエロだ。
自分の目的を、自分で阻害している。
宍戸やトマックがゲームに乗ろうと思っていたのは事実だろう。だが今思えば、最後改心したのも事実だと思う。
加賀は確実に乗っていなかった。
古賀は純粋に俺を恐れていただけ。
シルヴィアは説得できたかもしれないの、しなかった。
他の生徒だって同じだ。どれも根拠がない


「ああ……そうだよ。俺は暴れ牛ってとこか? 止まれない。止まる手段を知らない」
「そのうち柵に頭をぶつけて死ぬだろうよ……」

「だがなあ…朱広竜」


「この暴れ牛の頭でも分かる」


「悪とは……お前のようなペテン師のことを言うんだとな!!」

鈴木の叫びが、朝霧立ち込める森の中に響いた。


広竜は、ハァとため息をつくと、とっさに身構えた。

「で? 暴れ牛さん。俺相手に何をする気だ?」
「聞くまでもないが…お前はゲームに乗っているのか?」


「Yes Noで答えるならYesだ。できるなら今戦闘は避けたいが、お前は手負いだし乗ろう。」
「俺に傷を負わせられたら、松村について話して……」

広竜が言い終わる前に、鈴木は既に動いていた。
チップカットソーが奏でる不快な強震音が、広竜の耳を劈く。制動する刃は、既に耳元にまでせまってきていた。
広竜は、とっさにそれをしゃがんで躱し、鈴木の懐に忍び込むと、左手で奇妙な型を形成し、その手を、その型のまま鈴木の腹の中心目掛けて打ち込んだ。


「くっ……かはァッ!?」

突然訪れた未だかつて味わったことのないような言い知れぬ痛みのあまり体勢を崩し、とっさにチップカットソーを手放してしまった。
広竜は、その僅かな隙も全く見逃さない。
宙を舞ったソーが地に落ちようとするその前に、左手で、それを奪い取り、鈴木の顔に向けた。

「お返しだ! 暴れ牛!」


鈴木は、反射的に右手でそれを庇おうとするが、それはこの場においては愚行だった
右手で防げるのは木々の間から差し込む光だけだった。
ソーは無情にも鈴木の右手の半分を、奪い取った。
肉も、指も、骨もそこにはありはしない。そこには赤い砂漠のような肉の断面と風呂敷のように敷かれた痛みだけしかなかった。

「ぐ……おぉおお」

「くくくっ…暴れ牛も所詮は牛か……屠殺されて食卓に並ぶのが宿命だ」

苦痛の叫びは、広竜をどうしようもなく高揚させる。
そうして、口裂け女の如く口を歪めた広竜は、コメディアンのようなテンションで言うのだった。

「最期だから憐みの意を込めて言っといてやるよ。トマックの言ってることは、アンタの憶測通り全て真実だ」
「松村は俺の襲撃から奴を救おうとして勝手に死んだよ」


「この傷は爆発から逃れるために忍び込んだ民家で、鹿和に付けられた傷だ。油断とはいえあんな豚にやられたのが癪だったから奴は顔をプレスした様に潰して殺したよ。あれも傑作だった」

気味の悪い笑い声と共に、先の強震音が、今度は鈴木の耳元に近づいていた。
「今宵の晩餐は……不味い牛のソテーってとこか!?」

広竜は、一度ソーを空高く掲げ、勢いよく鈴木の顔目掛けて振り下ろされた。









「……?!」

朱広竜は、ソーの動きが止まり、刃軋んでいることが理解できなかった。
なぜ刃がこいつの肉を切り裂かない?
なぜこいつは――――素手で制動する刃を止められるのだ?!

「この痛みは……俺が受けるべき痛みの一つとして受け取ろう…」
鈴木の左手は、今まさに血しぶきと共に抉られていたが、それでも彼は表情一つ変えない。
それどころか、ソーの回転はどんどん弱まり、刃にヒビが生じ始める。
そのヒビが見えるのだ。それはもう、ほとんど回転してはいないということを示していた。
間もなくして、ソーの刃は砕け散る。

「………やっぱりクレイジーだな……」
広竜は、このとき鈴木に対しある感情を抱いていた。


それは“恐怖”

明らかに追い詰めているのはこっちなのに、明らかにあちらは瀕死なのに、何故だか鈴木の事が恐ろしくて仕方がなかった。

回転が止まったソーを、広竜は手放すと、そのまま鈴木から遠ざかった。
それを見届けると、鈴木は安堵したような表情を浮かべ、沈んだ。








鈴木は、奇妙な感覚を抱いていた。さきほどまでの痛みはどこかへ消え去っていたのだ。
だが、辺りはどうしようもなく暗く、冷たい。

「ここは……どこだ?」
「あっちの世界だよ」

そこには、松村友枝が立っていた。
「お前が俺のお迎えか? 俺もとうとう死ぬわけだ」
「ううん。違う。鈴木君はこっちには来れない」

鈴木は咄嗟に、松村の足元を見た。
松村の立つところだけが、光を受けているかのように、微かな暖かさを持っていた。
それがこちらからも分かる。

「俺は地獄行きか」
「そうだよ」
松村の声が、震えていた。
「私さ……鈴木君のこと好きだったんだ…入学したころから」
「そんで修学旅行で告白しようと思ってた」

「やめておけ…このゲームが始まる前から俺は穢れてた」


「それでもいいよ!! 私はそれでもいいんだよ」

松村の瞳は、涙で潤んでいた。そして、鈴木はそれを直視することはできなかった。
なぜならあまりにも悲しすぎるから。

「でも……私決めたの。鈴木君のこと。私からフることにした」
「………」

鈴木は、言葉を返せなかった。

「だから……鈴木君は、自分を貫いて……」


「私は応援してるぞ?」
松村はそう言って、鈴木の肩を小突いた。
彼女は、笑顔だった。



間もなくして、鈴木正一郎と言う名の、罪深き暴れ牛は意識を取り戻す。


「そうだ……俺は命を掛けて贖罪を果たそう。松村友枝……」
「もとより捨てるつもりだった命だ。微塵も惜しくはない」

「お前と同じ天国の地を踏むことは…無理そうだ……」

「命尽きぬ限り………悪を滅す事に粉骨砕身し、やがては己が身も己で砕こう…………」


傷だらけの暴れ牛が一頭。朝日の祝福を浴びて立ち上がった。


【C-5 森/一日目・早朝】
【男子十五番:鈴木正一郎】
【1:俺(ら) 2:あんた(たち) 3:○○(名字さん付け)】
[状態]:自己嫌悪、右脚負傷、右脇腹打撲、背中に刺創、腹部中心に激痛、右手半分欠損(Tシャツを千切って包帯代わりにしている)、左手が抉られている、疲労(特大)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2、不明支給品(確認済み。武器ではない)、アイスピック、
    バイクのチェーン(現地調達)錆びた鉄パイプ(現地調達)
[思考・状況]
基本思考:脱出派(危険思想対主催)
0:自分の認識の多くが間違っていた事を反省
1:だが悪人狩りはやめない
2:貝町ト子、朱広竜を殺す
3:脱出不可能なら自分以外の誰か一人を生き残らせる
[備考欄]
※彼はクラスメイトの人間関係を色々誤解していることに気付きました
※使命感と罪悪感から、自分の命を粗末に扱うつもりでいます

【男子二十番:朱広竜】
【1:俺(達) 2:お前(達) 3:○○(呼び捨て)(達)】
[状態]:右手中指欠損(止血、応急処置済み)、屈辱
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(鹿和太平から奪った支給品)
[思考・状況]
基本思考:ゲームに乗る
0:今は鈴木から遠ざかる
1:積極的に相手には近付かない(今は尚更)
2:しかし機会があれば相手をすぐには殺さず痛め付けて楽しむ
2:危ない橋を渡るのは極力止す
[備考欄]
※中指を失ったことで拳法の腕が格段に落ちました
※これにより技の発動などに支障が発生することがあります
※貝町とは別方向に移動しています

※壊れたチップカットソーが、鈴木正一郎がいた場所に転がっています


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汚名の代償 鈴木正一郎 高校生デストロイヤー
Broken Arrow 朱広竜 Panic Theater

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最終更新:2009年04月10日 08:30