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災渦の中心 - (2009/01/24 (土) 13:12:25) のソース

*災渦の中心 ◆EGv2prCtI. 

「ケトル、あたしの愛しい騎士」 

 目の前に、誰かが居る。 
 そしてその誰かが自分を押し倒して、自分を見つめている。 
 それは分かるのだけれど、顔や身体がはっきり見えない。 
 まるでぼかしをかけた後にモノクロ処理をしたように、いや、いずれにしても何故か特定が出来ないのだ。 
「ねえ、分かる? 止まらないの、この鼓動が……熱いの、体中が……」 
 悲しげな、そんな何か、痛みをこらえているような――苦しみの奥底から紡ぎ出される、そんな声が先程から聞こえている。 
 この声はフラウ? それとも…… 
「あたしを愛して……」 
 身体にぐいと圧される感覚が走って、何か、水滴みたいなものが顔に降り懸かった。 
 すぐに白い毛の中に染み込んだ。 
 自分を押さえ付けている手が震え始めているのが分かった。 
 きっと、それは―― 

「私を愛して……」 
 それで、自分の胸元に――多分、その相手の顔が押し付けられて、肩を強く掴まれた。 


「ケトル、私を見て!」 


―― 

 冷たい風が頬と耳を撫でて、髭を揺らした。 
 夢から覚めたケトル(男子十三番)は身を起こしてここが草地であることを確かめると、周りを見渡した。 
 右側には明かりのある道路が見え、その道路の先は、両方とも暗闇に包まれている。 
 その僅かな明かりで、かろうじて左側の山や森が見え、ざわざわとシルエットのようになった木々がうごめいていた。 
 そして自分の脇にあるデイパックを見つけて――そして、奇妙な夢のせいで忘れていたあのことを思い出した。 

 ――教室の惨劇を。 

 若狭先生が殺し合いをしてもらいますと言った。 
 委員長のラトの首が爆発した。 
 親友のフラウ(女子二十五番)がラトが本当に死んでると告げた。 
 驚愕した玉堤英人(男子十九番)の顔。 
 叫ぶクラスメート。 
 悲鳴が溢れる教室。 

 ――それが趣味の悪いアニメのワンシーンだったらどんなによかったか。 


 出来るなら止めたい。 
 こんなことがあっていい筈が無い。 
 しかし止められない。 
 この首の戒めが、それを不可能なものとしている。 

 そもそも、実際にクラスメートに人を殺しそうな人は居ないとは言えなかった。 
 怖い人だってたくさん居る(主に女子に)。 
 ――しかし、自分が思っているような本当に悪い人なんて居ない筈だ。 
 そんな非現実的な人物なんて作り物の中だけで十分なのだ。 

 それより何より、今はどうにかして生き延びなければならない。 
 デイパックを持ち出すとジッパーを開けて、中身を確かめた。 
 袋に包まれたパンがいくつか、中に水がいっぱいいっぱい入っている二リットルのペットボトル、懐中電灯、若狭が黒板に貼っていたものと同じ地図(裏にはクラスの名簿が印字してある)、 
 キャップがはめられた鉛筆と消しゴムが入った筆入れ、手の平に収まるサイズのコンパス、そして―― 

 かなり長い(デイパックの縦幅を上回って出っ張っていた)鞘のようなものに収められた、ファンタジー系のアニメに出てくるようなそれが出てきた。 
 鞘から出すと、所々刃こぼれを起こしていたものの本物の片刃の刀身が現れた。 
 ――実物のサーベルだ。 
 サーベルを持った左手に、ずっしりと重さが伝わってくる。 
 これが自分の武器――人殺しの道具。 
 使う状況が来ないことを願うしか無い。 

 鞘をズボンのベルト部分に引っ掛けて、落ちない事を確認すると、夢と教室のことはひとまず忘れることにしてケトルはそのままこれからの考えに入った。 

 ――まずはフラウだ。 
 自分なんかよりフラウはよっぽど頭が良いし、こうしている間にも彼女はもしかしたらもう何らかの手段を講じているのかも知れない。 
 フラウ以外にも、他のクラスメートも捜さなければならなかった。 
 自分だけでこれを止めることを運ぶのは無理なのだから。 

 ――テト(女子十九番)の行方も、気がかりだった。 
 ラトが若狭に言っていた通り、あの教室にテトは居なかったのだ。 
 もしかしたら、彼女がこの事に直接関わって―― 


 がさりと、草が踏み締められる音で、ケトルは顔を上げた。 
 ――誰かが、道路側に居る。 

 慎重に、道路の向こうを見渡した。 
 距離にして十五メートル先、その影はやがて灯りに照らされ、顔がはっきりと明らかになった。 
 その影だった苗村都月(女子二十番)が、こちらに腕を上げてその手には―― 
 ――! 

 思考が及ぶ暇はなかった。 
 都月の手元が火を噴いて、大きな破裂音が響いた時には、ケトルはサーベルを持ったままデイパックを肩にかけて、地面を蹴飛ばしていた。 
 ケトルが居た位置から、少しずれた場所の土がばすっと吹き飛んだ。 
 それから三度、その音が聞こえた。 
 少し山道の方角に走って振り返ると、都月がケトルに銃(銃! ケトルのサーベルが本物だったように苗村都月に支給された銃もまた、本物だったのだ)を構えたまま、また銃を撃った。 
 ケトルの尻尾の真上、何かが通り過ぎる気がした。 

「苗村さ――」 

 ケトルは都月を説得しようとして――やめた。 
 無理だ。 
 相手はいきなり自分を撃ってきた。話のしようが無い。 
 一体何処に話し合いの余地があるのだろうか? 

 アニメでもこんな状況がよくある。 
 馬鹿みたいにこんな相手を止めようとして、殺されるモブキャラ。 
 ――そんな事態だけは避けたい。 

 隙を見て、全速力でケトルは山の山道の入口に駆け出した。 
 都月は追ってこないようだった。 
 やがて道路も見えなくなり、周りには木だけが伺える風景になった。 

 息を切らして――しかし、安堵しながら、ケトルは木にもたれて座り込んだ。 
 都月のような普通の女の子ですら襲い掛かってくる。 
 この先もそんなクラスメートと会ってしまうのだろうか? 

 いや――都月は、他人に殺されるという恐怖に気圧されて、殺し合いなんて望んでいないのかも知れない。 
 そもそも、殺し合いを望んだクラスメートが居るのだろうか? 
 好きで人を殺すようなクラスメートが? 

 ――居ない。 
 きっと居ない筈だ。何か、どうしようもない理由があるに違いないのだ。 
 そして、ただ自分がその理由を分かってやれないだけなのかも知れない。 

 とにかく――ここで一休み、とはいかないようだった。 

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 苗村都月はまだ硝煙を吐き出している銃(ちなみにスミスアンドウエスンのM56オートだった)を構えたまま、固まっていた。 

 危なかった。 
 もう少し遅れていたらケトルにあの剣で切り裂かれていたかも知れない。 
 あの普段大人しそうにしているケトルに、だ。 
 剣で、本当に内臓をえぐられる。 
 ぐちゃぐちゃに! 
 ――いや、そうやって敵を誘い込む。それこそ常套手段だろう。 
 正に彼女、『シティー』が初めの頃、ネットゲーム上で相手にそうしてきた様に。 

 信じられる筈が無い―― 
 自分を虐めてきた連中や、それを止めようとすらしなかったクラスメートなど。 
 いや、そもそもこんなものが渡されるような、この『ゲーム』に置いて信じる方がおかしい。 
 今、誰が、何を考えているかは関係無い。 
 どう転んだところで結局は一人しか生き残れないのだ。 
 今はゲームに乗らないつもりのクラスメートだって、ただ一つの生還への切符がかかっている以上、いつかは自分に襲い掛かってくる。 
 殺しに――やってくるのだ! 
 自分を! 剣や! 銃で! 

 ――次は必ず仕留めなくてはならない。 
 こんなところで死ぬなんてごめんだ。 
 ああ――家に――自分のパソコンの前に帰りたい。どんな手を使っても、帰りたい! 

 それが出来なければ――殺される! 
 斬られて、撃たれて! 殺される! 
 殺される! 

 ――彼女の中で、延々とそれがリピートされていた。 

【G-4 山岳地帯/一日目・深夜】 
【男子十三番:ケトル】 
【1:僕(達) 2:君(達) 3:あの人(達)、○○さん】 
 [状態]:少し疲労 
 [装備]:サーベル 
 [道具]:支給品一式 
 [思考・状況] 
  基本思考:どうにかして殺し合いを止めさせる 
  0:フラウを探したい 
  1:仲間を探す 
  2:テトのことを知りたい 
  3:やる気になっている相手の説得が無理だと思ったら逃げる 
 [備考欄] 
  山道を使って西に進んでいます 

【H-4 平地/一日目・深夜】 
【女子二十番:苗村都月(なえむら-つづき)】 
【1:私(達) 2:あなた(達) 3:あの人(達)】 
 [状態]:極度の怯え、被害妄想による狂気 
 [装備]:S&W M56オート(10/15) 
 [道具]:支給品一式、M56オートのマガジン(3) 
 [思考・状況] 
  基本思考:殺される前に皆殺しにする 
  0:容赦なく相手を殺す 
  1:家に帰りたい 

※H-4周辺に発砲音が響きました。 
 H-4より一ブロック以内ならはっきり聞こえます。 

【サーベル】 
片刃で湾曲した剣身の曲刀。 
ケトルに支給されたのは年代物の為、錆び付いて刃こぼれを起こしている。 
重量は約2キロで、攻撃を受け流したり無理矢理突き刺したり鈍器として使えるかも知れない。 


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|&color(cyan){GAME START}|ケトル|[[パートナー]]|
|&color(cyan){GAME START}|苗村都月|[[Heat]]|



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