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 1月1日。新しい年が始まった日。帝都・東京のとある場所で、事件が起きていた。

(……いたいた。おぉっと、これは……)
 人の出入りが少ない雑居ビルの最上階。そのフロアには一軒のバーが入っていた。その店の奥にいるのは、サングラスで顔を隠した二人の男、そして人質としてここに連れてこられた女性である。
(あ、あの人、私と同じブーツはいてる)
 黒のエナメルのブーツ。女性に人気のブランド「DiAMOND ANGEL」の今冬一押しの商品である。人質の彼女はブーツを美しくはきこなしていた。すらりと伸びた長めの脚は膝の辺りを、後ろに組んだ両手は手首の辺りを、それぞれ粘着テープでぐるぐる巻きにされていた。
 無意識に唾を飲み込む。黒の粘着テープの光沢。エナメルのブーツ。それを身に付けている囚われの美女。全てが、この状況をフロアの入口から覗いている彼女──三枝依菜が一番夢に見た世界なのである。

 小さい頃は乱歩の少年探偵団に傾倒し、その頃から探偵の真似事(とは言ってもその時は失せ物捜しが限界だったが)をしていたのだが、やがてホームズやポアロ、レーンそしてクイーンを読み、気が付けば自分の通う学校に「探偵倶楽部」まで作るまでに至っていた。
 校内外を問わず、そして事件の大小を問わず、「部活動」の名目で解決していた。ひょっとすれば、依菜には天性の才能があったのかも知れない。
 そして今日もまた、事件の匂いを嗅ぎ付け、こうして首を突っ込んでいたのだ。お気に入りのエナメルのブーツを鳴らして向かった先は、この雑居ビルである。
 他の「部員」のサポートも当然あるのだが、今回は下手をすると人質の命に関わるものであり、解決は一刻を争っていた。
 スカートのポケットに入っている煙幕玉をぐっと握り、男たちの動きを見る。彼らの武器は、小太りの男の持つナイフくらいだろう。隙を見て、煙玉を……。
「!!!!!!!!!!!!!」

 依菜の携帯電話の着信音は決まっていない。相手によって変えているのだ。例えば電話帳に登録の無い番号は「傷だらけの天使」だし、家族や親戚からなら「ピンク・パンサーのテーマ」、部活動で知り合った人は「コロンボのテーマ」である。
 フロアの奥の男たちが、同時に依菜を見た。口々に何かを言いながら依菜に向かって駆け寄る。
 部活動の顧問である鹿嶋瑞記からは「古畑任三郎」、以前から親交の深い御子柴由香里なら「スタスキー&ハッチ」、そして──。
 逃げるタイミングを失った依菜は、できるだけ無抵抗で彼らに従った。当然、携帯電話は没収され、テーブルに置かれてしまった。
 依菜は、マナーモードにするのを忘れていた自分に怒ると共に、最高のタイミングでフロアに鳴り響いた「Gメン'75」の相手である櫛灘香子を恨まざるをえなかった。

「……なんですの、折角電話をしてさしあげたと言うのに」
 帝都をヘリから見下ろしつつ、櫛灘香子はつまらなそうに言った。
「お嬢様、どうやらあのビルのようです」
 コパイロットが声を張り上げる。香子はコ・パイには返事をせず、椅子に座って動かない少女に言った。
「だ、そうですわよ。準備はよろしくて?」
「──はい、先輩」
「この立派な返事を、依菜さんにも聴かせてあげたかったですわ。……ヘリをビルの上へ」
「了解」
 帝都上空を、三機の軍用ヘリが飛んでいく。ヘリの横にはKUSHINADAの文字。それを見れば誰もが櫛灘家の私設部隊のそれだと気付く。やがてそのヘリはとあるビルの上に近づいた。
 そして、誰かがヘリから飛び降りた。

「くそっ、ヘリがうるさいな」
 小太りの男が憎憎しげに言う。彼は依菜を後ろ手に縛り上げると、人質の女性の隣に座らせた。
「どうやってここに来たんだ、お嬢ちゃん」
 背の高い男が依菜に聞いた。爬虫類みたいな顔をした、見るからに神経質そうな男だ。依菜はその目をじっと見ながら質問に答える。
「簡単な話。あなたたちがこの女の人を襲ったところに落し物をしたのよ」
「落し物だと?」
「ええ。この店の名前の入ったマッチよ。これは正確にはこの人の落し物なんだけれど」
「ちっ、この女」
 隣の女性が笑った気がしたが、顔の下半分を手拭いで覆われている為、その表情はわからなかった。
「あなたたち、今のうちに降伏した方がいいわよ」
「あん?」
「ここの店の金を奪うのは構わない。私たちをこのまま縛っておいてもいい。だけれども、降伏は早めにした方がいいと思うわよ」
「何言ってんだこのお嬢ちゃんは。降伏だと?」
「そう。自首も勧めたいけれど、それは降伏の次」
「何言ってんだかしらねぇが、そのお喋りな口はちょいと邪魔だってのはわかったぜ」
「猿轡を噛ませるのね。きちんと口の中には詰め物をした方がいいわよ。でないと簡単に猿轡を外されてしまうから」
「……おめぇは俺たちにアドバイスしてんのか?」
「忠告よ」
 話しが通じないと思ったのか、爬虫類顔はおしぼりを手にした。どうやらそれを詰め物にしようと考えたらしい。忠告は聴くタイプのようだ。依菜はここでも抵抗をしない。抵抗してもいいのだが、一番合理的に事件を解決するにはこの方がいいと判断したのである。
 最も、香子からの電話がなければ強行手段を取っていたのだが。
 依菜に猿轡を噛ませると、男たちはカウンターの金をバッグに入れ始めた。
 と、同時に、依菜の携帯電話が再び鳴り始めた。
「さっきはGメン、今度は探偵物語かよ。いい趣味してんな、お嬢ちゃん」
 小太りがそう言って依菜の方を見た。その時である。
「なっ……」
 窓の外に人がいたのだ。それも、二艇の拳銃を持って。
 依菜の携帯電話の着信音──探偵物語の「Bad City」で登録しているのは、その窓の外にいる少女であった。全身を黒のエナメルのスーツ──ライダースーツである──で包んだ彼女の名前は、目時竜樹という。
 窓ガラスが粉砕される。ヒールの一撃でガラスを砕き、竜樹はフロアに入った。
「──ふん。白旗は無いようだね」
 その言葉が合図だった。竜樹による虐殺の宴。男たちの悲鳴を聞きながら、依菜は思った。
(だから、降伏はした方がいいって言ったんだ)

 通報を受けた警察が店に踏み込んだ時には、男二人は簀巻きにされて床に転がっており、店の奥では小さなお茶会が開かれていた。
「……もしやと思ったけれど、また君たちだったか」
 帝都中央署の刑事である来生ヒトミが、呆れた声をあげる。
「あら、ごきげんよう。一緒にお茶でもいかが?」
 櫛灘香子が優雅にカップを傾けながら尋ねると、露骨に嫌そうな顔と声で「遠慮する」とヒトミが返した。
「通報してきたのが鹿嶋先生だったからもしや、と思ったが」
「あ、あのぅ……」
「別に鹿嶋先生が悪いのではありません。事件に首をつっこむこいつらが悪いんです。こ・い・つ・ら・が!」
 申し訳なさそうに鹿嶋瑞記は「すみません、すみません」を繰り返す。
「で、被害者は」
「あ、私です」
 先程まで依菜の隣で縛られていたのはここのバーのママで、常盤六実という。今は自慢のティーセットでお茶を振舞っていた。
「でもまぁ、被害は結局ありませんし、窓も直してくれますし」
「この櫛灘香子が責任を持って修理・修繕致しますわ」
「……はぁ。じゃあ、あとは」
「そこの不届き者を連れて行ってくだされば」
「……おい、そいつら連れてけ」
「は、はい」
 制服警官に命じて、男たちを運び出させる。二、三質問をしただけで、ヒトミもここを後にした。
「それにしても、なんであのタイミングで電話してきたの」
 竜樹の膝枕でうとうとしながら、依菜が香子に聞く。
「ヘリで向かう前に連絡をしろと言ったのは依菜さんですわ」
「……はい、私が悪かったです」
 頬を膨らませて、依菜はつまらなさそうに言った。
「メルも、どこであんな拳銃を」
「モデルガンです」
「あー、やっぱそうか」
「そうじゃないと犯人を撃ち殺してしまうから、って先輩が」
「ナイス香子」
「ふふっ」
 さっきまで事件に巻き込まれていたとは思えない雰囲気である。
 彼女たちは気付いていなかった。それを笑顔で見つめる常盤六実の胸元に、蛇環の刺青が──犯罪組織「ウロボロス」の刻印がある事を。

 ともあれ、三枝依菜と目時竜樹の「エナメル」コンビがいるこの探偵倶楽部は、今年も事件を引っ掻き回して、しかし解決するのだろう。
 彼女たちはこれまでも、そして今後も事件に巻き込まれていく。しかしそれを語るのは、次の機会に取っておくとしよう。