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<1日目/島津由乃/広間>

 ……一体どういう事なんだろう。
 江利子さまが自室で『自殺』したのはわかるのだが、蓉子さままで。
 私が知らないシナリオがあるということなのだろうか。あの人の頭の中には。

 どうやら私は眉間に皺を寄せていたらしい。令ちゃんがひどく心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
「由乃、大丈夫?」
「あ、ああ、うん。大丈夫よ、令ちゃん」
 私は椅子から腰を上げると、
「私、本を取ってくるね」
「私も行くよ。一人じゃ危ない」
「大丈夫。パパッと行ってピューって帰ってくるわよ」
「でも」
 駄目なのだ。令ちゃんに着いてこられると、全ての計画が台無しになるかも知れない。何度も令ちゃんと祐巳さんには知られないようにと念を押されているのだ。
 ええい、最終手段だ。私は令ちゃんの唇を、自分のそれで塞いだ。ほんの一瞬だったが、効果はあったようで、令ちゃんは顔を真っ赤にして口をつぐんだ。
「すぐ戻るから。ね?」
 ごめんね、令ちゃん。
 私、令ちゃんに隠し事してる。

 階段を上ると、私は自分の部屋に戻る。
 手紙の存在に気づいたのは、ドアを開けた時だった。
 その手紙に書かれていた文章はこうだ。

『蓉子も聖も仲間よ』

 その文面に安心した私は、持参した推理小説を手にして部屋を出た。
 そうだ、あの『現場』も見てこよう。刑事は足で稼ぐものだし、犯人は現場に戻るともいう。それに江利子さまの顔も見たい。江利子さまの姿を見た時はさすがに驚いてしまったけど、今ならきっと私は笑っちゃうかもしれない。
 私は三階へと足を向けた。ついでに瞳子ちゃんでも見つからないかしら。

<1日目/支倉令/広間>

「由乃……遅いなぁ」
 広間を出てから十分は経つ。そろそろ戻らないとおかしい。本を取るだけなんだから、何を手間取っているんだろう。
 やっぱり私が着いていくべきだった、と小さくため息をつく。それと同時に蘇るのは由乃の唇の感触だった。ほんの一瞬だし、口うるさい私を黙らせるための手段だったんだろう。それでも、私は嬉しかった。もっとロマンチックなムードの時にキスしたかったけれども。
 ……お姉さまも蓉子さまもいなくなったこんな状況で、私は何を考えているんだ。
 それよりも由乃だ。私も後を追ってここを飛び出すべきか。いや、考えているんだったら行動するのが──。

「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!」

 ──悲鳴が聞こえた。瞬間、私は跳ねるようにして椅子から立ち上がり、広間を飛び出していた。
 由乃、由乃。私が行くまで無事でいてくれ。

<1日目/島津由乃/三階廊下>

 悲鳴を上げて、私は数歩後ずさる。壁に背中が当たり、そこで初めて息をすることを思い出した。
 焦げ臭い、肉や髪の毛が燃える嫌な匂い。
 江利子さまの部屋。ベッドの向こう。こちらに覗いている生気のない両足と、炎に包まれた上半身。
 ──あぁ、そんな。そこで燃えているのはまさか。
 その時、奥の部屋のドアが開いた。
「ひぃっ……いやぁあああああああああああ!!」
 私は前につんのめりながら、それとは反対方向に逃げ出した。階段を駆け上がる音がする。きっと令ちゃんなのだろうが、しまった。階段は反対方向だ。私はドアの開いていた部屋に転がり込むと、急いでそれを閉め、内鍵をかけた。ああ、ここは資料室か。
「由乃さま!」
「由乃! ここを開けて!」
 可南子ちゃんと令ちゃんの声。
「いやあああああああああああああああああっ!!!!」
 今の悲鳴は祥子さまか、それとも志摩子さんか。
「もう……もう、嫌……」
 私は幾度となく叩かれるドアから遠ざかるように、ゆっくりと後ずさる。
 令ちゃんだけは信じたい。令ちゃんには不可能なはず。あの後で江利子さまの部屋に来て、燃やすだなんて──。

「……え?」
 背中に、衝撃が走った。
 数秒遅れて激痛が全身を駆け巡る時には、私は意識を深い闇に沈めた後。

 最後に思い浮かんだのは、令ちゃんではなく、江利子さまの楽しそうな笑顔だった。

<2日目/支倉令/三階廊下>

 聖さまが慌ててお姉さまの部屋に飛び込み、閉めていたベランダのドアを開けた。荒れに荒れている天候が幸いしたのか、それとも炎の勢いは弱かったのか、一気に吹き込んだ雨と風に巻かれ、炎は掻き消えた。
 全身をずぶ濡れにした聖さまが外と部屋をドアで再び隔てた時、私たちの前にそれは姿を現した。
「……え、り、こ……」
 力無く呟く聖さま。
 上半身を焼かれた死体がそこにあった。衣類はおろか顔面が重点的に焼かれ、すでに誰かわからない状態だった。胸に突き刺さったナイフと、焦げずに残った、クリーム色のサマーセーター……。
「……お姉さま……」
 私は無意識に右手を隣に伸ばした。そこには由乃が──。

 ──由乃は、どこ?
「由乃!? 由乃は!?」
 先程まで飛びついていたドアに駆け寄ると、何度もドアノブを握ってガタガタと揺さぶると、あっさりと開いた。

「……由乃……?」

 床に倒れる、私の由乃。
 両目を大きく見開き、半開きの口からは血を垂らし、しかし床には真っ赤な血だまりが──。
「由乃」
 ふらり。資料室に足を踏み入れる。
 冷たくなった由乃を、ゆっくりと抱きしめる。
 ここにもし犯人がいるなら、私を殺せ。
 もう、由乃がいない場所なんて、どうでもいいのだから。