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汚名の代償 ◆EGv2prCtI.


「貝町さん、あれは?」
 片桐和夫を退けた後、南に向かって歩き出している途中、不意に麻倉美意子が木々の向こうを指差した。
 貝町ト子は美意子の言う通り目をそちらによく見据えると、夜が明けかけている水色の森の風景に、動く黒い影が見える。
 その影が大きくなってきて、それで影がこちらに近づいて来ているのが分かった。
 女子生徒のようだ。
 ぜえ、ぜえと激しい息遣いがここからでも耳に届き、その足元は妙にふらついている。

「古賀さん!」
 美意子が、名前を叫ぶ。
 疲れ切った表情を見せて姿を現したのは、古賀葉子(女子十五番)だった。
 様子からして何もかも限界だと言う感じだ。
 何かがあったのは明白だった。
 あからさまに、ただ困惑だけしていると言う雰囲気ではない。
 美意子が葉子の肩を押さえて、その呼吸の荒さを直に感じ取る。
「あ……加賀君と……シルヴィアさんが……」
 葉子が、告げた。
 その言葉はほとんど悲鳴に近い甲高さの中に、悲しげな感情が含まれている気がした。
 ただそれだけでト子は何があったか全てを悟った。

 誰か、片桐和夫のように狂ったクラスメートの襲撃を受けたのだろう。
 そして加賀智通(男子七番)とシルヴィア(女子十七番が)が犠牲になった――

「どうしたの? 何があったの?」
 美意子が、確認の意も込めて葉子に聞いた。
 葉子が、泣きそうな顔で言った。
「鈴木君に……ころ、ころ、ころ」
「殺されたのか」


 それを聞いた美意子の顔が暗くなった。
 ト子は二人の死に関してはどうでもよかったのだけれど、しかし僅かに焦りを感じ始めていた。
 それは、単純に驚威なのだ。ト子にとって。
「シルヴィアさんは、分からないけど、多分……」
「厄介だな、まだこの近くにいるのかも知れない」
 もし出会ってしまえば戦闘は免れない。
 ト子としてはそれを避けたかった。
 鈴木正一郎(男子十五番)が何かしら危険な要素を持っているのは予想出来る。
 一度に二人も殺してのけた(シルヴィアのことがある分、あくまで可能性、だが)のだ。
 片桐和夫はまだこちらが情報を持っていたから直ぐに勝てた。
 しかし、不完全にしか分からない相手である正一郎に対しては、完全な戦法と言うものが思い付かない。
 戦うことになればある程度の消耗を覚悟しなければならないだろう。

 葉子は座り込んで、そのまま泣きじゃくり始めた。
 少なくとも加賀智通の死を見ていた訳なので、その恐怖は強烈なものであったに違いない。
 美意子がその隣で葉子の肩を抱いて、葉子を落ち着かせようとしている。
 ト子は、それを見ていてかつてのあの友人との出来事を思い出した。


 今でも、覚えている。
 自分と、妹を助けてくれた友人。
 その柔らかな腕でそっと妹を抱きしめてくれていた友人。
 そして、自分はその友人を裏切った。


 ――自分は裏切り者だ。
 自分はただ一人の友人を陥れてしまった。
 あの恐ろしい男の命令一つで、友人を壊してしまった。呪縛から解放された後、真っ先に後悔した。
 あの後、友人が走り去った後にすぐに教室に向かった。
 校内にはほとんど生徒が残っていない状況だった。
 玄関前に居た日向有人に聞いても、教室に居た二階堂永遠に聞いても結局友人の居場所は分からない。
 しばらく、二十分近く駆け回った後に教室に戻ってから――ようやく見つけた。
 太田太郎丸忠信らに陵辱された、その時のまま――いや、それ以上に荒れた風貌のの友人が。
 友人は、自分を睨みつけた後にだっと走りだし、そして行ってしまった。


 その友人が、今の、この状況を望んでいたと言うのだろうか?
 そうとしか思えない。
 はっきり言って初めのあの教室の中で友人を見かけてはいないのだ。
 いや、探そうともしなかった。
 だから彼女も巻き込まれているのか、若狭の側についているのか予測が出来ない。

 だけれども、自分が今、死に直面した現状に置かれているのは確かだ。
 もしこれを切り抜けたとしてもまた同じようなことが起きるかも知れない。
 それでもこの先も自分はその友人が望んでいるであろう結末を拒み続けるだろう。
 それが裏切り者と言う汚名の代償ならば……


「見つけたぞ、古賀葉子」
 唐突に、予告無く、野太い男の声がした。
 しまった、と思った時には遅かった。
 葉子が走ってきた方向、今のト子の背後に、そいつが居た。
 ――鈴木正一郎が。
 ト子は一瞬身構えかけたが、それはやめた。
 まずは相手の出方を見なければならない。


 正一郎はそのままト子の前を通り過ぎて、目を見開いている葉子の目前にまで足を運ぶ。
 そして、葉子を見下ろしながら言った。
「……お前はどうなんだ? 乗ったのか? 乗ってないのか?」
 ト子は思った。
 それはお前にも言えることだ。
 右手には、小型のチェンソー。
 その刃には血がこびりついているのがこの僅かな光でも分かる。
 明らかに誰かを殺傷している。

 葉子が震えながら首を横に振るが、正一郎の威圧は未だに続いている。
 ト子は正一郎が動くのをひたすら待った。
 そうでなければ、こちらから動くのはあまりにも危険な賭けだからだ。


 と、思いきやいきなり美意子が正一郎の脇腹目掛けて頭突きをぶちかました。
「うおっ!」
「何のつもりよ、鈴木君! おびえてるじゃない!」
 よろける正一郎に美意子は叱責した。
 戸惑いは見せていたが、正一郎はすぐにそれに返した。
「……俺は、殺し合いに乗った奴らを制裁しているだけだ」
 正一郎は続けた。
「麻倉、お前はどうなんだ?」
 ほぼ反射するように美意子は反論する。
「そんな……人を殺そうなんて思うわけ無いでしょ!」

 ト子は、しばらくその流れを傍観していた。
 やがて正一郎は自分にも同じようなことを聞いてくるだろう。
 答えようは一つしか無い。
 ここで乗ったなんて言うのは余程の馬鹿か自殺志願者だけだ。



 だが、この時ト子はある考えを思い付いた。
 それは卑怯な考えだ。
 自分でも分かっている。
 それでも今、この鈴木正一郎の近くに居ること自体が危険だったし、今後、麻倉美意子も邪魔になってくることは容易に想像がつく。
 不自然さが否めないかも知れないが、仕方がない。
 もしかしたらそろそろ薬の禁断症状が近付いて冷静な判断力を失っているだけかも知れないが。

 ――ああ、どうあっても自分はもう裏切り者だ。
 なら――

「鈴木、じゃあお前はどうなんだ」
 ト子は正一郎に聞き返す。
 正一郎も直ぐさま、苦笑を込めて返事をする。
「馬鹿な。俺は殺し合いに乗った奴しか殺してない」
「どうだか。では、お前が殺している連中は本当に乗っていたのか? 特に加賀は?」

 そこで、一瞬正一郎は黙り込んだ。
 ト子はその隙を見逃さなかった。
「もしかしたらお前の正義感とやらは随分安っぽいものなんだな」
「――」
 それを聞いて、正一郎は眉を潜めた。
 少しためらったように間を置いて、それからチェンソーがいきなり唸りを上げて動き始める。

「……それが答えか?」
 ト子はすくんだように左足をやや後ろに下げた。
 ――いや、ト子はむしろそれを待っていた。



「悪いな……」
「!?」
 次の動きは、正一郎にとっても美意子にとっても葉子にとっても予想外だったに違いない。
 ト子は素早く美意子の後ろに回り込んだ。

 そして、正一郎に向けて、美意子を肘から体当たりした。
 小柄な体格の美意子はそれに耐えられず、吹き飛ばされてしまう。
 ――先には、チェンソーの刃。

「か、貝町さ――」
 顔は正一郎の方向を向いていて、ト子には見えなかったが美意子は驚愕に歪んだ表情をしていた。きっと。
 ト子は、ただ淡々と言った。
「頭が良すぎるのも考えものなんだよ、麻倉」
 刹那、美意子の身体が激しい振動を始めた。
 回転する刃が胸を、顎を、喉笛を一気に引き千切る。
 美意子の目は遠く天を見て、口を半開きにしてさしずめオペラ歌手のようだったのだけれど、その口の少し下からは血が噴水の如く噴き出していた。
 悲鳴など、上がる筈もなかった。

 美意子の首元から一際大きい血飛沫が飛び出すと同時に、ト子はもう日本刀の鞘を抜いて正一郎目掛けて飛び掛かっていた。
「そのまま、死ね……」
 美意子の頭の上を通り過ぎるように、正一郎の首に日本刀が迫った。
 チェンソーが美意子から抜けず片手が塞がったままの正一郎は急いで身を屈めてその一撃をかわす。
 そして正一郎の頭上を通った直後、ト子は日本刀を逆手に持ち直した。
 そのまま激しく突き出した。
「ぐっ」
 正一郎の口から呻きが洩れる。
 左脚のふくらはぎを貫いた日本刀はすぐに抜かれ、ト子は正一郎に背を向けて全力で走り出した。
 葉子がそのト子の姿を視線で追っているのが見えたが、それは無視することにした。



 これで十分だ。
 下手に戦って日本刀をチェンソーで叩き割られたら泣くに泣けない。
 逃げる為の時間は稼げた筈だ。


 また、自分は裏切った。
 相手にも危ないところがあったとは言え、他の誰かに壊させてしまった。
 あの時のように。

 ――違う。
 自分は、自分の目的の為に動いた。
 あの時のように強制された訳ではない。

 完全に私の責任だ。
 いや、そもそもどうなろうともはや私には責任が持てない。

 なら――何処までもやってやろうじゃないか。
 絶対に負ける訳にはいかない。
 裏切り者として、生き抜いてやる。
 だから――
「許せ、麻倉。私が生き残る為には仕方無いのでな……」

――

 正一郎は、しばらく立ちすくんでいた。
 麻倉美意子の死体からチェンソーを引き抜こうともせず、ただ茫然とその美意子を眺めている。

 こんな筈じゃなかった。
 自分はまだ麻倉美意子を殺そうだなんて思っていなかった。
 なのに、殺してしまった。
 いや――殺させられた。

 それでも、善良だったかも知れないクラスメートを自分が殺してしまったと言う事実からは逃れようが無い。
 目の前には紛れも無くその骸がある。
 ――自分は、自分は乗ってしまった、のか?
 罪も無い人間を殺してしまった以上、乗ってしまったと言うことなのか?



「がっ!」
 そう考えていた時、正一郎の背中に激痛が走った。
 それに意識を引き戻され、何があったのかばっと痛みの根元に顔を回した。
 羽のようなものがついた太い針が正一郎の背中に突き立てられている。
 急いでそれを引き抜いて確認する。
 ――ダーツだ。

「ひ……人殺し」
 その正一郎の背後で震えながらも叫ばれる声。
「狂ってる!」
 古賀葉子が、ダーツの束を手に持ちながら正一郎を汚物でも見るかのような目で睨み付けている。
 足も、腕も、唇も全て震えていたのだけれど、しかし正一郎に対する怒りだけははっきりと分かった。
「人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し!」
「違う、俺は正気だ!」
 正一郎はデイパックの中から覚束ない手付きでアイスピックを取り出すと、勢いをつけて葉子に突き進んだ。
 逃げる間もなくアイスピックが、葉子の左胸に深く突き刺さる。
「うっ」
 そのまま、葉子がゆっくりと崩れ落ちた。
 自分が一瞬の内にあっさり殺された現状に気付く時間も無く、仰向けに倒れて、木々の枝の間の明けかけた空を見上げる。
 そして苦しむ様子も見せず、ただ静かに、愛おしそうにその名前を呟いた。
「リ……ン」
 それきり、葉子の全てはそこで止まってしまった。

 もう正一郎は、その場から一歩も動けなくなっていた。
 自分が殺した二つの死体が転がる中、正一郎の精神は完全に追い詰められつつあったのだ。

 どうにかして自分を正当化しようと考える。
 しかし、その理由が思い付かない。
 そうやすやすと思い付けばこんな自己矛盾から解き放たれるのも訳がないだろう。
 それでも、今の正一郎にはそれが出来なかった。
 自分が本当の”殺人鬼”になりつつあるのを理解しかけていたからだ。
 その汚名に直ぐに慣れられる程、正一郎は強くはなかった。
「くそ、俺は……!」


 ――ただ、それだけの話だった。


【C-5 森/一日目・早朝】
【男子十五番:鈴木正一郎】
【1:俺(ら) 2:あんた(たち) 3:○○(名字さん付け)】
[状態]:自己嫌悪、右脚負傷、右脇腹打撲、背中に刺創、疲労(中)
[装備]:チップカットソー(バッテリー残り80%)
[道具]:支給品一式×2、不明支給品(確認済み。武器ではない)、アイスピック、
    バイクのチェーン(現地調達)錆びた鉄パイプ(現地調達)
[思考・状況]
基本思考:脱出派(危険思想対主催)
0:危険人物と判断した奴を殺しながら脱出の道を探す
1:生きているかもしれない松村友枝と、事の一部始終を知る朱広竜を探す
2:脱出不可能なら自分以外の誰か一人を生き残らせる
3:貝町ト子を殺す
[備考欄]
※ 彼はクラスメイトの人間関係を色々誤解しています

【女子5番:貝町ト子】
【1:私(ら) 2:お前(ら) 3:○○(名字呼び捨て)】
[状態]:疲労(小)
[装備]:日本刀
[道具]:支給品一式×1
[思考・状況]
基本思考: 秘密を保ったまま脱出する
0:この場から離れる
1:禁断症状が出ない内に薬物を手に入れておきたい
[備考欄]
※テトとは友人でした
※太田に対して、複雑な感情があるようです
※薬物中毒者です。どの程度で禁断症状が出るかは、後の書き手にお任せします
※支給品「赤い液体の入った注射器」は太田が貝町に使っていた薬品のようです。


【女子一番:麻倉美意子 死亡】
【女子十五番:古賀葉子 死亡】
【残り35人】


※支給品一式×1、不明支給品×1 、首輪の残骸×1が麻倉美意子のデイパックに入っています。
※ダーツセット(本数不明)が古賀葉子の死体の傍に落ちています。


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殺戮行 鈴木正一郎 Raging bull
I am Genocider 貝町ト子 Scarecrow
I am Genocider 麻倉美意子 死亡
殺戮行 古賀葉子 死亡