遠く流されて~EXILE~ ◆EGv2prCtI.
ガソリンスタンドのブレイカーを上げ、平田三四郎(男子二十四番)は電気を付けて事務室の机に腰を掛けた。
すっかり体温に馴染んだ首輪は相変わらず三四郎に不快を与えている。
しかし、これもいつも頭につけている、ごちゃごちゃとわけのわからない文字が書かれた布に比べれば何ら変わらない。
この布に関しては、三四郎自身幾分好んでつけている節もあったのだけれど。
布越しに額の傷に指を沿わせ、兄を思う。
自分を庇って光を失った兄。
その兄から光を奪い、自分にも深手を負わせた父親。
ショックで半ば人格崩壊した母親。
此処で自分が死んだら、家族はどうなるのだろうか。
きっと、兄は悲しんで母親の精神はもっと酷い方向に進んでしまう。
何にせよ――まだ、こんなくだらないことで死ぬ訳にはいかない。
しかし、だからと言って自ら殺し合いに乗る気にもなれなかった。
クラスで、殺戮を始めそうな人間には心当たりがある。
僅かながら常に殺気を感じさせる朱広竜(男子二十番)や、逆に論理感だとか、人間性が読み取れない如月兵馬(男子十番)がそうだ。
特に兵馬は、実際に人を殺したと言う噂まで立っているし、ある偶然から三四郎がその動きを見た時に、兵馬は剣技に関して非凡の才を持っていたことが分かっている。
ただ――三四郎は、それ以上の腕を持つ人物も知っていたが。
一年前のある日だ。
三四郎は食糧の買い足しに出かけていたのだがその途中で現クラス女子三番のエヴィアンが強盗か何かに襲われていた。
ヒステリーを起こし抵抗するエヴィアンの腕を掴み、短刀で脅しながら車に引きずり込もうとしているのだ。
希少価値の高い昆虫族がよく襲われているのは三四郎も知っている。
エヴィアンを助けようと三四郎は近くにあった手頃な木の棒を手に取ろうとして――
その時、唐突にその近くの家の二階の窓から誰かが飛び出してきた。
――片手に棒状の何か――ほうきを持ったパジャマ姿の、ラトだった(この時クラスメートではなかったのだが、よく見掛けるので三四郎も名は知っていた)。
強盗も、エヴィアンも、三四郎もすぐにその方向に顔を向け、気を取られた。
そのままラトは道路にきれいに着地し、素足で一気に踏み込んでほうきをテニスのバックハンドの要領で振り出した。
振り出して――
三四郎は目を見開いた。
ほうきは一瞬、それどころか先程までラトが振り出した位置からワープしたかのように、その強盗の顎を打ち付けていたのだ。
凄まじい速さだった。
風の唸りすら無かった。
恐らく三四郎も、兄の小次郎すら出せないような、正に神速と言うべき、の。
金属製の小柄なほうきにひびが入り、強盗が白目を向いて昏倒するのを三四郎はぼんやりと見届けていたが、ラトに声を掛けられてすぐに我に返った。
「平田君、後でエヴィアンさんにも伝えてくれないかな? 何処かに行ってしまったみたいだ。僕は警察を呼んでくる」
そう伝えて、そのままラトは塀に飛び乗って再び窓の内側に戻っていった。
ラトが言った通りエヴィアンはもうその場から居なくなっており、その場には倒れた強盗と三四郎だけが残された。
(ちなみにその後にエヴィアンにそのことを伝えることは出来なかった。近付くと彼女が逃げてしまうので)
――あれは、如月兵馬の動きを見て以来の感覚だった。
三四郎自身や小次郎は居合術を嗜む身であり、どちらかと言えばそれは護身術として覚えていた。
しかし三四郎は兄とは違い、強さに対して何かしらの憧れのようなものを持っていたに違いない。
だからこそ、如月兵馬やラトの動きに興奮したのだろう。
ラトなら、首輪を爆破される前に若狭を止めることも訳無かった筈だ。
もしかして敢えて止めなかったのだろうか。
それなら何故止めなかったのか?
――もうその答えを聞くことは出来ない。
しかしそれより何より、今は自分が生き残るのが重要だった。
今も座椅子に掛けてある一メートル超の長さの柄の鎌から三四郎は目を離すことが出来なかったし、ガラス越しからの風景への警戒を怠ることも出来なかった。
今のガソリンスタンドは全ての電灯に電気が通されていて目立っていたが、暗闇から急襲されるよりはよっぽどいいだろう。
その分、より気を張り巡らせなければならないが。
今のところ、ガソリンスタンドの外は闇に包まれ、しんと静まり返っていた。
三四郎は息をつき、背中を椅子に合わせた。
少なくとも朝までは待たなければならないだろう。
不意打ちの危険がある以上、迂闊に外を出歩く訳にはいかないのだ。
今の季節、夜明けまでにはまだまだ時間はあるがそれでも神経を研ぎ澄ませなければならない。
油断して襲撃されて気が付いたら死んでいた、と言った状況こそ本末転倒である。
三四郎はもう一度窓に目を向けて――
給油機の影で何かが動いた気がした。
――いや、何かが飛び出ている。
獣の耳だ。
この殺し合いの舞台になっている場所に野良猫でも潜んでいる訳でもなければ、それはクラスメートの誰かと言うことになる。
既に死んでいるラト、教室に居なかったテトを計算から外せばこのクラスに居る獣人は八人、更に昆虫族クォーターのエヴィアンを除けば七人。
そして給油機に隠れているのは、確実にこちらに気付いているからである。
ゆっくり三四郎が立ち上がると、給油機から影が飛び出した。
不意に、白髪の猫族のハーフ、シルヴィア(女子十七番)の姿がライトに照らされて、その手には――――!
次の瞬間、三四郎は鎌を手に持ち、部屋の隅に一気に身を転がした。
それから一秒もしない内にシルヴィアの手元から火炎が伸び、いっぺんに事務所のガラスが吹き飛んだ。
三四郎は割れたガラスを踏みながらそのままぽっかりと空いた窓枠を抜け、シルヴィアから死角になるように給油機と柱を走り抜けた。
それでも構わず、シルヴィアはもう一度三四郎に向けて発砲した。
三四郎がコンマ数秒前に通り過ぎた給油機の、四分の一が抉り取られて消失した。
その時、三四郎はシルヴィアが持っていた銃の形をちらと見た。
猟銃みたいな形をしていたが、あれは多分散弾銃とか言うものだろう。
射程は短いが相当な威力がある銃で、更に距離が近ければ近い程威力が増すと聞いたことがある。
とにかく先決すべきは、もうシルヴィアにそんな物騒なものを撃たせないことだった。
三四郎はシルヴィアとの距離三メートルを一気に詰めて、鎌をけさ斬りの形に構えた。
慣れない手つき銃のポンプ部分を動かそうとしていたシルヴィアが驚愕の表情を示し――その時には、三四郎は腕を素早く上げていた。
しかしシルヴィアは銃でその鎌の柄を受け止め、そのまま鎌を受け流す。
想像していた手応えが伝わらず、反応が少し遅れた三四郎の後頭部にがんと強烈な衝撃が走った。
目の前が一瞬暗くなり、額に巻いていた布の後ろの部分がじわりと湿った気がした。
だが三四郎はそのまま昏倒はしなかった。
倒れる手前で左手をコンクリートに着き、身体を起こす勢いを使って鎌を上に向けて振り抜いた。
その斬撃は彼女の反応が遅れればそのままシルヴィアの首を跳ね飛ばしたに違いなかったが、しかしシルヴィアは再び銃のバレル部分で鎌を押さえて寸前でそれを止めた。
ほんの少し刃に触れた首元から、血が垂れ出した。
鎌と銃が、しばらくがたがたと揺れながら触れ合っていた。
銃口は三四郎にではなく、ガソリンスタンドのポプラに向けられている。
そのまま三四郎の口から、自然に声が漏れた。
「……どうして若狭の言葉に乗ろうとした?」
いや、本来ならこんなことを聞く必要は無いのかも知れない。
シルヴィアがクラスで孤立していて、クラスメートを殺気に満ちた目で見ていた(特に、サーシャ辺りを)のは記憶に残っていた。
何より――危険過ぎる、この状況では。
シルヴィアはその美しい形状の唇の端を引き攣らせ、怒りに満ちた声で、言った。
「お前達が憎いからさ。それ以外に理由なんていらない」
その猫の耳を下げ、その細めた瞳で三四郎を睨み付ける。
あの、殺意が篭った視線だった。
「私を見下した奴も、私を守りもせず嘲笑っていた奴も、どいつもだ!」
シルヴィアがそう叫んだ刹那、急激に銃に力が加わったと思うと鎌を弾かれ、銃口が三四郎に向けられる。
そして、銃身を握っていた片手を引き金に沿えた。
衝撃に耐える為にご丁寧に足まで揃え直し、直ぐさま、今にでも三四郎に散弾を撃ち込もうとしている――
しかし、その準備が出来た時には、もう三四郎はシルヴィアの左腕に鎌のバナナ状の刃が当てていた。
力の限り押し込んだ。
ざっ、と肉を切った感覚が手に伝わった。
「うっ」
何かに弾かれたかのように銃身を支えていた左手が離され、銃口がポインタを失って下に下がった。
シルヴィアが後ろにステップを踏み――左腕の二の腕から勢いよく真一文字に血が溢れ出し、制服を汚しながらコンクリートに零れ落ちる。
鎌の刃に、赤い水滴が伝って柄を通って三四郎の右手の平に侵入してきた。
頭の怪我でくらりと倒れそうになったが、しかし足に力を入れて踏み止まった。
――早々に決着をつけないとまずいだろう。
左腕から大量に出血してるにも関わらず、シルヴィアはまた目の前の三四郎に向けてぎこちなく銃を持ち上げた。
三四郎が鎌の柄を回転させ、シルヴィアに切り掛かろうとして――
「やめて!」
シルヴィアとは違う、僅かに低い女の声が響いた。
三四郎もシルヴィアもそちらを見て――ガソリンスタンドから少し届いた光で、二つの人影が見えた。
叫んだのが朽樹良子(女子十二番)と、その隣に居るのが鬼崎喜佳(女子七番)らしかった。
突然、シルヴィアがそちらに向けて散弾を撃った。
大きくドン、と爆発したような音を吠えたと共に、良子と喜佳が身じろぎした。
散弾の一部が、命中したようだった。
「くそ!」
しかし、そのまま喜佳も支給されたらしい銃をシルヴィアに撃ち返した。
随分とさまな構え方だった。
シルヴィアと三四郎の間に何か熱いものが通り過ぎた、気がした。
もっとも、これは気のせいかも知れない。
とにかく――喜佳は、こちらに向けて撃ってきたのだ!
顔を歪めて、シルヴィアは山が見える方向に走り出した。
三四郎にも考える余裕は無かった。
恐らく、シルヴィアと戦っていたこちらも疑われているに違いない。
そして今度こそ喜佳は自分を撃つかも知れない――
もう一度三四郎は二人の方向をちらと見て、シルヴィアとは違う方向に駆け出した。
また、目眩が起きた。
心なしか、感覚が少しずつ消失し始めたかも、知れない。
――
朽樹良子は、自分のブラウスの裾を破り、出血のひどい鬼崎喜佳の右腕の傷を括った。
良子も弾が掠めてふとももの皮膚が僅かに擦りむけていたし、それはヒリヒリ痛んだけど血は大して出ていなかった。
それより、喜佳のべっとりと血に濡れた腕が痛々しかったのだ。
「やっぱり……乗っちゃった人も居るんだ」
水で喜佳の腕を洗っている間、良子は落胆した様子でそう呟いた。
喜佳も相槌を打つように首を振ったが――
――やはり油断は出来ない。
喜佳は今も熱を持った自分の腕を見ながら、そう思った。
内木聡右を捜す前に殺されてしまうのでは意味が無いのだ。
いきなり良子が飛び出すとは思わず自分もついていってしまったが、しかし、それが甘かったらしかった。
おかげで、シルヴィア(あのキザったらしい女)に深手を負わされてしまった――
しかし良子を利用する為に、ここで後の不安になりうるシルヴィアを追う訳にはいかなかった。
考え無しに動いて今度こそ頭を吹き飛ばされると言った事態は避けたい。
――少なくとも、聡右にまた出会うまでには。
【D-7 ガソリンスタンドの近く/一日目・深夜】
【男子二十四番:平田三四郎(ひらた-さんしろう)】
【1:俺(達) 2:あなた(目上、あまり知らない人物)、お前(通常)(達) 3:あの人(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:頭部負傷、出血
[装備]:大鎌
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本思考:生き残る
0:今は三人から離れる
1:落ち着いたら他の生徒を探したい
[備考欄]
※シルヴィアが殺し合いに乗ったと認識しました。
鬼崎喜佳、朽樹良子に関しては不明です
【女子十七番:シルヴィア】
【1:私(達) 2:お前(達) 3:あいつ(ら)、○○(呼び捨て)】
[状態]:左腕裂傷、出血
[装備]:イサカM37(1/4)
[道具]:支給品一式、12ゲージショットシェル(12/12)
[思考・状況]
基本思考:ゲームに勝ち残る
0:全ての生徒を殺す
1:怪我を治療したい
【女子十二番:朽樹 良子(くちき-りょうこ)】
【1:私(達) 2:貴方(達) 3:あの人(達)、○○さん、くん(名字さん、君付け)】
[状態]:脚にかすり傷
[装備]:両口スパナ
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
基本思考:仲間を集めて島を脱出したい。
0:喜佳の負傷に対する不安
1:まともな生徒がまだ居ると希望を持っていたい
[備考欄]
※シルヴィアが殺し合いに乗ったと認識しました。
平田三四郎に関しては不明です
【女子七番:鬼崎 喜佳(きざき-よしか)】
【1:私(たち) 2:あなた(たち) 3:あの人、あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て)】
[状態]:右腕負傷
[装備]:コルトガバメント(6/7)
[道具]:支給品一式、予備弾(21/21)
[思考・状況]
基本思考:聡右と合流したい。仲間を探すことを口実に、彼を探す予定
0:ゲームに乗る気はない。だが生徒の数が減ってくれると嬉しい
1:いつも通りの親しみやすい鬼崎喜佳を演じ、戦いを極力避ける
2:良子たち他生徒には基本的に気を許す気はない。何か変なまねをしたら誰だろうが容赦なく殺す
3:襲ってくる者は殺す(躊躇はしない)
4:次にシルヴィアに会ったら確実に仕留める
[備考欄]
※聡右がもしもゲームに乗っていたら、どうするかまだ決めていません(自分では確実に殺してしまうという恐怖がある)
※彼女が銃を扱える事実は聡右以外は知りません
※シルヴィアが殺し合いに乗ったと認識しました。
平田三四郎に関しては不明です
【大鎌】
刃が五十センチ、柄が一メートル半程の長さの、立ったまま作業する為に使う麦刈り用の大鎌。
【イサカM37】
形としては猟銃に近いショットガン。
ポンプアクション機構で、特にその軽さと実用性で、M37として米軍制式採用された。
装弾数四発。
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最終更新:2009年03月15日 07:45