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*TOWER ◆EGv2prCtI.  住宅街は不気味に静まり返っている。  家のシルエットだけがはっきりと見え、人気は無い。  例え人が居ようとその状態は変わらないだろう。  しかし、それでも朱広竜(男子二十番)はその程度のことを気にも止めなかった。  今は灯らない街灯、見えている全ての家の窓は明かりすら見当たらない。  それはほとんど卜部悠(女子二番)に聞いていた通りだった。  人に見捨てられた島――正に、遊戯を始めるのならば最適の場所だ。  外部からの連絡はとれないし、それに――とる必要も無い。  広竜は、ある殺し屋の組織の一員であった。  一つ社会の流れにおける邪魔な人間を排除する、そんな役目だ。  広竜も幼い頃からその為の苛烈な訓練を受けている。  もちろん、そんな立場の人間がこんな暢気な国の留学生として在席しているには理由があった。  香港における国際貿易での関係上、この国での活動も重要だったのだ。  今月になって伝えられた新しい任務は、この国のある財閥の社長の暗殺だった。  香港ならず様々な海外の各地に支部を並べる程の会社だ。  紫苑財閥と呼ばれる財閥の、親会社のその社長は香港の大企業九龍実業を買収しようと持ち掛けていた。  それは、裏で広竜の組織のパトロンとなっている会社だった。  ここで他の国の会社の傘下に入っては資金面において面倒になる。  ――そこで、広竜がその社長を始末することとなった。  社長の行動を調べている内に分かったことがある。  週に一度、必ずある場所に行っているのだ。  それはサーシャ(女子十六番)の家だった。  姓が紫苑社長とは違かったのでその点についてはやや疑問を抱いたが、サーシャと紫苑社長が庭で笑い合っているのを見かけていたので親しい間柄だと言うことは理解出来た。  ともかく――暗殺を狙うのなら、サーシャの家に居る時間しか無い。  いつもはシークレットサービスだか面倒な連中が周りに居るが、サーシャの家に行っていた時は警護をつけていなかったのだ。  そしてようやくその機会が巡ってきた。  こんなくだらない修学旅行を終えたら後は実行に移る、それだけだった筈だった。  ――だが。  まさかこんな面倒なことに巻き込まれるとは思わなかった。  この首輪――今は昔、訓練の時に身につけられていたようなそれに近いものは、あの若狭と言う教師の手によって容易に爆破出来てしまう。  現に、口を出したラトが首を吹き飛ばされて殺されている。  広竜なら若狭程度のひ弱い凡人ならあっさりと死に至らしめることが出来るだろう。  しかし――首輪の解除方法もはっきりとしない当座、若狭を此処で殺すべきではなかった。  それに、あの場に居なかった三人の女生徒も気になる。  その三人が若狭と組んでいないとも限らない。  もし、裏に三人が、いや、若狭以外の何者かが居たとしたら、若狭を殺したところでその誰かに首輪を起動させられてラトの二の舞になるだろう。  そう言えば――首輪を爆発させられたあの猫族、ラトは自分にとある話を持ち掛けてきたこともあった。 「ねえ、広竜君」  休憩時間を利用して宿題として出された実に単純な数式の列を机の上で解いている最中、クラス委員のラトが声をかけてきた。  この前、何処かの馬の骨と遊んでやったところをクラスメートの女子生徒に見られていたので、その件についてかも知れない。  ここで面倒を起こす訳にもいかないので、広竜は淡々といつもの演技を始めた。 「なんですか?」  ラトは髭を引き付け、耳を垂らしながら続ける。 「いや、ただ――」  ――言いにくいのなら初めから言わなければ良いのに。  そう思いながらも、広竜はラトの次の言葉を待った。 「君は――サーシャさん、いやサーシャさんが大事に思っている人に何かをしようとしているね」  広竜はほんの一瞬、その時だけ焦りを感じ――しかし、広竜がそれをちらと目元の僅かな痙攣と言う形で出す前に、ラトはまた話し始めた。 「それは、例え彼女が悲しい気持ちになったとしても、君にとってしなければならないことかもしれない。でも」  ラトは一旦言葉を詰まらせ、少し躊躇した後、口を開いた。 「でも――でも、どうか彼女だけは傷付けないで欲しいんだ」  そこで、ラトは一方的に話をやめて去っていった。  恐らく、ラトは自分の正体に気付いていた。  気付いていたが――完全に自分を止めようとはしなかった。  それ以来、ラトには十分警戒していたが、しかしそのラトはもう死んでいる。  その素振りは見せていたが、サーシャに思いを寄せていた事実を残して。  ――だからなんだと言う話なのだが。  広竜はなるべく明かりを点けずに移動することにした。  無理に若狭に逆らう必要も無いので最後の一人にはなるが、しかし自分から積極的に他人と接触する気は無い。  自分に渡されたデイパックの中に入っていたのは鉄製のヌンチャク(今はズボンの脇に仕込んである)だが、他の生徒には銃が支給されている可能性もある。  迂闊に近付いて攻撃されるのも危険だ。  痛め付けるのは好きだが、襲撃されて負傷する事態は避けたい。  だが――もし、相手を一方的に屠る機会があるのならば――  ばたり、と、何か木製のもの、柵か何かが道端に倒れる音がした。  広竜はその方向に顔を向け――小さな光が、こちらに射し込んで来た。  そして、認めた。懐中電灯を左手に持ち、家の柵を押し倒して出ようとしているトマック(男子二十一番)の姿を。  あの、一々熱苦しい狼族だ。  トマックは一瞬だけ広竜をきょとんと見てしばらくはこちらを見ていたのだけれど、何かを確信したかのように口の端を歪めて右手の何かを振り上げた。  そして、倒した柵を踏み込んで右手を突き出してきた。  ぎらりと、ほんの一瞬だけ刃らしい物が月明かりを跳ね返した。  しかしその時には、もう広竜は身を屈めてヌンチャクを振り抜いていた。  ヌンチャクの先端がトマックの刃――文化包丁を根元から折り(あっさりと折れた)、トマックが思わず手を押さえた。  ――トマックが殺し合いを始めようとしたのは意外だった。  恐らく恐慌を起こしているのだろう。  叫び声でも上げながら逃げ出すのかと思ったが、もちろん、広竜にはそんなことは関係ない。  すかさず、広竜は空いた片手をマックの顔面に向かって貫手の形で飛ばした。  顔の皮膚を幾分抉った後に、ずぶ、と粘着質な何かに指の先が入り込んだ。  それが伝わった時、形容しがたい興奮が湧き出し、広竜は笑いを浮かべた。 「ぎいいいい!」  絶叫が上がった。  構わず広竜はトマックに刺さったままの指とまだ入っていない親指でトマックの顔を掴み、左膝で腹を蹴り上げた。  悲鳴が途切れ、息が洩れるとトマックは身体を揺るがせ、そのまま広竜の指が目からずるりと抜けた瞬間に道路に背を付いた。  落ちて地面に転がった懐中電灯の光でそこだけスポットが当てられた顔は、もう縁が真っ赤になった右目とその下に伸びる傷から噴き出す血が白い毛にかかって、不気味なとぎれとぎれの網目の模様を絵描いている。 「あああああああ」  トマックは右目を押さえて全身をただ何度も半回転させていた(その度に地面に血が振り撒かれた)。  薄笑いの表情を変える事なく、広竜は再びヌンチャクを振った。  もう一撃、ヌンチャクで頭を――  突如、ばきん、といった感覚と共に広竜の手からヌンチャクの半分の重量が消失していた。  それから一秒もしない内にここから少し離れた闇の中で金属音がした時、ようやく広竜は笑うのを止めて理解した。  ――二つの棒を繋げていた鎖が、壊れたのだと。  理由は分からない。  しかし事実、もはや手に持っている鉄棒にもう一つの鉄棒が吊り下がっている感覚は無い。  もう、支給された広竜のヌンチャクはただの短い金属性の棒きれになってしまっていたのだ。  一瞬で起きた予想だにしない出来事に広竜が動きを少しだけ止めた時、またも突然視界に光が入ってきた。  顔を振り向いた広竜の十五メートル先、誰かが立っている。  顔は見えないが、スカートを履いているのは見えたので、光を出している懐中電灯を持っているのが女子であることが分かった。  そしてその光は広竜と、倒れたトマックを照らしている―― 「あ、あたしだってやる時はやるんだから!」  急に、その女生徒が叫び声を上げた。  声は、松村友枝(女子二十六番)のものだった。  教室で悲鳴をしつこく聞いているので、その点に関しては間違いなかった。  友枝らしい影は懐中電灯を落とすと、何かをポケットから取り出した。  そして、ピン、と言う金属と金属が擦れ合う高い音が響くと、何かが友枝の足元に落ちてきて懐中電灯の光を遮った。  情報を総合して結論を出した時、広竜は家の角に向かって走り出した。  もしかして友枝は最後まで気付かないままだったかも知れない。  その内に、空気が膨れ上がった。 「あ――」  友枝の僅かなうめき声と共に、強烈な爆音が住宅街に響いた。  続けて二回、同じように小規模の爆発が巻き上がった。  悲鳴を上げる間もなかった。  松村友枝の肉体はそれらの爆風を受けて粉々に四散し、道路のコンクリートが弾け飛び、周りの家の壁にそれがめり込んだ。  そしてミンチになって飛び散った友枝の肉が焦げてそのまま奇妙な香りを放ち始め、ただぷすぷすと黒煙を上げた。  既に広竜の姿はその場に無く、運よく友枝に支給された三つの手榴弾の爆発にも巻き込まれず破片にも当たらなかったトマックだけが、その場に取り残された。  それら全ての結果が松村友枝の持つ元々の不運な雰囲気がもたらしたものだったのか、たまたま偶然が重なり合ったのか、もはや誰も知るよしも、無い。 ---- 「……」  顔を半分覆ったマスクが特徴的な和音さん(二十七番)は、朱広竜らとは五十メートル程離れた民家の二階の窓から身を乗り出して双眼鏡を覗き見ていた。  ――少し先の、まだ燃え尽きない炎が上がっている場所を。  そして、ほんの数分前の一部始終を。  松村友枝が死んだことについては好都合だった。  友枝にこのマスクの下の醜い傷痕を見せてしまっていたのだから、かえってその点についてはよかった。  しかし、朱広竜のような人物が居る事については用心しなければならない。  そう――二階堂永遠(女子二十二番)を出し抜く前に殺されては意味がないのだから。  二階堂が何かを企んでいたのは前から分かっていた。  挙動、口調、様子、雰囲気、最初から異質のものを感じていたが、ここ最近それが強まっていたのだ。  二階堂だけではない。  テト(女子十九番)も、卜部悠(女子二番)も同じだった。  二人とも、明らかにクラスメートに対する目付きが変わっていた。  つまり――裏には、あの三人が居るのだ。  特に、二階堂永遠。  どうやって内面を除こうと、決して本質を見せなかったクラスメート。  そんな二階堂に、和音さんはいつの間にか静かな対抗心を燃やしていた。  のめり込むものにはとことんのめり込む――それは自分の生まれながらの性分というものなのだろうか。 「って言うかさ」  そう考えている時に、後ろから声をかけられた。  眼鏡の位置を調整しながら追原弾(男子五番)が、しかめた顔でこちらを見ていた。 「なんでお前がさっきから俺と一緒に居るんだ!?」 「……さあ」  ――このレプリカント、追原弾だってそうだ。  外側ではこうやって他人を拒絶するように振る舞っているが、実際は他人を気遣っている。  何故常に悪態をつけ続ける必要があるのかさっぱり理解が出来ないが、しかし少なからずプログラムに淋しがり屋だとか、そんな部分を持ち合わせているのかも知れない。 「もういい、勝手にしろ!」  癇癪でも起こしたかのように叫ぶと、弾はその場に座り込んでしまった。  和音さんはその行動の裏を読めていたので、見えないマスクの裏、くすりと笑みを浮かべた。  とにかく今は――弾に守ってもらうしか無い。  そして、どんな手、どんな手段を使っても二階堂永遠を出し抜いてみせる。 【A-5 住宅街/一日目・深夜】 【男子二十番:朱広竜】 【1:俺(達) 2:お前(達) 3:○○(呼び捨て)(達)】 [状態]:良好 [装備]:片方だけのヌンチャク [道具]:支給品一式 [思考・状況]  基本思考:ゲームに乗る  0:積極的に相手には近付かない  1:しかし機会があれば相手をすぐには殺さず痛め付けて楽しむ [備考欄] ※トマックも爆発に巻き込まれたものだと思っています 【男子二十一番:トマック】 【1:俺(達) 2:あんた(達) 3:○○さん(達)】 [状態]:右目失明、腹部に打撲、顔右側に裂傷、恐慌 [装備]:折れた文化包丁 [道具]:支給品一式 [思考・状況]  基本思考:恐慌 【A-5 民家の二階/一日目・深夜】 【女子二十七番:和音さん】 【1:私(達) 2:あなた(達) 3:○○さん(達)】 [状態]:良好 [装備]:双眼鏡 [道具]:支給品一式 [思考・状況]  基本思考:二階堂永遠を出し抜く  0:弾に守ってもらう  1:味方を集める  2:襲われたら容赦はしない [備考欄] ※朱広竜がゲームに乗ったと認識しました 【男子五番:追原弾】 【(表面上の口調)1:俺(達) 2:お前(ら) 3:○○(呼び捨て)(達)】 [状態]:良好 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、不明支給品 [思考・状況]  基本思考:クラスメートを助けたい  0:和音さんが心配  1:他のクラスメートも心配  2:キューブと連絡を取りたい &color(RED){【女子二十六番:松村友枝 死亡】 } &color(RED){【残り48人】 } ※A-5に片方だけのヌンチャク、文化包丁の刃が落ちています ※松村友枝の死体と荷物、支給品の手榴弾三つは爆散して消滅しました ※A-5から島中に爆発音が響きました(2ブロック以内ならはっきり聞こえます) *時系列順で読む Back:[[スレイヴマスター]] Next:[[Broken Arrow]] *投下順で読む Back:[[スレイヴマスター]] Next:[[Replicant Killer]] |&color(cyan){GAME START}|朱広竜|[[Broken Arrow]]| |&color(cyan){GAME START}|トマック|| |&color(cyan){GAME START}|和音さん|| |&color(cyan){GAME START}|追原弾|| |&color(cyan){GAME START}|&color(red){松村友枝}|&color(RED){死亡}| ----
*TOWER ◆EGv2prCtI.  住宅街は不気味に静まり返っている。  家のシルエットだけがはっきりと見え、人気は無い。  例え人が居ようとその状態は変わらないだろう。  しかし、それでも朱広竜(男子二十番)はその程度のことを気にも止めなかった。  今は灯らない街灯、見えている全ての家の窓は明かりすら見当たらない。  それはほとんど卜部悠(女子二番)に聞いていた通りだった。  人に見捨てられた島――正に、遊戯を始めるのならば最適の場所だ。  外部からの連絡はとれないし、それに――とる必要も無い。  広竜は、ある殺し屋の組織の一員であった。  一つ社会の流れにおける邪魔な人間を排除する、そんな役目だ。  広竜も幼い頃からその為の苛烈な訓練を受けている。  もちろん、そんな立場の人間がこんな暢気な国の留学生として在席しているには理由があった。  香港における国際貿易での関係上、この国での活動も重要だったのだ。  今月になって伝えられた新しい任務は、この国のある財閥の社長の暗殺だった。  香港ならず様々な海外の各地に支部を並べる程の会社だ。  紫苑財閥と呼ばれる財閥の、親会社のその社長は香港の大企業九龍実業を買収しようと持ち掛けていた。  それは、裏で広竜の組織のパトロンとなっている会社だった。  ここで他の国の会社の傘下に入っては資金面において面倒になる。  ――そこで、広竜がその社長を始末することとなった。  社長の行動を調べている内に分かったことがある。  週に一度、必ずある場所に行っているのだ。  それはサーシャ(女子十六番)の家だった。  姓が紫苑社長とは違かったのでその点についてはやや疑問を抱いたが、サーシャと紫苑社長が庭で笑い合っているのを見かけていたので親しい間柄だと言うことは理解出来た。  ともかく――暗殺を狙うのなら、サーシャの家に居る時間しか無い。  いつもはシークレットサービスだか面倒な連中が周りに居るが、サーシャの家に行っていた時は警護をつけていなかったのだ。  そしてようやくその機会が巡ってきた。  こんなくだらない修学旅行を終えたら後は実行に移る、それだけだった筈だった。  ――だが。  まさかこんな面倒なことに巻き込まれるとは思わなかった。  この首輪――今は昔、訓練の時に身につけられていたようなそれに近いものは、あの若狭と言う教師の手によって容易に爆破出来てしまう。  現に、口を出したラトが首を吹き飛ばされて殺されている。  広竜なら若狭程度のひ弱い凡人ならあっさりと死に至らしめることが出来るだろう。  しかし――首輪の解除方法もはっきりとしない当座、若狭を此処で殺すべきではなかった。  それに、あの場に居なかった三人の女生徒も気になる。  その三人が若狭と組んでいないとも限らない。  もし、裏に三人が、いや、若狭以外の何者かが居たとしたら、若狭を殺したところでその誰かに首輪を起動させられてラトの二の舞になるだろう。  そう言えば――首輪を爆発させられたあの猫族、ラトは自分にとある話を持ち掛けてきたこともあった。 「ねえ、広竜君」  休憩時間を利用して宿題として出された実に単純な数式の列を机の上で解いている最中、クラス委員のラトが声をかけてきた。  この前、何処かの馬の骨と遊んでやったところをクラスメートの女子生徒に見られていたので、その件についてかも知れない。  ここで面倒を起こす訳にもいかないので、広竜は淡々といつもの演技を始めた。 「なんですか?」  ラトは髭を引き付け、耳を垂らしながら続ける。 「いや、ただ――」  ――言いにくいのなら初めから言わなければ良いのに。  そう思いながらも、広竜はラトの次の言葉を待った。 「君は――サーシャさん、いやサーシャさんが大事に思っている人に何かをしようとしているね」  広竜はほんの一瞬、その時だけ焦りを感じ――しかし、広竜がそれをちらと目元の僅かな痙攣と言う形で出す前に、ラトはまた話し始めた。 「それは、例え彼女が悲しい気持ちになったとしても、君にとってしなければならないことかもしれない。でも」  ラトは一旦言葉を詰まらせ、少し躊躇した後、口を開いた。 「でも――でも、どうか彼女だけは傷付けないで欲しいんだ」  そこで、ラトは一方的に話をやめて去っていった。  恐らく、ラトは自分の正体に気付いていた。  気付いていたが――完全に自分を止めようとはしなかった。  それ以来、ラトには十分警戒していたが、しかしそのラトはもう死んでいる。  その素振りは見せていたが、サーシャに思いを寄せていた事実を残して。  ――だからなんだと言う話なのだが。  広竜はなるべく明かりを点けずに移動することにした。  無理に若狭に逆らう必要も無いので最後の一人にはなるが、しかし自分から積極的に他人と接触する気は無い。  自分に渡されたデイパックの中に入っていたのは鉄製のヌンチャク(今はズボンの脇に仕込んである)だが、他の生徒には銃が支給されている可能性もある。  迂闊に近付いて攻撃されるのも危険だ。  痛め付けるのは好きだが、襲撃されて負傷する事態は避けたい。  だが――もし、相手を一方的に屠る機会があるのならば――  ばたり、と、何か木製のもの、柵か何かが道端に倒れる音がした。  広竜はその方向に顔を向け――小さな光が、こちらに射し込んで来た。  そして、認めた。懐中電灯を左手に持ち、家の柵を押し倒して出ようとしているトマック(男子二十一番)の姿を。  あの、一々熱苦しい狼族だ。  トマックは一瞬だけ広竜をきょとんと見てしばらくはこちらを見ていたのだけれど、何かを確信したかのように口の端を歪めて右手の何かを振り上げた。  そして、倒した柵を踏み込んで右手を突き出してきた。  ぎらりと、ほんの一瞬だけ刃らしい物が月明かりを跳ね返した。  しかしその時には、もう広竜は身を屈めてヌンチャクを振り抜いていた。  ヌンチャクの先端がトマックの刃――文化包丁を根元から折り(あっさりと折れた)、トマックが思わず手を押さえた。  ――トマックが殺し合いを始めようとしたのは意外だった。  恐らく恐慌を起こしているのだろう。  叫び声でも上げながら逃げ出すのかと思ったが、もちろん、広竜にはそんなことは関係ない。  すかさず、広竜は空いた片手をマックの顔面に向かって貫手の形で飛ばした。  顔の皮膚を幾分抉った後に、ずぶ、と粘着質な何かに指の先が入り込んだ。  それが伝わった時、形容しがたい興奮が湧き出し、広竜は笑いを浮かべた。 「ぎいいいい!」  絶叫が上がった。  構わず広竜はトマックに刺さったままの指とまだ入っていない親指でトマックの顔を掴み、左膝で腹を蹴り上げた。  悲鳴が途切れ、息が洩れるとトマックは身体を揺るがせ、そのまま広竜の指が目からずるりと抜けた瞬間に道路に背を付いた。  落ちて地面に転がった懐中電灯の光でそこだけスポットが当てられた顔は、もう縁が真っ赤になった右目とその下に伸びる傷から噴き出す血が白い毛にかかって、不気味なとぎれとぎれの網目の模様を絵描いている。 「あああああああ」  トマックは右目を押さえて全身をただ何度も半回転させていた(その度に地面に血が振り撒かれた)。  薄笑いの表情を変える事なく、広竜は再びヌンチャクを振った。  もう一撃、ヌンチャクで頭を――  突如、ばきん、といった感覚と共に広竜の手からヌンチャクの半分の重量が消失していた。  それから一秒もしない内にここから少し離れた闇の中で金属音がした時、ようやく広竜は笑うのを止めて理解した。  ――二つの棒を繋げていた鎖が、壊れたのだと。  理由は分からない。  しかし事実、もはや手に持っている鉄棒にもう一つの鉄棒が吊り下がっている感覚は無い。  もう、支給された広竜のヌンチャクはただの短い金属性の棒きれになってしまっていたのだ。  一瞬で起きた予想だにしない出来事に広竜が動きを少しだけ止めた時、またも突然視界に光が入ってきた。  顔を振り向いた広竜の十五メートル先、誰かが立っている。  顔は見えないが、スカートを履いているのは見えたので、光を出している懐中電灯を持っているのが女子であることが分かった。  そしてその光は広竜と、倒れたトマックを照らしている―― 「あ、あたしだってやる時はやるんだから!」  急に、その女生徒が叫び声を上げた。  声は、松村友枝(女子二十六番)のものだった。  教室で悲鳴をしつこく聞いているので、その点に関しては間違いなかった。  友枝らしい影は懐中電灯を落とすと、何かをポケットから取り出した。  そして、ピン、と言う金属と金属が擦れ合う高い音が響くと、何かが友枝の足元に落ちてきて懐中電灯の光を遮った。  情報を総合して結論を出した時、広竜は家の角に向かって走り出した。  もしかして友枝は最後まで気付かないままだったかも知れない。  その内に、空気が膨れ上がった。 「あ――」  友枝の僅かなうめき声と共に、強烈な爆音が住宅街に響いた。  続けて二回、同じように小規模の爆発が巻き上がった。  悲鳴を上げる間もなかった。  松村友枝の肉体はそれらの爆風を受けて粉々に四散し、道路のコンクリートが弾け飛び、周りの家の壁にそれがめり込んだ。  そしてミンチになって飛び散った友枝の肉が焦げてそのまま奇妙な香りを放ち始め、ただぷすぷすと黒煙を上げた。  既に広竜の姿はその場に無く、運よく友枝に支給された三つの手榴弾の爆発にも巻き込まれず破片にも当たらなかったトマックだけが、その場に取り残された。  それら全ての結果が松村友枝の持つ元々の不運な雰囲気がもたらしたものだったのか、たまたま偶然が重なり合ったのか、もはや誰も知るよしも、無い。 ---- 「……」  顔を半分覆ったマスクが特徴的な和音さん(二十七番)は、朱広竜らとは五十メートル程離れた民家の二階の窓から身を乗り出して双眼鏡を覗き見ていた。  ――少し先の、まだ燃え尽きない炎が上がっている場所を。  そして、ほんの数分前の一部始終を。  松村友枝が死んだことについては好都合だった。  友枝にこのマスクの下の醜い傷痕を見せてしまっていたのだから、かえってその点についてはよかった。  しかし、朱広竜のような人物が居る事については用心しなければならない。  そう――二階堂永遠(女子二十二番)を出し抜く前に殺されては意味がないのだから。  二階堂が何かを企んでいたのは前から分かっていた。  挙動、口調、様子、雰囲気、最初から異質のものを感じていたが、ここ最近それが強まっていたのだ。  二階堂だけではない。  テト(女子十九番)も、卜部悠(女子二番)も同じだった。  二人とも、明らかにクラスメートに対する目付きが変わっていた。  つまり――裏には、あの三人が居るのだ。  特に、二階堂永遠。  どうやって内面を除こうと、決して本質を見せなかったクラスメート。  そんな二階堂に、和音さんはいつの間にか静かな対抗心を燃やしていた。  のめり込むものにはとことんのめり込む――それは自分の生まれながらの性分というものなのだろうか。 「って言うかさ」  そう考えている時に、後ろから声をかけられた。  眼鏡の位置を調整しながら追原弾(男子五番)が、しかめた顔でこちらを見ていた。 「なんでお前がさっきから俺と一緒に居るんだ!?」 「……さあ」  ――このレプリカント、追原弾だってそうだ。  外側ではこうやって他人を拒絶するように振る舞っているが、実際は他人を気遣っている。  何故常に悪態をつけ続ける必要があるのかさっぱり理解が出来ないが、しかし少なからずプログラムに淋しがり屋だとか、そんな部分を持ち合わせているのかも知れない。 「もういい、勝手にしろ!」  癇癪でも起こしたかのように叫ぶと、弾はその場に座り込んでしまった。  和音さんはその行動の裏を読めていたので、見えないマスクの裏、くすりと笑みを浮かべた。  とにかく今は――弾に守ってもらうしか無い。  そして、どんな手、どんな手段を使っても二階堂永遠を出し抜いてみせる。 【A-5 住宅街/一日目・深夜】 【男子二十番:朱広竜】 【1:俺(達) 2:お前(達) 3:○○(呼び捨て)(達)】 [状態]:良好 [装備]:片方だけのヌンチャク [道具]:支給品一式 [思考・状況]  基本思考:ゲームに乗る  0:積極的に相手には近付かない  1:しかし機会があれば相手をすぐには殺さず痛め付けて楽しむ [備考欄] ※トマックも爆発に巻き込まれたものだと思っています 【男子二十一番:トマック】 【1:俺(達) 2:あんた(達) 3:○○さん(達)】 [状態]:右目失明、腹部に打撲、顔右側に裂傷、恐慌 [装備]:折れた文化包丁 [道具]:支給品一式 [思考・状況]  基本思考:恐慌 【A-5 民家の二階/一日目・深夜】 【女子二十七番:和音さん】 【1:私(達) 2:あなた(達) 3:○○さん(達)】 [状態]:良好 [装備]:双眼鏡 [道具]:支給品一式 [思考・状況]  基本思考:二階堂永遠を出し抜く  0:弾に守ってもらう  1:味方を集める  2:襲われたら容赦はしない [備考欄] ※朱広竜がゲームに乗ったと認識しました 【男子五番:追原弾】 【(表面上の口調)1:俺(達) 2:お前(ら) 3:○○(呼び捨て)(達)】 [状態]:良好 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、不明支給品 [思考・状況]  基本思考:クラスメートを助けたい  0:和音さんが心配  1:他のクラスメートも心配  2:キューブと連絡を取りたい &color(RED){【女子二十六番:松村友枝 死亡】 } &color(RED){【残り48人】 } ※A-5に片方だけのヌンチャク、文化包丁の刃が落ちています ※松村友枝の死体と荷物、支給品の手榴弾三つは爆散して消滅しました 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