Broken Arrow ◆H7btjH/WDc



広竜は、早速武器を失ってしまった。

松村友枝(女子二十六番)が引き起こした爆発からは難なく逃れられたわけだが、己の武器が拳法だけ
このヌンチャクは恐らく武器としては使い物にはならないだろう。一応は持っておくが。
となると、少なからず中距離戦闘用武器を支給された生徒と対峙する際には不利になる。

合理的な判断としては、民家の中から何でもいいから使えるものを探し、回収するのも打倒だろう。ボールペンでも、カッターナイフでも、包丁でも使えないわけではない。


誰かに遠くから見られているのならば、その目を掻い潜ることも同時に出来るわけだから、一石二鳥だ。
広竜は、とっさに角の近くにあった民家の中へと飛び込んだ。


鍵が当然のように開いていることに、彼は大して疑問を抱かなかったし、誰もいないことを良いことに、土足で玄関へと上がった。
見たところ、誰もいないようだったが、広竜はすでに気付いていた。
少なくとも一人。誰かがこの家の中にいる。

広竜は、家に入ってすぐにその存在に気付いていた。それの放つ殺気によってだ。
自分が内側に丸め込んでいる殺気よりも、遥かに形の荒いそれがすでに家に充満しており、広竜は職業上それを常人よりも鋭敏に察知しなければいけなかった。
彼は、この芸当が組織のなかで苦手なほうであったが、玄関に一歩しか足を踏み入れていない状態でも、充満した殺気が彼にはよく分かった。

流石にどこにいるかまでは分からない。だがいることは確実だ。

「お~い。誰かいないか~。いたら返事をしてくれ~」

やや、わざとらしさを孕んだ口調で、広竜はそいつを誘い出そうとする。
彼は演技が下手だ。相手を籠絡しようとしても、いつだってそのサド心がそれを邪魔する。
組織にも、それにより大分迷惑をかけた。だが、広竜がそれを省みることは一切しない。
協調性がないことを、本人は自覚していたし、それも改善しようとも思わなかった。
誰かと組んだことも一度も無い。集中力が途切れて殺気を読み取りにくくなるからだ。
物心つく前から犯罪が当たり前。組織に拾われた後は、殺人マシーンに仕立て上げられる。
いつだって広竜の周りには、人がいるようでいない。組織の人間と一緒にいるのは、利害関係が一致しているから。組織の人間のみを守るのは、信用を得るため。
組織の言いなりに人を殺すのは、のし上がるため。


広竜はそう考える。そして彼は、まともな思考と嗜好を持つことを、とうの昔に諦め、異常こそをまともとして生きてきた。

……紫苑社長の暗殺を、一手に任された時も、自分は捨て駒にされたんじゃないかとさえ思えてきた。


広竜はそういう人間だ。今も昔も変わらない。
だが、あの学園に潜入してから……かつて誰も居座ろうとしなかった、彼の近くには口うるさい女がいた。
卜部悠(女子二番)のことだ。

広竜は、まもなくして廊下へと差し掛かった。
玄関から3歩。たっぷりと時間を掛けて歩く。目はすでに慣れてあったため、遮蔽物などで躓くことはなかった。

廊下からは、キッチンダイニングが見え、広竜のすぐ左にはトイレ。右には、やや急な階段があった。

広竜は、階段に足を掛け一歩一歩、焦らすように上ってゆく。

声を聞いて、殺気の形がさらに荒くなっていた。
それによって、より鮮明に殺気を放つ。それが広竜をぞくぞくさせる。
コイツもトマック(男子二十一番)と同じく、恐慌しているのだろう。
姿は見えずとも、吹き出してしまいそうになる。

その数秒後に、突然誰かが飛び出してきた。

そいつは、短機関銃のイングラムを持って叫びながら広竜に向けて発砲してきた。


声から判断して鹿和太平(男子十四番)だ。

別にいじめられてるわけでもないのに(無視は多少されてた)不登校なキザデブ。
あんまり会ったことはないが、悪いやつという印象は無かった(ウザいという印象はあった)

トマックと同じ理由で、このような行動に至ったのだろう。
滑稽で笑えてくる。

さらに滑稽なことに、イングラムから放たれた銃弾は、全て下にいる広竜にはかすりもしない。
そして、反動で足を踏み外して、ドアに後頭部から思いっきり倒れた。もうコントのようだ。

その体重で、ドアが開き、そのまま部屋の中に鹿和は姿を消した。
もうその時点で広竜は、笑いを堪えられなくなっていた。


「はははっ。無様だな鹿和ァ!」

広竜は、恐らく動きを止めているであろう鹿和に止めを刺すべく、ゆっくりと、わざとらしく足音を立てながら階段を上る。

これなら素手でも十分殺せる。
やっと人間をゆっっっっくり嬲れる。

ぞくぞくして、鳥肌が立ってくる。そして、階段を上り終えて、鹿和が転がり込んだ部屋を見渡すと、そこにいるはずの鹿和がいなかったのだ。

「?!」


「うるぁああああああっ!」


鹿和のイングラムが、広竜を捕らえた。

何故広竜は、鹿和を見失ったのか。その理由は簡単だ。

広竜は、部屋の詳細を知りえていなかった。
この部屋の入り口には、5段の階段が展開されており、倒れることで姿を隠すことが出来た。


広竜がその存在に気付いたのは、部屋のすぐ近くにきてからだ。何しろ、階段からでは部屋の中はあまり見えない。未だ暗いあの部屋ならなおさらだ。
そして、気付いた時に広竜は、明らかに油断をしていた。
その結果、放たれた数十発の銃弾のうち、一発を、あろう事か右手中指の付け根に被弾した。

被弾した直後、中指は吹き飛ばされた。
血飛沫が服に少しだけ掛かり、痛みを感じたのはそのすぐあと。
だが、痛みを堪えてすぐにデイパックを投げ、突然姿を消した。
そのことによって、デイパックが放たれた銃弾を一手に引き受け、すぐあとに階段に沈んだ。

「調子に乗るからだよ。チャイナ野郎」

鹿和は、息を荒げながら、辺りを見回す。

だが、彼もまた油断してしまった。その直後に、階段を正面から見直すと、海老のようにして背中を反らしながら、階段でブリッジをしている広竜の姿を目撃した。

そのあとに彼はすごい形相で起き上がり、一瞬にして飛び上がり、鹿和の懐に忍び寄ると、手刀でイングラムを握る鹿和の右手の指を、全て切り裂いた。

鹿和は叫びながらイングラムを手放した。だが、そのまま発砲を伴いながら下に落ちて、床から回転して、壁などに鉛だまをぶち込んで、すぐに停止した。

鹿和も同時に蹲ったが、それでも広竜の気は晴れない。

「おい。さっき誰に向かって口訊いた。言ってみろ誰だ」

広竜は、怒りを孕んだ口調で鹿和に近寄り、鉄の塊であるイングラムに、鹿和の顔をぶつけ続けた。

「誰だ?誰だ?誰だ!!?」

鹿和は、当然受け答えすることは出来ない。広竜は、怒りに任せて顔を打ちつけ続けた。何十分とそれを続けただろう。いつのまにかイングラムはその部分だけ陥没していた。

「も゙……も゙ぼ許…………じで」

そのまま命乞いする鹿和の頭部に側面から蹴りを入れた。

鹿和は、そのまま壁に思いっきり叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。
散らばった壁の破片を一面にあびた鹿和の頭部からは、ダラダラと血が流れ出ており、蹴りが直撃した地点の、脳漿が少しだけ見えていた。

「調子に乗るからだよ。クソ豚が」

とりあえず、応急処置は済ませておいた。鹿和の支給品も一式奪ったし、使えなくなった支給品の穴も埋めた。

だが、彼の機嫌は悪かった。利き手の、指を欠損したということは、少なからず拳法に支障が出ることもありうる。

それよりも何よりも、彼は腹が立っていた。鹿和にでもこのゲームにでもなく、自分自身に。
勢いや怒りに任せて、行動したことにより、右手中指と、手に入れるはずだった魅力的な武器の、両方を失ったから、傲岸不遜な広竜であっても、多少はその愚行を省みた

「クソ……腕鈍ってねえといいがな」

包帯を巻いた、かつて中指のあった地点を広竜はしみじみと見つめた。
そんな広竜が、卜部悠を含む3人が分校にいなかったことを、思い出したのはそのすぐあとのことだ。


【A-5 住宅街/一日目・深夜】
【男子二十番:朱広竜】
【1:俺(達) 2:お前(達) 3:○○(呼び捨て)(達)】
[状態]:右手中指欠損(止血、応急処置済み)、激しく不機嫌(冷静は維持)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(鹿和太平から奪った支給品)
[思考・状況]
基本思考:ゲームに乗る
0:積極的に相手には近付かない(今は尚更)
1:しかし機会があれば相手をすぐには殺さず痛め付けて楽しむ
2:武器を破壊してしまったことを激しく後悔
3:怒りに任せて自分に不利益の働く真似をしないように、まずは落ち着きたい
4:1のために危ない橋を渡るのは極力止す
[備考欄]
※トマックも爆発に巻き込まれたものだと思っています
※中指を失ったことで拳法の腕が格段に落ちました
※これにより技の発動などに支障が発生することがあります
※朱広竜の支給品一式は、イングラムの銃弾を被弾したことにより使い物にならなくなりました
※時間軸としては、chapter10:TOWERのすぐ後の出来事です

【男子十四番:鹿和太平 死亡】
【残り44人】

※破壊されたMAC M11イングラムが、鹿和の死体の近くに転がっています
※同ブロックにいた和音さんと追原弾にも発砲音が聞こえたかもしれません(以下の描写は他の書き手さんに委ねます)

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TOWER 朱広竜 Raging bull
GAME START 鹿和太平 死亡

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最終更新:2009年03月16日 11:54