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このページはとある素直シュール住人の方が真剣に「素直シュール」という属性を考察したテキストをコピペさせていただいたものです。






素直シュールの定義



1、素直シュールの定義

ツンデレから派生した素直クールが、更に派生して出来た属性である素直シュール。過去ログを見ると分かる様に、その誕生は2005年12月26日と意外に長い歴史を持っている。しかし、それなのに素直シュールは未だに明確な定義付けがなされていないのだ。

正確に言えば、ツンデレや素直クールにも完全な定義と言うものは存在しないのだが、個人的な定義が定まりにくい=共通認識が少ないと言う辺りを今回は明確ではないとしている事を頭に入れてこの先を読んで欲しい。

はてなダイアリーによると、素直クールは「自分の思ったことを素直に表現するが、いつもクールである」。素直シュールは「自分の思ったことを素直に表現するが、いつもシュールである」との事で、共に時間軸に影響されない特性を持っているそうだ。ここまでは両属性を知っている人ならば、共通認識としてあると思う。

では、何故素直シュールが明確な定義付けをされてないのかと言えば、それはシュールという要素が極めてあやふやなものであるからだ。

元を辿れれば話は芸術の世界へと飛んでしまうのだが、現在の日本でシュールという言葉を使う場合には辞書にもシュールレアリスムの略、という意味の次に「表現や発想が非日常的・超現実的であるさま」「転じて、現実から超越して、真の理解が不能だというさま」などとある様に主に「奇抜」「不条理」「不可解」などを表す言葉と認識されている。

同じ素直系の属性と比べると、クールは「冷静」、ヒートは「熱血」と性格が捉えやすい言葉であるのに対し、シュールは「理解が不可能」。つまりは性格を捉える事は難しいのである。

だからこそ明確な定義と言う核が存在しないシューは、ある程度の枠に収まってしまっている様に私には見えてしまうのだ。



2、シュールな笑い

素直シュールの醍醐味とは、お笑い芸人に対して使われるシュールと同様に、そのキャラが醸し出す、シュールな雰囲気や空間を自らの感性で感じ取り、楽しむ事だと私は思う。言葉では表しがたい独特のソレは感じ取る者をシュールな笑いへと誘う。最近の素直シュールスレを見る限りでも、素直シュールはこう解釈されていて、SSもそう書かれる場合が大半の様に思う。

しかしながら私は思うのだ。それは素直シュールが見せるほんの一面でしかなく、萌え属性として存在するその魅力は他にもあると。

では、その魅力は何処に隠されているのか。それを次の項で説明したいと思う。



3、素直シュールと天然の違い

よく素直シュールは「天然」だと言われる。確かに天然キャラが醸し出す独特の空気はシュールと言っても差し支えないだろう。

だが違う、違うのだ。素直シュールはイコール天然ではない。それならば、素直シュールという属性が存在する意味がないではないか。それならば、天然という既に存在していた言葉でよかったではないか。

さて、ここで一年ほど前に書かれた素直シュールに関する記事をご覧頂きたい。

そこには素直シュールの性格をこう定義しているのだ。「高度な知性によって、自分の好きな男性に素直でシュールな手段で愛情表現をする。また、その反応を楽しむ性格」。この場合の「シュールな手段」とは、「不明瞭及び不可解な言動、意図的もしくは無意識的な、会話のはぐらかしなど」を指す。

……もうお分かり頂けたのではないだろうか。そう、上で書いた隠された魅力とは高度な知性にあると私は思っている。

だったら高度な知性を持った天然でいいかというと、そうではないのが面白いところで、計算された天然はぶりっ子や腹黒いなどと言われるし、そもそも自分の行動を高度な知性で理解しつつも天然と呼ばれる行動を取るのであれば、それは天然ではなく養殖とでも呼ぶべきではないだろうか。

だからこそ素直シュールは存在する。新ジャンル学校まとめ @wikiでは素直シュールについて「知能は優れているものの、まともに使うことが無いという典型 」などと書かれているが、そんな事はない。

シュールな態度の裏に隠された、知性と愛情。そこにこそ、私たちが属性に求める「萌え」があるのではないか。

……もっとも、だからといって絶対間違っているかと聞かれても困るのではあるが。普段のシューを見ていたら、そう思うのも当然であり正しいとも思う。

けれど、今回は素直シュールの別の一面を押し出していく意味も込め、きっぱりと「そんな事はない」と言わせて頂く事にする。



4、高度な知性の根拠

素直シュールは高度な知性を持ち合わせている。とは書いたものの、このままでは根拠がほとんどない。

上で挙げた記事は、ツンデレがファッション誌に登場するなどと言った現象と同じ様に、近年電車男から始まった、オタク文化を報道する流れの中で書かれたものだという見方をすれば、そこまで信頼できるものではないし、そもそもこの記事が掲載されるにあたって資料となる文を書いたのは、まとめサイトの管理人殿である。他の住人に意見を求める事はしていたが、最終的な判断をするのは管理人殿であるという点も考えれば、個人的な定義に過ぎないとも言えるだろう。
(あれ、最終的に書いたのは管理人さんじゃなくて不安定な形の人だったっけ?)

定着しなかったので忘れられていっただけで、もともと高度な知性を持っているとされていた気もするのだが、流れる時の中で生み出された属性が変化していくのは当然である訳で、書くのが難しいなどの理由があって廃れて言っただけなのかも知れないが、より素直シュールらしく進化を遂げた結果なのだと、仮定してここでは話を進めたいと思う。
(過去ログを見れば、分かるのかも知れないけど時間が掛かるのだわさ)

となると、つまり根拠はないに等しい訳なのだがここで注目して欲しいことがある。それは「不可解」ともされるシュール要素を持つキャラクター(以下、シュー)であるのにも関わらず、何故普段書かれる素直シュールは人間関係に悩んでいないのかという事だ。

二次元的な属性の話でこのような事を言うのはどうかと思われるかも知れないが、現実に彼女が存在したら、理解できない言動や行動をするその存在を果たして皆が受け入れるだろうか?
もし受け入れるのだとしたら、それは現実ではない別の世界の話ではないかと私は思う。数々の漫画やゲームである「平和な箱庭世界」がまさにそれだろう。

そして、普段素直シュールスレで書かれるシューは大抵がシュールな世界の笑いの存在としてそこにいる。だからこそ、人間関係に悩むなどというドロドロとした表現はされないし、男は既にシューを受け入れている。つまり、シューが存在する話には彼女を受け入れてくれる世界が既に存在しているのだ。

しかしながら、この考えはあくまでその世界を外から眺める私たちのものだ。中に住むシューに焦点を当ててみれば、彼女は他人から嫌われていないという事実になる。理解できないものに対し、気味が悪い、怖いと思う感情は誰にでも存在するはずなのに「不可解」な彼女が嫌われていないとは一体どういう事だろうか。

答えは簡単だ。「不可解でありながら、受け入れられている」というだけの話である。何を言っているんだと思われるかもしれないが、これこそまさに彼女が周りの人々と絶妙な距離を測れる事の証明。限度と言うものを理解し、相手が受け入れてくれる距離感を図る事が出来る。つまり高度な知性を持っている根拠となるのではないだろうか。

乱暴な説明にはなってしまったが、以上の事から素直シュールは高度な知性を持ち合わせている、と結論付けさせて頂く事にする。


ちなみに天然は鋭い感性によって他人との絶妙な距離を測るのではないかと思う。空気が読めないなどと言われる事もあるし、実際にそんな天然も多いのだが、ピリピリした空気を静めたり、思い詰めた時にもほんわかとした雰囲気を運んで来てくれる天然は、意図的ではない、無意識的な会話のはぐらかしを行う時のシューに似ていて、素直シュールが好きな私としては、結構好きだったりする。



5、固定概念を捨てる

シリアスな話が書けないなどと言われている素直シュールだが、それはシューが距離感を測れる笑いの存在としていなければ、素直シュールでないという固定概念があるからではないだろうか。

今ここで、私はその認識を打ち払いたい。

「不可解」なシュールが生み出すのは何も笑いだけではないはずだ。それを理解できないものとして嫌う感情や、逆に理解したいと抱く興味や好奇心といった感情もまた正しいはず。

また、時間軸に影響されない特性を持ってはいても恋心は時間の中で変化するだろう。性格は変わらずとも、相手を想う気持ちは素直シュールだって変わって行くはずなのだ。

だからこそ、変化する事のない箱庭の世界を飛び出し、男がまだシューという存在を受け入れる前、つまり出会いからの恋物語や万人に好かれている訳でない素直シュールも見てみたい。

そもそも何故彼女がシュールという性格なのかという問いに対し、笑いの世界では高度な知性によって、男をからかって楽しんでいる事にしてしまえば大抵の問題はなくなってしまうがそれ以外の理由と言うものも見てみたい。

二次元で何をと思うかも知れないが、人の性格は環境によって作られる。だからこそ、シュールという突飛な性格に対してはそれ相応の理由付けがなくてはならないのではないか。

他にも普段はあまり目立っていない素直シュールが持つ、高度な知性を強調した話も読んでみたい。……誰か書いてくれないだろうかw



6、米という共通認識(番外編)

「とりあえず、米」と居酒屋に入ったサラリーマンがビールを頼む時のような感覚で皆に認識されている素直シュールの米好きという性格。

これが存在する事で話を書く(ネタを考える)のが幾分か楽になり、ハードルが下がる事で書き手を増やす効果があったのではないかとも思うが、別にこれは米でなくてもいいので「米ネタ飽きた」と言われる様に、可能性を狭める共通認識だと思う。

だからといって考えてみても、「米………そういえば君が好きだ」以外に素直シュールを一文で表す言葉が思いつかないのは、流石とでも言うべきだろうか。〒の髪留めと比べても、食べてよし、投げてよし、炊いてよしなどと使い道が豊富な米だからこそ今も素直シュールが続いているのだと考えれば、本当に農家に感謝である。



7、終わりに

「不可解」であるが故に、明確な定義付けがなされていない訳ですが、今回書いた文は「私は素直シュールに対してこのような印象を抱いている」と言うだけの話であり、皆がそれぞれ抱いている素直シュール像を否定するものではありません。

必死に定義付けしてみたものの、シューは今日も彼女なりに生きている。

――――ただそれだけなのかも知れません。










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