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<美術館職員、A氏の証言>
 ──ええ。あの事ですね。あんな事、これまで見た事も聞いた事もなかったから……よく覚えていますよ。
 思えば、あの方はずっとあの絵の前に立っていて、今となっては様子がおかしかったと思います。
 ごく稀になんですが、絵に魅入られる方がいらっしゃいます。ずっとその絵を見ている。無表情なんです。近づいて声をかけても、反応はない。肩に手を置いて揺さぶって、はじめて気付くんです。
 あの方も、最初はその類だとは思っていたんです。しかし、まさかあんな事になっているなんて──

<心理学者、B氏の証言>
 ──思い込み、所謂プラシーボ効果というやつですが、あれでなかなか馬鹿にはできない。
 病は気から、なんて言葉もありますが、あれは本当ですな。思い込みで精神を病んでしまう方もおりますが、逆もまた然り。思い込みで健康を手に入れる人だっている。
 しかし、あんな事象は初めてですよ。あればかりは、自分も信じられなかったですからな──

<某大学教授、C氏の証言>
 ──ふむ。件の事件ですな。問題となった絵画は、「冬の月」という題ですな。正確には「神秘的な真冬の月」とでも言ったところですか。
 あれを描いたのはエミール・シャレルと言いまして、大体ドガやマネと同じ辺りに精力的に作品を創り上げた画家です。
 日本ではあまり知られてはおりませんが、祖国フランスではそれなりに知名度はあります。代表作は「Sang」──「血液」、と言います──

<美術館職員、A氏の証言>
 ──ええ。私はその時、最初に声を掛けたんです。しかし、返事は無かったです。周囲の閲覧者たちも気付いたのか、私たちを見る人がそれなりにいました。
 とりあえず、肩に手を置いたんです。いや、肩を叩く、と言った方が正確ですかね。こう、軽く、ポンと。
 しかし、しかしですよ。ああ、今思い出しても寒気がします。何せ、あの時にはもう、あの方は亡くなっていたんですから。
 ぐにゃりと、壊れた人形のように、倒れましたね。……私ですか? お恥ずかしい事ですが、その場に座り込んでしまいましたよ。目の前の人が死んでいる。そんな時に冷静になれる人がいたら、見てみたいものです──

<心理学者、B氏の証言>
 ──美術館での一件を聞いたとき、私は耳を疑ったものです。いくら思い込みが激しくとも、まぁ、幻覚や幻聴を発生させる程に思い込む方もおりますが、まさか死に至るとは。
 何も、思い込みで死ぬのが珍しいとは言っておりません。例えば目隠しをした状態の相手に、鉄の棒を押し付ける。それを拳銃だ、と思い込ませるんです。そしてクラッカーか何かで破裂音を出すと、相手はショック死をしていた。極端な話ですが、無いわけではない。
 しかし、その……いくらあの絵に海が描かれていたとしても、思い込みだけで溺死するとは、とても──

<某大学教授、C氏の証言>
 ──絵には魂が宿ります。いや、絵だけではない。心を込めて、さながら文字通りに魂を込めて創り上げるのです。
 きっとあの絵にも、シャレルの魂が宿っていたのでしょうな。そして、彼は死してなお、自分の絵に魅せられた者を……。
 ……え? あ、はい。貴方の言う通り、シャレルは四十の誕生日に、例の「冬の月」のモデルとなった海に身を沈め、自ら命を絶ちましたが──