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「私はね、昔はサンタクロースだったんだ」
 隣の男が、そんな事を言い出した。ちびちびと焼酎を傾けていたが、酒に弱いのか、いよいよ顔が赤くなっている。
 岡崎は、知り合ったばかりの男を見る。茶色のくすんだジャンパー、履き古されたジーンズ。被っている野球帽だって、何年物か見当もつかない。
 口元の豊かな髭は、成る程、サンタクロースを彷彿とさせるが、それにしたってこの格好では、例え本物のサンタだとしても信用はされないだろう、と岡崎は思った。
 十一月も残り一時間。新宿駅前の飲み屋である。
 岡崎は今日の稼ぎを手に、馴染みの店にやって来た。いつも座るカウンター席は空いていて、日本酒と焼き鳥を注文した。
 やがて、岡崎の隣に男が座った。それが自称「サンタクロース」のこの男だった。
「何年も前の話だけどね。あの頃は日本中、いや、世界中の子供たちの笑顔を見るためだけに働いていたもんだ」
 そう言って男は焼酎を一口、そしてもう一口、ぐびりとやった。
 酒臭い息を吐いて、男は続けた。
「私の配るプレゼントを手にして、嬉しそうに笑う子供たち。その笑顔を思えば、あの馬鹿でかい袋だって重くは無かった」
 その言葉で、岡崎は頭の中にサンタの姿を思い描いた。
 岡崎の考えるサンタ像は非常にオーソドックスなもので、赤い衣装に白い袋、空飛ぶソリに乗ってトナカイと共にいる。一般的なものだと自分でも思っていた。
 目の前の男はきっと玩具か何かのメーカーの社員だったのだろう、と岡崎は想像した。
「だがね、私たちは配るまでが仕事だ。子供たちがプレゼントを見つけ、喜ぶのは、次の日の朝だ。私がそれを見ることは無い。だが、喜ぶ姿を想像するだけで、元気が沸いて出たもんさ」
 男の言うことは納得できた。確かに、子供の笑顔を見ることはないもんな、と岡崎は頷く。
「最近の家は煙突も無いし、親御さんがプレゼントを聞いて買い与えちゃうもんで、仕事は減った。それでも需要はあった。だがね」
 コップに半分ほど残っていた焼酎を一気にあおり、男は店員を呼びつけた。
「焼酎、おかわり。そう、おかわり。お願いしますよ。──ええっと、どこまで話したかな。そうそう、需要はあったんだ。でもね」
 男は新しい焼酎で唇を湿らせて、ここで初めて岡崎に向き直った。顔は完全に真っ赤で、目も充血していた。
「世知辛い世の中でね。ある日配達中にちょっとしたミスをしちまった。プレゼントを、落っことしちまったんだ。俺は必死になって探したが、何しろ空から落っことしたんだ。見つけたってグチャグチャになってて配達は出来なかったろう。それでも私は探した。泥まみれになり、汗を流し、年甲斐もなく泣いていたよ。それでも、荷物は見つからなかった。小さな小さな箱でね。中には指輪が入っていたんだ。願ったのは純粋な少年で、『未来の結婚相手に贈る指輪が欲しい』なんてさ。ませた子供だが、その想いは純粋だった。私はその想いを失くしてしまったんだ」
 岡崎は黙ってその話を聞いていた。聞かざるを得ない──そんな気持ちになっていた。目の前の男が本物のサンタに見えていた。
「それで──それで、あなたはどうしたんです」
 岡崎の言葉で、男は顔をくしゃりと歪めた。泣き笑いのような表情だ。
「責任を取ったんだ。笑顔を一つ失った代償は、そうでなくてはいけない。で、私はサンタではなくなった。この歳になってからは再就職も難しくてね。ずっと日雇いの、簡単な労働だ。腰に堪えるよ」
 男はため息をつき、ずっと手にしていた焼酎をテーブルに置いた。
「しかしね、天は私を、いや、その少年を見捨ててはいなかった」
 え、と岡崎は聞き返す。
「あったんだよ、プレゼントが。私はそれを届けなくちゃいけない。サンタではないから日付にこだわりはしないが、ね」
 薄汚れたバッグをごそごそとあさり、男は箱を取り出した。白く輝く、赤いリボンが巻かれた、小さな箱だ。
 男はにっこりと微笑み、岡崎に言った。
「遅くなってすまなかったね、幸平くん」
 岡崎は、その箱を受け取り、涙を流した。勝手にこぼれてくるのだ。男は戸惑ってしまう。
「笑ってくれ。笑ってくれないと困る」
「嬉し泣きだよ、サンタさん」
 日本酒のコップを手にして、焼酎の入ったコップと軽く触れさせ、岡崎は男に──元・サンタクロースの老人に言った。
「メリー・クリスマス。サンタさん」
 窓の外には、いつの間にか今年最初の雪が降っていた。今夜はかなり冷えそうである。