土曜日の昼下がり。午前中で授業は終わり、午後は部活動にいそしむ。平和台高等学校生徒会の面々もそれは例外ではなく、彼らの城とも言える生徒会室に集まっていた。
 二年生・会計の矢口真里は砂糖を少し多目に入れたコーヒーを飲みながら、書類とにらめっこをしている。その横に立っているのは、一年生・会計補佐の石川梨華である。
「先輩、お話があるんですけど、いいでしょうか?」
「いいわよ。何?」
 真里は書類を見たまま、話を促した。
「来週の土曜日なんですが、肝試しをしませんか?」
「んゲホォッ!!」
 口に含んでいたコーヒーは吹き出さなかったが、真里はたっぷり三分は咳き込み続けた。
「肝試しぃ!?」
 いきなり何を言うのだろうかこの後輩は。しかし表情を見る限りは、どうやら本気のようでもある。しかし自信満々の表情は納得の行かないものもあるが。
「普通はそういうのは夏にやるでしょう? もう十月よ? 残暑も過ぎたわよ」
「今の時期にやるからこそ、乙なものなんです」
「乙なものって言われても……ねぇ」
 ちらりと視線を、二年生・副会長の並木泰博に向ける。が、泰博はにこやかにこちらを見ているだけだ。すっかり好々爺の表情である。
「助けてよ、泰博」
「いいじゃないか、肝試し。面白そうだし」
「泰博ぉ~……」
 頼みの綱である泰博にそう言われては、真里もなすすべが無くなってくる。生徒会顧問である中澤裕子はどうせ面白がってはやし立てるだけだし、親友で生徒会長の三年・浦澤美弓は席を外している。
 ため息をつき、再び梨華を見ると、今度は泣きそうな顔で見つめている。泣き落としなのか本当に泣きそうなのかわからないが、こんな表情をされれば更に断り辛い。基本的に真里は人が良いのだ。
「も、もうちょっと考えさせて!」
 席を立ち、生徒会室から出ようとした途端、目の前でドアが開いた。まるで自動ドアのようなタイミングである。そして、そこに立っていたのは──。
「や。久し振り」
「か……かおり……」
 悪友である、飯田圭織だった。口を弓形に反らせて微笑む表情は、特徴的でありながらも、トラブル発生の瞬間でもある。そして、圭織が絡むと大体は収拾不可能になるのだ。真里はげんなりとして、とぼとぼと席に戻った。
「……なんか飲む?」
「おかまいなく。あー、泰博くんヒサブリィ!」
「ご無沙汰してました」
 ペコリと頭を下げる泰博。梨華も何度か遭遇経験はあるので、頭を下げている。真里は非常に面白くない表情だ。嫌な予感しかしていない。
 圭織は来客用のソファに腰掛けると、「早速だけど、話があって来たの」と言った。真里は小さく深呼吸をして、心の準備をする。
「……どうぞ?」
「肝試しをね、季節外れだけどしようと思うの」
 真里は心臓が止まるかと思うくらいにドキッとした。テレパシーでも使えるのか何なのか、圭織はいつも誰かとシンクロしている。
 明らかに泰博も驚いた顔をしていた。笑顔なのは梨華と圭織だけである。真里だって、先程のように口に何かを含んでいたら、間違いなく噴出していただろう。
「飯田さん! 実は私も同じ事を先輩に提案していたんですよ!」
「おお、そりゃあ偶然だねぇ。さすが石川!」
 真里は、後で生徒会室をひっくり返してでも盗聴機を探そうと思った。
 梨華の説明を聞いている圭織は、あまりのテンションの高さに梨華をハグしている。しかしその後方ではひとり黙々と書類を整理している泰博がいて、手前には頭を抱えてぐったりしている真里がいる。随分とカオスな画である。
 とりあえず、自分だけでもコーヒーを飲もうと立ち上がったが、背後から声を掛けられる。
「私コーヒー」
「あ、紅茶お願いします」
「真里、ブラック」
「うるっさいっ!! ちょっと待ってろ!!」
 そう言いつつも、しっかりと人数分、オーダー通り用意してしまう。
 泰博も来客スペースに移動してきて、真里の隣に座る。
「飯田先輩の内容は少し違うみたいですね」
 そう言うと、圭織は「さすが!」と拍手をした。
「実は肝試しにもうひとつ味を加えようとしているわけよ」
「なになに? なんですか?」
 梨華が圭織に擦り寄るようにして顔を近づける。
「写真を撮るのよ」
「写真? なんでまた」
「心霊写真を狙うのよ」
 真里はますます頭を抱えた。帰りに薬局に寄って、胃薬を買おうと心に決める。
 そんな真里とは対照的に、梨華と圭織、そして泰博はその話で盛り上がっている。どんどん話は膨らみ、歩くコースまで決めている。あーでもないこーでもないと議論するのはいいが、真里は面白くなかった。
 ちらりと、泰博を見る。
 泰博と真里は、恋愛関係にある。隠している訳ではなかったので、ほとんどの生徒や教師は二人の関係を知っていた。公認の仲とも言えるだろう。
 しかし、泰博でさえも知らない、泰博の秘密を……真里は知っていた。そしてそれは非常に危険な内容であり、真里が嫌な予感を覚えた時に決まって起きるのだ。まるで、真里の感情に呼応しているように……。
 と、その時、ドアが開いた。生徒会長の浦澤美弓と議長補佐の二年・安藤潤、そして顧問である中澤裕子である。
「あら、飯田先輩。ご無沙汰していました」
 美弓が頭を下げる。圭織も腰を上げ、しっかりと礼をする。
「圭織、圭ちゃんから電話で聞いたけど、面白そうな事考えてるじゃない?」
「へへー、そうでしょ」
「でも」
 裕子が表情を険しくする。本人曰く「教師モード」の顔だ。声色も低くなっている。部屋の空気が凍り付く。
「最低でも、まずは教師である私から許可を取るのが筋ってものでしょ?」
 圭織の肩に手を置いて、少し顎を引き、そして上目遣いに見る。冷ややかな視線が圭織を貫く。
「あのさ、裕ちゃん……」
「矢口は黙っとき」
 視線を変える事も無く、冷たく言い放つ。いつの間にか、裕子の口調が関西弁にシフトしている。普段は教師として、徹底的に関西弁を封印していると語った事もある裕子だが、感情が高ぶった時は自然と関西弁になってしまうようだ。
「卒業生であるはずの圭織が、出来なかった・思い付かなかったとは言わせへんよ」
「……すみませんでした。軽率でした」
 圭織が頭を下げる。その表情は叱られたくない一心で謝る子供のようなそれだった。
「顔を上げえや、圭織」
 優しい声で、裕子は言った。
「わかってくれたならええのよ」
 張り詰めた空気が和らぐ。全員から安堵のため息が漏れた。裕子は真里にウインクしてみせた。早鐘を打っていた真里の胸もようやく落ち着いてきた。
「さ、じゃあゆっくりお話を聞かせてもらいましょうか?」
 教師の口調に戻った裕子が言った。
 なんだかんだでお祭好きな裕子である。圭織と梨華の提案はすんなり受け入れられ、果たして来週の土曜日は有志を募った肝試し大会となるのであった。

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最終更新:2008年01月01日 00:16