キューブ ◆iDgTKi9xLE


古賀葉子(女子十五番)は、夜空に流れる雲のゆるやかな動きに合わせるように、息を吐いた。
……空を向いて、仰向けに地面に倒れ込んだままで。
ぬめる汗に湿った手は、いつの間にか乾いていた。
呻くと、悲鳴を上げた喉が痛みを伝えてくる。
皺になった制服を整えようとする手が、静かに動く。
それ以上の何をするでもなく、古賀葉子は行動することに積極的な価値を見出すことが出来ず、そこにいた。

ここが、どこであるかはわからない。地図上にあるどこかで、海の近く、草原。
葉子にわかったことは、その程度のことだ。
周りを見渡せば、高い建造物が見当たらないこと、山の近くでないことから、B-7辺りと推測出来たかもしれない。
……だが、そんなことに何の意味があるのか。

最初、目的もなく起き上がり、歩こうとした。
すぐに気付く。意味がないことに。自分に出来ることは何一つないことに。
殺し合いをしろと言う。勝ち残れる可能性は皆無だ。ラトの死体を見て、どれだけの恐怖を覚えたか。
首の焼け焦げた臭い、弾けとんだ首の断面から赤黒いものが流れ出す。拍子抜けするほどにあっさりと終わった。
それに、そのあっけなさに、……見てしまった。身の毛もよだつ光景に一切の感情は凍り付かされた。

わけもなく人を求めようにも、お互いを疑い合う視線に、掛け合う声はなく、誰を信じればいいのか。
そもそも自分だって、誰かに信じられているのか。わかったものではない。……思い浮かんだ名前を一人一人消していく。
何人かの友人、かけがえのないと思っていた、その存在は自分にとってどれだけの意味があったのか。


誰とも会いたくはなかった。惨めな現状を再確認するだけにしかならない。
安全を考えるなら、一人一人が別々の場所でいるべきだ。全員が殺人犯となる可能性がある。
お互いに監視し合うことは何の意味もない。
24時間経って、誰も死んでいなければ死ぬという言葉も行動を起こす理由にはならない。
……それなら、それでいい。
それは誰もが殺し合いに乗らなかったという証明だ。
そうやって、積極的ではなくとも、葉子は全員を死へと導こうとしていた。

……最後にたった一つ浮かんだ名前があった。
顔も知らない名前だけの存在。『リン』
……いや、顔はいつも見ている。そのはずだった。共通する話題の多さに、いつしか相手が同じクラスの誰かだということに気付いた。
……特定出来るだけの質問をいくつか考えて、止めた。
一度も会おうとは言わなかった。
尋ねようと思えば、尋ねられたかもしれない。
打ち明けようと思えば、打ち明けられたかもしれない。
けれど、臆病だった。どうしようもなく。関係を壊したくはなかった。
相手もこちらに気付いているかもしれない。
卒業すれば、どうなるだろう。本当に続いていくだろうか。
そんな疑問を抱きながらも、なし崩し的に関係が続いていった。息苦しいような微妙な関係のままで。
……結局、彼のことだって、本当は信じていないのではないのではないか。

「……あは。あたしって」

言葉はそれ以上、続かなかった。
見下ろす目があった。
意識が途絶えそうな衝撃。


「……よう。何してんの?」

……その言葉が無ければ、多分叫んでいただろう。
思考を揺り動かす声は実に平坦で、感情は読めない。
問題児というわけでもない。時々サボり癖がある程度で、クラスではさほど目立つことのない存在。加賀智通(男子七番)。
……だったのだが、いつの間にかバカでエロな森屋英太と仲がよくなって、巻き込まれるように彼もそれなりに目立つようになっていた。
時々、ぶん殴って森屋の暴走を止める役をしている。
もしも彼がいなければ、エヴィアンが森屋を訴えていたであろうことは、想像に難くない。

……と、そこまで考えた途端、葉子は羞恥心のようなものに襲われた。
日常を思い出せば、今の自分の感傷的な様子は馬鹿げたもののようにさえ思える。
そして、起き上がろうとして……、

「あ、え……?」

――恐怖を思い出した。無防備過ぎる自分の有り様を。

「ち、違うの。近寄らないで、こ、殺さ、殺さないで。あたし一人、一人だから、そこんとこ考えて。いや、考えないで忘れて。
 あたしのこと忘れて。一人にしてお願い。お願いだから!!」

必死に懇願する。けれど、息が続かない。途中で咳き込み、必死で息を整えようとする。
加賀はその様子を見ると落ち着くまで待ち、一言だけ声を掛けてきた。

「……バカ?」

ため息混じりに。


……
…………
…………………

「……う、うるさい! だ、黙ってよ! 何、何なのそれ!? 意味わかんない。
 何が言いたいのよ。おかしいんじゃないの? 早くあっち行ってよ。人を呼ぶわよ!」

返答はどこまでも冷たかった。

「……やっぱ、バカか?」

涙さえこみ上げて来る。

「……うっ、うう。な、何で。……わかってよ。お願いだから、これ以上ここにいたら、あたし何するかわかんない。怖いの、わかってお願いだから」
「……へえ? そうなのか」
「……もう、いいっ! こんな意地悪な人だったなんて思わなかった……。バカみたい」
「ま、そう怒るなって」
「……無理言わないで」

話を切り替えるためか、加賀が軽く手を叩いた。
葉子はそれだけの動作にも、簡単に怯えてしまっている自分を発見する。嫌だった。何もかもが。

「じゃ、落ち着いたところで本題に入ろうか」
「……落ち着いてませんし、……落ち着けません」
「いいから、落ち着け。騒いだんだから人来るかもしれねーだろ。とっとと落ち着け。
 ……誤解されたらどうすんだよ」

声を潜めて笑いながら、そんなことを言った。
いつもなら照れてもおかしくない言葉にも苛立ちしか感じられない。けれど、これ以上誰かが来てややこしくなることは避けたかった。
何を言っても無駄なようだったので、葉子は黙って先を促す。

「今ここで、はっきりさせてくれよ。引き返すの面倒だしな」

それまでの態度と違う、念押しの言葉に葉子は緊張を意識せずにいられなかった。

「お前さ。……自分が助かるって確信あるか?」
「……え?」
「ここから、生きて帰れると思ってるか?」
「……わかんない。そんなこと考えたってどうしようもないじゃない」
「まだ完璧に諦めたわけでもないんだろ?」
「でも、首輪……あるし。人殺しも無理。……無理よ」
「俺は死にたくないんだよ」
「……あ、あたしだって死にたくない」
「じゃあさ。一緒に行動を共にしないか?」
「……何、のために?」


そこで、初めて口を濁すように言った言葉は単純で意外なものだった。

「俺一人だと説得出来ないかもしれないヤツ、いるだろ? それで。
 お前、俺と違って、仲良いヤツ多いだろ? 助かるんだよな。いてくれると」
「えっ。……あたしのこと買い被り過ぎだよ。それに自分と親しくない人なんて、放っとけばいいじゃない。何でそんなこと考えるの?」

……どうしようもないぐらい、人を疑っていた。
けれど葉子は、そんな行動を取ろうとする男を前に、自分がどうすべきかを、迷わずにはいられなかった。

「……何でって、そりゃ。BEST ENDの方が気分いいからな。ラトの奴、死んじまったけど。それでも、やれることはやんないとさ」
「……」

黙っていると顔を真っ赤にして、加賀が声を荒げてくる。

「悪いか。おかしいか。変か!」
「……変じゃないよ。ううん。そうだね。そうかもしれない」

……どうしようもないぐらい、臆病な人間で……平凡。
それが古賀葉子。
訊いてしまえば、全てが崩れるかもしれない。この場に相応しい言葉でもない。
けれど、それをしなければここから先には進めない気がした。

「ねえ? 『キューブ』って知ってる?」


【B-7 草原/一日目・深夜】

【男子七番:加賀智通】
【1:俺(達) 2:お前、あんた(ら) 3:○○(達)】
[状態]:良好
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明
[思考・状況]
 基本思考:BESTENDを目指す
 0:古賀葉子と協力
 1:仲間を集めつつ、話を聞く
 2:調べられるものは何でも調べる

【女子十五番:古賀葉子】
【1:あたし(達) 2:あなた(達) 3:○○くん、○○さん(達)】
[状態]:良好
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明
[思考・状況]
 基本思考:生き残りたい
 0:加賀智通と協力
 1:リンが気になる
 2:死体は見たくない


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最終更新:2009年02月23日 14:25