「高校生デストロイヤー」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

高校生デストロイヤー - (2009/06/23 (火) 16:45:33) のソース

*高校生デストロイヤー ◆EGv2prCtI.

「何度も言った。あなたに教えることなど無い」
 銀鏖院水晶は相変わらずの態度を取っていた。
 森屋英太を引きずるように肩で抱えながら、玉堤英人は森を歩いている。
 あれからだいぶ、長い時間歩いている気がした。
 もう青空が広がっている。
 周りが明るくなり、はっきり言ってとても危険な状態だった。
 これではいつ吉良のような狂ったクラスメートに見つかってしまうか分かったものではない。

 診療所はもう目の前に見えていた。
 ここまで何事も無かったのは本当に幸運としか言いようが無い。
 そう言っても不思議でないほど、この状況は緊縛されていた。
 英人こそ冷静は装っていたが、その実、焦りを感じ始めていた。
 水晶の体力の回復に関してもそうだった。
 彼女がやる気になっているのは明らかなのだ。
 今でこそ疲労で能力が使えない様だが、もしその能力が使用可能なまでに回復してしまったら英人もただでは済まなくなるかも知れない。
 情報は速やかに引き出したかった。

 診療所の玄関に着いた。
 眼前に広がるその大きな施設は今の所は静まり返っている。
 慎重に英人は空いた片手でガラス張りの玄関を開けた。
 ――その時、足跡が通路から響いてきた。
 英人達は身構えた。
「……誰だ?」
 英人が声を掛ける。
 すると、落ち着いたような声の女性の声が聞こえてきた。
「良子よ。あなたは?」
 良子――生徒会長の朽樹良子(女子十二番)か。
 返した。
「朽樹さんか。英人だ。玉堤英人。森屋と銀鏖院も居る」
 それから少し間が空いた。
 相手が警戒しているのが分かり、英人は息を付いた。
 やる気で尚且つ銃を持っていれば既に狙撃されていても不思議ではない。
 もちろん、まだ一安心には早いが。
「入って」
 扉が開き、良子の姿が現れた。
 そして英太を見て、驚いたように目を見開いた。
「……森屋君ひどい怪我じゃない!」
 そう言って、良子は英太に近寄り、傷の(特に足のそれを)じっくりと見始めた。
「銀鏖院も相当疲れている。休ませてやってくれないか」
 英人は、良子にそれを伝えた。
 無論、水晶を完全に休ませるつもりは無い。
 そうなる前に何か役立つことを聞く必要があるからだ。
 良子が英太を診療所の奥へ運んでいる間、英人は診療所の様子を見渡した。
 診療所独特の消毒液の臭いが充満している。
 それはともかく、通路はそれなりに長かった。
 玄関、待合室から約八メートル程の直線、そこから右に曲がり更に約十メートル。
 突き当たりに裏口。
 部屋はそれなりにあったが、病室自体は少なく部屋の名前のプレートを見る限り事務や緊急時に使うような内装だと予想出来た。
 ある程度の砦としての機能はあるだろう。
 ここならばしばらく――と言っても一時間程度か――は休めるかも知れない。
 俯きながら座り込んでいた水晶が、顔を上げた。
 良子が戻ってきたのだ。
 そのままこちらに近付きながら良子が水晶に向かって口を開いた。
「森屋君でベッドが埋まっちゃうから同じ部屋のソファになるけど、いい?」
 水晶は黙ってそのまま奥へと入っていった。
 今まで騒いでいたのが嘘みたいだった。
 恐らく、騒ぐ気力すらないのが伺える。
 しかし――英太が使っただけでもうベッドが埋まるとはどういうことだろうか?
「見た目の割りに随分小さい診療所だ」
 英人がそう聞くと、良子が何かに気付いたように眉を上げた。
 そして、答えた。
「ベッドは二つあったんだけど、先に鈴木君が休んでるのよ。血まみれでここに
駆け込んで来たの」 



――

「――それで、鈴木が入って来たのか?」
 鈴木正一郎(男子十八番)。
 あまり話すような相手でもないので詳しくは知らないが、悪いとも思えない生徒だったのを記憶している。
 今、英人は待合室で椅子に座りながら良子と鬼崎喜佳(女子七番)の話を聞いていた。
 二人は友人同士だと思っていたので、この組み合わせに関しては違和感を感じなかった。
 しかしそれよりも目に留まったのは喜佳のスカートの腰に差し込まれている拳銃らしきものだ。
 いや――敵でないのならそれは別に構わない。
 喜佳が良子を欺き、本性を隠している、と言うのなら別だが。
「ええ。いきなり『お前達は乗ってるのか?』とか聞いてきたから驚いたの」
「本当にびっくりしたわ。特に私を睨みつけてきて結構怖かったのよ」
 良子のに続いて、喜佳が手を広げながら言った。
 喜佳の家のことについては英人も由佳から聞いたことがあったので、鈴木に睨まれたその点は理解出来た。
 第一印象だけなら確かに警戒されてもおかしく無い境遇かも知れない。

「意外だ」
 そこで英人は、多少不自然であっても馴れ馴れしく接することにした。
 特に喜佳とはあまり付き合いは無い。
 たまに、何かのはずみで話をする程度だ。
 それでも今はなるべく信頼を得る必要があった。
 この状況下では、極めて。
「鬼崎さんにも怖いものがあったのか」
「どういう意味よ!」
 喜佳が苦笑いしながら叫ぶ。
 英人もそれに合わせて笑った(作り笑い、だが)。
「そんなイメージが無かっただけだ。
 それで、君達はその鈴木に会う前に何をしていたんだ?」
「――」
 そこで、その場の空気が急速に冷え固まった。
 多分、科学で使うあの液体窒素の壷の中に入れられたらこんな感じなのだろう。
 二人は黙り込んで、ただ俯き始めていた。
「……いや、答えられないならいい」
 人には話せないこと。
 ごまかすならどうとでもごまかせる筈だ。
 その点については構わなかった。
 ただ、何故話せないのか。
 二つ、理由が予測出来た。
 非常に恥ずかしいことをしていたか、或いは――

 英人は、それ以上深くは考えないことにした。
 後者ならそれこそ何かしら嘘を語っている筈。
 そうなると前者と言うことになる。
 流石に英人はそこまで詮索する悪趣味な真似は出来なかった。
 とにかく――時間もそれなりに経っている。
 壁にかけられたデジタル時計をちらと見ると、診療所に入ってから二十分も過ぎているのが分かった。
「森屋の様子を見てくる。聞きたいこともあるんだ」
 そう言って、英人は立ち上がった。
 ――この言葉は嘘だ。
 本当は銀鏖院水晶に問い詰める為に行くのだ。
 そのタイミングとしては今しか無い。
 これを逃したらいつあの能力が自分達に向けられるか――

 良子も喜佳も、黙ったままだった。
 英人は一旦二人を一瞥してから、それから病室に向かった。
 病室は廊下の曲がり角から、少し奥にあった。
 本来距離を考えれば短い筈の廊下だが、それでもやや長めに感じた。
 疲れてきているのだろうか。
 今、動かしている足も重りを付けて歩いている気がする。

 窓をふと見ると、数メートル先の森の木々の奥で何かがちらついて見えた。
 しかしもう一度目を凝らして視線を向けると、何の姿も無い。
 いけない、やっぱり僕は疲れてきているんだ。
 目までおかしくなってきている――


 ――いや。
 再度、森の方向を見た。
 やはり動きは無かったが、そう思った直後、木陰から何かが飛び出してきた。
 あれは絶対に野良猫か何かではない。
 人間大の野良猫など居るものか。
 猫の獣人でもない。
 それは、太田太郎丸忠信(男子六番)だった。

 不意に、ぱぁんと何かが弾けて忠信から光が放たれたと思うと英人の左の窓ガラスがバラバラに砕け飛び、破片が廊下に散乱した。
 英人は一瞬すくみかけたが――すぐに踵を返し、待合室まで駆け込んだ。
 窓ガラスを吹き飛ばしたのは、明らかに銃撃であった。
 そう、英太の目の前で仲販遥を殺したあの忠信が、英人に向けても発砲してきたのだ! 


 走りながら、忠信の動きを窓から観察する。
 忠信は、こちらの進行方向と同じ方向を歩いている。
 つまり――

「今の何、何があったの!?」
 良子が、待合室から飛び出てくる。
「太田が銃を撃ってきたんだ! 玄関に回ってる! 僕は病室に居る三人を呼ぶから、先に裏口から逃げろ!」
 喜佳も廊下に来て、状況に気付いた。
 良子は英人の言葉を聞いて頷き、急いで待合室に置いてある荷物を取りに行く。

「玉堤か!?」
 背後から男の声が聞こえた。
 それが誰かは瞬時に分かったので、英人ばっと振り向いて返事を返した。
「鈴木! 太田が襲ってきた!」
 鈴木正一郎が病室から駆け付けたのだ。
 手の包帯がかなり痛々しく見え、本人は無理矢理身体を動かしているようにぎこちなかったが、それは無視した。
「森屋と銀鏖院はまだ部屋に居た筈だ。太田は俺がどうにかするから玉堤は病室に行け!」
「すまない!」
 良子が待合室から戻ってきて、二人に何かを差し出す。
「玉堤君、鈴木君、これを!」
 それは、錆びた鉄パイプとアイスピック、バイクか自転車のチェーンのようなものだった。
「鈴木が持ってたやつ。玉堤のミサイルだけじゃ、銃には厳しいんじゃないの?」
 喜佳が英人に説明する。
 英人と正一郎は頷き、英人がアイスピックとチェーン、正一郎が鉄パイプを受け取った。
 それから正一郎はそのまま廊下に残って忠信を待ち伏せ、英人は病室へ、良子達二人はそのまま裏口へ駆け出していった。

――
 森屋英太は無気力に病室のベッドで横たわっていた。
 足の怪我は朽樹良子に新しい包帯を巻いてもらって、楽にはなってきたが今すぐ動ける状態、と言う訳でも無かった。
 そうやって治療に専念している合間にも、英太の脳裏には加賀智通や、シルヴィア、仲販遥の顔が頭に浮かんでいた。

 智通は、一体何処で死んだのだろうか?
 こんなことになってからまだ一度も会っていなかった。
 なのに、智通は誰か、狂ったクラスメートに殺された――

 シルヴィアもだ。
 やはり、シルヴィアもあの後太田に?
 しかし太田が来た方向とシルヴィアが逃げたした方向は全く違っていた、筈だ。

 遥は――

 どうして、自分を庇ったのか。
 結局、何も出来ない自分を。
 何故自分が犠牲になってまで英太を庇ったのか。

 ――ちくしょう。
 英太が遥のことを考えると、この最低最悪のレクリエーションが始まってからの全ての出来事が濁流のように押し寄せてくる。
 映画館。
 いきなり遥に酷いことをしてしまった。
 それから二人で長い間映画館に隠れていた。
 陰鬱な気分(それでも今よりはよっぽどマシだった)から抜け出そうと映画を見ようとした。
 そこであの気分の悪くなる紙。
 シルヴィアの襲撃。
 それを何とか退けて、そして、太田太郎丸忠信が―― 


 その時だった。
 外で大きな音が鳴り、ガラスが割れたような音が響いた。
 一拍置いて、バタバタと病室から誰かが廊下に飛び出していく。
 多分、それは英太の隣で寝ていた鈴木正一郎だった。
 間もなく、廊下から声が聞こえる。
『今の何、何があったの!?』
『太田が銃を撃ってきたんだ! 玄関に回って――』
 それは朽樹良子と玉堤英人のやり取りだった。
 何者かに診療所が襲われたのはすぐに分かったが、英人の口から出た人物名は――

「太田!?」
 太田太郎丸忠信!
 英太はばっとベッドから飛び起きた。
 あいつが――あいつが来ているのか?
 ――遥を殺したあいつが!

 英太は何も考えず、すぐに病室の扉に飛びついた。
 ――それがまずかった。
「ぐあっ――?」
 突然、背中から強烈な痛みが電撃のように走ったかと思うと、英太の身体から力が抜けた。
 ずず、と扉にへばり付きながら英太の身体が徐々に床に沈んでいき、やがて完全に倒れ込んでしまった。
 床に着いた腹の部分が妙に湿っぽい。
 英太は驚愕と激痛で顔を歪めながらなんとか首を後ろに回す。

 大きい鎌の刃が、背中に突き立てられていた。
 それは水晶が平田三四郎から回収したまま、この診療所に着いても病室の片隅に置いたままのものだった。
「だから愚民は阿呆なのよ」
 見下ろすように英太の後ろに居るのは、銀鏖院水晶。
 水晶が英太から鎌を抜き出すと、英太の口から自然と血が噴き出してきた。
 鉄の味がすごかった。
 どう考えても、致命傷だった。

 そうか。
 英太はようやく悟った。
 結局、玉堤英人が正しかった。
 何もしようともしなかった自分よりも、英人の方がずっと正しかった。
 遥の死を惜しむのではなく、無駄にしない為に努力するべきだったと。
 その遥に助けてもらった命も、今尽きようとしている。

 ――駄目だ、俺。
 どうしてこんなことが今まで理解出来なかったんだろう。
 玉堤だって、いつ知り合いが死ぬか分からない状況におかれていた筈なのに。
 俺は動こうともせずただぼっと玉堤に引かれているだけだった。
 だから、こんなことになったんだ。

 その英人より、銀鏖院水晶を信じてしまっていた。
 遥と何か通じる部分があったからだ。
 心を許していた。
 油断していた。
 だけど――おかしいだろ?
 どうしてクラスメート同士で殺し合わなきゃならないんだ?
 昨日まで一緒に授業を受けていた、クラスメートが、だぞ?


 そのせいで、遥も智通も、みんな死んでしまった。
 そして、英太自身も。

 情けないなあ、俺……
 英太は泣きたくなった。
 あまりにも、無力な自分が。
 忠信に復讐するどころか再び再会することすら出来なかった。
 だから――

 ――ないちゃだめ、ないたらしあわせにげちゃうから。

 遥の言葉を、思い出した。
 そうか、そうだな。
 幸せが、逃げるよな。
 落ち込んでたら、幸せが逃げちゃうんだ。
 だから俺は、こんな――

 ――いや。

 俺は、お前を失ったその時から……



 英太の意識は、そのまま静かに闇に捕らわれていった。 



――

 裏口まで辿り着いた。
 ドアノブに手をひねり、喜佳は慎重に、辺りを見回しながらドアを押し進める。
 今のところ、忠信の姿は見当たらない。
 急いで二人は森に向かって走り出す。

 ――筈だった。
「お前より朽樹の方がいいんだよなあ」
 嫌らしい声が聞こえた。
 ドアの影……喜佳の背後の死角から現れたのは、忠信だった。
 その手には、ショットガン。

 しまった――
 喜佳は歯噛みした。
 英人が見ていた時には確かに玄関に向かっていたのだろう。
 しかし、英人や鈴木と話しているときその時確かに隙があったのだ。
 再び森に身を隠せば姿を見せること無く移動することなど容易い。
 忠信がこちらに回るには十分な猶予があった。

「鬼崎さ――!」
 良子の叫ぶ声が聞こえる。
 しかしそれよりも、喜佳の全感覚が忠信のショットガンに向けられていた。
 この距離の、しかも散弾を避けれる筈も無い。
 喜佳は目を見開いた。
 やられる――

 銃声が響く。
 目を開いた。
 喜佳少し先、それこそ忠信の前に突然現れた良子の身体が崩れ落ちつつあった。
「――良子!」
 喜佳は呆気を取られて、しかし即座に良子に駆け寄った。
 銃口から僅か数十センチしか離れていない位置から散弾の直撃を受けた腹部は窪んだ様にいびつな大穴が出来て、そこから大量の血が溢れ出していた。
「あー、またかよ?」
 何の悪気も無いように、いや、こんなことには慣れているかのように忠信は落ち着いていた。
 人に銃を撃って、しかも当てたというのに。
「太田あ!」
 喜佳はコルト・ガバメントを抜き、素早く構えて引き金を引いた。
 忠信の横、ドアの隣にぶら下がっていた電球が弾け、その破片が忠信の足元に振りかかった。
「ちっ」
 忠信はもう一度ショットガンを構えた。
 しかしその前に喜佳はもう一度ガバメントを撃って、忠信が怯んだ内に良子を引きずりながら裏口のドアに飛び込んだ。
 閉めた。
 それからドアノブが動く気配は、全く無かった。

「良子! しっかりして! 良子!」
 喜佳は良子を抱えて、身体を揺さぶった。
 血がどんどん溢れて、もはや良子の腹は完全に赤く染まっている。
 それでも喜佳は、良子に呼びかけ続けるのをやめなかった。
「なんで!」
 喜佳の目から涙が自然に溢れてくる。
 ――馬鹿げてる。
 自分は、良子も、誰だろうと殺す覚悟が出来ていた筈なのに。
 内木聡右の為に。
 なのに――どうして私は、こんな時に泣いている!?
「……鬼崎さん」
 良子が、力なく口を開いた。
 目も虚ろで、顔からどんどん生気が抜けて不気味なまでに顔色が白くなりつつあった。
「さっき言ったこと、それと、私のことを忘れないで……生きて……」

 ぐっと、喜佳の腕にかかる良子の重さが増した気がする。
 喜佳は、その意味を理解した。
 理解して、泣きじゃくった。

 ――どうして。
 どうして私なんかを好きになったの。

 良子の顔は、穏やかだった。
 どうして。
 自分が死んでいく感覚を味わった筈なのに。
 どうして、安らかでいられる?
 ねえ。良子――

 喜佳は、しばらく命を失ったその身体を抱いたまま、動けなかった。 


――

 ただ、歩を進める。
 忠信は、先程割った窓ガラスのある診療所の通路の外を歩いた。
 警戒は怠らなかった。
 ここまで来て何も収穫無しなのでは堪ったものではない。
 レーダーの情報を見る限り、中には良子達以外にも四人居たのだ。
 女子に関しては残りは銀鏖院水晶と危険極まりない電波しか居なかったが、しかしそれよりも魅力はその人数の多さにあった。
 武器は多くて越したことは無いからだ。
 鈴木正一郎と玉堤英人、そして――森屋英太。
 少なくとも一人は手負いだ。そして、三人とも忠信が勝てない相手ではない。
 いや、むしろこちらが優位だと言ってよかった。
 何しろこちらにはこの時点でショットガンに拳銃と武器が充実しているからだ。
 それに早々に作業を終えなければ鬼崎がいつこちらに向かって来るか――

「うおおおおッ!」
 突然、割れた診療所の窓ガラスから、鈴木正一郎が現れ、こちらに突っ込んできた。
 そのまま正一郎が鉄パイプを突き出してくる。
「ぐっ」
 忠信はそれを寸前でショットガンで受け止める。
 しかし、手に大きな衝撃が走った。
 それで忠信は怯んでしまい、一瞬隙を与えてしまった。

 その一瞬で、鈴木が、大きく鉄パイプを振りかぶっていた。
――

 正一郎は、手の激痛を耐えながら、鉄パイプに力を込めていた。
 半分の指を失った右手を支えにして、まだ指が生きている左手で鉄パイプを持ち上げている。
 それでも左手の傷は深く、思うように力が入らない。

 だが――正一郎は決して諦めなかった。 
 自分はまだ役目を終わらせてなどいない。
 そして、罪を償ってもいない。
 自分を貫く。
 松村友枝が自分にそう言い聞かせてくれた。
 そう、悪を、滅ぼす為に。

 ――今だ!


 正一郎は、その体勢から素早く鉄パイプを振り下ろした。
 忠信が身構え、ショットガンを横にする。
 ――かかった。
 これはフェイントだ。
 正一郎は降ろす途中だった鉄パイプを急激に引き出し、一気に突き出しの体勢に変えた。
 狙いは――
「死ねやああああああ!」
 鉄パイプが次に動く前に、忠信が横にしていたショットガンを持ち直し、そのまま突きつける。
 それでも構わず、正一郎は突き進んだ。

 ぶち、と正一郎の手に何かが切れる衝撃が響いた。
 鉄パイプの先端が完全に忠信の腹部に入り込んだ。
 そして鉄パイプは勢いを衰えずに忠信の腹筋を貫き、内臓を破壊するだろう。

 悪は滅ぶべきなのだ。
 しかし自分は今まで滅ぼす相手を間違えてきた。
 だが、今ようやく真の悪を倒したのでは無いのだろうか?
 ついにやったのだ。
 ついに――



 そこまでだった。
 正一郎の手から、鉄パイプが離れていた。
 忠信に命中した反動に耐え切れなかったのだ。
 代わりに、構えられたショットガン――イサカM37の銃口が、正一郎の顔にほとんど密着していた。

「この……腐れ野郎が!」
 忠信が叫ぶ。
 そのまま顔全体に熱を浴びたのが、正一郎の最後の知覚となった。
 正一郎の頭の上半分が、爆発したように完全に吹き飛んだ。
 バラバラに分裂した頭蓋と脳髄が辺りに飛び散り、さながら窓ガラスが割れたようになっていたのだけれど、しかし決してそれはガラスの破片のように美しく光を跳ね返したりはしなかった。
 照らされる光を跳ね返していたのは、同時に飛び出した血の海。
 正一郎の顔の上唇から上は、さながら松村友枝の肉体のように消失していた。

 忠信は腹を抱え、激痛に耐えた。
 迂闊だった。
 正一郎を過小評価していた。
 いくらなんでも銃相手に勝てるわけが無いと。

 しかし――今の状態では、英人や水晶どころか負傷している森屋に勝てるかどうかも分からなかった。
 腹部をやられて、まともに身体を動かせないのだ。
 当座、中に入るのは自殺に等しかった。

 忠信は苦痛に顔を歪め、鈴木正一郎の死体を一回足蹴りしてから、ゆっくりと森に消えた。 

――

 病室に入った英人は、
 背後では銃声や叫び声が交錯していたが、そんなのは今現在、気にもならなかった。

 足元には、森屋英太が倒れている。
 ――背中から血を滲み出しながら。
 水たまりはまだ、広がりつつあったが、一つ、明白になっていることがあった。

 英太は、間違いなく死んでいた。

「……そうか、お前が」
 さらにその英太の死体の奥。
 銀髪が蛍光灯の光を跳ね返している。
 その銀髪を持った少女――銀鏖院水晶。

 ――やはり考えが甘かったかも知れない。
 水晶から武器を奪っておくべきだった。
 しかし、それでは間違いなく英太が文句を言っていただろう。

 その英太もたった今その水晶に殺された。
「私はあいつらに本当の神の力を見せ付ける……その為にはあなた達愚民が邪魔なのよ」
 死体を見るのは良い気分ではない。
 だがさすがに、英人は慣れてしまった。
 数時間前まで共に歩いていたにも関わらず、その英太の死を前にして英人は落ち着いていられた。
 いい加減感覚が麻痺してきているのかも知れない。
「いや、いいんだ、いいんだよ銀鏖院」
 無論、だからと言ってこのまま水晶を生かしておく理由も無かった。
 水晶は、完全無欠英人の敵なのだから。
「安心しろ……」
 そう言って、英人は左手に握っていたアイスピックを投擲した。
 はっきり言って距離的に避けられる無い筈が無い。
 水晶はばっと手を翳して、アイスピックの針を粉々に砕いた。
 その瞬間、英人は英太の死体を飛び越えて、水晶に圧し掛かった。
 そのまま馬乗りの体勢になると、英人はチェーンを取り出した。
「お前は今、ここで死ぬ」
 英人は無理矢理、チェーンを水晶の首輪に引っ掛ける。
 首にチェーンがめり込んだが、構わずその作業を続けた。
 相手は強く抵抗してこない――否、出来ないのだ。
 肉体は疲労しているし、回復しかけていた神通力もたった今使ってしまった。
 もう、水晶は何も出来なくなっていた。

 首輪に入った鎖とまだ入っていない鎖の長さが等しくなった時、英人は左手にチェーンを持ち直し、そして思いっきり引っ張り上げた。
 首輪が、みし、と怪しい音を立てた。
「こ、この」
 水晶の顔の形相は恐ろしいものになっていた。
 般若を髣髴とさせるような表情だ。
 それほど必死になっているというのに、英人に対する抵抗は弱い。
 水晶は、ただチェーンを手で握って、その動きを抑えようとすることしか出来なかった。
「愚民があああああああっ」

 その内、英人の左腕が、ぐんと上がった。
 瞬間、あの教室内以来久々にどん、と言う音が鳴り、英人の顔にチェーンの破片と血飛沫が吹き付けられた。
 首輪が爆発したのだ。
 首に大穴が空いて生きていられる筈も無い。
 水晶は絶命していた。 


 英人は、首輪のパーツが欲しかった。
 首輪の内部構造さえ分かれば脱出の糸口が見つかるかも知れないからだ。
 流石に死体の首を切り離して首輪を手に入れる気にはなれない。
 しかし、どうしても相手を殺さなければならない状況がきた時、英人はそれを狙ったのだ。
 情報を聞き出せない以上、水晶の必要性はもはや無くなっていた。
 そしてその水晶の首輪を有効活用する。
 勝機は確信したので、水晶に飛び掛るのも躊躇は無かった。

 自分は人を殺した。
 ……いや――違う。
 首輪が勝手に爆発したのだ。
 僕のせいではない。
 そう納得することにした。
 いちいち良心の呵責だとかに構っていては肝心な時に失敗する。

「玉堤、あんた……」
 不意に声が聞こえた。
 振り向くと、鬼崎喜佳が何故かそこに居た。
 腕には何か赤いものがべっとりついている。
 予感はした。
「朽樹さんは?」
「……死んだ。太田に殺された……」
 ――玄関に行った筈ではなかったのか?
 流石に英人の胸が、重く沈んでいく気がした。
 良子が殺されてしまった。
 ――もしかしたら自分のミスで。
「あんた……も、そうなの?」
 考えているどころではなかった。
 喜佳の声は悲しみと怒りが混じっていて、震え上がっていた。
 喜佳は後ろに振り返り、そのまま裏口に走り出した。
「鬼崎さん!」
 英人は走りながら喜佳を追う。
 だが喜佳は既に裏口のドアを開けており、そのまま外に出て姿が見えなくなってしまった。
 そのドアの前には、良子らしき死体。
 その死体には、森屋と同じく血だまりが出来ていた。

 鈴木正一郎の死体も、窓から見えた。
 顔が吹っ飛んでいてそれだけでは分からないが、その近くに鉄パイプが落ちていたので忠信との戦闘の結果が予測出来た。
 忠信は去ったようだ。


 要するに――みんな死んでしまった。

(――それより、由佳だ)
 だけれど――それらに構っている余裕は無かった。
 せっかく感覚が麻痺しているのだ。
 いつこの感覚が戻って、英人の精神がどんなことになるかは分からない。
 その前に出来ることをしなければならない。
 それこそ、取り返しがつかなくなる前に。

 待合室、病室にあったものを回収する。
 これで英太を刺したであろう大鎌に、スティンガーの予備ミサイル。赤い液体の入った注射器。スパナ。
 そして、水晶の首輪。

 英人は、急いでその場を後にした。
 ――このゲームからの脱出の方法を模索して、由佳に、再び出会う為に。 


【B-6 診療所/一日目・午前】 
【男子十九番:玉堤英人】 
【1:僕(たち) 2:君(たち) 3:あの人、あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て)】 
[状態]:健康、右頬に裂傷、右頬に痣 
[装備]:FIM-92スティンガー(1/1)、アウトドアナイフ 
[道具]:支給品一式、USBメモリ、大鎌、小型ミサイル×2、赤い液体の入った注射器×3(麻薬)、両口スパナ、首輪の残骸
[思考・状況] 
基本思考:間由佳と合流したい。主催側がどうなっているか知りたい。 
0:ゲームに乗る気はない。基本的に身を潜めてやり過ごす。 
1:吉良よりも先に由佳と合流する。ゲームに乗っていない生徒に会ったら彼女(吉良)は危険だと知らせる 
2:二階堂に勝てそうな奴を捜してUSBメモリを渡すor共に行動する。 
3:武装面での不安要素は拭えないため、ゲームに乗っている生徒に会ったら逃げる 
4:念のため樹里には警戒する 
[備考欄] 
※USBメモリに玉堤英人の推測を書いたデータが入っています。 
※愛餓夫の言葉を疑っています。 

【女子七番:鬼崎喜佳】 
【1:私(たち) 2:あなた(たち) 3:あの人、あいつ(ら)、○○(名前呼び捨て)】 
[状態]:右腕負傷(治療済み)、ショック
[装備]:コルトガバメント(5/7)
[道具]:支給品一式、予備弾(21/21)
[思考・状況] 
基本思考:聡右と合流したい。仲間を探すことを口実に、彼を探す予定 
0:良子…… 
1:ゲームに乗る気はない。だが生徒の数が減ってくれると嬉しい 
2:いつも通りの親しみやすい鬼崎喜佳を演じ、戦いを極力避ける 
3:他生徒には基本的に気を許す気はない。何か変なまねをしたら誰だろうが容赦なく殺す 
4:襲ってくる者は殺す(躊躇はしない) 
5:玉堤英人には近寄りたくない
[備考欄] 
※聡右がもしもゲームに乗っていたら、どうするかまだ決めていません(自分では確実に殺してしまうという恐怖がある) 
※彼女が銃を扱える事実は聡右以外は知りません 

【男子六番:太田太郎丸忠信】 
【1:俺(達) 2:あんた(達) 3:○○さん(達)】 
[状態]:腹部重傷、左肩に裂傷(応急処置済)、脇腹に打撲 
[装備]:イサカM37(1/4) 
[道具]:支給品一式×3、簡易レーダー、12ゲージショットシェル(7/12) 
    S&W M500(5/5)、エクスキューショナーソード(刀身に刃毀れアリ) 
    500S&Wマグナム弾(10/10)、追原弾のメモリーチップ 
[思考・状況] 
基本思考:ゲームを潰す。最悪自分だけでも生き延びる。テトを引っ張り出して調教し直す。 
0:男は皆殺し。女は犯してから奴隷にする 
1:「リン」を名乗って「キューブ」と「シティー」に接触し、自分の奴隷にする 
2;グループの仲間(壱里塚徳人、吉良邑子)を捜す。 
3:女を引き連れてる“勘違い野郎”は苦しめて殺す(同行している女にトラウマを植え付ける意味合いも込めて) 
4:玉堤英人、鬼崎喜佳、間由佳、エルフィを警戒 
5:シティーこと苗村都月を捜し奴隷にする。 
6:念のため長谷川沙羅に会った場合はリンを名乗る(ほぼ博打行為のためTPOで判断する) 
[備考欄] 
※「シティー」=苗村都月、「キューブ」=古賀葉子です。 
※太田のグループの仲間は三人の他にも居るかもしれませんし、いないかもしれません。 
※「シティー」=苗村都月と認識しました。 
※「キューブ」については半分諦めています(古賀葉子である確率の方が高かったから)


※破損したバイクのチェーンとアイスピックが銀鏖院水晶の近くに転がっています

&Color(red){【男子十五番:鈴木正一郎 死亡】}
&Color(red){【男子二十六番:森屋英太 死亡】}
&Color(red){【女子十番:銀鏖院水晶 死亡】}
&Color(red){【女子十二番:朽樹良子 死亡】}
&Color(red){【残り26人】} 


*時系列順で読む
Back:[[誓いの剣]] Next:[[胡蝶の夢]]

*投下順で読む
Back:[[Visit O,s Grave]] Next:[[水晶の間欠泉]]

|[[交渉人]]|玉堤英人|[[スカーフェイスと摩利支天]]|
|[[交渉人]]|&Color(red){森屋英太}|&Color(red){死亡}|
|[[交渉人]]|&Color(red){銀鏖院水晶}|&Color(red){死亡}|
|[[Brokeback Mountain]]|鬼崎喜佳|[[永遠に、美しく]]|
|[[Brokeback Mountain]]|&Color(red){朽樹良子}|&Color(red){死亡}|
|[[Raging bull]]|&Color(red){鈴木正一郎}|&Color(red){死亡}|
|[[大いなる遺産]]|大田太郎丸忠信|[[永遠に、美しく]]|