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世界は何と美しく - (2009/03/21 (土) 13:26:54) のソース

*世界は何と美しく ◆d6BHdrg3aY 

 冴え冴えと輝く星月が、夜の海を明るく照らしている。 
 どうどう、どうどう、と寄せては返し、防波堤に当たっては砕ける、荒々しい波の音。 
 砕けた波は白い飛沫となって、ほんの一瞬、宙を舞ったかと思うと、すぐに強い海風の中へと浚われていく。 
 人の都合で為される血生臭い殺し合いになど、微塵も揺るぐことのない雄大な自然の姿。 
 それはまるで、人の死など些細なことと無言の主張をしているかのようですらある。 
「―――そう、所詮は些事」 
 堤防の縁に腰かけた銀鏖院は、海を眺めながら呟いた。 
 すぐ後ろには、先ほどまで倉庫だった物の残骸があった。 
 銀鏖院が今なお動いていないのは、先ほど能力を連続で使用したことによる疲労が思いの外濃かったためだ。 
 銀鏖院の能力は、単体で要塞すら崩せる極めて強力なものだが、自身の心臓に相当の負担を強いるものでもある。 
 言うまでもないことだが、心臓は全身へと血液を送り出す人体の重要な器官である。 
 心臓が正常に機能しなくなれば、全身の細胞に酸素と栄養が行き渡らなくなり、その人間の生命活動には支障が生じる。 
 先ほど銀鏖院が倒れたのも、心臓への負担によって生じた不整脈がその理由だ。 
 直ぐに正常化こそしたが、結果として銀鏖院の全身には大きな疲労と脱力感が残った。 
 今回は軽い不整脈程度で済んだが、今後も能力を使い続けて心臓を酷使すれば、いずれは心停止を引き起こす可能性すらある。 
 休息を挟むことで安全性は保てるとはいえ、銀鏖院としては、出来ることならばもう能力は使わずに済ませたいところだった。 
 だが、武器を失ってしまった以上、現在の銀鏖院が持つ有効な攻撃手段は、リスクの高いこの力をおいて他にない。 
 無理を通してでも危険な力に頼らなければならないのであれば、僅かでもそのリスクを落とす為に休息を欲するのは当然であった。 
「唯一人、比肩しうる者のない遊戯場にあって、自ずから死にかけていては世話ないというもの」 
 己の失敗を責める言葉だが、自省の意味で、敢えて口に出すことを選ぶ。 
 銀鏖院という少女は、人格こそ常軌を逸しているものの、有する知能自体はかなり高い。 
 状況を冷静に分析し、あくまで“自分のみにとって”という注釈は付くが、正しい判断を取るだけの自制心も持ち合わせている。 
「思慮すべきは力の使いどころ。そして、憂慮すべきはこの首輪」 
 確実に死に至るだけの爆薬が詰め込まれ、リモコンで遠隔的に爆破することも可能な首輪。 
 この首輪の存在は、テトと二階堂を殺す上で、大きな障害となるだろう。 
 ただ一人で要塞すら瓦礫に変える力を持つ銀鏖院も、肉体的には(発育は幾分悪すぎるとはいえ)18の少女でしかない。 
 それこそ、ただ一発の弾丸で、ただ一振りの刃で、ただ一撃の石塊で、ただ一度の爆発で、その命は儚くも散って消える。 
 例え、他の生徒を皆殺しにしたところで、首輪をつけたままではテト達との戦いの場にすら登れないだろう。 
 考えなしに猪突猛進した挙句、指先一つで爆死させられるなど、銀鏖院ではなくとも真っ平ごめんである。 
「―――さて、どうしたものかしら」 
 首輪の表面を指でなぞりながら、そう銀鏖院は呟いた。 
 教室で気を失う寸前、首の辺りに一瞬痛みのようなものがあったことから、単純な爆破以外にも何らかの機能が搭載されていることは推測できる。 
 しかし、そもそも―――滑らかな金属のフレームをなぞっていた指先を、首と首輪の隙間へと滑り込ませ―――普通の機械であるかどうかも怪しいこれに、対処のしようがあるのだろうか? 
 滑り込ませた指先は、己のそれとは確かに異なる、もう一つの脈動を感じていた。 




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 シルヴィア達から逃れた平田は、港の倉庫が立ち並ぶ一帯へとたどり着いていた。 
 平田の呼吸は、一目見て判る程に荒い。 
 此処まで走ってきたことは勿論、先程から身体が訴える不調もその理由だった。 
 僅かに輪郭がぼやけた視界と、断続的に襲う嘔吐感。 
 『昔』の経験から、軽度の脳震盪であると平田には判断がついた。 
 恐らくは、ガソリンスタンドでシルヴィアから受けた後頭部への一撃が原因であろう。 
 本来、脳震盪というのは数分程度で収まるものとされているが、それはあくまで安静にしていた場合に限られた話。 
 脳震盪を起こした直後に下手に動いたり、また動かしたり、頭部へ再び衝撃を与えるなどすると、多くの場合は状態の悪化を招く。 
 稀ではあるが、軽度の脳震盪でもそれで昏倒に至ることや、脳に何らかの障害が残るケースもあるということだ。 
 また、気絶を伴う中度以上の脳震盪の場合、速やかに病院等で適切な治療を受けなければ、最悪の場合は死に至る。 
 マンガやドラマなどで、よく「ただの脳震盪だから心配ない」と説明される場面があるが、あれは多くの場合、真赤な嘘である。 
「もう何年も前のことなのに、覚えてるもんだな」 
 命がけでシルヴィアに対処していた最中に鬼崎達が現れたことによって、身体を休める暇もなく、逃走へと移らざるを得なかったのだ。 
 先ほどから次第に増し続ける、ずきずきとした頭の痛みは、身体が鳴らしている警鐘なのだろう。 
 見れば、服装も随分と酷いことになっていた。 
 流れる血と汗を顧みずに走ったために、頭に巻いた布はぐっしょりと濡れて元の色を失くしている。 
 激しく身体を動かしたためか、制服の肩口は少し縫い目がほつれ掛けているようだし、シャツや下着は汗を吸って肌に張り付いている。 
 今更ながらに、平田は湿気を含んだ海風が結構冷たいことに気が付いた。 
 このまま風に当たっていては、身体を冷やしてしまうことだろう。 
「兎にも角にも、早くどこかで身体を休めないとな」 
 幸いなことに、今いる辺りには幾つもの倉庫が立ち並んでいる。 
 数時間ほどやり過ごす程度なら、そう難しいことではない筈だ。 
 そこに若干の希望的観測が交っていることは自覚していたものの、平田に休まないという選択肢をとるほどの余裕はない。 
 何処か適当な場所はないかと、平田は辺りを見回す。 
 そうしていると、等間隔に並んだトタン造りの倉庫の間に紛れるようにして、一つだけ壊れた倉庫があることに気付く。 
「……何だ。これは、重機でも突っ込んだのか?」 
 近くに寄って見てみると、これがまた見事にバラバラである。 
 角材や鉄骨が辺りに散乱し、割れたトタンが鋭く突きだしている。 
 しかもトタンの割れ口が綺麗過ぎることを見るに、この倉庫が壊れてから、そう時間も経っていないようだ。 
「どう見ても、尋常なことが行われた後ではないな」 
 状況から見るに、未だこの近くに誰かがいることは確実である。 
 しかも、それは恐らく、倉庫を壊せる程の道具を支給された、倉庫を壊す程度には攻撃的なクラスメイト。 
「さあ、どうする?」 
 平田は自問自答する。 
 仮に味方に出来た場合は? → その攻撃的な性格に振り回された末、諸共に危険人物扱い。 
 では逆に敵対した場合は? → その強力な武器によって、為すすべもなく地獄行き。 
 回れ右して、この場から早々に離れるが吉、と。 
 そう判断し、踵を返しかけたところで、ふと、平田は思い至った。 

 ―――この倉庫の残骸、使えないだろうか? 




 今、自分たちがいる無人島が本島からどれくらい離れているのか、平田は知らない。 
 だが、この島にも港がある以上、近くに漁場や船舶のルートの一つくらいはあるだろう。 
 ならば、島の近くに船が通りかかるタイミングを推測して、この残骸に火をつければどうなる? 
 本来ならば、誰もいないはずの島から煙が上がる。 
 間違いなく人目を引く筈だ。 
 上手くいけば、当日の内にも島に人が調べに入るかも知れない。 
「そうなれば、こんな下らない殺し合いなど、跡形もなく潰れるだろうさ」 
 この殺し合いは、イベントの企画者によって首輪という絶対主導権が握られている以上、内側から破壊することは不可能に近い。 
 しかしそれは、外部からの介入が行われた場合、余りにも容易く破綻を来す、強化ガラスのような一面的な強固さでしかないのかも知れない。 
「シルヴィアの奴も、これが上手くいけば改心してくれるだろうか」 
 ぽつり、と平田は呟いた。 
 先程は殺し合いになってしまった相手だが、あれは状況も悪かったのだと思う。 
 幾ら周りの人間が憎いとはいえ、今まで平気だったものが、突然皆殺しにしたい程の激情に変わるとは考え難い。 
 恐らくは、唐突に放り込まれた殺し合いという環境にパニックを起こした結果としてのあの行動なのだろう。 
 好き好んで殺し合いをしようとする奴など、何処にもいるはずがない。 
 全員で助かる手段があると判れば、今度こそ協力できるのではないか。 
「そうと決まれば、一度、ガソリンスタンドまで戻るか」 
 シルヴィアがいるかどうかは分からないが、どの道、火を付ける為に火種となるガソリンは必要だ。 
 平田は自分の来た方向を振り返ると、疲れた体に鞭打って、もう一度歩きだした。 
 本当ならば、今直ぐにでも休みたいところだったが、こうしている間にも殺し合いに乗ったクラスメイトが凶行を働いていると思うと、今、出来るだけのことをしておきたかった。 
 休むのは、その後でも良いだろう。 
「さて、もうひと頑張り……」 
 そう言って前に出した足が、不意に、空を切る。 
 妙に音が遠い。身体が動かない。首を動かしていないのに、視界が勝手にスライドしていく。 
 それに、先程まではなかった赤い色。赤、赤、赤だ。 
 この色は、一体どこから来たのだろう? 
 それが何であるのか、平田が気が付いた時には―――既に、 



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 轟々と、炎が燃え盛っていた。 
 少し離れたところに落ちていた鎌を拾い上げた銀鏖院は、満足そうに笑う。 
 辺りには平田だった肉が焦げる臭いが充満し、未だ消える気配を見せないガソリンの炎が眩い光を放っている。 
「やはり愚民など、この程度か」 
 銀鏖院が使ったのは、この港にあったポリタンク入りのガソリンと、倉庫の残骸から摘み上げた指先程度の鉄片だ。 
 平田は一歩考えが及ばなかったが、此処が港である以上、船舶の燃料に使われるガソリンも、この港に多少ではあるが貯蔵されていたのだ。 
 銀鏖院は、そのガソリンが入ったポリタンクの中に、自分の銀髪を一本結びつけてガソリンに触れないよう鉄片を吊るした物を、平田が来る前から港の数か所に設置。 
 鉄片の方は、予め服に強く擦りつけることで、その内部に大量の静電気をため込ませておく。 
 ガソリンは揮発性・蒸発性が高く、小さな火花ですら、極めて引火しやすいという性質を持つ燃料だ。 
 後は、目に適う武器を持った相手が、罠を仕掛けた直ぐ傍を通る瞬間が訪れたその時、物質の圧壊と透視という2つの能力を併用することで、ポリタンクの中で鉄片を繋ぎ止める髪を断ち切り、鉄片をガソリンへと落とす。 
 静電気をため込んだ鉄片はガソリンに触れる瞬間、小さなスパークを発生させ、それによってガソリンは爆発的な燃焼を起こすのだ。 
 平田の横、僅か数mの距離で発生した爆発は、高温の炎とガスを伴って平田の全身を襲い、一瞬の内に彼を絶命に至らしめたのだった。 
「この狩りを潰すなどと言わなければ、僅かばかりとはいえ、長生きできたものを……」 
 実のところ、銀鏖院はもう暫くは回復に専念するつもりだった。 
 そのため、平田が現れても直ぐには手を出さず、堤防の縁で制服の上着をほっかむりのように被ることで保護色を装い、夜の海と空に溶け込んでいたのだ。 
 だが、発言の内容から平田が余りにも愚かなことをしようとしていると判り、仕方なく銀鏖院は休息も半ばで切り上げ、殺害を決行したのだ。 
 そう、確かに外部からの介入を得れば、この殺し合いは終わるだろう。 
 しかし、それは追い詰められた者が取る行動を予測していないが故に、ただの愚行でしかないのだ。 
 平田に足りなかったものは、主催者が追い詰められた時、自暴自棄になって全員の首輪を爆破するという可能性への思慮。 
 殺し合いを止めたところで、それが自分たちが助かることとイコールであるとは限らないという事実の理解である。 
「しかし、デイバッグまで燃えてしまうとは……」 
 当面の目的である武器こそ手に入れたとはいえ、地図や食糧など、基本支給品の類を銀鏖院は何一つ手に入れていなかった。 
 他の道具は兎も角、放送による禁止エリアの発表がある以上、地図だけは手に入れる必要がある。 
「これだけ派手に火の手を上げては、此処を恐れて近づかない者も多いかしら」 
 気化したガソリンは空気より重い為、その火は思いの外、広範囲へと広がる物だ。 
 倉庫には引火しないようにポリタンクの位置を配慮してあるし、例え燃え移ったところで朝までには消えるだろう。 
 だが、他のクラスメイト達が、炎が燃えているところにわざわざやってくるとは、銀鏖院には思えなかった。 
 地図を得るためには、他のエリアへと移動しなければならない。 
 銀鏖院は、少し行き先を考えた後、 

「そう、先ずは――――」 


 ―――波は雄々しく、―――炎は激しく、――― 
  

 ―――月は冴え、―――闇は静かに、――― 


 ―――星は流れ、―――人は死に、――― 



 ――― 一人、少女が笑う ――― 



【D-8 港の倉庫前/一日目・黎明】 

【女子十番:銀鏖院 水晶(ぎんおういん-みきら)】 
【1:私(達) 2:あなた(達) 3:あの人(ら)、○○(呼び捨て)】 
[状態]:疲労(中程度) 
[装備]:大鎌 
[道具]:なし 
[思考・状況] 
基本思考:神の存在を知らしめる 
0:まず優勝を目指す 
1:その後にテトと二階堂を始末する(卜部悠は比較的どうでもいい) 
2:日向有人を警戒 
3:地図が欲しい 
[備考欄] 
※テト達三人が黒幕だと確信しました 
※銀鏖院が何処に向かうかは、次の書き手にお任せします 
※D-8の倉庫近辺が燃えています。(朝までには消えると思われます) 
※D-8の倉庫近辺に平田三四郎の死体(若干焦げ)が放置されています。 

&color(red){【男子二十四番:平田三四郎 死亡】} 
&color(red){【残り34人】}


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