闇の聖典 ◆EGv2prCtI.



 しばらくは街に着いてからは周辺の家をじっくりと調査していたのだけれど、しかし特にめぼしいものは見つからなかった。

 楠森昭哉(男子十一番)は添島龍子(女子十八番)と共に住宅街を回って役に立つもの、他の生徒(特に、先程悲鳴が聞こえた倉沢ほのかを)を捜すと同時に島の様子を確かめていた。
 明かりを最低限に留めながら探っていたせいか、感じているよりかなり時間が経過しているようだ。
 しかし窓の外は未だに黒く塗り潰されている。
 近くで銃声が連発していたのだが、今はそれも止んで真の静寂が訪れていた。

 見つかったものと言えば、二番目の家の倉庫にあった工具箱ぐらいだった。
 ハンマー、ドライバー、スパナ、釘。
 当座武器になりそうなものはこれぐらいしか無い。
 木の棒だけでは心持たないのもあった為、ありがたかったと言えばありがたかったのだが。

 それから、電話も探した。
 そう、あの本――バトル・ロワイアル――の百十四頁目に於いて作中の女子生徒が携帯電話を使用した際に、それは殺し合いを管理している政府の役人に繋がったのだ。
(ちなみにその女子生徒はそれで他の生徒に見つかって鎌で斬り殺されてしまった)
 子機電話だろうとPHSだろうとなんでもよかった。
 どうしても、なんとしても、若狭吉雄と連絡を取りたかった。

 昭哉は若狭との会話を望んでいる。
 何故こんなことを始めたのか?
 そして、今は一体何を望んでいるのか?
 それを聞きたい。

 そのことで頭がいっぱいだった。
 いや――始めから、あの教室で若狭を見た時からほぼそれしか考えていない、と言うべきだろうか。
 海野裕也や倉沢ほのかを心配している部分もある。
 しかし、それよりも若狭への憎しみがずっと上回ってしまっていた。
 昭哉でも気付かない内に。

「ねえ、誰か居た?」
 隣の部屋を探っていた添島龍子が、その作業を終えたようでこちらに戻ってきた。
 様子から見て何も見つからなかったようだ。
「……いえ、特に何も」
 これで四軒目だ。
 倉沢ほのかが居ないのはともかく、辺境の島とは言え何故か電話が見当たらない。
 しかし棚の上などに不自然なスペースがある辺り、きっと元々は電話があったのを全て若狭が撤去したに違いない。
 随分と手の込んだことをする。
 昭哉はすっかり呆れていた。
 この為にずっと前から準備していたと言うのだろうか?

「倉沢さん、居ないわね」
 龍子が窓の外を見回しながら、言った。
 電話が見つからないことはともかく、倉沢ほのかの姿を視認出来ないことに関しては不自然ではなった。
 死んでしまったのならば何かしらその痕跡は残る筈だし、それにあれだけ目立つことをしてしまった以上、もうこの場から逃げ出したと考えるのが妥当だろう。
「もうこの場所から離れてしまったのかも知れませんね」
 そう昭哉が言うと、龍子はまた考え込むように俯いた。

 何にせよ――ほのかを捜すなら早く捜さないと取り返しのつかないことに成り兼ねない。
 銃声こそ聞こえなくはなったが、生徒達に渡されているのは銃だけではない筈なのだ。

 そのまま家の玄関に足を運ぼうとした時、龍子が声をかけてきた。

「まだ聞いてなかったんだけど、どうしてあれを探しているの? 助けを呼べる訳でもないのに」
 そう言えば昭哉はまだ、龍子に「電話も探したい」としか説明していなかった。
 しかし本に書いてあったことは一通り筆談で説明したので、龍子もただの電話では外部とも繋がらないのも知っていた筈だ(改造された携帯電話では繋がっていたが、しかしこれがあちらから昭哉に渡されている以上確実に対策されている)。
 それに――今の龍子の言葉はこちらを疑っているのか、何か威圧的な口調だった。
 こんな状況で無理に自分を信じろと言う方がおかしいのかも知れない。
「俺はある人と連絡を取りたいんです」


 昭哉の言葉に、龍子は首を傾げた。
 普通に考えれば、それは矛盾していることだろう。
 だが――昭哉はどうしてもそれを行わなければならなかった。
 酔狂と思われても仕方ないような行為。
 どうしても――

「どうしても、俺は、その人に聞かなければならないのです、添島さん」
「ねえ、だからそれ誰なの?」
 いらついたように龍子が言った。
 昭哉はどうしても若狭吉雄と話したいと言うことが出来なかった。
 盗聴の件もあったし、何よりそれを言ってしまうのは――怪し過ぎる。

 指で首元を指しながら、言った。
「添島さん、これのことを忘れていませんか?」
 はっと、龍子は思い出したように唇を開いた。
 疑いのあまりこんな重要なことも忘れたと言うのだろうか?
 それほど添島龍子は自分のことを疑っていると?
 いや、違う。
 自分が疑われるようなことをしているのだ(しかし、それはどうしようもないことだ)。
 それではここまで信じられなくてもしょうがない。

 そこで昭哉は早く電話を探すことにした。
 弁明するのはかえって逆効果だと判断したし、大体こうしている時間も惜しい。
 龍子にはもうしばらくこのまま黙っているしかないだろう。

 玄関を出た。
 その遠く先には、海とその地平線が見える。
 そして、その地平線の先には光の点がいくつか見えた。
 道路はコンクリートで整備されていたが、漁業関係の車とか何かが通っていたのか所々砂がばらまかれて明かりを反射していた。



 先程コンパスと地図を照らし合わせて見た限り、ここはF-8の南側に当たる場所だ。
 港も見える位置なのだが当然船は無い。
 軽く思考を張り巡らせる辺り、脱出はまず不可能だと言うことだろう。
 街の入口付近の三軒と今の家は既に調べたので、次はその隣の家と言うことになる。
 しかし、その隣の家には目に付く部分があった。
 他の家には無い、それが。

 ベニヤやトタンで構成された僅か幅七メートル程の倉庫。
 奥行きもそれ程あるようには見えない。
 つまるところ漁具置場のようだった。
 昭哉と龍子はそのトタンのドアを出来る限り音を出さないように開けると、懐中電灯をそこら辺に当て始めた。
 やはりほとんどがガラクタか単独では使えないようなものしか残っていなかったのだけれど、しかし大きな棚の上の黒い箱が目に入り、そこで二人の懐中電灯の動きが止まった。
 昭哉の胸部辺りにある長方形型のそれは、ダイヤルのようなものとスイッチがいくつか側面に付いていた。
 不意に現れたその物体に、昭哉はぎょっとした。

 ――無線通信機だ!

「……あった」
 龍子が声を上げる。
「いや、さすがに本州には届かないように押さえられていると思いますよ」


 それは当然だった。
 そうでなければここまで手の込んだことをしておいて、こんなくだらないミスをするなんて有り得ない。
 ――しかしそれは、同時にあの男の元へ繋がる、と言うことだ。


 無線の電源は通っていた。
 使い方については以前古本で見たことがあったので了承していた。
 ダイヤルを調節しながら、昭哉はヘッドホンを耳に当てた。
 龍子も、ヘッドホンに耳を近付けた。

 細やかな砂嵐のようなノイズだけが聞こえる。
 一応、何度も呼び掛けをしてみたが返事は無い。
 いくらダイヤルを動かしても、ぷつぷつとした音だけが断続的に鳴るだけだった。
 しばらく、その作業を続けたが、それが変わることは無い。
 やはり甘い考えだったのだろうか?

 その時だった。
 ノイズが薄れたかと思うと、いきなりヘッドホンから声が聞こえた。
「はい、こちら本部」

 昭哉と龍子は目を見開いた。
 予想もしていなかった。
 応答したのは若狭ではなかった。
 紛れも無い、それは――


 ――卜部悠(女子二番)の声だった。

「え? 誰? 若狭でもテトじゃないみたいだけど」
 僅かに戸惑ったように、卜部は聞いてきた。
 こちらも幾分の驚きは拭えなかったが、しかし返答しない訳にはいかなかった。
「卜部さん、楠森昭哉です。そちらは何処に居ますか?」
 しばらくヘッドホンは静かになったが、すぐに静寂は破られた。
「はあ!? テトの奴通信手段を全部始末しなかったの!?」
 それは焦りの混じった声だった。
 そして、それは卜部悠とテト(女子十九番)が若狭吉雄に関与していることを意味していた。

 しかし、それはどうでもよかった。
 今の昭哉の目的は一つしか無い。

「卜部さん、若狭先生と代わっていただけませんか」
 また少しの間を置いた後、聞こえた。
「何言ってんの? あんたそう言える立場?」
 まるで何気ない会話の中で友人のことを馬鹿にするような口調だった。
 それに昭哉は、思わず怒りをあらわにしてしまった。

「若狭さんと代わってください、卜部さん!」
 ほぼ怒鳴るように、昭哉は叫んだ。
 びっくりしたように龍子は昭哉の顔を見て、そして卜部は――

 ――通信を切ってしまった。
 もう、ヘッドホンからはノイズしか伝わってこなかった。

「く……」
 昭哉はうろたえたように、歯を食いしばった。
 無線通信機はもはやただの箱でしかないだろう。

 明らかに昭哉は狼狽していた。
 すっかり静まった漁具小屋の中、龍子はただその昭哉の顔を見ているしかなかった。


【F-8 住宅街/1日目・黎明】
【女子十八番:添島龍子】
【アタシ(たち)、あなた(たち)、アイツ(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:健康、若干の精神的消耗、強い決意
[装備]: モーゼルC96ミリタリー“レッド9”(10/10)
[道具]:支給品一式、拡声器、9mmパラベラム予備弾薬(30/30)
[思考・状況]
 基本思考:ゲームには乗らない、情報収集
 0:楠森昭哉と協力する
 1:如月兵馬がついて来ると信じる
 2:朱広竜を警戒
[備考欄]
※銃は撃ってもまず当たりません
※楠森昭哉の推測をとりあえず有力な情報と認識しましたが、いまいち信じ切れていません
※卜部悠、テトが主催者側に居ると確信しました

【男子十一番:楠森昭哉】
【1:俺(達) 2:あなた(達) 3:彼(彼女)(達)、名字(さん)】
[状態]:怒り、激しい憎悪、裏切られた悲しみ
[装備]:木の枝
[道具]:カードキー、本(BR)、工具箱(ハンマー、ドライバー、スパナ、釘)、支給品一式
[思考・状況]
 基本思考: 若狭吉雄を許さない(具体的にどうするかは決めていない)
 0: 添島龍子と協力する
 1: 倉沢ほのかが心配
 2: 海野裕也が少し心配
 3: 内木聡右を警戒
[備考欄]
※今回のイベントが本の内容をなぞったものだと考えています
※自分では冷静なつもりですが、その実かなり危ない状態です
※G-7の森の中で内木聡右とすれ違いました
※卜部悠、テトが主催者側に居ると確信しました


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No Country For Old Man 添島龍子 Panic Theater
No Country For Old Man 楠森昭哉 Panic Theater

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最終更新:2009年04月01日 08:43