Fall'n Gods ◆EGv2prCtI.


 南の海沿いの、港の倉庫の一つの内。
 大柄な体のグレッグ大澤(男子十二番)は、腰に身につけた鞘入りのサバイバルナイフを気にしながら、ドラム缶に腰を降ろしていた。

 どうしてこんなことになったのか、そもそも誰がこんなことを考えたのか、ただひたすら、彼は自問自答していた。
 何故か、グレッグは若狭吉雄が画策したものとは考えられなかったのだ。


 ラト(男子二十七番)。
 優しい、猫族のクラス委員。
 そして、彼はもう死んでしまっている。
 まさかこのことに、自分の命を捧げてまで実行する理由があるとは思えない。

 サーシャ(女子十六番)。
 クラス委員で、生徒会のメンバー。
 彼女のことはよく知っている。
 有り得ない。

 神崎健二(男子九番)と神崎志緒里(女子六番)。
 姉弟である彼らも気のいいクラスメートである。

 鈴木正一郎(男子十八番)。
 彼の正義感の強さはグレッグも知っている。

 白崎篠一郎(男子十六番)、ノーチラス(男子二十三番)、鬼崎喜佳(女子七番)。
 とても真面目だ。
 三人がこんなことに関わるとは考えがたい。

 二階堂永遠(女子二十二番)、卜部悠(女子二番)、テト(女子十九番)。
 教室で見当たらなかった生徒。
 彼女達は殺されていると考えた方がいいだろう。

 壱里塚徳人(男子二番)、楠森昭哉(男子十一番)、長谷川沙羅(女子二十四番)。
 彼らは一人で居ることが多い。
 しかし、悪い人間ではない。

 北沢樹里(女子八番)、森屋英太(男子二十六番)。
 陽気な二人がこんな残酷なことを考えられるのだろうか。

 ケトル(男子十三番)、ウィリアム・ナカヤマ・スペンサー(男子三番)、倉沢ほのか(女子十三番)、苗村都月(女子二十番)。
 心優しい四人も有り得ない。


 ――朽樹良子(女子十二番)。
 生徒会長。
 そして、自分の思い人。

 彼女は凛々しい、そんな印象だった。
 とにかく、きれいだった。
 自分は嫌いな体育の授業での時も、犬の散歩をしている時も、いつも。
 自分はまだ、思いを秘めている。

 彼女も、サーシャ同様有り得ない。
 あってはならない。
 結局、クラスメートにはそんな生徒は居ないと言う結論になった。

 やはり、若狭が――

「あの二人が私の本当の敵!」

 唐突に後ろから聞こえた声にグレッグはびくんと全身を上げ、顔を振り向いた。
 いつの間にか銀髪の少女――銀鏖院水晶(女子十番)が、グレッグの背後に回っていたのだ。
 そして、水晶はグレッグの腰に掛けられていたサバイバルナイフを取って、すぐにグレッグから離れた。
 その作業用ライトに照らされた顔は、狂気に歪んでいる。

 銀鏖院水晶は、普段から冷めた一面を見せていた。
 まるでほとんどの事象に感心というものを示さないのだ。
 クラスメートから話し掛けられても返事すら返さない、常に孤独を好むようなタイプの生徒。
 やはり、彼女は殺し合いに乗ることを選んだのだろう。

 しかし、今はそんなことを考えている暇はなかった。
 早く水晶からナイフを取り戻さなければ――

「あなた達愚民は、大人しく私の礎になりなさい」
 水晶が、手を翳す。
 その刹那、何故か倉庫の支柱が次々と折れ――

 気付いた時には、遅かった。
 崩れ落ちた天井から木々やトタンが落下し、グレッグのを押し潰したのだ。
 水晶は既に倉庫の外に脱出していて、もうグレッグから水晶の姿は見えなかった。
 ぐしゃぐしゃにスクラップになった倉庫の中、グレッグだけがただ取り残された。

 冷たいコンクリートの床に、自分の熱が広がっていくのが分かった。
 もう腕の筋肉は完全に萎えている。
 腹部には木の破片か何かが突き刺さっている感じだったし、そこから徐々に冷気が流れ込んでくる感覚だった。
 自分は死ぬのだと、確信できた。
 あまりにもあっけなかった。
 自分は、力を持ちながら水晶一人を止めることすら出来なかった。

 それでも構わず、グレッグは思った。
 生徒会の彼女達や、他のクラスメートには生きていてほしい。
 サーシャさん、朽樹さん――

 グレッグは、悲しげに最期の息を吐き出した。

「……これで、力を使う必要がなくなる」
 銀鏖院水晶はグレッグから回収したサバイバルナイフを自分の目の高さに持っていった。
 彼女には、物質を内側から潰す超能力が備わっていた。
 それを利用して倉庫の柱を破壊したのだ。
 もっとも、グレッグ大澤のような怪力の持ち主が相手でなければこのような負担の大きい能力は使わず、ナイフで殺していたのだが。

 水晶に支給されたのは元々毒薬が入った小瓶が三つと言う直接相手を殺傷できるものではなかったので、仕方なく心臓に負担のかかる能力を使わざるを得なかったが、しかし武器は手に入れた。
 これさえ有れば無理に力を使う必要も無くなるのだ。
 そして、他の愚民を殺して――

「かわしてみな」
 瞬間、男の声が聞こえ、水晶に向かって何かが飛んできたかと思うと、そのまま水晶は顔を歪めながら左胸を押さえ、その場にばたりと倒れ伏した。
 俯せに倒れて、水晶はしばらくは痙攣を続けていたのだけれど、数秒経つとその動きは緩慢になっていった。
 恐らく、荒れた木材の向こうの日向有人(男子二十五番)の姿を確認出来ないままだったのかも知れない。
 そして、その有人の手中には、ライフルに弓を取り付けたような物が収められていた。

「……こんな奴の神経を刺激するイベントだな」
 有人は水晶の手から落ちたサバイバルナイフと毒薬らしき瓶三つ、それから水晶のデイパックに入っている食料と水を自分のデイパックに移している間、思った。

 ――教室に居なかった生徒は三人。
 そして、その三人は殺されている可能性もあったが、しかしそれよりもこのイベントの黒幕に回っている算段が高い。
 殊に、彼にはその内の一人に心当たりがあった。


 数カ月も前の話だ。
 ふとしたことで、有人は、父親に愛人と隠し子が居ることを知った。
 愛人は、有人と親友と同じ虎族の女だった。
 また、親友の父親は遠いところで仕事していると聞かされていた。

 その時点で、有人の中でもはや何かが決まっていたのかも知れない。
 しかし、絶対に確定させてはいけない何か、が。

 次の日、有人は親友を問い詰めた。
 そして、答えた。
 親友は本当はハーフで、父親は本当は物心ついた時にはもう居なかったらしい。
 それでもまだ、有人は事実に抗おうとした。
 拒絶するのだ。思考が、その事実を。

 確実に調べる方法ならあった。
 有人は、以前からの知り合いにことの調査を依頼した。
 それから一日して、ファストフード店で結果を聞かされることになる。

「どうだったんだ、テトさん」
 クラスメートで、見習い巫女のテト(女子十九番)が、向かい合わせに座っていた。
 元々、日向家が集めた古い宝具などをテトの一族に貸し出しているのだ。
 その点で、テトと有人には付き合いがあった。

 テトは吸い出していたシェイクのストローから口を放し、そして、言った。
「有人とあいつは本当に腹違いの兄弟よ。ま、調べる時にあっちにもあたしのことが知られちゃってその記憶を消してるから、その時に紙に書いたあたしの記憶に間違いが無ければだけど」
 テトは、メモ用紙をテーブルに置いた。
 親友の母親――虎族の愛人が知っているらしいことが、全てつらつらと書かれていた。

 ――今まで親友だと思ってきた存在が、兄弟だった。
 有人は、その事実に打ちのめされて、そのまま顔を押さえた。
 口から、思わず声が漏れた。
「……あいつの冗談だったらどんなによかったか」
 テトは、黙ってそれを聞いていた。
 続けた。
「俺には、よく分からないんだ。どうして親父が、虎族の女が好きになったか」
 それからしばらく重い沈黙が続いたが、唐突にテトが口を開いた。
「そんなものよ。種族を越えた愛に理由はいる? まあ、さすがに愛人を作るなんて人としてどうかと思うけど」
 そんなもの。
 今の有人にとってその言葉で片付けられる問題ではなかったが、しかし、実際にそんなものなのだろうか?
 どう解説されようと、父親を許すわけにはいかなかったが。

「あたしはやっぱり人間じゃなくてフラウやケトルみたいなタイプが好みなんだけどね」
 テトが、嬉しそうにそれを語った。
 ケトルはともかく、フラウが好みだと言うのは一体何の冗談かと耳を疑ったが、しかしそれは友人として、と言った意味なのかも知れない。
 友人としてなら種族なんて関係なかったとは思っていた。
 しかし、まさか愛情まで関係のないものだなんて考えてもいなかった。
 確かにクォーターのサーシャやエヴィアン(女子三番)みたいな存在も居るし、そんな人々も居るんだと言うのが有人の認識だった。
 それが今まで自分とは何ら関係の無いものだと。

 そして、ある疑惑も浮かんだ。
「あいつと今まで通り付き合えるのかな、俺」

 その後も度々親友とは会う機会があったが、やはり、それは無理だった。
 どうあっても険悪な雰囲気になってしまうのだ。
 お互いに努力はしている筈なのだが、しかしよそよそしくなってしまう。
 それっきりだった。
 やがて、親友とは全く会わなくなった。
 そのことは有人の心理にしこりを残していた。

 それから数カ月後、今現在からだいたい二週間程前だ。

 学校帰りに玄関出た時に、有人は校舎裏から出てくるテトを見かけた。
 疲れたような表情を浮かべた彼女は、異様な姿だった。
 制服の着方がぐちゃぐちゃで、髪や顔の毛が荒れてそれぞれでたらめな方向に向かっている。
 汗が玉になって髭の先端に溜まっていて、そして、汗とは違うすえた臭いが鼻を突く。
 これは――

「待ってくれ、何が――」
 有人はテトに声をかけたが、しかし、テトは有人に顔を向けてすぐにそっぽを向いた。
「ううん、私――あたしは、大丈夫」
 あまりにも不自然な状況に、有人はしばらく眉をひそめたが、テトはただ夕暮れの空に視線を向けていただけだった。
 そして、数秒してテトは静かにただ、こう言った。
「迷惑かけたわね、有人。……でも本当はあなたに感謝していたのよ」

 ――あの時にあった出来事が、テトに何の影響を及ぼしたのだろうか。
 そして、テトが教室に居なかった理由。

 また自分はその可能性を否定しようとしている。
 ただ教室に居なかっただけで、あちら側に付いたのだと決め付けようとしているのだと。
 いや、それでも有人は知らなければならないのだろう。
 それまでまともだった性格のテトが、こんなおぞましいことに走る可能性が起きた発端を。
 その為に、今は殺される訳にはいかない。

 有人は、水晶の死体をもう一度一瞥した後、東西に伸びる道路を伝って歩き始めた。


――

 水晶がむくりと起き上がったのは、それから数十秒後のことだった。
 ボウガンの矢は水晶に命中した時点で既に内側からバラバラに粉砕され、当たったのは僅かな破片程度でそれは制服を傷付けすらしなかったのだ。
 能力を行使し過ぎた為、心臓に急激な負担が来た為しばらくは死んだように動けなかったが、しかし日向有人はその水晶の挙動に気付くことが出来なかった。

 水晶は自分の毒薬やグレッグから奪ったサバイバルナイフが奪われていることを確認すると、散乱していた木材に腰掛けた。
 ――いきなり何度も能力を使う状況になってしまったのはまずかった。
 これからはきちんと警戒しなければならない。

 この能力と性格から教室で二階堂永遠に誘い(多分、この殺し合いの首謀)を受けた際にも、水晶は断っていた。
 テトが神を降ろすことが出来る巫女で、そして二階堂永遠もまた、ただ者ではないことには以前から感づいていた。
 神の娘である自分がそれに負ける訳が無い。
 そんな存在と手を組む訳にはいかないのだ。
 まずは愚民を全て殺して力を見せ付けた上で、あの二人も抹殺する。
 そうすれば自分達の一族に仇なすダニ達がまた二匹減ることになるのだ。

 その為には武器を調達しなければならない。
 水晶は、興奮して含み笑いを浮かべた。


 その脇、倉庫の壁であったトタンの端から、グレッグ大澤の血が流れ出しつつあった。

【D-8 港の倉庫前/一日目・深夜】
【男子二十五番:日向 有人(ひゅうが-ありひと)】
【1:俺(達) 2:あんた(達) 3:あいつ(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:良好
[装備]:ボウガン(装填済み)
[道具]:支給品一式×2、ボウガンの矢(18/20)、サバイバルナイフ、毒薬(3瓶)
[思考・状況]
基本思考:殺し合いに乗る気は無い
0:テトに会って理由を聞きたい
1:襲われたら容赦はしない
[備考欄]
※テト達三人が黒幕だと疑っています
※銀鏖院水晶が死んだと思っています

【女子十番:銀鏖院 水晶(ぎんおういん-みきら)】
【1:私(達) 2:あなた(達) 3:あの人(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:激しい疲労
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本思考:神の存在を知らしめる
0:まず優勝を目指す
1:その後にテトと二階堂を始末する(卜部悠は比較的どうでもいい)
2:武器を探す
3:日向有人には警戒
[備考欄]
※テト達三人が黒幕だと確信しました

【男子十二番:グレッグ大澤 死亡】
【残り45人】


※グレッグ大澤の死体は全壊した倉庫の下に埋まっています


【毒薬】
速効性は無いが強力な、本来はじわじわ蓄積させていくタイプの暗殺用の液体状の毒物が入った小瓶。
定期的に一定量を投与し続けるか、一回に一瓶分体に入り込むと死に至る。
前者は突然死に見せかけられるが、後者は血を吐き出したり死ぬ直前におかしい挙動を始める為、より不審な死となってしまう。
人間の内臓とレプリカントのパーツに腐食性を示し、獣人には基本的に効果が薄い。

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GAME START 銀鏖院 水晶 世界は何と美しく
GAME START グレッグ大澤 死亡

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最終更新:2009年03月15日 07:43